新型コロナウイルスの影響によって、ここ数ヶ月のうちにテクノロジーがもたらす利点や価値を実体験する機会が増えています。中でも、「密な状態になっている場所はどこか?」という、今まさに知りたい情報を私たちに示してくれる人流データは、その代表格と言えるでしょう。

人流データは、価値はありそうだけれど明確な利用法が見出せなかった「ビッグデータの利活用法」にひとつの道筋を示したと言えます。そして、経営者にとっては、「データドリブン経営への転換」を強く意識させたに違いありません。

本稿では、そんな人流データを提供する株式会社Agoopの代表取締役社長兼CEOである柴山和久氏を迎え、KPMG Ignition Tokyoの茶谷公之と議論を交わした内容をお伝えします。(後編)

データを活用するにはリテラシーを養う必要がある

柴山氏、茶谷

(株式会社Agoop代表取締役社長兼CEO柴山和久氏(左)、株式会社KPMG Ignition Tokyo 代表取締役兼CEO、KPMGジャパンCDO茶谷公之)※記事中の所属・役職などは、記事公開当時のものです。

茶谷:        データの価値もさることながら、読み方をそもそも分かっていない、という問題もあると考えています。数値が1上がった、下がった、ということに一喜一憂していると判断を間違えてしまう恐れもあるでしょう。

また、新型コロナウイルス感染者数のグラフが公開される中で、対数グラフを読み解くことができない人が意外にも多いと気付かされました。これらはデータを活用する上で問題になると考えています。

柴山:          確かにその懸念はあります。そこで、Agoopでは「データプロバイダーではなく、インテリジェンスプロバイダーになろう」という判断をしています。つまり、金融系の会社が出しているレポートと同じように、データそのものではなく、それを「情報化」したものを出す、というイメージです。

なぜデータ解析ツールを提供したり、API連携でデータにアクセスできるようにするだけで留めておかないかと言うと、GPSから取得する位置情報データなどのローデータをマーケティングデータとして提供するだけではダメだ、と気付いたからです。

データプラットフォームは官民を問わず作られていますが、解析ができるデータサイエンティストはあまりいない、というのが私たちの印象です。しかし、それができる人材がいなければデータは意味がないものです。

茶谷:          データ解析にはサイエンスの理解が不可欠、というわけですね。

柴山:        その通りです。さらに付け加えると、今後、データドリブン経営をするならば、解析や分析にも詳しくなる必要があると考えています。孫さんはデータを見る際に微妙な差を確認して動物的なカンで異変を察知しています。そのような能力が求められるのでしょう。

また、「データだから正しい」ではなく、アウトプットが正しいかどうかのレビューをしなければならないと考えます。データを見て「ここはおかしくないか?」と感じたところをブレークダウンしていけるような人でないと、これからの経営者は務まらないのではないでしょうか。

茶谷:          アウトプットとして出てくるまでの裏側の処理を想像しながら見分けることができないといけない、ということですね。

柴山:          実は、KDDI、ドコモ、Agoopの3社でも、解析方法だけでなく、データの基準が違っています。それを知った上で、3社のデータを正しく見るにはリテラシーが欠かせません。

例えば、メッシュ処理をするとどうしても住宅街と商店街が混ざっている場合、読み方や結果に大きな違いが出て来ます。本来、そこは用途区分で分けるようにしなければならないのですが、そのことに気付くには「このデータは何かおかしいぞ」と察知する感覚が必要です。

用途区分を分けるなど、基礎データが正しく設定されていなければどんな手法を用いても正しい値が結果として出てきません。そうした意味で、基盤データを洗練させることは非常に重要です。データサイエンティストもAIやRPAのサイエンティストも、そうしたリテラシーはまだまだ低いように感じています。

茶谷:          同じようなことがゲーム業界にいた時にありました! 海外のデザイナーに「森の背景を」と依頼すると、「針葉樹林」がアウトプットとして出てきたり、「家」と依頼しても、イメージがまるで違いますよね。コモンセンスの差が結果にもの凄く影響するということを理解するチカラは大切です。そうでなければ、実際は違うにもかかわらず「データ解析は使えない」ということになってしまいます。

柴山:          ビッグデータがバズワードになっていた時、「GAFAのような姿が目指すべき姿だ!」ともてはやされましたが、データの使い方そのものについての議論はなく、実際にビッグデータ活用ができている企業はいませんでした。

これについて、日本の一番の課題は、データを使おうとする人達のデータリテラシーが低く、情報をどう施策に生かすかを考えていない点だと考えています。データは、使い方の設計をして、取得して、情報化してこそ価値があります。それができていないなら、レクチャーしていくことも私たちの役割かもしれませんね。

一方、今回最も懸念していることは、コロナ禍で利用価値が見出された人流データをこの先どうしていくか? ということです。

データプラットフォームの統合が叫ばれていましたが、現状ではそれとは真逆の方向に進んでいます。しかし、これをインテリジェンスで繋いで仮想的に解析することは可能になるかもしれません。むしろ、データプラットフォームを分散させておいた方がレジリエンスが高まる、との見方もあるでしょう。

茶谷:          例えば、金融のデリバティブ取引は都度動かすことは難しいけれど確かに金塊はそこにある、ということを前提に売買が行なわれています。データもそれと同じで、手元から動かすことが難しいとするなら、探しに行って解析して分析することがベターだと考えられるでしょう。

柴山:          本音では、携帯会社に限らず、多くの企業や団体がデータをそれぞれ持ちたいと考えています。全てが揃っている方が本当は望ましいのかもしれませんが、それが難しいのならテクノロジーで補うよう考える方が良いでしょう。

教育を変えることから未来のデータ利活用の可能性は広がる

茶谷:          ちょうど将来についての話題に変わってきたので、ぜひ柴山さんにうかがいたいことがあります。今後、50年〜100年後、データ活用はどのように変わっていくと見ていらっしゃいますか? 

柴山:          50年後や100年後はただどうなるのか楽しみとしか言いようがありませんね(笑)。しかし、10年単位では、「ポジション争いで誰がイニシアティブを取るかの鍔迫り合いになる」と考えます。

ご存知の通り、「データが第2のオイルになる」と言われる前からGAFAはデータの取得を行なってきましたし、中国は国策としてDXを推進してきました。

では、日本はどうなるかというと、海外の先行事例をいち早く持ち込んで日本で展開すれば先行者利益を得られるという「タイムマシン経営」が勝ちパターンと言われていましたが、ここ最近は米中を見ているだけだったように感じます。米中のようなガツガツした貪欲さやエネルギーがないところが心配ですね。

茶谷

茶谷:          その「ガツガツした貪欲さやエネルギーが感じられない」というのは私も感じていることです。なぜその差が生じると考えていらっしゃいますか?

柴山:          大きな要因は教育だと思っています。例えば、算数の問題ひとつにしても、日本ではドリル形式で単元ごとに解き方を覚えるようになっていますが、海外では文理学際的な問題が多いように思います。海外で知り合いの子どもの宿題を見ていると、文章の適切な読解力がないと問題を理解できなかったり、社会や理科の知識がなければ答えを解けないようになっています。そのため、問題を解くために自分で調べるようになりますし、その経験が「情報は獲得するものだ」という意識を形成すると考えられます。

一方、日本の若手などは情報を獲得するのではなく、「教えてくださいよ」と…。解き方の知識があったとしても、ガツガツしたところがないのでしょうね…。

茶谷:          昔は日本でもガツガツしていたり、「これおもしろそう、これやってみたい!」というのを実行して、勢い余って大学を中退する、なんて人もいたのですがね(笑)。

柴山:          この、若者がガツガツしていないということは、私達の世代の問題でもあると考えています。守られた環境にいたので、むしろ枠から飛び越えることを許さない雰囲気があったのではないでしょうか。

いずれにしても、環境の違いは大きいし、教育のあり方は重要だと考えています。中国や米国では15年前の子ども達が今どんどん活躍していますが、もしこれから日本でも小学生から教育のあり方を変えていくとしたら、20年後は今の延長線上ではないことになると思います。

茶谷:          では、人の意識や法律にどのような変化が起こるでしょうか? 特に、個人情報の問題はやはりどこかで問題として大きな議論が巻き起こるように思います。

柴山:          個人情報の取得についての議論はセキュリティの問題とセットで行なわれることになるでしょう。今、個人情報の概念は、住所・氏名といったことを指しますが、実は位置情報が最もプライバシーに関わるものだと考えています。

欧米では「位置情報は個人情報と同等だ」と考えていますし、中国では「位置情報をはじめ、あらゆるデータが管理されていたとしても、健康が保たれ、社会生活に便宜が図られるなら構わない」と考える傾向が強いと言われます。しかし、いざ個人情報が漏洩すれば、その人の全てが丸裸にされる、というのは受け入れがたいことです。

私たちもその危険性を理解しているので、Agoopとしては住所、氏名などの個人情報を取得しないように配慮し、さらに位置情報も個人情報と同等として扱っています。つまり、位置情報のほか、様々な情報を組み合わせれば個人を特定することはできるのが今日の社会です。Agoopはこの点について、慎重に慎重を重ねてデータ利活用の道筋を示そうとしています。

技術の進歩によって「人が働かなくてよい世界」になったら…

柴山氏

茶谷:          では、最後の質問です。今後のテクノロジーで柴山さんが注目しているのはどのようなことでしょうか?

柴山:          技術的には5GやAI、RPAなどの進化が進むことが間違い無いのでしょうが、そうなれば「人が働かなくて良くなる世界」が来てしまうように感じます。

すでにRPAはデータのクレンジング業務もできるようになっているので、今の業務は全てAIやRPAなどでできてしまうことも不思議ではないでしょう。残るのは第一次産業かもしれませんが、養殖技術やアグリテックが進化すれば、そこはロボットが働く場になるように思います。

では、人間どうなるかというと、「人生には目標や目的、達成感がないとダメだ」ということが何となく分かっているので、そこをフォローするビジネスが必要になってくるのかもしれません。

茶谷:          もしかすると、帰宅時にAIやRPAが問題を出して、それに答えられないと家に入れない、みたいなことになるかのかもしれませんね(笑)。

柴山:          対話して友達のように接してくれるロボットが誕生したり、SFさながらに活躍して人間の未来を守ってくれるようなロボットが誕生することはないかもしれません。ただ、テクノロジーの影響を受ける最後の分野と考えられてきたデータクレンジングすらAIで対応できるようになった今、人間の仕事がなくなった先の未来はどうなるか…? 社内でも議論する機会が増えてきました。

ベーシックインカムで衣食住には困らない、という世界になったとしても、結局は文句が出てしまうでしょう。これまで「情報革命で人々を幸せに」という言葉がありましたが、それが進んだ後、仕事に生きがいや目的、目標を設定している私達はどうするか? 考えなければならない時代がくるのかもしれません。

茶谷:          私は「遊びなんだから真剣にやれ!」という言葉が好きなのですが、遊び(仕事)に来るから楽しい、という感覚はひとつの解になるかもしれませんね。

対談者プロフィール

柴山氏

柴山 和久
代表取締役社長兼CEO
株式会社Agoop

2003年、ソフトバンクBB株式会社(当時)に入社。「地理情報システム(GIS)」を活用したデータ解析システムの企画開発に携わる。2009年4月、ソフトバンクのグループ会社として株式会社Agoopを設立、取締役に就任。

2012年、ソフトバンクモバイル株式会社(現ソフトバンク株式会社)情報企画統括部 統括部長を兼務し、スマートフォンから位置情報ビッグデータを収集・ 解析し 、世界初となるビッグデータを活用したネットワーク品質改善システムを構築。ソフトバンクモバイル株式会社(当時)のネットワーク改善に貢献。2013年、株式会社Agoopの代表取締役に就任。2015年、ソフトバンク株式会社 ビッグデータ戦略本部 本部長就任。 2019年、株式会社Agoop 代表取締役社長 兼 CEOを本務とし、ソフトバンク株式会社 ビッグデータ戦略室 室長を兼務。データサイエンスのRPA化、AI化を推進している。