英国のTCFD強制適用、責任投資原則(PRI)によるEUタクソノミー適用テスト

本稿では、まず、英国政府が大手の年金の受託者に課すTCFD開示の強制適用について論じます。

本稿では、まず、英国政府が大手の年金の受託者に課すTCFD開示の強制適用について論じます。

本稿では、まず、英国政府が大手の年金の受託者に課すTCFD開示の強制適用について論じます。我が国では、TCFD賛同企業等が世界一多いことが称賛されますが、グローバルではもう一歩進んで、強制適用が検討されています。英国は、2019年7月のグリーンファイナンス戦略において、グローバルなグリーンマーケットにおいてリーダーシップを握る意思を明確にしており、2020年8月26日に公表された年金受託者に対するTCFD強制適用案は、その流れに沿っています。
次に、国連の責任投資原則(PRI)が実施した資産運用会社等40社によるEUタクソノミーの適用テストの結果に関するレポートを採り上げます。その適用可能性に疑義が表されることもあったタクソノミーですが、いよいよ実践フェーズに入ったといえるでしょう。ただし、EU域外国の企業に対しては、その適用可能性に大きな課題があることが明示されています。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ご紹介:TCFD及びEUタクソノミーに関するKPMGジャパンのサービス等

KPMGジャパンでは、GSDアプローチによるTCFDアドバイザリーサービスを提供しています。
また、EUタクソノミーに関するご相談を受け付けています。
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GSDアプローチとは、Gap analysis(TCFD最終提言とのギャップ分析)、Scenario analysis(シナリオ分析)、Disclosure analysis(開示内容・手法の妥当性分析)を指します。

ポイント

  • 英国の労働年金省は、大手の年金の受託者に対するTCFD開示の強制適用に関するコンサルテーションペーパーを公表した。強制適用は、英国のグリーンファイナンス戦略に沿ったものである。
  • 国連の責任投資原則(PRI)は、資産運用会社等40社によるEUタクソノミーの適用テストに関するレポートを公表した。EU域外企業への適用の難しさが明らかになったが、適用が開始され、投資先企業の開示が充実すれば、十分な効果を期待できると評価している。

I. 英国のTCFD強制適用への第一歩

1. はじめに

英国政府は、2019年7月に「グリーンファイナンス戦略」を公表しました※1。この戦略は、3本の柱から構成されています。
第1の柱は、ファイナンスのグリーン化です。これは、気候問題、環境問題から生じる金融に関連したリスクとビジネス機会を投融資の意思決定に反映させることで、グリーンな金融商品の市場を拡大することを指します。
第2の柱は、グリーンへのファイナンスです。これは英国の低炭素・脱炭素化社会達成に向けた金融面からのサポートを強化することで、グリーンな成長を達成することを指します。
第3の柱は、グリーンファイナンス分野において英国がグローバルなリーダーシップを獲得することです。第1の柱、第2の柱を通じて英国の金融業界がビジネス機会を獲得することで、グリーンファイナンスのグローバルな意味でのリーダーとなることを目指すものです。
英国政府は、このグリーンファイナンス戦略の中で、英国のすべての上場企業および大手のアセットオーナーに対して2022年までにTCFD最終提言に基づく気候変動リスクに係る開示を行うことを期待するとともに、強制適用の適切性について検討する旨を明示していました。
こうした流れの中で、2020年8月26日に英国の労働年金省(Department for Work & Pensions)は、コンサルテーションペーパー Taking action on climate risk : improving governance and reporting by occupational pension schemes( 以下、CPという)を公表しました※2。それは、英国の大手の職域年金等の受託(trustee)に対して、TCFDに基づいた気候変動リスクの開示を求める内容となっており、上記の2022年までの大手アセットオーナーに対するTCFD開示要請に沿う動きとなっています。

※1 KPMG Insight Vol.40 「TCFDを巡る英国の動向 ~英国のグリーンファイナンス戦略、金融規制当局の動向を鳥瞰する~」参照。
※2 意見募集は、2020年10月7日まで。

2. 英国年金基金の気候変動リスク等に対する現状のスタンス

CPでは、まず現状把握として、「年金基金等がどのように気候変動リスクやESGを活用して投資戦略を変更してきたのか」に関するアンケート結果を引用しています。
このアンケートの対象は、大手の確定給付年金30と大手の確定拠出年金10の、合計40です。
その結果、運用委託した資産運用会社の投資行動をモニタリングし、必要であれば資産運用会社を変更したり、債券、株式、オルタナティブに関する2セクター以上のアセットアロケーションを変更しているとの回答が34%となりました。彼らは、BEST PRACTICEとして評価されています。
次に37%が、資産運用会社の指名に際して、気候変動リスクを実際に考慮し、1セクターのアセットアロケーションを変更していると回答しました。彼らは、GOOD PRACTICEとして評価されています。
そして残りの29%は、最低限のことしか実施しておらず、投資意思決定に変化が生じたとするエビデンスはないと回答しました。彼らは、DOING THE MINIMUMとして評価されています。
TCFDに基づく気候変動リスクに関する開示については、13%が全項目もしくはいくつかの項目に対応(開示)しており、次の1年では全項目の対応が完了する見込と回答しています(BEST PRACTICE)。また、29%が次の1年で開示を始める予定と回答し(GOOD PRACTICE)、58%がまったく対応しておらず、次の1年で対応する計画もないと回答しています(DOING THE MINIMUM)。

3. CPの概要

CPは、職域年金等の受託者にTCFD最終提言が求める4分野(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)に関する活動(activities)を要求( regulations should require trustees to undertake the following activities)し、その活動に基づいた開示(disclosure)を要求(regulations should require trustees to make the following disclosures)するという構成になっています。
1つ特徴を挙げるとすれば、TCFD最終提言では戦略の中の一項目となっている、シナリオ分析に基づくレジリエンスを独立させている点があります。
したがって、以下ではTCFDの4分野にシナリオ分析を加えた、5分野に係る活動と開示の要求内容の概要を記載します。


(1) ガバナンス

  活動 開示 概要
G1 - 気候関連リスクとビジネス機会を継続的に監視する。
G2   年金管理者が気候関連リスクとビジネス機会を評価し、管理する。
G1.1 - 受託者による気候関連リスクとビジネス機会の監視状況を開示する。
G2.2 - 気候関連リスクとビジネス機会を評価し、管理する際の各管理者の役割を開示する。


(2) 戦略

  活動 開示 概要
S1 - 投資( 確定給付年金の場合には、短中長期の金調達戦略も含む)に影響するような気候関連リスクとビジネス機会を識別する。
S2   識別した気候関連リスクとビジネス機会が投資(確定給付年金の場合には資金調達戦略も含む)に与える影響を評価する。
S1.1 - G1、G2の責任を負う者が識別した、短中長期の気候関連リスクとビジネス機会を開示する。
S2.2 - 気候関連リスクとビジネス機会が投資(確定給付年金の場合には資金調達戦略も含む)に与える影響を開示する。

 

(3)シナリオ分析

  活動
開示
概要
S3 - 少なくとも年1回以上、受託機関が可能な範囲で、年金の保有する資産、負債、投資戦略(確定給付年金の場合には資金調達戦略も含む)のレジリエンス(強靭性)を評価する。その際には、少なくとも2つの気候関連シナリオを利用する。そのうち少なくとも1つは、産業革命前と比較してグローバルな平均気温の上昇が1.5度から2.0 度となるシナリオでなくてはならない。
S3.1 - 投資戦略(確定給付年金の場合には資金調達戦略も含む)の強靭性を受託機関が可能な範囲で開示する。その際には、少なくとも2つの気候関連シナリオを利用する。そのうち少なくとも1つは、産業革命前と比較してグローバルな平均気温の上昇が1.5度から2.0度となるシナリオでなくてはならない。

 


(4)リスク管理

  活動 開示 概要
R1 - 受託機関は、気候関連リスクを識別し評価するプロセスを継続的に採用しなくてはならない。
R2 - 受託機関は、気候関連リスクを管理するプロセスを継続的に採用しなくてはならない。
R3 - 受託機関は、気候関連リスクの全体的なリスクへの統合を確実に遂行しなくてはならない。
R1.1 - 受託機関が気候関連リスクを識別し、評価するために構築したプロセスを開示する。
R2.2 - 受託機関が気候関連リスクを管理するために構築したプロセスを開示する。
R3.3 - 上記のプロセスが、どのように全体的なリスク管理に統合されているのかを開示する。

 

(5)指標と目標

  活動 開示 概要
M1 - なくとも1つは温室効果ガス排出量の指標を選択し、少なくとも1つはその他排出量に関連しない指標を選択することで、年金資産の気候関連リスクとビジネス機会を評価する。選択した指標は常に見直す。
少なくとも四半期ごとに、上記2つの指標に関するデータを可能な範囲で入手する。
M2 - 少なくとも四半期ごとに、温室効果ガス排出量の指標と排出量に関連しない指標を利用して、年金資産の気候関連リスクとビジネス機会に対する評価を行うために計算する。
M3 - 少なくとも年次では、M2に整合するように気候関連リスクを管理するための1つ以上の目標を定める。それは、温室効果ガス排出関連でも非関連でもよい。
M4 - 少なくとも四半期ごとに、受託機関が可能な範囲で、目標に対する達成度を測定する。
M1.1 - 温室効果ガス排出量の指標と、排出量に関連しない指標とを開示する。
M2.2 - 指標に関連するデータの入手が一部にとどまっていたり、見積データである場合には、その理由を開示する。
M3.3 - M3における目標を開示する。
M4.4 - M4における達成度を開示する。

II. 国連の責任投資原則のEUタクソノミー適用テスト

1. はじめに

国連の責任投資原則(Principles for Responsible Investment、以下PRIという)は、2020年9月9日に TESTING THE TAXONOMY- INSIGHTS FROM THE PRI TAXONOMY PRACTITIONERS GROUP というレポートを公表しました。
このレポートは、EUタクソノミー※3を資産運用会社、アセットオーナーが試験的に適用してみた結果から、適用上の課題や金融当局への提言をまとめています。
EUタクソノミーは、上場企業が自らの売上や設備投資額のうちEUが定めたグリーンな基準(EUタクソノミー)に準拠した割合を開示したり、資産運用会社や投資会社が自らのポートフォリオのうちどの程度がEUタクソノミーに準拠しているのかを開示することにより、企業活動や投資活動がどの程度グリーンであるかを開示するものです。これによって、グリーンを志向する投資家は、グリーン度の高い企業や金融商品に投資することが可能になります。
このレポートは、2019年末から40社程度の資産運用会社とアセットオーナーの協力を得て開始されていることから、審議途中のEUタクソノミーを参照していることになります。
したがって、この結果をそのまま2020年6月に確定したEUタクソノミー規則(Taxonomy Regulation、以下TRという)が適用される状況に援用することはできません。しかし、レポートの目的が、EUタクソノミーを今後適用することになる資産運用会社やアセットオーナーへのアドバイス提供や、金融監督当局へのレコメンデーションの提供であることから、特段の問題はないものと理解されます。

※3 EUタクソノミーについては、KPMG Insight Vol44「EUサステナブルファイナンス(気候変動、ESG等)開示ルールの整備とわが国の対応」、KPMG Insight Vol43「EUタクソノミーの最終化、TCFDと新型コロナ危機後の世界」を参照。

2. EUタクソノミーの適用上の課題と解決案

(1) データ関連

資産運用会社やアセットオーナーが自らのポートフォリオのグリーン度を開示するには、投資先によるグリーン度の開示が必要になります。現時点ではTRが適用になっていないので、企業の開示を利用することはできない状況です。また、仮にTR適用開始後であっても、利用可能な粒度のデータが開示されない可能性もあります。
このような状況を踏まえたデータ関連の課題と解決案の概要は、以下のように提示されています。

課題 解決案
  • 必要なデータが不明確、入手不可能、数値化されていない、信頼性に問題がある。
  • DNSH※4に関する評価をデータ不足により実施できない。
  • EUタクソノミーをEU域外の投資先に適用するのは困難。
  • EUタクソノミーでカバーされていない経済活動がある。
  • 評価の対象となる経済活動が、EUタクソノミーの分類と企業の分類で異なっている。
  • 投資先企業との対話を実施して、データの不足や信頼性を補う。
  • 投資活動を行うチームとサステナビリティ専門家が協働する。
  • 投資先に対して、投資チームと協働してESGデューデリジェンスを実施する。
  • データプロバイダーの協力を仰ぐ。
  • 特にEU域外の投資先についは、他の投資家と協働する。


※4 脚注3を参照。



(2) アプローチの方法

実際にEUタクソノミーを適応するアプローチにおいて認識された課題と解決案の概要は、次のとおりです。

課題 解決案
  • EUタクソノミーを理解するのに膨大な時間が掛かる。時間を掛けたからといって、正確な解釈ができるとは限らない。
  • DNSHを評価するには、高度な専門性が必要となる。
  • 技術に関する深い洞察がないとEUタクソノミーを解釈できない。
  • データが完全でないと結論の正確性を担保できない。
  • 最初は小さなグループから始める。
  • 場合によっては、主観的な評価になることについて合意形成する。
  • 第三者を利用する。
  • 投資先企業との対話を通じて、正確な評価に近づけていく。

 

(3) プロジェクトを開始する際の留意点

課題 解決案
  • すぐに利用できるソリューションやツールは存在しない。
  • 投資家には、能力、時間、リソースなどの限界がある。
  • データプロバイダーの利用を検討する。
  • 投資先企業のうちごく一部分をサンプリングして、そこから実施する。

3. 金融規制当局へのレコメンデーション

このレポートでは、試行した結果に基づいて立法上、監督行政上のレコメンデーションを行っています。
概要は以下のとおりです。


(1) データ

EUタクソノミーに基づくグリーン割合開示は、投資先企業の開示状況に大きく依存します。正しいデータ、適切な粒度等を満たしたデータの入手可能性が重要です。

  • EUタクソノミーの開示は非財務情報の開示に含まれるが、現行の非財務情報開示の範囲を超えるものになると想定される。
    また、非公開企業、グリーンボンドの発行体についても情報開示の拡充を検討するべきではないか。
  • 現状の開示内容では、EUタクソノミー開示に利用するには粒度が粗い。事業単位、製品単位の収益開示、EUタクソノミーに準拠した企業の信頼できる開示情報が必要ではないか。
  • DNSH等に関しては、開示形式の標準化が必要ではないか。
  • 企業によるEUタクソノミー開示に対する監査、保証などの導入を検討するべきではないか。

 

(2) ガイダンス

適切なガイダンスがないと、どの企業がグリーンで、どの金融商品がグリーンなのかを統一目線で正確に判断することが難しくなります。
そこで、ガイダンスに関しては以下のようなレコメンデーションが主になされています。

  • EUタクソノミーのセーフガード※5 や質的判断基準しか示されないようなDNSHについては、チェックリストのようなものが必要ではないか。特にEU域外の企業を評価するには重要である。
  • EU域外企業にEUタクソノミーを適用するためのツールが必要ではないか。
  • 売上のEUタクソノミー準拠割合の計算に際して、損益計算書を使うのか、キャッシュフロー計算書を使うのかについて、ガイダンスが必要ではないか。
  • マルチアセット戦略を採用しているファンドは、どのようにグリーン割合のダブルカウントを回避するのか、ガイダンスが必要ではないか。
  • TRを初度適用する時点では、企業による十分な開示が行われていない可能性がある。データの入手可能性が低いことからくる資産運用会社等による開示の限界について、金融規制当局は何らかの配慮を行うべきではないか。

 

(3) EUタクソノミー関連法令の開発

今後の細かな法令の開発に際しても、いくつかレコメンデーションされています。

  • EUタクソノミーでカバーされていない経済活動を含める方向で検討することが適当ではないか。
  • EUタクソノミーに準拠しているか否かを不明確なワード、たとえば、nearやneutralなどと表現しているケースがあるが、その意味を明確化した方が適当ではないか。
  • EU域外の有価証券に投資している場合、EUタクソノミー上の取扱いをどうするのか、方針が必要ではないか。
  • 他国のタクソノミーとの調整表など、タクソノミーを開発している国との間でEUタクソノミーをどのように当てはめていくのか、検討が必要ではないか。


※5 脚注3を参照。

4. 最後に

EUタクソノミーは、当初はその適用可能性に疑義が表明されることがありました。
本レポートは、色々な適用上の課題や法令開発上の課題を提示していますが、それらは逆に、解決されれば、EUタクソノミーがグリーンを測る統一目線として機能することを意味しています。
本レポートにおいてもその前文に、Despite the practical challenges of trialling a new type of disclosure framework, many signatories demonstrated that the Taxonomy is operational and that Taxonomy–alignment results are both useful and necessary as we continue our efforts towards a more sustainable financial system.と記されています。
そこには、自信と確信が感じられます。実際に、EU域内の各企業が充実した開示を始めれば、投資家は安心してグリーン度合いを判断したうえで投資の可否を熟慮することができます。当レポートに参加した資産運用会社も、自信をもって顧客に対してグリーンな金融商品を推奨することが可能となります。
幸い、EU域外の企業に対しては現時点では適用が難しいと評価されており、本邦企業、金融機関にとっては、さもありなんという結果ですが、このEUタクソノミーがうまく市場で受け入れられた時のことを予想し、我が国におけるEUタクソノミー対策※6を正面から考えるべきタイミングが来ているように感じられます。


※6 KPMG Insight Vol44 「EUサステナブルファイナンス(気候変動、ESG等)開示ルールの整備とわが国の対応」のII我が国の対応、「「EUタクソノミー」の概要とわが国対策の方向性」(中央経済社、旬刊経理情報2020年8月10日号)、「グリーン政策によるESGマネー争奪戦始まる」(金融財政事情研究会 週刊金融財政事情2020年8月24日号)を参照。

執筆者

KPMGジャパン
コーポレートガバナンスCoE/LEAD of TCFD group
テクニカル・ディレクター 加藤 俊治

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