岐路に立つ日本の人事部門、変革に向けた一手

KPMGでは、2019年に世界中のHRリーダーに調査を行い、日本企業の人事部門の現状と課題について、グローバル企業と比較したレポートをまとめました。本稿では、その内容を紹介します。

KPMGでは、2019年に世界中のHRリーダーに調査を行い、日本企業の人事部門の現状と課題について、グローバル企業と比較したレポートをまとめました。本稿では、その内容を紹介します。

「終身雇用」「年功序列」「定年制」といった、戦後の高度経済成長で人口が急増した社会で成立した独特の雇用慣行は限界に達し、さらに今日の新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて、日本型の雇用制度が変わり始めています。本稿では、このような状況における「これからの事業推進に貢献する人事部門」について解説します。
KPMGでは、「人事部門の現状と未来への展望」を明らかにすることを目的に、2019年に世界中のHRリーダー1,362人(うち、日本65人)に調査を行い、その回答結果を基に、日本企業の人事部門の現状と課題についてグローバル企業と比較した「日本版レポート」をまとめました。当レポートでは、今後の人事部門の位置づけや組織化、ビジネスへの貢献方法、デジタル化に向けた人材データ活用、さらには今日注目されつつあるエンプロイーエクスペリエンス(従業員経験)向上への対応等、非常に示唆に富んだものとなっています。今回は、そのエッセンスを紹介します。

ポイント

  • 日本の人事部門は、現状に高い危機意識を持っているものの、人事機能の価値を高めるためのビジョンや打つべき施策が明確になっていない状況である
  • 年功序列・終身雇用をベースにした雇用慣行のもとで、日本の人事管理や人事制度は、従業員を均一の「集団」とみなして運用されてきた。しかし、今日では従業員1人ひとりが異なる価値観や能力を持つ「個人」として捉え直されており、日本は諸外国に比べてその対応が進みにくい可能性がある
  • 今後の人事部門の価値向上へのポイント:1.従業員を集団ではなく個人として捉え直し、施策やルールを検討する 2.今まで以上に現場に寄り添いながら人事問題を解決する「ビジネスパートナー」としての役割が重要となる 3.データに基づく意思決定が必要となり、従業員の「個」を適切に把握して異動配置に活かすデータ分析と活用による人材マネジメントの高度化が重要である

I. 岐路に立つ日本の人事

1. 日本の人事の現状(グローバルとの比較)

今回の調査で、グローバルと日本の結果を比較すると一定の共通点がある一方で相違点もみられました。典型的なものを以下に記載します。

(1)人事部門は価値提供部門ではなく、オペレーション管理部門と認識されている
「人事部門は、価値提供部門(バリュードライバー)ではなく、管理部門(アドミニストレータ - )としてみなされているか?」という設問に対して、日本はグローバル平均を約15ポイント上回る60%が同意をしています。

(2)タレントマネジメントの自信度が低い
優秀な社外人材の惹きつけ、社内人材の離職防止(リテンション)、社内人材の育成といったタレントマネジメントに関する自信の度合いについて確認した結果、日本はすべての項目でグローバル平均より低い結果となりました。

(3)組織内での価値創出に時間を要している
「現在多くの時間と労力を注いでいる施策」について、日本はグローバルと異なり、「組織内で価値を創出するための新しい方法の特定」が他を大きく引き離して1位となっています。一方、グローバルでは、「事業戦略に沿ったカルチャーづくり」に多くの時間と労力を注いでいます(図表1参照)。

図表1

人事部門が現在多くの時間と労力を注いでいる施策は?(複数回答)

2. 経営陣・従業員の人事部門に対するニーズの変化

このような現状の背景には、人事部門に対する経営陣および従業員の期待の変化があります。
グローバル全体でみると、従業員に対する捉え方が、異なる価値観・能力を持つ「個」へとシフトしています。しかし、日本においては、終身雇用をベースにした雇用慣行により、均一の価値観・能力を持った「集団」として捉える傾向が強く、人材マネジメントや人事制度もこのことを前提に運用されています。
グローバルで「集団」から「個」へのシフトが加速する中で、従来型の人的管理を続けていくのか、あるいはその在り方を抜本的に変えていくのか、日本の人事部門は今重要な岐路に立っています(図表2参照)。

図表2 人事部門に対するニーズの変化

人事部門に対するニーズの変化

II. 「集団」から「個」へのシフトに向けた3つのキーワード

前述の調査結果から、「集団」から「個」へのシフトに向けた取組みのポイントを「エンプロイーエクスペリエンス(EX:従業員経験)」「HRビジネスパートナー(HRBP)」「人材データ活用」の3つのキーワードに整理しました。
本稿では、ポイントのみを解説しますが、より詳しい内容については、本稿末に記載のレポート「Future of HR 2020 ~岐路に立つ日本の人事部門、変革に向けた一手~」をご参照ください。

1. 高まるエンプロイーエクスペリエンス(EX:従業員経験)への関心

従来の日本企業は、従業員を「集団」で捉える傾向が強く、「志向性の異なる個人」に焦点を当てることがありませんでした。しかし、労働市場が流動化し、労働者の価値観も多様化した今日では会社と従業員の主従関係が対等または逆転してきています。
それに対応するため、従業員個人のエンゲージメント(働きがい)を高める大きな要因である「会社での経験価値(エンプロイーエクスペリエンス)」に注目が集まっています。
本調査でも、前述の「現在多くの時間と労力を注いでいる施策」において、EXが前年(2018年)の7位から2位にジャンプアップしており、その関心は急激に高まっています。

2. ビジネスパートナーとしての期待役割の高まり(HRビジネスパートナー)

企業が対応すべき業務の複雑化に伴い、必要となる要員のスキルが高度化・多様化し、オペレーション中心であったこれまでの人事業務は限界に達しつつあります。今後は、フロントやミドルといった現場で求められる人的ニーズを把握し、量だけでなく質も見合った人材をタイムリーに供給できる必要性が高まってくることから、現場に寄り添いながら人的問題を解決できるビジネスパートナーとしての役割が重要になってくると思われます。本調査においても、「今後、投資すべき人事部の役割」として、ビジネス貢献に関する項目が最上位に上がっており、ビジネスパートナーとしての人事部は大きな期待を受けるものと考えられます(図表3参照)。

図表3

人事部門において、今後2~3年間で投資を行う必要がある役割は?(複数回答)

3. 「個」の把握と意思決定に活かせる人材データの活用

要員管理にかかわるこれまでの日本の人事業務は、“勘と経験”に基づく素案の作成と現場間の利害調整でしたが、昨今の不確実性の時代においては、データによる明確な根拠を基に経営に提言し、意思決定を促すことが求められます。
特に優秀な人材のエンゲージメントを高めるためには、従業員の「個」を適切に把握して異動・配置に活かすといった人材マネジメントの高度化は不可欠であり、人材データの活用は例外なくすべての人事部門の重要な課題となっています。本調査においても、「今後2~3年間で多額の投資を行うと予想される人事テクノロジー」の第1位に人材データ分析が浮上しており、その必要性が強く認識されています(図表4参照)。

図表4

今後2~3年間で多額の投資を行うと予想される人事テクノロジーは?(複数回答)

III. これからの人事部門は「未来」×「ソフト」志向へ

今回の調査結果を通じて、「集団から個人を重視した人材マネジメント」「全社統制組織から現場最適型組織」「経験重視からデータ重視」といった人事のトレンドが見えてきます。これまでの人事業務は、「仕組み・体制」と「日常業務対応」に偏向していましたが、これからは、風土や従業員の感情といったソフト面と将来のあるべき人事部門の姿に目を向けていく必要があります。
グローバルの先進的な人事部門は、従業員の日常の仕事やキャリア構築の過程で生じる様々な体験をテクノロジーの活用により瞬時に把握し、対応する必要があると考えています。これは従業員を甘やかすことではなく、従業員を能力を持ったタレントとみなしたうえで、その貴重な人材を引き留め、戦力として有効活用することを意味しています。
今後の人事部門の価値は、従業員1人ひとりの能力を個別に高めることではなく、所属している従業員の持つ多様なスキルや能力を統合したり分散させることを通じて各部門に配分できる組織能力がポイントになります。
さらに、従業員中心の視点を持ちながらもビジネスに沿ったカルチャー(組織風土)へのシフトを推進するとともに、デジタル化の進む職場環境に適応可能な要員を受け入れることができる能力も必要です。今後の参考として、CHRO(最高人事責任者)の取組みテーマを整理しました(図表5参照)。

図表5 これからの人事部門の役割とKPMGのソリューション

これからの人事部門の役割とKPMGのソリューション

当レポートが今後の人事部門変革の参考となれば幸いです。

執筆者

KPMGコンサルティング株式会社
パートナー 大池 一弥
ディレクター 油布 顕史

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