新型コロナウイルスにより、社会全体のパラダイムが変化しています。個人の行動様式は変わり、企業も世界規模の対応を求められています。こうした状況のなか、今後の見通しに関しては様々な予測が巷間を賑わしていますが、情報を正しく見極め、自社にとって最適な意思決定をタイムリーに行っていくことの重要性は、これまで以上に高まっています。
従来とは異なる時間軸での「非連続変化」に対応するために、マクロ動向をどう見立てるべきなのか、そして自社の事業ポートフォリオのあり方についてどのように考えるべきなのか、グローバルの知見に基づいて提言します。

ポイント

  • パンデミックへの対応ステージは「Reaction」「Resilience」「Recovery」「New Reality(Normal)」と変遷をたどる。個人・社会における生活・行動様式に変化は、企業の投資領域の優先順位に影響を及ぼす。企業は、自社のおかれた市場・競争環境の変化への感度を上げ、各ステージにおける経営の要件とその実装タイミングを見定める必要がある。
  • 非連続と言える変化の中で再考される事業ポートフォリオの再構築は、これまでと異なった視点が必要であり、選択すべき事業評価の「軸」は、対応のステージや自社のおかれた状況によって大胆かつ可変的な使い分けが要求される。ステージ別にそれぞれ「エマージェンシー型」「地産地消型」「イノベーション型」といった手法の検討が推奨される。
  • “エマージェンシー型”ポートフォリオの対象は、キャッシュポジション確保が優先される「Reaction」「Resilience」フェーズに適用される。ポートフォリオ組成に際しては、キャッシュポジションに加えて、価値毀損・創出が判別可能なROICの活用が有効となる。過去の危機と照らし合わせると4年以上の長期に亘ることも想定の上、価値毀損・創出事業を選別することが望ましい。
  • ヒト・モノ・サービスの移動制限、政治的な分断などによりサプライチェーンにも大きな影響が予想される。“地産地消型”のポートフォリオの構築により、事業の「継続性」を担保しつつグローバルサプライチェーンの高度化(リスクマネジメント)を狙っていく。適用フェーズは「Resilience」「Recovery」となる。
  • “イノベーション型”ポートフォリオの対象は、新技術Sカーブが“蛙飛び”(Leapfrog)のごとく非連続で進展する「New Reality(Normal)」フェーズとなる。この局面は「外部化・自動化・電装化」に関わる要素技術の需要が高まる可能性が高く、こうした要素技術の実装に向けたハードからソフトの流れでOTとITの技術融合を包含した事業構造転換を図るが有効となる。
  • 今回のコロナは、1.行動様式や意識に不可逆の変化を引き起こしたこと、2.影響が中長期に及ぶ可能性が高いこと、3.解決すべき社会課題にある程度の優先順位がついたこと、という3つの特徴があり「ショックからの回復・復帰」という文脈だけではない対応が求められる。問われているのは「耐え忍ぶ(暫定)施策」ではなく、「新しいやり方の模索と準備」であり、変化への適応力を組織に実装するという良い機会と捉えるべきだろう。

I. With/After COVID-19マクロ動向の考察と今後

「緊急事態宣言」が解除され、日常生活が(徐々にではありますが)戻りつつある現状ですが、COVID-19(「新型コロナウィルス」による感染症)によって、社会全体のパラダイムが変化しようとしています。個人の行動様式は変わり、企業も世界規模で「対応」を求められているという状況にあります。
こうした状況のなか、今後の見通しに関してはさまざまな予測が巷間を賑わしていますが、情報を正しく見極め、(自社にとって)最適な意思決定を、タイムリーに行っていくということの重要性は、これまで以上に高まっていると言ってよいでしょう。
そこで、今回は、企業にとって有用となる情報を提供すべく、「withコロナ、afterコロナにおける事業ポートフォリオ戦略」と表し、1つの考え方を提示したいと思います。
従来とは異なる時間軸での「非連続変化」というものの捉え方が要諦となると思いますので、まずは「マクロ動向の見立て・考察」、そして、それらを踏まえた上での「事業ポートフォリオの考え方・あり方」について、KPMGグローバルの知見を加味しつつ、提言を行います。

将来を捉えるフェーズ

将来を捉えるフェーズ

まずステージの考え方です。時間が左から右に流れていくと便宜的に表現していますが、留意点として、3つほど、挙げておきたいと思います。

  • 業種・地域・企業によってこの進み方のスピードは異なる
  • ステージが戻ることも十分にありえる(特効薬やワクチンが開発されるまでは第二波、第三波によって逆戻りも想定しておく)
  • 課題や施策はあくまで便宜的なプロットであり、このステージでこれをやるべきという意味ではない(たとえば「事業収益構造の変革」はStage3で急に始めてStage4までに終えるものというものではない)

ただし、いまの時点で自社がどのステージにいるのか、次のステージにはいつ移行しそうかを、常に考えることは重要です。ステージによって変化するものが、個人にも、企業にも、社会全体にもありますので、それらの動きに合わせて(あるいは先んじて)手を打つ必要があります。その「変化の目安」としてこれらのステージを活用していくという姿勢で良いかと思います。

なお、本稿のテーマである「事業ポートフォリオ」構築も、当然そのやり方はこのステージによって大きく変わってきます。

次に、カテゴリについてです。主に想定される変化を、個人、法人、市場の3つのカテゴリで捉えています。ポイントは、「変化」は相互に影響を及ぼす、ということです。

 

想定される主な変化とキーワード

想定される主な変化とキーワード

よって、1つのカテゴリ内での出来事が、業界、自社にとって「どう影響するのか」というシナリオ構築が重要です。影響のメカニズムに関しては、ある程度の因果関係は想定できるものの、どの程度の相関関係があるのか、トリガーがどんな閾値を超えると発動するのか、ということについて、ある程度の見立て(仮説)をもっておく、と言い換えてもよいでしょう。
さて、本論に入る前に、経営戦略立案上の論点を列挙しておきます。事業ポートフォリオの再構築だけではなく、さまざまな施策を練る上での前提として念頭に入れておくべき事項と認識しています。

  • 回復シナリオは、V/U/L/Wなどの形態で、セクターによって傾向は異なる(自動車では需要消滅と生産調整が同時に進んでおり在庫問題は生じていないことから、需要喚起政策が発動されれば生産活動も同期して急回復との読みが強いが、製造業では中国依存と在留在庫が問題となっており長期化も…etc.)
  • いまのところ回復を基本とするが、実体経済リセッション、財政政策リセッション、金融危機リセッションというリスクシナリオも考えられ、特に財政政策の巧拙は金融危機のトリガーとなり得るため、今後の各国の動向は要注目
  • いずれにせよある程度のパラダイムシフトが発生し、社会全体での生活・行動様式に変化が起こり、企業の投資領域の優先順位(取り組むべき社会課題の新しい秩序)は変わっていく(いかざるをえない)との認識
  • 企業は、自社のおかれた市場・競争環境の変化への感度を上げ、将来に対する洞察を加えると共に、各ステージにおける経営の必要要件とその実装タイミングを見定める必要がある
  • 今後、さまざまな事象の発生や憶測が錯綜すると想定されるが、マクロ動向を「当たり前」「知っている」と斜め読みせず、情報やデータの奥にあるものを血肉化することが何より重要
  • 同時に、こうした環境下においては業界地図が一変することもありうるため、機動力をもって組織を再編(環境適用)するための準備を怠らない

II. 選択すべき事業ポートフォリオの考え方

事業ポートフォリオの分析には様々な手法が存在しますが、各手法は基本的に3つの評価軸、すなわち「収益性/競争優位性」「持続性」「成長性」が用いられます。よく知られる事業ポートフォリオのフレームワークもこれら3軸を用いて策定されます。

代表的な事業ポートフォリオのフレームワーク

代表的な事業ポートフォリオのフレームワーク

現在のような非連続的な変化に晒されている状況では、個人、法人、市場という相互に影響し合うカテゴリで各々にパラダイムシフトが発生しており、企業における事業及び投資領域の優先順位付けは変わっていかざるをえない状況にあります。いきおい、有効となる事業ポートフォリオの手法は変化してしかるべき、ということになります。

事業ポートフォリオの構成

事業ポートフォリオの構成

まず変化するのが軸選択の優先順位です。各ステージに応じて、収益性、持続性、成長性と移行します。具体的には、まず収益面としてキャッシュにフォーカスすること、次いで、リスクを低減させ自社事業の持続性を向上させること、その上で新しい競争環境のなかで勝ち続けるための投資を推進するという順序です。

本特殊環境下における軸の優先順位

本特殊環境下における軸の優先順位

さらに、上記のような軸の優先順序に加え、各軸に有効な分析観点も状況に対応して変化させます。
まず、収益性を分析する観点として、これまで重視されてきた営業利益率の高低といった会計指標が、保有資産から得られるキャッシュを早期回収できているか、キャッシュを寝かせている事業でないか、というキャッシュフロー指標にシフトします。また、当該事業が将来的に継続しうるかということを、各事業の市場規模・今後の見通しや自社の強みという要素から確認することが重視されてきましたが、コロナ禍においては、短期的ひいては中長期的に自社の事業をいかに継続させ続けられるか、ということに重点を置くべきでしょう。
そして、成長性の分析観点として、業界の市場成長率(過去の推移や予測)や魅力度という要素から、変化は過去の延長線上にない、ということを認識の上、いかに迅速に成長機会を醸成し得るかという非連続な要素を意識すべきでしょう。

上記それぞれの分析観点を実践するための方法として、“エマージェンシー型”、“地産地消型”、“イノベーション型”のポートフォリオの構築が挙げられます。

各軸の今後の分析観点と実践の方法

各軸の今後の分析観点と実践の方法

III. “エマージェンシー型”ポートフォリオの組成手法

図1は、S&P500の株価を指数化した過去の経済危機における回復期間を示したものになります。これら過去の経済危機と照らし合わせると、今回の新型コロナの影響は、4年以上の期間に亘る可能性があります。

図1 S&P500の株価を指数化した過去の経済危機における回復期間

S&P500の株価を指数化した過去の経済危機における回復期間

こうした長期間の経済停滞も視野に入れて、これからの事業ポートフォリオ運営を行う想定に立つと、最優先すべきは事業運営に不可欠なキャッシュの確保となります。そのために求められるのが、エマージェンシー型ポートフォリオです。エマージェンシー型ポートフォリオの組成においては、ROICをベースに検討することが有用です。
図2はROICによる“エマージェンシー型”事業ポートフォリオ評価の枠組みです。横軸に投下資本、縦軸にROICをプロットし、各事業の営業利益状況をクイックに把握することが可能となります。ROICを用いる意味合いとしては二つあり、一つは投下資本を含むBS面でのキャッシュ投下状況であり、もう一つは事業の価値創出・毀損状況が把握できることにあります。前者はキャッシュの効率性の高い(低い)事業の判別、つまり短期的なキャッシュ創出の可能性が掴め、後者は目標水準として全社WACCを活用することで、価値毀損事業の判別、つまり中長期的なキャッシュの効率状況が把握できます。

図2 ROICによるエマージェンシー型事業ポートフォリオ評価

ROICによるエマージェンシー型事業ポートフォリオ評価

このケースにおいては、G事業を除きキャッシュを創出していることが見て取れる一方、目標水準である全社WACCに照らすと、C/D/E/F事業のみが価値創出していることが見て取れます。よって、短期的にはG事業と本社資産の扱いを検討することになり、中長期的には、A/B/H事業の扱いを検討することになります。
更に、本社費用の固定費の削減と本社資産に含まれる政策保有株及びGと/A/B/H事業は、売却対象として検討を進めます。経済危機が4年以上の長期に亘る可能性を考慮すると、現状の収益水準を維持できる可能性は低い、との見立てに立つことが理由となります。つまり、価値が見込める段階で売却を行い、その売却資金を持って価値創出事業であるD/E/F事業に投資をするといったキャッシュ確保のポートフォリオの組成が主眼となります。
ROIC評価において重要な2つの観点についても指摘しておきます。ROICは営業利益率と事業資産回転率に分解され、よりキャッシュが確保可能な事業資産回転率を重視するという判断を行うことが可能となります。図3は、図2の各事業を営業利益率と事業資産回転率上にプロットしたものです。この図を見ると、二つの検討対象があります。一つは類似のROIC水準であるC事業とD事業の扱い、もう一つは事業価値の高いF事業のこの先の扱いです。

図3 ROIC評価の詳細分析

ROIC評価の詳細分析

C/D事業の扱いですが、C事業は資産回転率が低いが収益性は高く、D事業は反対に資産回転率が高く収益性は低くなっています。これは、C事業は資本投下することで付加価値を上げる事業モデルであることに対し、D事業は薄利多売型の事業モデルあることが示唆されています。平時であればC事業にも継続投資を行い、更なる付加価値向上を狙う、というのがセオリーになりますが、こうした有事においては、自社のキャッシュポジションに応じた判断が求められます。仮にキャッシュポジションが厳しいことが予測される場合は、キャッシュ効率の良いD事業を優先し、C事業への投資は時間軸の経過とともに判断するリアルオプション的な意思決定を採用することが望ましいでしょう。このことはF事業に関しても当てはまり、同じくキャッシュポジションを見ながら、投下資本を増強するかどうかの判断が問われます。但し、F事業は圧倒的に価値を創出していることから、回復期以降のキャッシュ創出も見据えて、投資増強を図るオプションを選択することが理想的となります。

IV. “地産地消型”ポートフォリオの構築手法

サプライチェーンは、概念的には、海外依存型と、国内完結型に二分できます。

サプライチェーンの類型

サプライチェーンの類型

コロナ禍において、前者は海外のサプライヤー・顧客の操業停止の影響をダイレクトに受けました。例えば国内で電子部品を生産し、中国の組み立てメーカーに部品を納入していたある企業は、納入先の操業停止や他部品の供給停止に伴い、部品在庫を積上げたくないメーカー都合での納入停止の要請を受けることで、国内の生産能力は担保できているにもかかわらず、売上が立たない状態が継続する事態となりました。
後者においては、コロナ禍で大きく変容した需要への対応の難しさが浮き彫りとなったといえます。未曽有の事態を受けた「買い占め」に代表される需要の発生や、Stay Homeによる外食機会の減少と中食・内食の需要増といったライフスタイルの変化に対し、流通形態が追い付かないことで、生産・需要地での需給ギャップが広がる現象が散見されました
これまでのサプライチェーンマネジメントの基本は、いわば「安い・速い・楽」と整理できます。グローバル分業による「安さ」の実現、生産工程におけるJITや計画固定期間の短縮による「速さ」の実現、また、小売の仕入れ工程において、増えるSKUの管理を、人手を費やさずに行う自動発注等の「楽さ」の実現です。新型コロナウイルスによる「未曽有の事態」下では、これまで各社が進めてきたサプライチェーン高度化に向けた取組みの限界が露見したといえるでしょう。

サプライチェーンマネジメントの取組みと、その限界

サプライチェーンマネジメントの取組みと、その限界

With/Afterコロナ時代においては、大きく二つの「地産地消」型ポートフォリオの組成が事業高度化のカギとなります。海外依存型のサプライチェーンにおいては、グローバルの複数拠点において、周辺地域に閉じて独立運営可能な事業を構築する、いわば“多拠点型地産地消のポートフォリオ“。国内完結型のサプライチェーンにおいては、国内を広義の「地方」と捉え、従来の狭い地産地消から国内全域を市場と捉える、あるいは国内の需給偏在を解消する事業を構築する、といった“国産国消のポートフォリオ“です。これらの構築に向けサプライチェーンに大きく手を入れる事は不可避です。
前者の実現に向けては、拠点の再配置やそれに伴う各拠点・HQの役割分担の再整理が必要となります。後者の実現に向けては、需給変動の見える化及び見える化された需給のマッチング、そして、マッチングした需給を結びつける物流の仕組みの整備が必要となります。

地産地消型のポートフォリオ実現に向けたサプライチェーンへの変容に向け、期間別に「3本の矢」の取組みが求められます。
まずはコロナ禍の収束までの期間、足元の事業を継続させるための「二の矢」、そして、With/Afterコロナ時代において、サプライチェーンを高度化するための「三の矢」、更に、今後の変化が読めない中、どのような変化が起きても対応できる柔軟性を身に着けるための「そもそも」を考える「一の矢」です。

地産地消型ポートフォリオ構築に向けた「3本の矢」

地産地消型ポートフォリオ構築に向けた「3本の矢」

まず、事業継続に向けた短期~中期的に取組むべき「二の矢」で想定される方向性は2つあります。海外依存型のサプライチェーンに関しては、政府の生産拠点の本国回帰策や分散策を活用し、複数拠点それぞれの周辺地域に閉じたサプライチェーンへの回帰を行うことです。例えば日本政府は、2020年度補正予算に生産拠点の国内回帰を促すため、あるいはASEAN諸国等への生産拠点多元化のための補助金を盛り込んでいますが、これらの活用により、速やかに「多拠点型」地産地消のサプライチェーンを達成するための基礎固めが重要です。
国内完結型のサプライチェーンに関しては、大きく変わる需要動向に応じ、如何に流通の形態を変化させるかが短期・中期的に重要なポイントとなります。コロナ禍を機に、フードロス撲滅といった目的で、生産者と消費者を直接結び付ける、いわば「需給のマッチングプロバイダ」のようなプラットフォームが多く立ち上がり・本格展開を始めています。既存の物流網を活用してのマッチングのため規模の急拡大は望めませんが、当座の需給偏在を解消するためには、これら「需給のマッチングプロバイダを活用すること」が有効な手段の一つといえるでしょう。
その上で、事業の高度化に向け長期的に取組むべき「三の矢」で想定される方向性は4つあります。
海外依存型のサプライチェーンに関しては、「多拠点をHQで高度に集中管理する体制・仕組みの構築」が重要な取組みとなります。これは、今後もヒトの移動の制限が一定発生することを想定した際に、多拠点化した現地拠点を強力にグリップすることが求められる上、原材料など「地産地消」が難しいものの最適な差配をHQが行う必要があるからです。そのために、HQへの各拠点運営の企画・モニタリングの権限を大きく寄せると同時に、各拠点においてデジタル投資を行い、自動化・HQからの見える化を担保する取組みが求められます。
また、サプライチェーン上の「各工程のキャパシティを競合含め融通しあえるシェアリングの仕組みの整備」も必要でしょう。原材料、機械の生産キャパ、工場従業員、輸送キャパなどについて、複数社間で余剰キャパシティをシェア出来れば、過剰な冗長性を持たずに、柔軟な需給変動への対応力を高めることが出来るはずです。
国内完結型のサプライチェーンに関しては、まずは、「二の矢」で触れた「需給マッチングのプラットフォームをB to Bに拡大し、卸・小売間での需給マッチングを大々的に行う仕組みの構築」が求められます。加えて、「New Reality(Normal)」の中で起きる消費者の行動変化への対応力強化も求められるでしょう。例えば、観光業においてはかつてのように自由な行動が規制される中、現状は特定地方に行かないと買えない・食べられないものを、自宅に居ながら楽しむ需要に対応するサービスの構築は好機です。また、小売店舗においては、定番商品の在庫を多く持つことが求められる中、売場の一部を在庫効率の良いバックヤードに切替えると同時に、ネットスーパーを強化する、といった取組みにより、「マイクロダークストア」の出現が見られるかもしれません。

更に、足元の対応に追われる中、忘れられがちですが、今後想定される複数の環境変化シナリオに柔軟に対応するための「一の矢」を今すぐに放っておくべきです。新型コロナの収束タイミングや終息により戻る/変化する消費者行動、米中経済戦争の動向など、各社にとっての事業環境変化に影響をもたらすパラメータは多岐に亘る上に、専門家の間でも意見が割れています。
このような状況下において、拙速な判断を避けるため、一つの未来を予測するのではなく、今後起こりうる変化を(やや極端なものも含め)想定した複数シナリオを描き、その上でシナリオ顕在化によって変化する事業課題への対応方針を採ることが、ポストコロナ戦略の第一歩となります。

シナリオによる課題の見える化と対策の検討フレーム

シナリオによる課題の見える化と対策の検討フレーム

V. “イノベーション型”ポートフォリオの創造手法

新型コロナは、あらゆるサービスをリモートで実施する環境といった非連続な変化を強制、促進しました。イノベーションを「技術革新による不可逆的かつ非連続な変化」と定義した場合、まさしくこのWith コロナ時代においては、イノベーション型ポートフォリオの組成が有効となります。図1は、技術Sカーブを基に、新型コロナの影響による新技術の“Leapfrog”変化を示したものです。

図1 新型コロナの影響による新技術の“Leapfrog”変化

新型コロナの影響による新技術の“Leapfrog”変化

技術Sカーブは、技術の性能・成果が資源投入量により、変化する状況を示した理論です。技術Sカーブは、新興・代替技術の初期段階は、現行技術の性能を下回って登場することが通例です。しかし、新型コロナのような緊急事態での非連続変化においては、新技術Sカーブが蛙飛び(Leapfrog)のように現行技術の性能にキャッチアップする事態が生じ得ます。例えば、2011年のタイ洪水危機の記憶媒体装置(HDDとSSD) が挙げられます。当時タイは、HDDの世界生産量が第二位とグローバルで大きな供給源でした。しかし、洪水発生によりHDDの生産と供給は立ち行かなくなってしまいました。その結果、価格はHDDより高く容量は劣るものの、省電力・起動速度・静音・耐衝撃・軽量といったスペックに優れるSSDの普及が一気に拡大するという事態が起こりました。
これまでの現行技術Sカーブは、技術開発の内製化、市場拡大に向けた技術間のインターフェースの標準化、そして設計・生産におけるCAE/CAD/CAMといった情報化を重視したアナログとデジタルの並列といった取り組みでしたが、With コロナ時代では、新技術の急速なキャッチアップに備えた技術開発の外部化、三密の回避を可能にする自動化、そして、アナログ技術をデジタル化する電装化といった新技術Sカーブに対処した事業ポートフォリオ転換を進めることが求められるでしょう。実際、「外部化・自動化・電装化」という萌芽は登場しつつあります。図2は、新型コロナの影響により需要が高まる要素技術として列挙したものですが、この中の要素技術は既に活用されているものもあります。
 

図2 新型コロナの影響により需要が高まる要素技術

新型コロナの影響により需要が高まる要素技術

経理領域におけるRPA・AIは、管理部門のリモートワークにおいて急速に活用が進み、AI-OCRや電子契約、既存システム、IoT(モノのインターネット)、チャットbotとつながり、リモート接続先のオフィスや工場、倉庫で処理するといった活用が進んでいます。心理領域においては、VR/ARの活用は著しく進展し、学会やスタートアップのピッチイベントが、VR上でアバターを活用して開催されるケースや、営業シーンにおいて、カメラで投影した現実空間にARで実際の製品活用シーンやスペック比較をする、といった活用方法も登場しています。こうした「外部化・自動化・電装化」は物理、生理領域においても進展が見られます。
では、こうした「外部化・自動化・電装化」を実装するイノベーション型ポートフォリオは、どのように創造すればよいのでしょうか。検討すべきは、外部化・自動化・電装化の各要件の具現化と搭載ということになります。外部化であればCVC の活用が挙げられ、自動化・電装化はDX の推進が挙げられます。こうしたことを実現しようとなると、新たな経営資源への投資と時間が必要になります。実は、イノベーション型ポートフォリオは一朝一夕で組成できるものではなく、一定期間を必要とします。本稿では、With コロナ時代において、半ば前提条件となってきたDXのサマリーとなるイノベーション型ポートフォリオの創造プロセスについて紹介します。(図3)

図3 イノベーション型ポートフォリオの創造プロセス

イノベーション型ポートフォリオの創造プロセス

イノベーション型ポートフォリオ創造の起点は、既存アセットであるインフラ・ハードの高度化にあります。具体的には、IoT技術を活用して既存インフラ・ハードの状態を可視化し、一元管理することから始まります。これにより電装化の基盤が固まります。次にOT(制御・運用技術)に関わる製品を構成する部品・コンポーネントをモジュール化することで機能の複合化を図ります。これにより部品・コンポーネントの並行開発と多様な組み合わせが可能となるアーキテクチャとなり、外部化の要件が整います。そして、こうした各モジュールが発揮するパフォーマンスのデータを収集するIoTプラットフォームを構築します。勿論自前でIoTプラットフォームを構築することが現実的でない場合は、提携スキームなどを活用します。ここでは、顧客の製品・サービスの利用状況を常に測定することで、ビッグデータを蓄積し、イノベーションの萌芽情報・知識を獲得していくことが目的となります。これにより自動化基盤が整います。そして、IoTプラットフォームに実装されているAIプラットフォームなどのアプリケーションを活用することで、ビッグデータの収集・解析工程をルーティン化し、自律的な高度制御を実践していきます。最終的には、OTとITの融合によるPSS(Product Service System) として実装することで、製品・サービスのカスタマイズとサブスクリプションやライセンスといったマネタイズの多様化が可能となり、事業ポートフォリオ全体が「外部化・自動化・電装化」を備えたイノベーション型ポートフォリオに転換していくでしょう。
 

VI. まとめ

今回のコロナは「世界規模」「未知」であり、世界は未曽有の状況に陥りました。ワクチンや特効薬の開発時期はいまだ不透明であり、再罹患の可能性も大いにあります。さらに過去のパンデミックの歴史に鑑みると、我々は長期に渡ってウィルスと共存していく必要がある、とみてよいと思います。
考えてみれば、我々はこれまでも「XXXショック」と呼ばれる大きな変化を幾度となく経験してきており、そのたびに企業は様々な打ち手で対応してきた歴史があります。しかし、今回のコロナは、1.行動様式や意識に不可逆の変化を引き起こしたこと、2.影響が中長期に及ぶ可能性が高いこと、3.解決すべき社会課題にある程度の優先順位が付いたこと、という3つの特徴があり、これまでの「ショックからの回復・復帰」という文脈だけではない対応が求められています。
こうした環境下では業界地図が一変する可能性もあり、新しい世界での企業の対応力を問われるという意味で、これまでとは別次元の事態と捉えた方がよいでしょう。そんな中で再考される事業ポートフォリオの再構築においては、これまでとは異なった視点が必要であり、選択すべき事業評価の「軸」は、自社のおかれた状況によって大胆かつ可変的な使い分けが要求されます。今回取り上げたマクロ動向とポートフォリオの3つの型は、あくまで象徴的な例示でありますが、自社の将来を考えるにあたっての思考の叩き台として活用して頂ければ幸甚です。
いずれにせよ、問われているのは「耐え忍ぶ(暫定)施策」ではなく、「新しいやり方の模索と準備」ということは間違いないでしょう。
いろいろと述べてきましたが、本稿が今回のパンデミックの捉え方、そして今後の変化への対応ということについて、改めて考える「きっかけ」になればうれしい限りです。リスクばかりに目が行きがちではありますが、「激動の時期」だからこその「チャンス」、というものもあると思いますので、その萌芽をしっかり捉える、ということにチャレンジして頂きたいと思っています。
われわれKPMGも、日本経済の発展に向けて、今後も皆さまと一緒に汗を流していきたいと思います。