減損テストは壊れているのか?

新型コロナウイルスによる非金融資産の減損検討への影響を、簡単に整理しつつ、討議資料で議論されている現行の減損テストの課題及びIASBの暫定的な提案について解説します。

新型コロナウイルスによる非金融資産の減損検討への影響を、簡単に整理しつつ、討議資料で議論されている現行の減損テストの課題及びIASBの暫定的な提案について解説します。

国際会計基準審議会(以下「IASB」という)が2020年3月に公表した討議資料※1「企業結合 - 開示、のれん及び減損」(以下「本討議資料」という)によれば、2020年2月時点における世界ののれん残高は約880兆円※2まで膨れ上がっており、その取扱いが課題となっています。その一方、新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナウイルス」という)の収束時期によっては、のれんを含めた資産から巨額の減損損失が今後認識される可能性があります。
本稿では、新型コロナウイルスによる非金融資産の減損検討への影響を、四半期財務諸表作成の観点から簡単に整理しつつ、本討議資料で議論されている現行の減損テストの課題及びそれに対するIASBの暫定的な提案について解説します。また最後の章では、IASBにて本討議資料の作成に関与した筆者が、その提案に行きつくまでの経緯及び今後の議論の行方について触れたいと思います。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。


※1 討議資料とは、特定のトピックに関するIASBの分析及び見解を提示するものであり、利害関係者のコメントを求めて公表されるIASBの資料です。その中で示された見解は暫定的なものであり、IASBは入手したコメントを基に追加的な議論を行い、新基準又は修正基準を開発すべきか否かを決定します。

※2 米ドル為替レート2020年2月の月中平均使用。

ポイント

本討議資料のポイント

  • 現行ののれんの減損テストには、のれんの減損損失の認識が遅すぎるという課題があり、IASBは、その発生原因として「シールディング効果」の存在を挙げている。
  • IASBは、会計処理の見直し(減損テストの改善やのれんの償却再導入)により「シールディング効果」を排除することはできず、企業結合の開示を充実させることでその課題への対応を図ろうとしている。
  • IASBは、財務諸表作成者(以下「作成者」という)の負担を軽減する策として、のれんなどに対する強制的な年次の減損テストの免除及び使用価値※3計算を簡素化することを暫定的に提案している。


四半期財務諸表作成における留意点

  • 四半期財務諸表において重要な減損損失を計上する場合、直近の期末財務諸表において開示された減損に関する情報を更新して開示する必要がある。
  • 直近の期末財務諸表で検討された減損に係る見積り計算に重要な変更が生じる場合、四半期財務諸表などにその変更内容及び金額を開示する必要がある。

 

※3 IAS第36号「資産の減損」において、使用価値は資産又は資金生成単位から生じると見込まれる将来キャッシュ・フローの現在価値と定義されており、企業は使用価値及び資産の処分コスト控除後の公正価値いずれか高い金額で回収可能価額を決定するとされています。

I. 新型コロナウイルスによる四半期財務諸表への影響

新型コロナウイルスの影響を受けて、3月決算企業の多くはその期末決算においてIAS第36号「資産の減損」に基づき非金融資産の減損を既に検討されていると思います。ただ、その影響は今後も続くと予想されるため、この章では、その非金融資産の減損について、現行のIAS第34号「期中財務報告」に基づいてどのような点に留意すべきか解説します。

1. 開示への影響

四半期財務諸表において重要な減損損失を認識する場合、直近の期末財務諸表において開示された減損損失やのれんを含む資金生成単位(CGU)の回収可能価額の見積りに関する情報など(IAS第36号130項、134-135項など)を更新しなければならないことに留意する必要があります(IAS第34号15項、15B項(b))。また、直近の期末財務諸表又は同事業年度の過去の四半期財務諸表において検討された減損に係る見積り(たとえば、回収可能価額の算定など)に重要な変更がある場合には、四半期財務諸表などでその内容及び金額を開示する必要があります(IAS第34号16A項(d))。

2. 将来キャッシュ・フローの見積りの変更

新型コロナウイルスによる企業の事業活動への甚大な影響を考慮して、各国政府や国際機関は、財政刺激策や雇用助成金など企業に対する財政的支援を拡充しています。そのため、四半期財務諸表作成にあたり、直近の期末財務諸表を作成する段階で見積った状況と変わっている可能性もあるため、将来キャッシュ・フローを見積る場合には留意が必要です。また、将来キャッシュ・フローを予測する際、外部の証拠に重点を置くことから(IAS第36号33項(a))、たとえば、中央銀行やその他の信頼のおける国際機関から出されている経済予測や指標を基礎とした場合、この状況下で更新される場合もあるため、最新の情報を用いて見積る必要があります。
なお、このようなキャッシュ・フローの見積りの不確実性が高い状況下においては、IAS第36号付録Aで示されている、使用価値測定における現在価値技法のうち期待キャッシュ・フロー・アプローチ※4による見積りの方が、経済活動が通常に戻るまでの複数のシナリオとその時期を勘案できるため、本来的には望ましい見積り方法とも考えられます(IAS第36号A9項)。


※4 複数のシナリオとその発生可能性の確率を加重してキャッシュ・フロー予測を算定する方法のことです(IAS第36号A2項)。

3. 割引率への影響

キャッシュ・フローの割引に用いる利子率を決定する際に使う、リスクフリーレート及び企業特有のリスクプレミアム(資金調達リスク、カントリー・リスク及び予測リスク等)についても重要な影響を受ける可能性があります(IAS第36号A1項、A16項、A18項)。企業特有のリスクプレミアムは、企業が属する業種やその企業特有の状況により上昇する可能性があり、最終的には割引現在価値を押し下げる要因となります。特に、新型コロナウイルスの影響が大きい航空や鉄道も含めたサービス、旅行、小売及びエンターテインメントといった業界などはリスクプレミアムの大幅な上昇に留意し、割引現在価値を見積るうえで割引率の変化に注意が必要です。
 

II. 本討議資料の概要

このIAS第36号の減損モデルについて、本討議資料では課題も指摘されており、まずその点から本討議資料の解説を始めたいと思います。

1. 「too late」問題とヘッドルーム

IASBは、多くの利害関係者から、現行の減損テストではのれんの減損損失を適時に認識できず、その認識が遅すぎるという問題(以下「too late」問題)及び減損テストは複雑でコストがかかり過ぎるという問題について長年指摘を受けてきました。まず「too late」問題について、IASBはその発生原因として、「シールディング効果(Shielding effect)」の存在を挙げています※5。これは、企業結合によって生じたのれん(取得のれん)を含むCGUに存在する未認識のヘッドルーム(用語説明参照)によって、取得のれんの減損損失の認識を妨げる効果のことです。言い換えると、本来であれば認識されるはずの取得のれんの減損損失が、ヘッドルームにより覆い隠されてしまう効果のことです。


※5 IASBは、本討議資料において、その他の発生原因について触れていますが、本稿では扱っていません。

用語説明:ヘッドルーム

本討議資料において、ヘッドルームとは、CGUの回収可能価額がそのCGUにおいて認識されている資産及び負債の帳簿価額を超過する未認識の金額と定義されています。たとえば、取得事業と取得企業の既存事業とを統合し、取得のれんを既存事業が帰属するCGUに配分する場合、取得日時点において既存事業の回収可能価額に既に内在している自己創設のれんなどが該当します(図表1参照)。また、取得後に生じる自己創設のれんなども該当します。

2. シールディング効果の発生メカニズム

シールディング効果が生じるのは、現行の減損テストでは、ヘッドルームと取得のれんの合計(本討議資料では、「のれん合計(total goodwill)」と呼んでいる)の減少が、まずヘッドルームのみに配分されゼロにならなければ、その次のステップとして取得のれんへ充当されない(減損損失として計上されない)仕組みとなっているためです。すなわち、本来のれん合計の減少を、ヘッドルーム部分の減少と取得のれん部分の減少に区別かつ配分し、取得のれんを適時に減損(又は、償却)すべきとも考えられますが、取得のれん部分の減少もまずはヘッドルームに充当され得るため、現行の減損テストでは必然的に取得のれんの減損認識が「too late」となり得ます(図表1参照)。

図表1 ヘッドルームとシールディング効果

図表1 ヘッドルームとシールディング効果

3. 「ヘッドルーム・アプローチ」の開発

IASBは、シールディング効果を弱め、取得のれんの減損損失を適時に認識できるようにするために、ヘッドルームの見積金額を減損テストに含めた「ヘッドルーム・アプローチ」を開発し検討しました。ヘッドルーム・アプローチは、CGUの帳簿価額と取得時点のヘッドルーム又は前回実施した減損テストにおいて算定されたヘッドルームとの合計額とCGUの回収可能価額とを比較し、その帳簿価額とヘッドルームの合計額が回収可能価額よりも大きい場合、減損損失を計上するというアプローチです(図表2参照)。

図表2 「ヘッドルーム・アプローチ」の仕組み

図表2 「ヘッドルーム・アプローチ」の仕組み

4. 「ヘッドルーム・アプローチ」の限界

IASBは、ヘッドルーム・アプローチを採用することで算定された「のれん合計」の減少をどのように取得のれん部分とヘッドルーム部分に配分するかを検討しました。その配分方法として、IASBは、取得のれん及びヘッドルームに比例配分する方法やまず取得のれんに配分する方法などを検討しました。
比例配分する方法は、取得のれん及び自己創設のれんは単一の会計単位であり、その会計単位内に「のれん合計」の減少を配分するという考え方と整合します。しかし、その一方で、取得のれんと自己創設のれんを別個の会計単位と捉える利害関係者は、比例配分する方法も、取得のれんのみに配分する方法のいずれも互いの減少分が混合することになり、企業結合から生じた取得のれんがその企業結合の成果を適切に反映できないとして反対しました。また、作成者からは、このアプローチ自体複雑であり、財務諸表作成コストが増加するという懸念も聞かれました。
このような懸念も踏まえ、IASBはヘッドルーム・アプローチの開発を断念し、以下の暫定的な見解を示しています。

  • 現行の減損テストは、のれんを直接的にテストされるように設計されておらず、企業結合の成否に関して情報提供できるようには設計されていない。
  • 合理的なコストで減損テストの有効性を大幅に改善することは実現不可能である。
  • のれんは他の資産とともに(CGUで)減損テストを行う必要があり、シールディング効果は排除できない。

5. のれんの償却再導入の是非

前述のように、IASBは、取得のれんと自己創設のれんを単一の会計単位とみる現行の減損テストを改善することは困難であると暫定的に結論付けました。それを受けて、IASBは、取得のれんのみを別個の会計単位とみるのれん償却の再導入の是非について検討を開始しました。のれん償却再導入支持派とその反対派からは、それぞれ下記の主張がなされました。IASBにおける長い議論の結果、最終的にIASBは、のれんの事後の会計処理として、現行のモデルを維持すべきであり、のれんの償却を再導入しないと暫定的に決定しました。

のれん償却再導入支持派 のれん償却再導入反対派
厳格で運用可能な減損テストを考案できれば、のれんを償却せず毎期の減損テストのみで足りるとする過去のIASBの判断は、識別された課題及び減損テストの有効性を大幅に改善できないという結論からすると再考すべきである。 のれんの耐用年数を見積ることは不可能であり、いかなる償却費も恣意的になり得ることに変わりはない。
世界的なのれんの帳簿残高が毎期増加しているという研究もされており、その原因はまさに現行の減損テストから生じる「too late」問題である。 のれんの帳簿残高の増加は、近年のビジネス特性の変化や未認識の無形資産が作り出す価値の増加といった複数の理由が考えられ、会計処理の影響により増加しているとまでは言えない。
取得のれんは、その便益の費消により価値が減耗する資産であり、以下の理由から、償却が必要である。
  • そのコストを加味しながら、企業結合の成果を判断すべきである。
  • のれんを償却することで、取得のれんが自己創設のれんに置き換わることを阻止し、自己創設のれんの認識を禁止しているIAS第38号「無形資産」と整合する。
  • 現行の減損モデルでは、期間償却すべき性質のものが、減損損失として一括計上されてしまう(償却することにより、巨額の減損損失の発生を抑制できる)。
取得のれんの一部の構成要素は、確定できない期間において維持されるため、価値が減耗する資産ではない。
  • そのコストは恣意的であり、企業結合の成果を正しく表さない。
  • 取得のれんと自己創設のれんを区別することは、実際の経済事象を適切に表現できておらず、取得のれんの便益が費消され自己創設のれんに置き換わっているという主張も適切ではない。
  • のれんを償却することで、本来減損損失として認識すべきものが、のれんの償却として誤って区分されてしまう。
償却でのれん残高を減少させることで、結果的に減損テストの実施を容易にし、かつ、コストを軽減することができる。 のれんを償却しても減損テストの実施は必要であり、特に最初の数年間は、減損テストにかかるコストを大幅に削減できない。

6. 企業結合の事後的な成果に関する開示

IASBは、現行の会計処理を見直すことでは「シールディング効果」を排除できないため、IFRS第3号「企業結合」の開示要求事項を改善することにより、企業結合の成果に関する情報を提供することを提案しています。また、その改善により、被取得企業の買収理由や買収対価の算定方法についての十分な情報を提供することも提案しています。具体的には、以下の提案をしています。

  • 明確な開示目的の策定
    企業結合の開示目的が、被取得企業の買収理由、買収金額の算定方法及び企業結合の事後的な成果の開示であることを、開示目的を規定しているIFRS第3号59項を改訂し明確化する。
  • 企業結合が生じた会計期間における開示の改善
    企業結合が生じた会計期間において、企業結合の戦略的根拠※6、企業結合に対する経営者の目的及びその目的の達成度合いをモニタリングする指標(モニタリング指標)※7の3つを具体的に開示する。
  • 企業結合の事後的な成果の開示
    事後的な企業結合の成果が追えるように、前述のモニタリング指標を、企業結合が生じた会計期間のみではなく、その後の会計期間についても開示する。

 

※6 「戦略的根拠」は、取得企業の全社戦略における企業結合の位置付けの説明であり、「企業結合に対する経営者の目的」は、その戦略遂行上、経営者が企業結合から達成しようとする目的を意味しています。そのため、「戦略的根拠」は、どちらかといえば全社的な戦略から企業結合を分析した開示を想定し、「企業結合に対する経営者の目的」は、企業結合自体に焦点を当て、経営者がその企業結合から達成したい目的を開示させることをIASBは想定しています。

※7 IASBは、取得企業が被取得企業を取得する段階において、一般的に経営者が企業結合の目的の達成度合いを測る指標を予め決定していると考えており、経営者が取得日以降に使うことを予定している当該指標を継続的に開示させることを提案しています。

7. 減損テストの簡素化

IASBは、「too late」問題とは別に、減損テストの複雑性及びコストという課題に対応するために以下を提案しています。

  • 強制的な年次の減損テストの免除
    IASBは、企業が減損の兆候の有無にかかわらず、のれん及び耐用年数を確定できない無形資産に対する減損テストを年次で実施しなければならず(IAS第36号9項10項)、不必要なコストが生じていると考えました。また、減損テストでは「シールディング効果」を取り除けず、減損テストの実施コストを正当化するのが困難と考え、年次の減損テストを免除することを暫定的に提案しています。
  • 使用価値の見積り計算の簡素化
    IASBは、企業が使用価値の見積りにあたり、確約されていないリストラクチャリング又は資産の拡張から生じる将来キャッシュ・フローを直近の財務予算・予測から除外しなければならず(IAS第36号33項(b)、47項、48項)、減損テストの実施コストが過大になっていると考えました。また、税引前キャッシュ・フロー及び税引前割引率に基づいて使用価値を見積ることが(IAS第36号50項、51項、55項)、実務と乖離しており、企業に不必要な負担をかけていると考えました。
    そのため、IASBは、リストラクチャリング又は資産の拡張から生じる将来キャッシュ・フローを将来キャッシュ・フローの見積り計算に含めること、税引後キャッシュ・フロー及び税引後割引率の使用を許容することを暫定的に提案しています。

III. IASBにおける議論の経緯と今後の行方

本討議資料で示された暫定的な提案のうち、現行基準からの変更となり得るものは、企業結合の新たな開示事項(前述II. 6)、強制的な年次の減損テストの免除及び使用価値の見積り計算の簡素化(II. 7)のみとなります※8
ただ、筆者はIASBでの議論に関与する中で、本討議資料の提案が(現行基準から変更とならない提案も含め)変更される可能性が高いと考えています。なぜなら、のれんの償却再導入を例にして考えると、再導入しないと決めたものの、14名のIASB理事のうち再導入反対派8名、再導入賛成派6名という状況であり、反対派8名のうち3名は、IASBボード会議の中で、両論とも甲乙つけがたく本討議資料に対するコメントを得てから判断すべきとの意見を当初述べました。しかし、採決の段階において、議長から「現段階の意見を関係者に示すべき」という発言を受けて、3名全員がその時点では反対派に票を投じました。このような経緯を加味すると、筆者は、本討議資料後の追加的な検討次第でのれんの償却再導入へ舵を切る可能性も十分にあり得ると考えています。
また、今回の新型コロナウイルスの影響で仮に巨額の減損損失が認識された場合、のれんの償却再導入支持派からは、本来期間償却すべきものが減損損失として一括計上され、経営の安定性を欠くという主張が強くなされる可能性もあり、今後の議論に影響を与えると考えています。
さらに、企業結合の新たな開示事項については、一部の作成者から、企業の機密情報の開示に繋がるといった声や将来予想に関する情報を財務諸表に開示することで訴訟リスクが高まるといった懸念が聞かれており、IASBは作成者を対象に今後調査活動を実施することを予定しています。その中で作成者の意見も踏まえ、現在の提案内容の一部が変更される可能性も十分にあり得ると筆者は考えています。
最後に、新型コロナウイルスの影響により認識され得るのれんの減損損失について、前述の「シールディング効果」の影響を勘案すると、現行の減損テストの仕組みでは、取得のれん部分の減少よりも少額の減損損失しか認識されていない可能性もあると筆者は考えており、取得のれんの減少が正しく減損損失として認識されていないおそれもあることを最後に付記したいと思います。


※8 IASBは、これ以外に「のれんを除く資本合計」金額を貸借対照表の1つの表示科目またはその外で独立掲記して表示することなどを提案していますが、本稿では扱っていません。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
会計プラクティス部
マネジャー 大津 喬章

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