ESPフォーキャストなどの見方 - "コロナショック"をどう読むか -
第4回目は、日本経済研究センターが毎月公表する「ESPフォーキャスト」や日銀が3か月に1度公表する「展望レポート」などの見方を解説します。
第4回目は、日本経済研究センターが毎月公表する「ESPフォーキャスト」や日銀が3か月に1度公表する「展望レポート」などの見方を解説します。
1.使い勝手の良い「ESPフォーキャスト」
7月9日には、「ESPフォーキャスト」(7月号)が公表される予定となっている。
これは、「公益社団法人日本経済研究センター」が、国内で代表的なエコノミスト約40名に対して行っているアンケートの集計結果である。アンケートでは、日本経済の株価・円相場を含む重要な指標の予測値や総合景気判断等についての質問票を送ってそれに毎月回答をもらい、その集計結果から、今後の経済道教や景気の持続性などについての民間エコノミストの見方を明らかにするものである。
日本経済研究センターは、1963年に日本経済の発展に寄与することを目的に事業を開始した非営利の研究機関だ。学界・官界・産業界との幅広いネットワークを持ち、内外の財政・金融・経済・産業・経営などの諸問題について、調査・研究をしている。現理事長は岩田一政氏(元日銀副総裁)である。
「ESPフォーキャスト」は、「コンセンサスフォーキャスト」などとも呼ばれ、日本のエコノミストの見方を集計した結果としての「平均的な予測」を知ることができる。
提示されるデータは、「無料で公開されるもの」と「年会費(年6万円+消費税)を支払って入会した会員限定のもの」に2分されている。
このうち「無料で公開されるもの」のイメージはこちらで見ることができる。
ここからわかる通り、[1]四半期ベースの日本の実質経済成長率(前期比年率)、[2]3年度についてのGDP成長率、[3]四半期ベースの消費者物価上昇率、[4]四半期ベースの失業率などが分かりやすく示されており、民間事業者が「先行き予想」も含めて参考にするときの使い勝手が良いものだと言える。
2.日銀「展望レポート」
次の週の7月15日(水)には、日銀によって「経済・物価情勢の展望(2020年7月)基本的見解」が、翌日16日(木)には「経済・物価情勢の展望(2020年7月)背景説明を含む全文」が公表される予定となっている。これらは一般には「展望レポート」と呼ばれている。
日本銀行は、通常年8回程度の頻度で「金融政策決定会合」を開催している。このうち、1月、4月、7月、10月の会合で展望レポートを決定し、公表している。
日本銀行が四半期ごとのほぼ決まった時期に日本経済・金融の状況を精査し、文章化するもので、通常は「月末」に開催されることが多い(例えば昨年7月の展望レポートは7月30・31日の公表)。今年2020年の7月は、東京オリンピックの開催が予定されていたこともあって、例年よりも前倒しした公表日程になっていたものと推測される。
上述のとおり、「基本的見解」と「背景説明を含む全文」の2回に分けて公表される資料のうち、前半(基本的見解)は、7~10頁程度のコンパクトなものだ。その翌営業日に公表される「背景説明を含む全文」は約50頁である。
「基本的見解」の中では、最後の2頁に「(参考)〇~●年度の政策委員の大勢見通し」という表題を持つ部分があり、その中で4年度程度の期間について、実質GDP成長率と消費者物価指数の前年度比伸び率について、政策委員の見通しがどのあたりにあるかを公表している。
本年1月の展望レポートまでは、この表の中に原則として9人いる日銀政策委員の見通しの「中央値」(9人の場合、上から数えて5番目の値)が表示されていたが、コロナショックで日銀政策委員の見通しそのものの出し方がそれまでの「特定の数値で提示する」かたちから「幅(レンジ)で提示する」かたちに変更になったため、「中央値」の表示は消えてしまった。
このため、これらの期間における政策委員の見方の「だいたい真ん中の数字」を知ることはやや難しくなり、かつてに比べて「一般市民にとっての使い勝手」は多少悪化した。
図表 2020年4月の「展望レポート」(基本的見解)の第6頁に示された表
(単位:対前年度比、%)
実質GDP |
消費者物価指数(除く生鮮食品) | ||
---|---|---|---|
(参考)消費税引き上げ・教育無償化政策の影響を除くケース | |||
2019年度 | - 0.4~ - 0.1 | +0.6 | +0.4 |
1月時点の見通し | +0.8~+0.9 | +0.6~+0.7 | +0.4~+0.5 |
2020年度 | - 5.0~ - 3.0 | - 0.7~ - 0.3 | - 0.8~ - 0.4 |
1月時点の見通し | +0.8~+1.1 | +1.0~+1.1 | +0.9~+1.0 |
2021年度 | +2.8~+3.9 | 0.0~+0.7 | |
1月時点の見通し | +1.0~+1.3 | +1.2~+1.6 | |
2022年度 | +0.8~+1.6 | +0.4~+1.0 |
(オリジナルには、4つの細かな注記がなされているが、ここでは省略している)
なお、展望レポートの「基本的見解」のメインパートは、「わが国経済・物価の現状」、「わが国経済・物価の見通し」、「経済・物価のリスク要因」の3つのパートに分けて、文章による丁寧な説明がなされている(さらにそれを支える詳細な説明が「背景説明を含む全文」に記載されている)。
日本の経済や物価の先行きについてのリスクが高まっているときには、特にこの3つのパートのうちの「経済・物価のリスク要因」のパートにどのように記載されているか、3か月前の同じ部分と比べてどのような記述が追加(削除)されているか、を注目すると、日銀の問題意識(の変化)を理解することができる。
3.日本政府の景気判断
あまり広く理解されていないように思うが、日本政府の景気判断は次の3通りの形で示されている。
(1)毎月、月の後半に開催される「月例経済報告」で示される判断
(2)毎月、月の前半に統計として公表される「景気動向指数」の速報の中に示される「一致指数の基調判断」
(3)「景気動向指数研究会」という内閣府経済社会総合研究所長の研究会(現在の座長は吉川洋立正大学経済学部教授)の議論を踏まえて設定される「景気基準日付」による「景気の谷・山」の判断
この3つのうち、日本経済を「長い目でみる」場合に重要なのが(3)の「景気基準日付」による「景気の谷・山」の判断であることには間違いがない。しかし、この研究会の開催頻度は稀であり、かつ、実際の景気の変動に対して長い期間を経過した後に「谷」や「山」の判断が下される。このため、短期的な景気の判断をしようとする際には、参考にしにくい。
(2)の「景気動向指数」の速報の中に示される「一致指数の基調判断」については、次の点を押さえておく必要がある。
- そもそも景気動向指数というのは、生産・在庫・投資・雇用・消費・企業経営・金融・物価・サービスなど、幅広い項目それぞれについての公的な統計・指標の動きを統合することによって、 景気の現状把握及び将来予測に資するために作成された指標である。
- さまざまな経済指標は、景気の動きに「先行」・「一致」・「遅行」して動くものとして3つに分類される。
- そのうち「一致」するものから作られた「一致指数」の変化の仕方を一定のルールで言葉により表現したものが「一致指数の基調判断」として示される。
この基調判断は次の6種類の言葉([1]改善、[2]足踏み、[3]上方への局面変化、[4]下方への局面変化、[5]悪化、[6]下げ止まり)から選ばれることが決まっている。
なお、現時点で最新の「景気動向指数(速報)」は6月5日に公表された「2020年4月分」であり、「一致指数の基調判断」の部分には「景気動向指数(CI一致指数)は、悪化を示している。」と明記されている。
(1)の「月例経済報告」で示される判断が、わが国のマスコミでは一番取り上げられることが多いように思う。(2)の景気動向指数が、さまざまな公的な統計・指標から機械的に作られるのに対して、「月例経済報告」は統計・指標の他にさまざまなヒアリングや民間統計なども踏まえて判断される。その意味で「総合的」ともいえるし、「主観的」ともいえる。結果的に、同じ政府が同じ月に出すものでありながら、(1)の「月例経済報告」の判断と(2)の「景気動向指数」の速報の中に示される「基調判断」が食い違うことは頻繁に生じる。
なお、「月例経済報告等に関する関係閣僚会議」に内閣府が必ず提出する資料は、その会議の開催時点で政府が注目する情報が示されている点で注目に値する。
執筆者
有限責任 あずさ監査法人
金融アドバイザリー部
ディレクター 水口 毅