IMFの経済予測を読み解く(2/2)- "コロナショック"をどう読むか -

本連載の第2回目は、「IMFのエコノミストが、コロナショックが経済に与える影響をどのように読み解いたか」を解説します。

本連載の第2回目は、「IMFのエコノミストが、コロナショックが経済に与える影響をどのように読み解いたか」を解説します。

1.IMFはコロナショックをどう読み解いたか

本連載の第1回記事では、4月14日に公表されたIMF世界経済見通しについて、主な「数字」を説明した。ただ、より注目すべきは「IMFのエコノミストが、コロナショックが経済に与える影響をどのように読み解いたか」である。

この点、IMFの説明は、以下の7点にまとめることができる。

(1)世界全体で人命が失われており、かつそれが増加し続けている。

(2)人命を守るために、隔離・封鎖・様々な閉鎖(「封じ込め措置」)が必要となっている結果(注:4月中旬当時)、経済に深刻な打撃が生じ、かつ続いている。

(3)2020年の景気後退(標準シナリオでの予測値▲3%)は2008-9年の世界金融危機のときのそれ(2009年の実績値▲0.5%)を大きく上回る深刻さである。

(4)上記「標準シナリオ」は、次の「仮定」を置いている。
- パンデミックが今年の後半には収束に向かう(fade)。
- それに伴い、さまざまな「封じ込め措置」が次第に解除に向かう。

(5)しかしながら、この予測自体が「極めて不確実性が大きい」(There is extreme uncertainty)。
- 理由:この予測が以下に挙げる諸点の「予測困難な相互作用」に左右されるから。

1.パンデミックの今後の展開。

2.さまざまな「封じ込め措置」の強度と効果

3.経済の供給サイドのトラブル(例:サプライチェーンの障害、原油の供給過剰化)の影響

4.金融市場の急変が及ぼす影響

5.個人や法人の支出の変化

6.その他の行動(ショッピングモールや公共交通機関の利用の減退など)

7.個人や法人の「コンフィデンス」の低下

8.(原油を含む)商品価格の乱高下

 

(6)危機が、以下の「多重危機」(multi-layered crisis)になっている。

1.公衆衛生・医療危機

2.各国の国内経済の混乱

3.各国にとっての外需の激減

4.国際的な資本の流れの逆流

5.商品価格の急落

 

(7)実際の経済が「標準シナリオ」よりも、悪い展開になる(下振れる)方向にリスクが偏っている(Risks of a worse outcome predominate)。

2.3つの「代替シナリオ」を示していた前回のIMF世界経済見通し

今述べた通り、4月のIMF世界経済見通しは「実際の経済が「標準シナリオ」(図表1)よりも、悪い展開になる(下振れる)方向にリスクが偏っている」としたうえで、3つの「代替シナリオ」を示した(図表2)。

IMF自身で「極めて不確実性が大きい」とした4月の世界経済見通しにおける「標準シナリオ」は、「代替シナリオ」3つとあわせて全部で4つ作ったシナリオの中では、ベストの展開を予想するシナリオだったことがわかる。

(図表1)IMF世界経済見通し4月の標準シナリオ(結論骨子)

 

2019年

2020年

2021年

世界全体GDP前年比

+2.9%

▲3.0%

+5.8%

(図表2)3つの代替シナリオの仮定と帰結

 

仮定

帰結

封じ込め措置」に標準シナリオの仮定(上記(4))比およそ50%長い時間を要した場合

下図の青:

2020年の実質GDPが、
標準シナリオ比約3%下振れる
(前年比約▲6%になる)。

2021年に(2020年に比べればマイルドではあるものの)感染第2波が来た場合

下図の紫:

2021年の実質GDPが、
標準シナリオ比約5%下振れる
(前年比+1%弱程度になる)。

代替シナリオ1と2両方の仮定が両方とも実現してしまった場合

下図の緑:

2021年の実質GDPが、
標準シナリオ比約8%下振れる
(世界経済の縮小<マイナス成長>が続くことになる)。

WEO第1章、15~16頁 「Scenario Box」から抜粋

WEO第1章、15~16頁 「Scenario Box」から抜粋

3.新聞の報道を丹念に読めばわかる?

以上、前号から続いて今年4月に公表されたIMF世界経済見通しについて、かなり細かく説明した。毎回このように一生懸命見るのも面倒だろう。私自身、毎回それほど真剣にみているわけではない。

今年の4月は、私が勤務する監査法人の内部でIMF世界経済見通しに対する関心が、異例なほど高かったため、私はその「公表時刻」(4月14日午後10時)きっかりにIMFのサイトにアクセスし、その直後に日本の経済紙の電子版にアクセスした。その結果、日本の経済紙の記者は、IMFの公表時刻よりも前に公表資料を渡されていて、IMFの公表時刻きっかりに「報道開始可」の扱いになっていることがわかった。そして、その記事には、上記の「代替シナリオ」も含め、非常に分かりやすい説明がなされていた。

経済情報を見る時には、本誌のような「知見を提供する資料」に目を通してある程度の「勘」を得た上で、経済紙を丹念に読めば、最新の経済情報を自分のものにすることが出来ると思う。

4.IMFの調査部門の優秀さ

私がIMF世界経済見通しをお勧めするのは、それを書いている調査部門のスタッフが非常に優秀だと考えるからである。

今から15年ほど前、2000年代央のIMFのチーフエコノミストはラグラム・ラジャンという人だった。当時はグリーンスパンFRB議長の時代で経済が非常にうまく進んでいると皆が思っている時代だった。ラジャンは、2005年、米国ワイオミング州のジャクソンホールで行なわれたカンザスシティ地区連銀主催のシンポジウムで、「金融セクターに惨事の種が蒔かれている」と警告した。アラン・グリーンスパンFRB議長にとってその任期中の最後の会合でそんな不吉な予言をしたため、かなり強い批判を浴びた。本人は「飢えかけたライオンの集いに迷い込んだ初期キリスト教徒のような心地がした、というのは言い過ぎだろうか」と心中を吐露しているが、その3年後、リーマンショックの到来によって、ラジャンの分析が正しかったことが証明されたのである。

現在のIMFのチーフエコノミストは、ギータ・ゴピナートである。ラジャンと同じインドの出身で、初の女性のチーフエコノミストである。

IMFの中でもトップのポジションである専務理事の人事には国際政治が色濃く影響しているとみられるが、チーフエコノミストの人事は能力主義で行われているのだろう。ゴピナートに対する評価は、今後の経済の展開との関係でなされることになるのだろうが、次回の経済見通しにおける説明も含め、注目される。

5.「下方修正」されるかもしれないIMF世界経済見通し

前回のIMF世界経済見通しが4月14日に公表されてから2か月余が経った。この2か月余の展開は、IMFが4月に描いた見通しと比べてどうだったのだろうか。

日本をはじめとして各国では経済活動の再開を図る動きがみられている。他方、「第2波」「第3波」への警戒感も根強い。新興国・途上国では感染者の数はなおかなり高い水準にある。実体経済の回復にはまだ相当に長い時間がかかるとの見方もある。

この間、日米等の株式市場では、これを書いている6月中旬時点で、将来の景気回復を「先取り」したバブル的な状況がみられ、またその動きも激しい。

IMFのチーフエコノミストであるゴピナートは、6月12日に公表したビデオで、「引き続き不透明感は非常に強いが、近く公表する「見通し」は、4月に公表したものよりも下方修正される(予測値が悪くなる)可能性がかなり高い」と述べた。また、「経済の回復の道筋に大きな懸念がある」とし、次のような点を指摘した。

1.危機の根深さ

2.(立ち行かなくなった産業から生き残った産業への)労働力の再配置をどのように進めるかという問題

3.倒産の発生と支払い不能の問題

4.消費者行動の変化

そのうえで、「これらの要素の多くが、世界経済に大きな傷を残す可能性があることを示唆している」と語った。

次回の「IMF世界経済見通し」は、例年よりも早く、6月24日に公表の予定だ。IMFが、どのような予測値を示し、またどのような説明をするかについて、注目したい。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
金融アドバイザリー部
ディレクター 水口 毅

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