【第15回~TCFDを旅する~】COVID-19とガバナンス、そして気候変動リスク

TCFDを旅する ~サステナビリティを目指して~ 第15回:ICGNから新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策として2020年4月23日に公表された“Statement of Shared Governance Responsibilities”をご紹介します。

ICGNから新型コロナ対策として2020年4月23日に公表された“Statement of Shared Governance Responsibilities”をご紹介します。

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本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをお断りいたします。

1. はじめに

COVID-19(新型コロナ危機)に対処するために、ICGNは“Statement of Shared Governance Responsibilities”を投資家と企業に対して公表しました。その趣旨は、新型コロナ危機及びその後の新しい時代(new reality)に向けて、コーポレートガバナンスに関連した課題の優先順位を見直すことにあります。

新型コロナ危機によって主に従業員等のステークホルダーに対する社会的課題にスポットが当たり始めました。それは、株主資本主義からステークホルダー資本主義へと移行する流れに沿う内容です。一方で、当該危機の前から長い間エンゲージメントの中心テーマの1つであったサステナビリティ、その中に含まれる気候変動リスクなどは継続的に優先順位の高いテーマとして言及されています。
“Statement of Shared Governance Responsibilities”の概要は下記のとおりです。

ICGN(国際コーポレートガバナンス・ネットワーク:International Corporate Governance Network)は1995年に設立されました。47か国の機関投資家が参加し、運用資産総額は54兆米ドル超です。そのミッションは、効率的なグローバル市場と持続的な経済の促進に向けた実効的なコーポレートガバナンスの構築と投資家のスチュワードシップの醸成です。

2. 投資家に向けたガバナンスの優先事項

(1) Long-term perspective(長期的な視点)
投資家はfiduciary duties に基づいて長期的な視点でコーポレートガバナンスの問題に対処するべきである。直近の投資リターンの減少は痛手ではあるが、市場価格や配当の減少はこの危機下でも財務的安定を確保するために受け入れるべきである。そして個々の企業、金融市場、経済の長期にわたるサステナビリティに注力するべきである。

(2)Climate change(気候変動)
新型コロナ危機は緊急に対応しなくてはならない優先度の高いリスクであるが、一方で株主は、気候変動リスクをビジネスモデル、リスク管理システムに組込んで当該リスクを識別、監視、管理する手法に取締役会が取り組むように継続して働きかけるべきである。これらのリスクは、気温上昇による地球温暖化で経験したように予見可能かつ測定可能である。新型コロナ危機と気候変動リスクは、危機後の再活性化及びグローバル経済の脱炭素化のために同時に管理されるべきシステミックな危機である。これらのシステミックな脅威によるネガティブな効果を低減するためにアクションを取ることは、将来世代が経験する脅威のインパクトを著しく減少させることになるだろう。

(3)Capital allocation(資本配賦)
投資家は、長期戦略に基づいて資本配賦が決定されるものと期待している。それはステークホルダーの利益、資本提供者のニーズに基づいている必要があり、企業の財務健全性を維持したものとなる。投資家は、財務的リスクを評価し、資本配賦に関するサステナブルなアプローチについて企業と対話することを期待している。

(4)Short selling(空売り)
資本市場が効率的であることは、全ての投資家にとっての利益となる。空売りと高頻度取引(HFT)は市場への信頼性を低下させる可能性がある。市場のボラティリティの増加によって利益を得ようとする投資家には、金融市場の安定性を確保することを要請する。ICGNは、ESMA(欧州証券市場監督局)が投資家に対してネットの売りポジションを各国当局へ報告する基準を厳格化したことを支持する。

(5)Comprehensive monitoring(包括的な監視)
投資家は企業の行動に柔軟に対応しサポートするべきであるが、コーポレートガバナンス基準からの重大な逸脱がないか監視しなくてはならない。企業に対する評価は、個々の経営環境、財務的成果、長期的な成長可能性によって異なってくる。最近の危機により業績悪化に直面している企業はモニタリングの優先度を上げるべきである。

(6)Sustainability(持続可能性)
投資家は、企業の長期的な業績やサステナブルな成功を促進し、重要なESG要素を投資意思決定及びスチュワードシップ活動に統合する必要がある。企業はこの目の前の危機に集中することになるが、その一方で投資家は、企業の長期的な業績見通しに影響を与え、システミックなリスクを創出しかねないサステナビリティ、重要なステークホルダーに関する課題について継続的に優先順位の高いテーマとして取り扱わなくてはならない。

3. 企業に向けたガバナンスの優先事項

(1)Social responsibility(社会的責任)
企業は全ての従業員等の健康と福祉に注力し、公平に扱わなくてならない。特に社会保障が脆弱な国、存在しないような国においては、解雇は回避しなくてはならない。女性従業員は多くの場合男性従業員よりもパートタイムや低賃金である場合が多いが、新型コロナ対策の最前線で働いているケースが多く、特に配慮を要する。

(2)Executive remuneration(役員報酬)
経営幹部の報酬ポリシーは、従業員との関係、特に従業員の解雇、レイオフプログラム、支給水準の低下などとの関係を反映するべきである。企業の長期的な財務健全性を確保することの重要性は高く、ボーナス支給よりも優先順位は高い。報酬ポリシーは上級経営陣と従業員との間の公平性を模索するべきであり、財務的な損失は適切にシェアされなくてはならない。

(3)Dividends(配当)
パンデミックの深刻な影響を受けている企業では、配当は実質的に削減されるか、完全に停止されるべきである。一方で、配当は年金受給者等にとっては重要な収入源であることから、企業は長期的な財務安定性を確保できる限りにおいて、配当支払いを継続するべきである。

(4)Capital raising(資本調達)
いくつかの企業は、事業継続のために追加の資本調達が必要になると予測される。既存株主の希薄化は一定程度生じるとしても、効果的な資本調達のための規制対応は支持されるべきである。

(5)Annual General Meetings & director elections(定時総会と取締役選任)
多くの企業がバーチャル総会を開催していると想定される。バーチャル総会であっても通常の定時総会と同様に株主の質問権が適切に行使されることを推奨する。
投資家は、危機を通じた企業運営において取締役がそれに見合うコンピテンスを有することのエビデンスを求める。これには事業運営、長期戦略に関する知見が必要であり、この危機下において安定的な企業運営を担保するための取締役の任期延長につながる可能性がある。

(6)Corporate reporting(企業情報開示)
規制当局は、アニュアルレポートの提出期限などを延長している。投資家、監査人は、キャッシュフロー計算書、リスクシナリオに基づくプランニング、資本配賦などに注目している。アニュアルレポートでのレジリエンスに関する記載として、新型コロナのパンデミックに対してどのように対処しているのかを開示することは新たな優先事項であり推奨される開示方法である。

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※ GSDアプローチとは、Gap analysis(TCFD最終提言とのギャップ分析)、Scenario analysis(シナリオ分析)、Disclosure analysis(開示内容・手法の妥当性分析)を指します。

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執筆者

KPMGジャパン
コーポレートガバナンスCoE/TCFDグループ
テクニカルディレクター 公認会計士 加藤 俊治

TCFDを旅する ~サステナビリティを目指して~