「2億人のお客様」に提供すべきサービスとは

コンビニエンスストアの立場から見るフィンテックと金融の未来について、株式会社ローソン銀行の山下雅史氏にお話を伺いました。

コンビニエンスストアの立場から見るフィンテックと金融の未来について、株式会社ローソン銀行の山下雅史氏にお話を伺いました。

山下 雅史 氏

金融のあるべき姿からFintechを考える

Fintechという言葉に必要以上の期待であるとか、意味を持たせすぎているのかなということを、少なくとも金融の仕事をやっている立場の人間からすると感じます。
実際に今行われているFintechを見ている限りでは、技術がものすごく進化したことによる副次的な効果であり、今までやってきたことを単に言い換えているだけで、金融の性質自体を変えてはいません。
しかし、金融というもの自体をもう一度、考え直さなければならない時代に入ったと思っています。技術から見るのではなく、金融のあるべき姿からFintechというものがどうあったらいいかということを考えたほうがいいのでしょう。
ところで、2030年の金融の担い手は、今とは変わっているでしょう。それは従来の銀行に加えて、より多くの人たちが担う世界になっていると思います。これまでの銀行は、「金融のことを全部やります」と言っていましたが、おそらく機能ごとに分かれていくでしょう。たとえば、送金に長けている機関、運用に長けている機関、お金を調達しそれを誰かに貸し付けることに長けている機関。このように、段々分かれて行くでしょう。しかもその担い手は、必ずしも金融業という枠ではなく、たとえば流通業やサービス業に金融機能が結びついているところかもしれません。

金融の本質は「情報のやり取り」

そのなかで、今、弊社のビジネスモデルの根幹を成しているのは「ATM事業」です。昨今、キャッシュレスという言葉が流行っているなかで、キャッシュを皆さんにお配りする事業です。ATM事業を考えてみると、価値を皆さまからお預かりし、お返しし、またはお渡しし、使っていただく、その基本的な機能をATMを使ってやっているだけの話です。
しかし、これは必要な機能だと思います。現金がこれからどうなるかという問題もありますが、価値(バリュー)という言葉にすべきでしょうか、それとも情報という言葉にすべきでしょうか。「金融の本質は情報のやり取り」だと思っていますので、その情報というものに化体された貨幣であるとか、もしくはポイントであるとか、もしくは価値そのもの、それが情報という形で流通する、その仲介役が金融の一番大きな役割だと思っています。
私たちは過去18年間にわたり、カードを入れて、ボタンを押して、お金が出てくるという仕組みをずっとやってきました。その仕組みは変わるでしょう。しかし、「ものの価値を仲介する」という仕事は変わらないと思います。ですから、我々が次に目指しているのは、ATMを巨大な筐体から、スマートフォンのなかに入れ、「キャッシュの代わりに情報をやり取りする」ということをやろうとしています。
これもある意味Fintechかもしれませんが、実質的には先ほど申し上げたように、金融としての役割は変わらないと思っています。

金融は道具であり手段

金融は道具であり手段です。住宅ローンを借りる人は、お金を借りるのが目的ではありません。家が買いたいから、家に住みたいから、そのお金を金融機関から借りるという行為をしているのです。お金を送るというのも、送金が目的ではなく、たとえばどこかに旅行に行くのにチケットを買ったからそのお金を払うだけのことで、これも目的ではなく手段ということになります。
「金融は道具だ」というところにもう一度、戻ってくるでしょう。
私どもの親会社はコンビニという一番間口の広い業態です。銀行は、「うちの条件に当てはまる人だけを相手にすればいい」と、お客様を選んできました。しかし、コンビニにはそれがありません。あらゆるお客様がお店に来ます。たくさんお金を持っている人もそうでない人も、すごく若い人から高齢者まで来ます。おにぎりを買うとき、お金を持っているからといっても100個は買いません。お金を持っている人も、持っていない人も1個です。コンビニは、その1個を買ってくださった方に「満足していただく」という、すごく難しい仕事をしているのです。
顧客の満足であるとか、その人たちにとっての幸せというものを提供することは、金融だけではできません。消費とその裏側についている金融が組み合わさって、はじめて完結するのです。

多くの人に金融商品を提供できる「場」作り

金融のデジタル化とともにできるような、非常に小口で、しかもより多くの人に提供できるような場を作っていくことが、コンビニの銀行としての役割だと思っています。資産形成についてのビギナーの人たちもたくさんコンビニには来ます。そういうお客様にも手が出せるような金融のイントロダクションに当たるような商品を提供できればと考えています。たとえば、今までは「株を買うには最低30万円なければダメです」とか、「投信を買おうと思っても、最低10万円からです」 というのを、「1,000円から買えます」というような商品の提供です。また、おにぎりのバーコードを読み取ると、それだけで何かできるようなことも考えています。「このおにぎりは200円もするけど、その中の100円がいち押しの保険料になっている」とか、そんなこともできるかもしれません。レジのところに並んでいる商品に金融商品が詰まっているような、そういう場を作っていくというのも、ある意味、私たちなりのFintechの形だろうと思っています。おそらくFintechの技術がないと成立しないモデ ルでしょうから。

地域の金融機関と協力し合う

我々の企業理念は「私たちは“みんなと暮らすマチ”を幸せにします」です。その点で、我々はそのマチを支えていらっしゃる地域の金融機関さんと共に、「そのマチを活性化させ、幸せになっていただく」お手伝いをしたいと思っています。また、地域の金融機関さんからは、「ATM、実は随分と減らしました」と聞きます。それは、「ATMだったらコンビニに行けばいい」ということが、みんなわかってきた。その次が、窓口をどうにかしたいという話です。
銀行の出張所に関する規制緩和がすごく進んでおり、たとえば最近では、お昼休みは休んでもいいという銀行ができました。それと同じように、出張所もずっとやっている必要はなく、たとえば月水金の午前中だけの出張所があってもいいのです。コンビニのイートインコーナーで、たとえば夕方だけ開かれて銀行の手続きができる出張所ができれば、銀行に行かなくてもそれで十分なわけです。そういう意味でのお互い補完関係というのは、十分にコンビニは果たせると思います。

接点を持っていること自体がお客様

ローソンには年間35億人の方がいらっしゃって、そのうちの2億人がATMの前に立ちます。このお客様にどういうサービスを提供できるのか、実は大きなチャレンジです。
これまでの銀行の基本モデルは、口座を作っていただき、そのお客様のことを知り、そのお客様に住宅ローンや金融商品をお勧めして、というものでした。しかし、近い将来、口座を作っていただかなくてもそのお客様のことがわかる世界がくるはずです。
ATMの前に立っている人たちが口座を持っていなくても、お客様になる。たとえばATMの前に立ったときに、ローンや新しい運用商品のご案内ができるといった時代がくると思います。口座を持つのではない、我々と接点を持っていること自体でお客様だと言えるのです。すごく大事なポイントだと思っています。リアルに、その場に来てくださるお客様、この方たちにどういうサービスを提供していけばいいのか。当然、新しいサービスの提供の仕方があるだろうと考えています。そこが今、我々の大きな経営課題です。

山下 雅史 氏

株式会社ローソン銀行
代表取締役 社長

日本長期信用銀行(現・新生銀行)入行後、通商産業省産業政策局出向を経て営業部門で活躍。2010年以降執行役員、常務執行役員部門長等を歴任し、2016年にローソンバンク設立準備株式会社代表取締役社長に就任。2018年より現職。

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