出発地から目的地までサポートするMaaSを提供

クラウドやAIの活用など、MaaS時代に向けた鉄道業界の挑戦について東日本旅客鉄道株式会社の中川剛志氏にお話を伺いました。

クラウドやAIの活用など、MaaS時代に向けた鉄道業界の挑戦について東日本旅客鉄道株式会社の中川剛志氏にお話を伺いました。

中川 剛志 氏

「MaaS」時代へのチャレンジ

世界中で100年に一度と言われるほどの交通市場の大改革が起こっています。所有から共有へ、シェアリングエコノミー経済への変化、つまり、欲しいときにサービスを享受できる。こうした中、交通業界ではMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)の時代が来ているということで、我々鉄道業界も注目をしています。
これまでは交通手段を利用する場合、電車、タクシー、バスのそれぞれを検索して、それぞれに支払いをしていました。ところが、MaaSオペレータが間に入ることで、利用者からはあたかも1つの会社が運営しているように見えるのです。
我々は新しいモビリティのソリューションを目指さなければなりません。お客さまの出発地から目的地までを把握して、既存の交通機関はもとより、新しいモビリティとの連携を考える必要があるのです。最終的には公共交通の前後First one mile、Last one mileで、要は徒歩なのか自転車なのか、そのような個人の移動手段であるパーソナル・モビリティとどう連携していくか、「新しいモビリティソリューションとの統合」が1つ挙げられると思っています。
また、自動運転になるといろいろなことができるようになります。現状、鉄道は車両に加えて運転士と車掌がいなければ、鉄道そのものは動かせません。しかし、自動運転が可能となり、車両だけで動くようになると、今よりも増発が容易になります。すると、鉄道は定時制運行が当たり前なのですが、必要なときに増やすなど、オンデマンドな運行が可能になると考えています。東日本大震災で甚大な被害を受けた気仙沼線、大船渡線の一部区間において、BRT(Bus Rapid Transit:バス高速輸送システム)で復興しました。2018年度にはこのBRTの自動運転に向けた実証実験を行いましたが、これもMaaSへのチャレンジの1つと言えるでしょう。

MaaS時代に向けたプラットフォーム作り

今はインバウンドの関係でお客さまは増えていますが、基本的には人口が減ると利用者が減るので、実は最大のリスクがもうすでに来ていると思います。今までのような画一的なサービスではなく、今後はお客さまお一人おひとりに価値を提供することが大切です。これまでの駅から駅までのサポートから、お客さまを出発地から目的地までサポートする鉄道を中心としたMaaSの提供を考えています。それにより、ビジネスチャンスも増えると期待できます。また、モビリティ革命に向け、クラウドシステムプラットフォームを構築することで、データの一元管理を目指しています。今まで当社では各系統別、すなわち保線、運輸車両、営業と、それぞれに最適化されたもので、お互いにデータを融通し合ってはいませんでした。企業内にある大量のデータを一元管理する仕組みを生み出すことで、新たなイノベーションの創発を促します。
将来展望としては、2018年7月に発表したグループ経営ビジョン「変革2027」に掲げているのですが、「モビリティ・リンケージ・プラットフォーム」を作ることで、お客さまにストレスのない、シームレスな移動の提供を目指します。出発地から目的地までをきちんとサポートするためには、鉄道やタクシー、バスなどの他の交通機関だけではなく、ホテルのチェックインやガイド、ポーターの手配、観光はどうするかといった旅のお手伝いまで、シームレスにサービスを行き届かせる必要があります。さらに、このすべてにおいて「検索、手配、決済」の行動がわかりやすく、かつ使いやすいアプリとなっていることも重要です。また、自社の強みを生かしながら、他の企業とどのように連携をするかというのが、今後のカギと思っています。

Suicaの「認証」機能がサービスの幅を広げる

「モビリティ・リンケージ・プラットフォーム」のソリューションの1つとして「Ringo Pass」という日立製作所と共同開発したアプリがあります。特定のモニター200名で実証実験を行なっているのですが、そのアプリにSuicaのID番号とクレジットカード情報、メールアドレスを登録すると、ドコモのバイクシェアも使えて、かつ国際自動車のタクシーも利用することができ、Ringo Passに登録したクレジットカードで決済ができることになります。
Suicaは現状、日本では爆発的に普及していますが、海外から見るとガラパゴスになりつつあります。Suicaが出たときにISOを取得できなかったというのが最大の問題で、ISO14443(非接触ICカード規格)のタイプAをヨーロッパのPhilipsに、タイプBをアメリカのMotorolaに取られてしまい、Suicaが採用したソニーのFeliCaの規格であるタイプCは採用してもらえなかったのです。海外では、Suicaほどの高い処理速度が必要とされていないということも、原因の1つではないかと思います。
そのため、AppleがiPhone7からSuicaを利用できるようになったことは画期的な出来事でした。日本の鉄道業界とSuicaの可能性をAppleが認めたということだと思っています。
いまSuicaはプリペイドとしての決済が中心ですが、これからは「認証」に注目しています。上記の「Ringo Pass」は、Suicaを決済機能ではなく、認証機能として利用しています。
バイクシェアも、Suicaでタッチはしますが、そこで決済されているわけではありません。Suicaはあくまでも、「この人が使いますよ」という認証で使っているだけで、実際は登録したクレジットカードで決済します。認証で使うというのは、これまでとは違ったSuicaの使い方になります。プリペイド方式だけではなくポストペイ方式にもなるということで、いろいろなものとの組み合わせが可能になり、サービスの幅が広がると考えています。

異業種とのコラボのためには「サブスクリプションモデル」も

2030年くらいには、当然弊社もキャッシュレスを目指さなければならないと思っています。現在は駅に行くと、ほとんど現金商売です。我々の課題としては、現金をSuicaで置き換えた以上のことが、なかなかできていないことがあります。今後、どのように「サブスクリプションモデル」のようなことをやるかという課題もあります。よく「鉄道でサブスクリプションモデルってあるのですか?」と聞かれますが、通勤・通学用の定期券や「東京フリーきっぷ」といった企画きっぷがサブスクリプションモデルに近いと言えるでしょう。
それを考えると、サブスクリプションモデルは鉄道とそんなに相性は悪くはないと思っています。あとは、どのような相手と組めるかです。最近はMaaSと不動産の組み合わせで、「マンションを購入すると共有のモビリティが利用できる」というのがありますが、そのような異業種とのコラボレーションが今後も出てくるのではないでしょうか。
そのときには、サブスクリプションモデルができていたほうが、コラボレーションがしやすいと感じていますが、具体的にどのような施策で行くかというのは、これからの課題となっています。

顧客満足を高めるサービスを目指して

ビッグデータの活用の1つとして「運行状況の見える化」に取り組んでいます。たとえば山手線や中央線などの路線図が画面上に映し出されていて、混雑や遅れが出ると、その車両がどんどん赤い色になっていきます。
これらの情報をリアルタイムで活用することで、輸送指令員が「この列車は遅れているので、前の列車を駅で2~3分停めよう」とか、「駅が混雑して危ないから、列車を駅に入れるのを待とう」というように、運行管理の判断材料に利用しています。
またAIに関しては、IBMのワトソンをコールセンターで使用しており、オペレータをサポートするのに活用しています。これは、お客さまとオペレータの会話をリアルタイムで処理し、ワトソンがお客さまの質問に対する最適な回答をリアルタイムに探し出すことで、オペレータの業務を助けるというものです。いずれ「AIが何でも答えます」という日が来るかもしれませんが、顧客接点におけるサービスの質は非常に重要なので、当面の間はAIがオペレータをサポートする形で運用していく予定です。

※本文中に記載されている会社名・製品名は各社の登録商標または商標です。

中川 剛志 氏

東日本旅客鉄道株式会社
技術イノベーション推進本部 次長

1991年同社に入社し、通信業務の保守・工事に従事。1998年よりアメリカシリコンバレーにてリサーチエンジニアとして活動。2001年よりフロンティアサービス研究所にてICTに関する研究開発を推進。2014年より本社総合企画本部技術企画部にて技術開発におけるオープンイノベーションを担当したのち、現職。

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