データ分析を活用し次世代監査に取り組む

近年、監査品質に対する社会からの要請が高まってきている。不正会計を見逃さないために、監査法人はどのような手を打とうとしているのか。あずさ監査法人 次世代監査技術研究室室長の小川勤氏に聞いた。

不正会計を見逃さないために、監査法人はどのような手を打とうとしているのか。あずさ監査法人 次世代監査技術研究室室長の小川勤氏に聞いた。

この記事は、「日経ビジネス 2017年10月23日号」と「日経ビジネス電子版 2017年10月」に掲載したものです。発行元である株式会社 日経BPの許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。

※取材内容、および登場する社員・職員の所属・職位は取材当時のものです。

データ分析を活用した精査的手法を導入

経営環境が厳しさを増す中、不適切な会計処理の問題が依然、新聞等のメディアを賑わせている。工事進行基準の悪用や架空取引による不適切な売り上げ計上、海外子会社の不正など、その例は少なくない。こうした不正会計がひとたび発覚すれば、企業の社会的信用は失われ、その存続すら危ぶまれるほどの事態となりかねない。会計監査が法律で義務付けられているにもかかわらず、なぜ、企業の不正会計が見落とされてしまうのか。小川氏はこう語る。

「企業規模の拡大やグローバル化により、監査によって全ての取引や海外子会社の状況を把握することは難しくなっています。従来の監査では、売り上げランク上位の取引や子会社を個別に抽出して検証する、サンプルとして一定の取引を抽出して全体を推定するなど、『試査』がベースとなっていました。ところが実際には、試査の対象とならなかった取引や子会社の中から問題が出てくることがあるのです。こうした問題を見つけ出すため、従来のような試査ではなく、全ての取引や子会社を検証することが必要になっています」

試査をベースとした監査技法においても、「監査上どこにリスクがあるか」を適切に考慮できていれば対応可能であるが、当該リスクの把握・特定には、会計士の知見・経験に委ねられている部分が多く、常に一定の監査品質を保つことは難しい。また、監査責任者は7年で交代することが法律で義務付けられており、個々の会計士の知見が組織全体として継承されないという悩みもある。
こうした問題を解決する次世代の監査技術として注目を集めているのが、データ分析技法を用いた精査的手法だ。これは、企業の財務・非財務データを入手して分析ツールにかけ、そこに異常な点が含まれていないかを検証する。IT技術を駆使して大量のデータを分析し、グラフなどに可視化することにより、膨大な取引データに潜むリスクを発見することが可能となる。

「たとえば、子会社の利益率は通常5%前後なのに、グラフ化してみると、特定の海外子会社の利益率だけが20%と突出している。調査すると、売掛債権や在庫の過大計上が分かったという事例があります。また、ある顧客の3月の売り上げが突出しているので詳しく調べると、期末に売り上げを前倒しで計上し、4月に入ってから出荷処理をしていたことが判明したケースも。

このように、会計士がさまざまな視点から不正な会計操作のシナリオを特定し、データの相関関係を可視化すれば、膨大な取引の中に埋もれた異常が浮き彫りとなってきます。多くのリスクシナリオを分析ツールに取り込めば、それだけ高い精度とスピードで異常を検知することも可能になります」

「ITによる精査」と「知見の共有」を実現する次世代監査

「ITによる精査」と「知見の共有」を実現する次世代監査

AIを使った監査手法を研究開発

こうした点に着目し、あずさ監査法人では、データ分析を利用した新しい監査技術の導入を進めてきた。2014年7月、社内に「次世代監査技術研究室」を設置。当初は仕訳のデータやERP(統合基幹業務システム)上のデータを対象とする定型的な分析からスタートし、業態や業務が会社ごとに異なることから、個別にカスタマイズできる分析も用意した。分析ツールを使いこなせる人材の採用・育成にも力を注いでいる。2年を経て、2016年8月に全ての監査業務においてデータ分析技法を適用する体制が整った。

「現在は、KPMGがグローバルで展開する定型分析ツールと、個々の会社の実情に即した分析を行うためのデータ分析ツールを併せて使いながら、会計士、IT監査の専門家、データサイエンティストが三位一体となって高度なデータ分析に取り組んでいます。その結果を事例集にまとめて毎年リリースしていき、IT監査の専門家と会計士だけでも高度なデータ分析がこなせる体制を整えていきたいと考えています」

データ分析技法の運用開始から1年を経て、監査の効率化と品質向上に手ごたえを感じる、と小川氏。加えて、「監査を受ける企業が、自らの業務に関し理解が深まる」というメリットも実感している。たとえば、分析ツールを用いて取引実績を精査したところ、ある部門では受注記録の入力を省略して出荷を入力しているケースが発覚した。業務上の会計ルールが徹底されていないという、内部統制上の問題が浮き彫りとなった。不正操作を発見するのみならず、業務の改善につなげられる可能性もあるのだ。

さらに、個々の会計士の知見を分析技法の中に取り込み、属人的な知識を組織的な知識に高めるという点も、データ分析技法を導入したメリットの1つ、と小川氏は語る。

現在、同法人では、AI(人工知能)を活用したQ&Aシステムの実現を目指して取り組みを進めている。まずは周知の不正会計事例をデータベース化し、AIを活用して参考事例の情報を共有するシステムを、2017年度中に実現したい考えだ。今後はAI技術の活用をさらに進め、社内の知見を蓄積・共有・継承する「監査ナレッジQ&Aシステム」の構築を進めていく、と小川氏は語る。
「監査の目的とは、財務諸表が正しいことを確実にし、企業への信頼を高めることにあります。会計不祥事が絶えない今、社会の期待に応えるためには、組織的で透明性の高い監査を実現することが重要です。我々は先進テクノロジーを活用することで、より可視化できる次世代の監査へと移行していきたい。こうした取り組みを通じて、企業と社会にさらなる付加価値を提供することを目指していきます」

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
次世代監査技術研究室 室長
小川 勤

このページに関連する会計基準

会計基準別に、解説記事やニュースなどの情報を紹介します。

お問合せ