Close-up 2:消費者×イノベーションが生み出す電力革命
Close-up 2:消費者×イノベーションが生み出す電力革命
電力ビジネスにおいてもイノベーションを梃子にしたビジネスモデルの変革が促されている。変化する社会のニーズや価値観を取り込み、新たな電力ビジネスの勝者たりえるプレーヤーの姿とは。
再生可能エネルギーが注目され始めてから一定期間が経過し、近時は太陽光パネルを始めとして開発コストが劇的に下落したことでさらに普及が進んだ。また、蓄電設備の進化、アグリゲーションビジネスの創出、ブロックチェーン技術の活用のように、電力ビジネスの領域でも日常的にイノベーションが語られ、ビジネスモデルの変革が促されている。絶え間なく起きるイノベーションによってどのような社会的インパクトがもたらされるのか。変化する人々の価値観やニーズをエネルギー事業者としてどうとらえ、企業行動にどう反映させていくべきかについて解説する。
日本の電力業界の現状
日本の電力業界は、「法的分離」、「脱炭素化」、「デジタル化」といった波が一気に押し寄せている。発電所等の大型インフラを保有し、安定的なエネルギー供給の担い手であった電力会社はビジネスモデル自体の変革を迫られていると言える。
まず「法的分離」であるが、2016年の電力小売自由化(消費者向け低圧の自由化)に続き、2020年には電力会社の発電部門と送配電部門が分離される。小売自由化では、ガス会社や通信事業者等が新電力会社として相次いで市場に参入している。2018年9月現在、2割超の一般消費者が新電力会社のサービスを利用している。この新電力会社の参入と発送電分離は、電力調達(卸売)分野に大きな変革をもたらし、電力取引ビジネスが本格的に進展する可能性を秘めている。
次の「脱炭素化」というキーワードは、電力業界にとって大きなプレッシャーになり始めている。環境負荷の高い石炭火力発電所の新設は、2018年にメガバンクが相次いで従来型の石炭発電所の開発融資に慎重な姿勢に転じたことで、中止に向かっている。再生可能エネルギーを始めとするクリーンなエネルギーが一気に電力供給の主役に躍り出つつある。再生可能エネルギーは、2009年に太陽光向けでスタートした固定価格買い取り(FIT)制度によって普及したが、10年経過に伴うFIT切れによって、今後は新たなビジネスモデルが生み出される可能性がある。
最後に「デジタル化」である。あらゆる産業で言われているAI、IoT、ビッグデータという波は電力業界にも押し寄せており、海外では電力の需要予測や需給調整にかかわるAI導入、発電所のメンテナンスへのIoTやビッグデータの活用が始まっている。日本の電力会社もイノベーション技術の獲得とその活用を目指し、実証実験やスタートアップ企業への投資を開始している。2018年に関西電力が関電ベンチャーマネジメントを通じてベンチャー投資の予算を増額したり、東京電力が東京電力ベンチャーズを設立したのも、そうした表れである。
海外の電力会社は?
海外では、電力会社によるベンチャー投資や実証実験が、既に様々な分野で進行している。2000年代から電力自由化が進んだ欧州では再生可能エネルギーも一足早く導入され、実証実験段階を経て多方面で実用化されている。その原動力になっているのは、2010年頃からドイツのRWE社やフランスのEngie社が中心となって始まったベンチャー投資である。再生可能エネルギーの発電量予測、蓄電、需要予測、EVの急速充電等、イノベーションを生むベンチャー企業を通じて獲得した技術によって、新しいサービスが展開されている。再生可能エネルギー発電量の予測精度をAIによって向上させる等のサービスが代表例である。
イノベーションによって生まれた技術は新しいビジネスも生み出している。再生可能エネルギーは天候等によって発電量が変動するリスクがあるが、これまで変動に伴う需給バランスの調整には火力発電所等が利用されてきた。今後は環境負荷を考慮して、需要者側で保有するルーフトップのソーラーシステムや、蓄電池の活用等で生み出されるBehind the meter(自家発電)のエネルギーが需給調整に活用されると言われている。こうした需給調整を行うエネルギーリソースアグリゲーション事業者が生まれている。バーチャルパワープラント(VPP)という発電所と同様の効用を持つように、様々なエネルギーを集めて蓄電することにより、需給のアンバランスを解消する事業である。VPPの発展には、ブロックチェーン技術の活用が有用である。顧客あるいは事業者間の電力融通を需給調整に利用するためには、ブロックチェーンで顧客の余剰電力取引を管理できるようにする必要がある。こうした新規ビジネスを生み出す企業を、旧来の電力会社はM&Aのターゲットとして注視している。これからの電力ビジネスへの新規参入者にとっては、こうした企業との連携が事業展開にとって最も重要となる。
電力小売分野では、小売事業者間での競争が激化している。イノベーションによる新たな技術と競争が、新たなビジネスを創出する典型例である。英国は、従前から大手電力小売事業者の過半を外資系電力会社が占めるという競争の激しいマーケットであったが、現在では、独立系小売事業者(大手事業者以外を指す)に転換する消費者が全体の40%にのぼっている。2017年の一年間だけで約550万人(顧客の15%)が独立系小売事業者へ切り替えた(スイッチング)。競争は提供される商品の多様化を促して、スマートホーム商品と言われるような、住宅におけるホームエネルギーマネジメントシステムの普及につながっている。この電気スマートメーター(使用量を計測し、デジタル化したデータの通信が可能なメーター)の導入は、エネルギービジネスの変革を進めるトリガーとなっている。消費者は、エネルギー消費の節約や最適化、その他カスタマイズされたサービスの享受が可能となるのだ。スマートホーム商品は、情報通信(インターネットや携帯電話)や住宅サービス(保険やセキュリティーサービス)といった複合的な商品の組み合わせという横展開と、太陽光や蓄電、EVといったエネルギー事業内における縦展開という多角化の起点にもなる。消費者データの蓄積も容易であるため、多様な料金メニュー設定がサービス向上に直結するなど、マーケティングツールとしても機能している。
電力小売業界将来予想像
電力ビジネスにおけるパラダイムシフト
電力業界は、世界的にも大型電源(原子力、火力や水力による発電)と送配電インフラを保有する供給側主導型で事業構造が形成されてきた。すなわち、彼らの持つ「巨大な顧客基盤」、「インフラの独占的な保有」が競争力の源泉であった。この従来型の電力ビジネスは、ある日突然なくなるものではない。しかしながら、「安定供給」や「安全」というキーワードの中で企業文化を醸成してきた電力業界が、激化する小売事業の競争と変革、またイノベーティブな技術の開発という側面で、将来にも業界の中心であり続けることは可能なのか。消費者は、ビジネスモデルの再構築を必要とするような、デジタル技術を活用した新たな価値提供を求めている。言い換えると、イノベーション獲得の競争下で、消費者による選別が現実となりつつあるのである。そこには、消費者が「プロシューマー」として電力の需給調整の主役となる可能性が提起される。このように、電力ビジネスの中心が供給側から需要側へシフトすることこそ、電力ビジネスにおける最大の変化ではないだろうか。これを表す流れが分散型電源社会への移行である。
消費者がエネルギー利用の中心となる未来を考えてみよう。EVを利用する消費者はEV自体を蓄電池として活用し、電力取引所を通じて事業者に余剰電力を販売する。その販売代金を自宅の電力料金に充て、時にショッピングにも充てる。EVの蓄電池は自動車メーカーから支給され、EV充電は駐車場に停めるだけである。しかも、これらは全てAIによって行われ、イレギュラーな取引以外は、そもそもこうしたシステムが循環していることさえ消費者が意識することはない。このケースにおける勝者は、自動車メーカー、蓄電メーカー、電力トレーディング会社、ブロックチェーンを活用するクレジットカード会社、さらにはこうしたシステムそのものを提供する事業者である。つまり、誰もが電力ビジネスの勝者になる可能性を秘めているのだ。
新たな電力ビジネスの勝者
消費者が電力ビジネスの中心となる分散型電源がエネルギーの中心となった場合には、社会の在り方は根本的なインパクトを受けると考えられる。
例えばスマートシティの実用化に分散型電源が活用されれば、EVが移動手段となることでエネルギーの地産地消モデルが確立されるかもしれない。その際にはスマートシティを創り出すデベロッパーが電力ビジネスの勝者になれるかもしれない。
また、発展形であるが、地域の産業育成と洋上風力発電の開発が融合することで、沖合から最も近い陸上に洋上風力関連のサプライチェーンを担う工場が集積し、その電力が太陽光や将来は洋上風力そのものによって賄なわれる。このエコシステムの中心にスマートティとエネルギーの地産地消モデルが結び付く。ここでは風力発電の機材メーカーが勝者になる可能性すらある。
分散型電源はバーチャルでも活用が可能だ。「脱炭素化」という価値観を共有する消費者がバーチャルに集まることで、大規模電源並みの供給力を持つ可能性すらある。この場合はエネルギーアグリゲーション事業者が勝者かもしれない。
いずれのケースにおいても新規参入者、旧事業者共に勝者になりうる。技術とシステムの両面でイノベーションが求められる次世代では、単なるベンチャー企業投資を通じた技術獲得にとどまらず、社会の変化を読み解き、M&Aやアライアンスも活用しながら勝者への道を探る必要がある。加えて、消費者中心の市場では、その根本的なニーズへのアプローチが不可欠である。競争激化の英国でさえも60%の消費者は未だに電力会社の変更に積極的ではない。日本では約8割の消費者がまだスイッチングしていない。こうした消費者に訴求し、ニーズの掘り起こしに成功した事業者こそが新しい時代の電力ビジネスにおける勝者なのかもしれない。
執筆者
株式会社KPMG FAS 執行役員パートナー
エネルギーセクターリーダー
宮本 常雄
KPMG Japanオイル&ガスセクター統括リーダーKPMGニューヨーク事務所勤務を経て現職。電力、ガス業界、大手商社を中心に数多くの国内外M&Aや海外投資プロジェクトに関与。
横浜国立大学経営学部卒業。
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