Close-up 3:「放送通信融合2.0」ファイナルカウントダウン

Close-up 3:「放送通信融合2.0」ファイナルカウントダウン

海外で加速するメディアビジネスの再構築。テクノロジーの進化が可能にする業界の垣根を超えた競争。日本型「放送・通信の融合」の未来像とは。

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森谷 健

KPMG FAS 執行役員パートナー テクノロジー・メディア・通信 セクターリーダー/KPMGジャパン テクノロジー・メディア・通信セクター メディアセクター統轄リーダー

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毎日の通勤電車。皆、思い思いにスマートフォンを利用している。ニュースを見る、映画/ドラマを見る、あるいは話題のティックトックを見るなど様々である。自宅にあってもこの行動様式はさほど変わらない。海外ではメディアビジネスの再構築に向けた動きが加速している。通信企業によるメディア企業の巨額買収、また、IT企業による新たなメディア・プラットフォームの開始など、テクノロジーの進化が可能にする業界の垣根を超えた競争が激化している。こうした状況の中、いま我が国のテレビビジネスの在り方が問われている。

六本木ヒルズから始まった挑戦 - 絶頂期のテレビ局vs新興ネット企業の顛末

ヒルズ族という言葉をご記憶だろうか?若くして成功し、富と名声を得た六本木ヒルズの住人のことである。このヒルズ族の語源となる六本木ヒルズは2003年4月に開業したのであるが、この年は地上デジタル放送の開始、3G/第3世代通信システムの全国的な普及という、放送業界にとっても通信業界にとってもシンボリックイヤーであった。この六本木の新たなランドマークには、通信・インターネットの分野で名声を得た企業が競うように入居した。そうした企業の代表格であったライブドアが更なる事業拡大のために目を付けたのが、他ならぬメディアの雄たるテレビ局の買収(ニッポン放送/フジテレビ)であった。

当時のフジテレビは月曜日夜9時から始まるドラマで最高視聴率20%を超えるヒット番組を連発しており、MAU(Monthly Active User)が100% - 日本人は月に一回必ずフジテレビを見ていた - を超えていた。この買収を通じて、テレビ局の影響力とインターネットの将来性のシナジーにより、両企業の媒体価値を高めるとともに、メディアからインターネットへの送客を通じた広告効果の増進によって、収益機会の拡大を描いていたのである。そして、この放送と通信の新しいビジネスモデルについては、当時、同じく六本木ヒルズに入居していた楽天でも同様に検討された。

しかし、両社による買収の試みは、絶頂期にあったテレビ局による新興インターネット企業に対する世論を巻き込んだネガティブキャンペーン - 秩序を乱す新興成金のレッテル - 、ライブドアが実行した“違法ではない”が禁じ手とも言える強引な買収手法を通じて作られたダーティイメージ、土壇場で登場したホワイトナイト(‘ソフトバンク’インベストメント/SBI)などによって潰え、結果、業界横断の再編は起こらなかったのである。

世界はどのように進んだか? - 新形態OTTの登場

こうした一連の「テレビ業界にとっての今そこにある危機」の過程において放送法が改正された。この改正に基づき、2008年4月に認定放送持株会社制度が成立すると、民放各社は続々と持株会社へと移行した。この制度では、持株会社の議決権保有の上限が3分の1以下と制限されるため、テレビ局を子会社化/支配することが事実上不可能となった。

他方、この間に、米国では“世紀の合併”、“時価総額3,500億ドルの巨大企業の誕生”と騒がれた通信大手AOLによる映画大手タイムワーナーの買収が成立した。だが、ITバブル崩壊による広告市場の冷え込みや、企業文化の統合/PMI(Post Merger Integration)の読み違い -こちらがより本質的な問題であった- により、やはり成功には至らず、後年、正式に合併を解消している。このように米国における挑戦も一敗地に塗れたのであるが、日本と異なっていたのは、ケーブルテレビや衛星放送といった有料放送事業者/MVPD(Multi Video Planning Distributor)が、バリューチェーンの上流にある映画会社をも巻き込んで次々に大型M&Aを実行していった点である。

しかし、皮肉なことに、事業者側がM&Aの成果として提供する多数チャンネルは、ユーザーである視聴者側には、不必要なチャンネルを含めた“バンドル”提供と高額な利用料金となり、逆に不満が高まった。そして、この間隙を縫うかたちで、インターネットの普及とテクノロジー、とりわけ通信技術と演算処理の進化の追い風を受けて、ケーブル回線も衛星設備も有しない“新たな形態”が出現した。インターネットを介した動画配信サービス/OTT(Over The Top)である。そして、2007年より同サービスを開始したネットフリックスを中心とする、放送にも通信にも属さない新たなサービス事業者は、ユーザーのオンデマンドのニーズ - 観たい番組を、見たい時間に、好きなデバイスで - を掴み取り、瞬く間に成長し、MVPDが無視することの出来ない脅威となったのである。

待ちに待ったゲームチェンジャー - 逆転のラストチャンス!

国内において放送と通信の融合が思うように進んでいない中、最近になってその未来を占うキーワードが出てきた。

第一に、2018年12月に開始された4K/8K放送である。4Kテレビではそのディスプレイは約800万画素で構成され、地上デジタル以前のアナログテレビとの比較では約25倍、そして8Kテレビでは約3,200万画素ともなるため約100倍の鮮明な映像が楽しめることになる。この8K映像は、もはや「人間の視覚能力で画質の差を識別出来る限界」であり、実物との見分けが付かない水準である。

次なるキーワードは、2019年秋に商用サービスが開始予定の5G(第5世代移動通信システム)である。5Gの最高伝送速度は10Gbps - 現行の4Gとの比較で約100倍の高速 - 、また、アップルによるiPhone発売当初の3Gとの比較では約500倍もの差となる。5Gでは2時間の動画コンテンツのダウンロードに要する時間はたったの3秒である。

「4K/8K(放送)」と「5G(通信)」を組み合わせれば、仮想現実/VR(Virtual Reality)、拡張現実/AR(Augmented Reality)、複合現実/MR(Mixed Reality)のさらなる進化、それを超えたサービスが日々の生活に組み込まれていくことが想像に難くない。

このようなキーワードに加えて、昨今の総務省有識者会議における放送サービスを巡る議論「放送通信融合2.0」も見逃せない。平成30年版情報通信白書ではスマートフォン普及率は遂に60%を超えたとの報告もあるが、同議論では、近年のライフスタイルの変化とスマートフォンの利便性の向上により、インターネット経由、なかでもスマートフォンによる動画視聴が急速に拡大し、世の中はテレビ離れが益々進む「スマホファースト」時代に突入した、としている。さらに、利用者/視聴者(ユーザー)がスマートフォンやタブレットなどのデバイスを通じて、自ら外部に発信ができるツイッターやインスタグラム等のソーシャルメディアの影響力を無視できなくなった、とも指摘している。

『放送・通信2.0』 - 再び輝くために

ラグビーワールドカップと東京五輪・パラリンピック。2019年以降、国内ではテレビ局/系列放送の垣根を越えた協力が必要な世界的イベントが目白押しである。このようなイベント協働に向けたモメンタム、先述したゲームチェンジャーなど、わが国のテレビ業界にとっては、願ってもないトランスフォーメーションのチャンスが巡ってきた。今こそ業界は大胆な発想で行動すべきである。

トランスフォーメーションを紐解くカギは何か。やはり、テレビとインターネットの融合である。ただし、その融合とは、従前から議論されている放送・通信の融合の域を超えたものでなくてはならない。より具体的には、放送と通信に関連する企業がもたらす付加価値創造のプロセスを、通信インフラ、コンテンツ、デバイステクノロジー、ファイナンスの観点から見直し、その上でコンテンツと通信インフラが中核となるサブスクリプション・プラットフォームを設計することではないかと考える。

この点、米国においてグーグルが事業化した「YouTube TV」が参考になる。グーグルによる同サービスを契約すれば、ユーザーは地上波、衛星、ケーブルテレビ、OTTの全てのコンテンツを、インターネット内蔵テレビ、タブレット、スマートフォンのいずれからでも、毎月一定額で観ることが出来るようになる。従前のようなケーブルテレビやOTTとの個別の契約は不要となる上、複数のデバイス利用、しかも同時利用が可能となる。放送においても、プラットフォーマー/VMVPD(Virtual Multi Video Planning Distributor)となる狙いである。英国においても最近になってBBCが中心となったプラットフォーム(BBC Freeview)形成の動きが始まった。

海外は先に先に進んでいる。それだけではない。海外ではメディアビジネスの覇権を巡ってのM&Aにも大きな動きが出てきた。米国では‘あの’タイムワーナーの買収が、AT&Tによって“再”成立した(買収総額850億ドル)。さらにはディズニーによるフォックスの買収(買収総額700億ドル)も成立した。

日本のテレビ局にはいよいよ時間の猶予がない。かつての恩讐を乗り超え、テレビ局とインターネット業界の垣根を超えたアライアンス、そして、更なるヒト・モノ・カネ・情報の有機的活用のためのM&Aが必須であろう。海外勢に牛耳られる前に、ジャパニーズ・メディア・プラットフォームを目指したい。

放送通信融合2.0イメージ

放送通信融合2.0イメージ

執筆者

株式会社KPMG FAS 執行役員パートナー
テレコム・メディア・テクノロジーセクターリーダー
森谷 健

KPMGセンチュリー監査法人(現あずさ監査法人)を経て現職。KPMG FAS転籍後はテレコム・メディア企業による国内外のM&A案件においてFA、バリュエーション業務を提供。金沢工業大学虎ノ門大学院イノベーションマネジメント研究科客員教授。
慶應義塾大学経済学部卒業、公認会計士。

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