コーポレートガバナンス・コードの改訂と「投資家と企業の対話ガイドライン」の策定
本稿では、改訂コーポレートガバナンス・コードと対話ガイドラインの概要について解説します。
本稿では、改訂コーポレートガバナンス・コードと対話ガイドラインの概要について解説します。
2014年のスチュワードシップ・コードの策定、伊藤レポートの公表、2015年のコーポレートガバナンス・コードの実施等を経て、我が国企業のガバナンスは大きく変わってきました。国際競争が激化し、急激かつ不連続に事業環境が変化する中、経営者は迅速かつ果断に意思決定を行うことが求められており、株主等のステークホルダーに対する説明責任を果たす仕組みとして、コーポレートガバナンスはますます重要性を増しています。
このような中、2018年6月1日にコーポレートガバナンス・コードについて、策定以来の改訂が行われ、併せて「投資家と企業の対話ガイドライン」(以下「対話ガイドライン」という)が策定されました。そこで本稿では、改訂コーポレートガバナンス・コード(以下「改訂コード」という)と対話ガイドラインの概要について解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
ポイント
- コーポレートガバナンス・コード改訂により、ESG情報の開示を行うこと、資本コストを意識した経営を行うこと、CEOの選解任・報酬決定に関する手続を強化すること、このために独立した指名・報酬委員会を活用すること、取締役会メンバーの多様性を確保すること、政策保有株式の削減に向けた方針・考え方を開示すること、母体企業として企業年金の体制を強化することが求められる。
- スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードの附属文書である対話ガイドラインは、機関投資家と企業の重点対話事項をとりまとめたものであり、上場会社は、ガイドラインの趣旨を踏まえ、コードのコンプライ・オア・エクスプレインを行う必要がある。
- 改訂コードの実施時期は2018年6月であり、上場会社は、改訂コードの内容を踏まえたコーポレートガバナンス報告書を、準備ができ次第速やかに、遅くとも2018年12月末までに提出する必要がある。
目次
I.「投資家と企業の対話ガイドライン」とは
改訂コードの説明をする前に、改訂コードと併せて金融庁より公表された対話ガイドラインについて説明します。
対話ガイドラインは、コーポレートガバナンスをめぐる現在の課題を踏まえ、持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に向けた機関投資家と企業の対話において、重点的に議論することが期待される事項をとりまとめたものです。
それはスチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードの附属文書として位置付けられ、その内容自体について「コンプライ・オア・エクスプレイン」は求められませんが、両コードの実効的な「コンプライ・オア・エクスプレイン」を促すことが意図されています(図表1参照)。
図表1 投資家と企業の対話ガイドライン
このため、企業がコーポレートガバナンス・コードの各原則を実施する場合(各原則が求める開示を行う場合を含む)や、実施しない理由の説明を行う場合には、対話ガイドラインの趣旨を踏まえることが期待されています。
この背景には、コーポレートガバナンス・コードについて、コンプライを所与としエクスプレインを避けているのではないかという問題意識があります。これは、コンプライすれば開示も不要であるため、どのようにコンプライしているのかが外からはわかりづらいためです。今般、新たに対話ガイドラインが公表されたことで、機関投資家との対話を念頭に、これまでコンプライとしていた事項についても改めてその趣旨を踏まえ、エクスプレインを含めた新たな対応が必要かどうかの再検討が必要となるでしょう。
II.改訂コードのポイント
改訂コードと対話ガイドラインのポイントは、以下の6つにまとめられます。
- ESG情報の開示
- 資本コストを意識した経営
- CEOの選解任・報酬決定に関する手続の強化と独立した指名・報酬委員会の活用
- 取締役会メンバーの多様性確保等
- 政策保有株式の削減に向けた方針・考え方の開示
- 母体企業による企業年金のアセットオーナーとしての機能発揮に向けた取組み
1.ESG情報の開示
コーポレートガバナンス・コードの第3章は情報開示を扱っており、基本原則3において非財務情報の開示に主体的に取り組むべきとしています。昨今、サステナビリティなど企業価値に与える影響の重要性の観点からESG情報の開示が必要とされています。
そこで、改訂コードでは、非財務情報にESG要素に関する情報が含まれることが明確化されました。これにより、これまで以上にESGを意識した主体的な開示が必要となってくるでしょう。
2.資本コストを意識した経営
日本企業においては、事業ポートフォリオの見直しが必ずしも十分に行われておらず、その背景として、経営陣の資本コストに対する意識が未だ不十分ではないかと指摘されています。
こうした指摘を踏まえ、事業ポートフォリオの見直しなどの果断な経営判断が重要であることや、そうした経営判断を行っていくために、自社の資本コストを的確に把握すべきことが明確化されています(原則5-2)。ここで資本コストとは、一般的には、自社の事業リスクなどを適切に反映した資金調達に伴うコストであり、株主資本コストやWACC(加重平均資本コスト)などの資金の提供者が期待する収益率です。
資本コストについては、投資家に対する「収益力・資本効率等に関する目標」についての説明において触れることが期待されています(対話ガイドライン1-2)。
また、企業が持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を実現していくためには、戦略的・計画的に設備投資・研究開発投資・人材投資等を行っていくことも重要です。こうした趣旨から、株主に説明すべき事項に、設備投資・研究開発投資・人材投資等が含められています(原則5-2)。そして、経営戦略や投資戦略を踏まえ、資本コストを意識した財務管理の方針に関し、投資家と対話することが期待されています(対話ガイドライン2-2)。
資本コストに基づく財務管理はグローバルスタンダードであり、黒字を維持できればよいとする経営からの転換を意味しています。ROEやROICなどのKPIを設定し運用していくことで資本コストを上回るリターンが得られるような経営・投資戦略を進める必要があるでしょう。
3.CEOの選解任・報酬決定に関する手続の強化と独立した指名・報酬委員会の活用
CEOの選解任は、企業にとって最も重要な戦略的意思決定ですが、多くの企業ではまだ取組みが不十分、すなわち選解任プロセスが不透明であると指摘されています。このため、CEOをはじめとする経営陣幹部について、選任のみならず、解任も含めた方針・手続、個々の選解任の説明を開示し、主体的な情報発信を行うべきとしています(原則3-1)。
また、取締役会に対し、より実効的なCEOの選解任を求めています。具体的には、取締役会は、客観性・適時性・透明性ある手続に従い、十分な時間と資源をかけて、資質を備えたCEOを選任すべきとしています。それとともに、会社の業績等の適切な評価を踏まえ、CEOがその機能を十分に発揮していないと認められる場合にCEOを解任するための客観性・適時性・透明性ある手続を確立すべきであるとしています(補充原則4-3 2.・3.)。
後継者計画についても、取締役会による十分な監督が行われている企業は少数にとどまっているため、取締役会は、CEO等の後継者計画の策定・運用に主体的に関与するとともに、後継者候補の育成が十分な時間と資源をかけて計画的に行われていくよう、適切に監督を行うべきとしています(補充原則4-1 3.)。
さらに、経営陣の報酬が適切なインセンティブとして機能していないという指摘から、取締役会は、客観性・透明性ある手続に従い、報酬制度を設計し、具体的な報酬額を決定すべきであるとしています(補充原則4-2 1.)。取締役報酬については、株主総会においてその総額を承認し、具体的な決定を取締役会から代表取締役等に再一任する実務が行われています。改訂コードはこうした実務を否定するものではありませんが、その場合でも十分に客観性・透明性ある手続の下で行うことが必要です。
CEOの選解任や報酬決定のプロセスの独立性・客観性を強化する上では、指名委員会や報酬委員会の設置・活用をさらに進めていくことが重要となります。改訂前は、任意の諮問委員会を設置することは例示にとどまっていましたが、改訂コードでは、任意の指名委員会・報酬委員会など、独立した諮問委員会を設置し、独立社外取締役の適切な関与・助言を得るべきであるとしています(補充原則4-10 1.)。
ここで独立した諮問委員会とは、独立社外取締役が「主要な構成員」であることが必要とされ、独立社外取締役の人数や割合、委員長の属性等の具体的な内容については、指名・報酬などの特に重要な事項について、実効的に独立社外取締役の適切な関与・助言が得られるかといった観点から、合理的に判断すべきとされています1。必ずしも独立社外取締役を過半数にするとか、委員長を独立社外取締役にすることが求められているわけでありませんが、投資家の理解が得られるような説明が必要となると考えられます。任意の諮問委員会を設置する企業は年々増えてきていますが2、独立社外取締役の活用手法として、任意の諮問委員会を設置し、これに独立社外取締役を参画させることがますます重要となるでしょう。
1東京証券取引所「「フォローアップ会議の提言を踏まえたコーポレートガバナンス・コードの改訂について」に寄せられたパブリック・コメントの結果について」コメント113~115に対する考え方
2 2017年8月現在で、上場企業のうち任意の指名諮問委員会を設置している企業数は636社、任意の報酬諮問委員会を設置している企業は717社である(東京証券取引所「コーポレートガバナンス情報サービス」を用いてKPMGが独自に集計)。
4.取締役会メンバーの多様性確保等
取締役会は全体として適切な知識・経験・能力を備えることが求められます。また、我が国の上場企業役員に占める女性の割合は現状3.7%にとどまっています。このため、取締役会がその機能を十分に発揮していくために、ジェンダーや国際性の面を含む多様性と適正規模を両立させる形で構成されるべきであるとしています(原則4-11)。
なお、監査役についても、実効性確保の前提として、監査役に適切な経験・能力や財務・会計・法務に関する知識を有する者が選任されるべきであるとしています(原則4-11)。
さらに、独立社外取締役について、改訂前は、少なくとも3分の1以上の独立社外取締役を選任することが必要と考える上場会社は、そのための取組み方針を開示すべきとされていましたが、改訂コードでは、当該上場会社は、十分な人数の独立社外取締役を選任すべきとされています(原則4-8)。この点、コードで大きく変更されたわけではありませんが、運用機関が取締役選任への賛否基準として、取締役の3分の1以上の独立社外取締役を選任していない企業に対し、3分の1以上の選任を求める動きもみられるところです。
5.政策保有株式の削減に向けた方針・考え方の開示
近年、政策保有株式は減少傾向ですが、議決権に占める比率は依然として高い水準にあります。政策保有株式については、企業間で戦略的提携としての意義があるとの指摘もある一方、安定株主による企業経営に対する規律の緩みを生じさせているのではないか、資本管理上非効率ではないかとの指摘もなされています。
こうした状況を踏まえ、改訂コードでは、政策保有株式の「縮減」に関する方針・考え方などを開示すべきであるとしています(原則1-4)。また、毎年、「個別の」政策保有株式について、保有目的が適切か、保有に伴う便益やリスクが資本コストに見合っているか等を具体的に精査し、保有の適否を検証すること、検証内容について開示することを求めています。
政策保有株式をめぐっては、「保有させている側」に対する規律付けの重要性も指摘され、政策保有株主に対し、取引の縮減を示唆するなどにより、売却等を妨げないなどの規律も追加されています(補充原則1-4 1.・2.)。
政策保有株式については、改訂コードの趣旨にあった形で有価証券報告書における記載の見直しも検討されており、その動向についても注視する必要があります。
6.母体企業による企業年金のアセットオーナーとしての機能発揮に向けた取組み
コーポレートガバナンス改革を深化させ、インベストメント・チェーンの機能発揮を促していくためには、最終受益者の最も近くに位置し、企業との対話の直接の相手方となる運用機関に対して働きかけやモニタリングを行っているアセットオーナーの役割が極めて重要です。しかしながら、企業年金におけるスチュワードシップ活動は十分ではないと指摘されています。例えば、企業年金のスチュワードシップ・コードの受入れは10件に満たない状況です3。
こうした課題に対して、改訂コードでは、母体企業においても、企業年金の積立金の運用が、従業員の安定的な資産形成に加えて自らの財政状態にも影響を与えることを踏まえ、企業年金がアセットオーナーとして期待される機能を実効的に発揮できるよう、人事面や運営面における取組みを行うとともに、そうした取組みの内容を開示すべきであるとしています(原則2-6)。
本来は、企業年金自らアセットオーナーとして取り組むべき事項ですが、企業年金の運用は母体企業の従業員の資産形成や母体企業の財政状態に影響を与えます。このため、母体企業としても、主体的に人事面や運用面において取り組み、スチュワードシップ・コードの受入れが広がることが期待されています。
32018年4月5日現在で11基金、うち事業法人系は3基金にとどまる(金融庁ウェブサイトより)。
III.改訂コードの実施時期
改訂コードは2018年6月から実施されています。上場会社は、改訂コードの内容を踏まえたコーポレートガバナンスに関する報告書を準備ができ次第速やかに、遅くとも2018年12月末までに提出する必要があります。
IV.その他の関連動向
コーポレートガバナンス・コードの改訂に関連して、投資家との対話の前提となる企業開示の在り方、例えば経営戦略、資本の財源及び資金の流動性に係る情報、役員報酬、政策保有株式、会計監査に係る情報の開示については、金融庁の金融審議会のディスクロージャーワーキング・グループにおいて検討が進められています。
また、経済産業省においても、CGS研究会(第2期)において、社外取締役や任意の指名委員会・報酬委員会の活用、取締役会による社長・CEOの後継者の監督等の考え方やプラクティスが議論されています。そこでは、グローバル企業かどうか、規模、株主構成、多角化の程度等、その属性に応じてブレークダウンした実務の指針を示すことも検討されています。
V.おわりに
今般のコーポレートガバナンス・コード改訂の目的は、経営陣が果断な経営判断を行うためのガバナンス改革をより実質的に深化させることにあります。
コーポレートガバナンス・コード策定から3年を経て、取組みが進んでいないテーマについて改訂が行われており、多くの企業においては対応に時間を要するものと考えられます。
このため、改訂コードの趣旨を理解した上で、取締役会において、形式的なコンプライ・オア・エクスプレインになっていないかどうかを改めて確認するとともに、必要な対応について早急に議論を開始する必要があるでしょう。
執筆者
有限責任 あずさ監査法人
コーポレートガバナンス センター・オブ・エクセレンス(CoE)
パートナー 和久 友子