KPMGコンサルティングは慶應義塾大学とともに、起業に関心のある学生に向けた寄付講座「スタートアップとビジネスイノベーション」を実施しています。毎年数百人の学生が受講する人気講座で、2025年で4年目を迎えました。

講座では、さまざまな社会課題と最新テクノロジーの動向や、会計、財務など起業に必要な知識を体系的に学ぶことを目的としています。講師にはKPMGの社員のほか、起業経験者や企業のイノベーション推進担当者などの外部講師を招き、スタートアップとイノベーションについて国内外の事例を交えた実践的な講義を行っています。

本稿では、講座を担当する経済学部の中妻照雄教授と、若手起業家の横山康助氏、髙橋史好氏、KPMGコンサルティングの倉田剛が、講座の意義や今後の展望について意見を交わしました。

【インタビュイー】

慶應義塾大学 経済学部 教授 中妻 照雄氏
AgosLabs CEO 横山 康助氏
Concon CEO 髙橋 史好氏
KPMGコンサルティング 
ビジネスイノベーションユニット プリンシパル 倉田 剛

全員

左から KPMG 倉田、AgosLabs 横山氏、Concon 髙橋氏、
慶應義塾大学 中妻教授

大学教育でイノベーションマインドを育む

――この講座が始まった経緯と背景を教えてください。

中妻氏:KPMGとの講座が始まる以前、2017年からフィンテックと経済学を掛け合わせた講座を開講していました。慶應の経済学部の学生は金融関係への就職率が非常に高いので、このテーマなら興味を持ってもらえるだろうと考えたのです。当時から起業家的なイノベーションマインドを促すことを意識し、いずれは起業する学生が出てきてくれたらと思っていました。

実際には、最終的に起業に至る学生は少なかったのですが、そういう“パイプライン”が少しずつ形成されていくといいなと考えています。
KPMGとの講座も4年目になりましたが、横山さんのような起業家が出てきたことは、少しずつ学生のマインドセットが変化してきた証だと思います。

慶應義塾大学 中妻教授

慶應義塾大学 中妻教授

倉田:私自身、日本の若者にビジネス教育が必要だという思いはずっとありました。私は公認会計士なのですが、海外の起業家や同僚と話すと、彼らは子どもの頃から車を洗ってお金をもらったり、部活動のなかでビジネスをしたり、当たり前に「稼ぐ」という経験を積んでいます。一方、日本では、駅前で募金活動をするなどボランティアの経験はあっても、ビジネスへの接点が少ない。教育環境やカルチャーの違いがあります。

私と中妻先生は同世代で、就職活動の時期はバブルの末期でした。その後、「失われた30年」に突入し、この間、日本から世界を変えるようなイノベーションが生まれにくい状況が続いています。ビジネスプロフェッショナルファームとして、世界で勝負できるビジネスパーソンを育てなくてはいけないと感じており、慶應大学との連携はその一歩だと思っています。

大学×企業で講座を開設する意義

――受講生から見て、講座はどうでしたか?

AgosLabs CEO 横山氏

AgosLabs CEO 横山氏

横山氏:この講座は4年生の時に唯一受けていた授業でした。当時、私はすでに起業しており、登壇していた起業家の方に講義後に声をかけて出資をお願いしたこともあります。

それまでの私は「大学で学ぶ理論は社会に出て役に立つのかな?」と疑問を持ちながら、大学に通っていました。そのなかで、この講座はユースケースに基づいていたのが魅力的でした。

中妻氏:経済学は積上げの学問ですから、基礎がないとどこかでつまずいてしまいます。だから理論の勉強は大事なのですが、実際に働いてみないとそのことがわからないというのはありますね。

横山氏:私も今なら経済学の価値がわかります。実際、グローバルで活躍するトップリーダーたちは、経済の本質を理解しています。イーロン・マスク氏が自分の考え方を数式にして公開したことも話題になりました。

髙橋氏:私はこの授業を受けたかったのですが、抽選で外れてしまいました。この講座はアカウンティングなどの実務に必要な知識が身に付けられるのもメリットだと思います。

――大学が、KPMGコンサルティングのような企業と一緒に講座を開設することについて、どのような意義を感じていますか?

中妻氏:研究者だけで講義をすると、なかなか新しい視点を持てません。論文はエスタブリッシュされている必要があり、革新的なアイデアがすぐに評価されるわけではないので、著名な研究者でも成果がでるまでには長い年月がかかる世界です。ここにイノベーションのジレンマがあります。

外部から来た人が、研究者には出せないようなコンテンツを提供してくれることで、私自身も刺激を受けています。

倉田:当初は、社内でも「労力をかけてまで大学で寄付講座をやる意味があるのか」という議論がありました。

しかし、いざ講座が始まると、社員にとっても良い経験になりました。AIやスポーツ、宇宙など、当時はまだ「ビジネスになるの?」と思われていた分野について学び、学生にわかりやすく伝えるための講義資料を制作することが、私たち自身のスキルやコンテンツを磨くことにつながったのです。

将来的には、受講した学生が起業家として大成し、KPMGと関わってくれたら嬉しいですね。

若いうちこそ起業を。「挑戦」のハードルを下げるためにできること

――日本の起業教育や起業環境について、どう考えますか?

横山氏:今の社会は、「大学に進学し、卒業後は就職する」という生き方が “標準”とされています。でも、実際には誰一人として同じ人生を歩んでいるわけではありません。最適な生き方はそれぞれ違うはずです。

私の地元には音楽をやっている人やサッカーのプロなど“標準”から外れた生き方をしている人もいますが、彼らは夢を否定された経験を持っています。そんな現状を、自分がロールモデルになって変えていきたいです。

髙橋氏:「自分らしく生きる」とか「好きなことをして生きていく」という言葉さえ、型にはめるような傾向もあると思います。

アントレプレナー教育も型が決まっていることが多く、実際、ビジネスコンテストなどでもプレゼンのためのパワーポイントにテンプレートがあります。起業家教育さえも教科書的になっている状況です。

私は、社会課題を解決しようと思って起業したわけではありません。そのことに「視座が低いのかな」と悩んだこともありました。それでも私が立ち上げたメディアで採用されたインドのエンジニアの方の人生が好転したり、ダルマの販売で地元に貢献できたりなど、社会を良いほうに変えていると自負しています。今は胸を張って「起業している」と言えます。

concon CEO 髙橋氏

concon CEO 髙橋氏

KPMG 倉田

KPMG 倉田

倉田:母数が増えることでレベルの高いトッププレイヤーが現れるのは間違いありません。メジャーリーグで活躍するスター選手が日本の野球界から出てきたのは、野球人口がたくさんいるからです。起業家においても同じことが言えます。挑戦する若者が増えれば、必ず突出した才能が現れます。

横山氏:起業に失敗した時のセーフティーネットがない、という感覚は、僕にはありません。在学中にメディア事業での独立と売却を経験し、その後はブロックチェーン領域からAIエージェントの開発などいろいろ手がけてきましたが、「どうとでもなる」というのが実感です。企業に勤めていても成果を出せる人と出せない人がいるのと同じだと思います。

髙橋氏:私も横山さんと同じく事業売却を経験していますが、手探りの経験でした。成功にしても失敗にしても、「終わり方」を学ぶ機会がありませんでした。起業の出口戦略やセカンドキャリアについて、もっとオープンに語ったり学んだりできる場があるといいなと感じています。

中妻氏:日本では企業は売り物というイメージがなく、売却は乗っ取りだと言われることが多いですが、市場にある企業の数が増えなければどんどんと先細りしていきます。創業者の手を離れることを卒業と捉え、「おめでとう」と言えるような社会になると良いなと思いますね。
また、リスクがあるからこそ、ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)の一環として起業するというのを勧めたいです。学生の方が社会人よりもリスクをとって挑戦しやすいですし、その後の人生にも経験が活きるはずです。
起業家のコミュニティ、エコシステムが機能していれば、起業で失敗しても雇ってもらえる環境があり、通常の企業と同じような人材の循環も生まれます。

倉田氏:この講座から世界で活躍するような起業家がでてきてくれると嬉しいです。若者は体力もあるし、最新の知識もキャッチアップできます。日本の学生にはぜひ若いうちに起業をはじめ、興味のあることに挑戦してほしいと思います。

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