はじめに
世界的にエネルギートランジションが加速するなか、アジアにおけるクリーンエネルギーの推進は、国際社会の注目を集める重要な課題となっている。急速な経済成長に伴いアジアのエネルギー消費量は増加を続け、現在では世界のCO2排出量の約60%を占めるまでになっている1。ASEAN地域では、今後も経済成長により年間4%のエネルギー需要の増加が見込まれている2。一方で、こうした増加するエネルギー需要を満たしつつエネルギートランジションを進めるには、クリーンエネルギーへの積極的な投資が不可欠である。実際、東南アジアおよび南アジアでは、2022年時点で官民合わせ1,120億米ドル/年のクリーンエネルギー投資が行われているが、2030年代初頭にはその6倍以上の年間6,260億米ドル~7,320億米ドルが必要とされている3。一方で、アジア諸国における投資は、先進国と比べてリスクや資本コストが高く、民間投資の呼び込みには官民連携による新たな資金調達手法が求められている。
こうした課題に対し、公的資金を呼び水として民間資金を動員する「ブレンデッドファイナンス」が、アジアの脱炭素化を支える新たな有力な手法として再評価されつつある。近年では、シンガポール政府によるファンド設立や日本政府が主導する「アジアGXコンソーシアム」等、官民連携の枠組みが進展している。また、社会的インパクトと投資リターンの両立を目指すインパクト投資の拡大も、民間資金の供給を後押ししている。KPMGシンガポールの調査によれば、アジア地域におけるグリーン投資の大規模かつ長期の資金需要に対応するため、ブレンデッドファイナンスの拡大は急務であり、特定のセクターや地域に焦点を当てることが重要である。日本においても、インパクト投資の投資残高が17兆3,000億円を超え、急激に拡大しており、資金供給源としての役割が一層高まってきている。
本稿では、アジアのエネルギートランジションに向けたブレンデッドファイナンスの最新動向と資金の出し手拡大の見通しを踏まえ、今後の日本への適用可能性とサステナビリティ投資分野への影響等について考察する。
ブレンデッドファイナンスの最新動向
ブレンデッドファイナンスはそのコンセプトの有効性が広く認識される一方で、民間資金の動員においては案件規模の面で課題が指摘されてきた。しかしながら、近年案件規模は拡大傾向にあり、中央値は2020〜2023年の3,800万米ドルから2024年には6,500万米ドルへと拡大している。民間投資家の関心を得やすいエネルギー・インフラ分野に至っては、1億米ドルを超える大規模案件も増加している4。実際、民間資金動員額は大幅に増加しており、2021年の48億米ドルから2023年には71米億ドル、2024年には69億米ドルに達している。過去2年間では、民間資金動員額が、開発金融機関(DFIs)や多国間開発銀行(MDBs)を上回る結果となっている5。
また地域的には、2023年以前は、投資額全体の約48%がサブサハラアフリカに向けられ、アジアはその約半分程度の投資額にとどまる年もみられた。だが、2024年以降、アジアを中心に比較的規模の大きいブレンデッドファイナンス案件が、インフラや再生可能エネルギー分野を中心に相次いで実施されている。実際、2024年にはアジア全体でサブサハラアフリカを上回る合計70億米ドルの投資が行われ、この背景にはアジアを対象地域に含む大規模なファンドが立ち上がったことがある6。以降も、アジアのエネルギートランジション分野に投資する大規模なファンドが複数設立されている。
ブレンデッドファイナンスファンド設立の動き
アジアの大規模ファンド設立の代表例の1つが、シンガポール政府が主導して設立した「グリーン・インベストメント・パートナーシップ(Green Investment Partnership:GIP)」である。このファンドは、アジアのグリーンおよび持続可能なインフラ事業を支援することを目的としており、投資対象分野は再生可能エネルギー、蓄電池、EVインフラ、交通、水・廃棄物管理等を含む。2025年9月の第1回資金調達では5億米ドルを確保し、最終的に10億ドルの資金調達を目指している。初回の資金調達ではシンガポール政府による5億1000万米ドルのグラントを呼び水として、国際金融公社(IFC)、オーストラリア、英国、オランダのDFIs、慈善団体のAllied Climate Partners、民間金融機関等から資金が動員された7。今後の資金調達ラウンドでは機関投資家等からのさらなる民間資金の呼び込みが見込まれている8。加えて、ドイツの政策金融機関のKfWは、インパクト投資家と連携して、アジアのクリーンエネルギー分野に投資するファンドを設立した9。このファンドはKfWによる公的資金を呼び水として、5億米ドルの資金調達を目標としており、2025年9月には4億米ドル超を調達した。そのうち約2億米ドルは民間資金によるものである10。
日本でも、政府が2024年10月に「アジアGXコンソーシアム」を立ち上げた。これはアジアのトランジションファイナンス推進に向けた協議会であり、金融庁が主催している。構成員には民間金融機関や公的機関が含まれ、グリーントランスフォーメーションの案件組成を目指し、その一環として、ブレンデッドファイナンスも推し進める11。こうした一連の動きは、アジアにおける脱炭素化と持続可能なインフラ整備の加速に向けた新たな資金調達モデルとして、ブレンデッドファイナンスの可能性を再評価する契機となりえる。
エネルギートランジションを支えるブレンデッドファイナンスの組成
上述の通り、近年、民間資金を含む大規模なブレンデッドファイナンス案件が増加しており、その組成には一定の傾向が見られる。いずれも民間資金の動員に寄与する要素である。
- 各国政府やDFIsがインパクト投資家と連携してファンドを共同設立することで、市場においてファンドの信頼性が高まる。
- 各国政府やDFIs等の公的資金によるファーストロス(損失リスクの引き受け)やグラント拠出が、民間資金動員の呼び込みを促進する。ファーストロスとは、ファンドの資本階層の中で、最も回収が劣後される階層を指し、その他の投資家を保護する目的がある。ファーストロス資本が存在することで、他の投資家にとってはリスクとリターンのプロファイルが魅力的なものとなり、より多くの資金を集めることができる。
- インパクト投資家を含む機関投資家による民間資金の供給が増加している。ブレンデッドファイナンス案件においては、社会的インパクトと投資リターンの両立を目指す「インパクト投資家」が、民間資金の出し手として重要な役割を担うようになってきている。
これらの傾向を踏まえ、クリーンエネルギーやインフラ分野におけるブレンデッドファイナンスの資金構造と出し手の役割を図示すると、以下のようになる。
※上記は一例であり、ファンドのストラクチャや各資金拠出者の金利水準等の諸条件、グラントの有無は、各案件により異なる。
公的資金はこれまでも民間資金の呼び込みに貢献してきたが、近年ではインパクト投資家を含む機関投資家の関与が拡大しており、民間資金の動員がさらに進展している。
実際、ブレンデッドファイナンスによって動員された民間資金に占める機関投資家の増加は、2023年以降顕著に増加している。2022年から2024年の民間資金動員額のうち、機関投資家は約15%を占めるまでに拡大しており、投資額も2022年の1.4億米ドルから2024年には17億米ドルと大幅に増加している12。
インパクト投資の拡大 ―新たな民間資金の出し手―
世界的にインパクト投資の拡大が進むなか、新たな民間資金の出し手として、ブレンデッドファイナンスの活用が加速する可能性が高まっている。GSG Impact Japanが、インパクト投資に関わる投資運用会社、ベンチャーキャピタル、機関投資家、財団等を対象に実施した市場調査によれば、日本におけるインパクト投資は2021年以降、急速に増加している。
2024年末時点での投資残高は17兆3,016億円(前年比50%増)に達しており、投資先分野では国内海外ともに再生可能エネルギー等を含む「気候変動の緩和」の割合が最も高く、国内では75%、海外では48%を占めている。海外への投資額は約8,500億円に上る13。
また、Bloombergによれば、主に新興国でのインパクト投資を行う海外の機関投資家が運用する日本の投資家の資産残高は、過去3年間で約4倍に増加し、2024年には1,500億円に達したと報告されている14。こうした動きは、アジアのエネルギートランジション分野に向けた新たな資金供給源として、日本の投資家の役割が一層高まっていることを示している。これは、日本の投資家にとってもインパクト投資の機会がさらに広がっていることを意味している。
今後のブレンデッドファイナンスの活用に向けた取組み
ブレンデッドファイナンスの再評価と民間資金の動員が進むなか、日本としても、アジアのトランジションファイナンスを推進する手段の1つとして、その活用が有効である。具体的には、公的資金を活用したファンドの組成に加え、インパクト投資への関心が高い金融機関や機関投資家等を新たな資金の出し手として巻き込むことが重要な選択肢となる。
2024年4月には金融庁が「インパクト投資基本方針」を策定・公表し15、インパクト投資の推進に向けた機運が高まっている。さらに、世界最大級の年金基金である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)も、2025年にサステナビリティ投資方針を示し、現在はインパクト投資戦略の検討を進めている16。他の年金基金も、これに続いて投資方針の見直しが進むと見られる。機関投資家にとっては、受益者の利益を第一に考える「受託者責任」と「社会的インパクト」の両立を図るため、関連する投資方針やガイドラインを整備した上で投資を行うことが重要である。既に欧米の年金基金等はこうした投資方針やガイドラインを策定し、大規模なインパクト投資を進めている。
また、インパクト投資の多くは、ファンドを通じて行われており、実際の運用はファンドマネジャーが担う。ファンドマネジャーは、投資の実行、資産運用、リスク管理を担当するため、機関投資家はその運用に一定程度依拠することになる。したがって、機関投資家にとっては、経験豊富なファンドマネジャーを選定するためのネットワークや目利き力が重要となる。
このようにブレンデッドファイナンスの活用をさらに推進するには、資金を組成する側による市場の信頼を得られる案件設計に加え、資金の出し手による明確な投資方針の整備と実行という両輪の取組みが求められる。
- UN ESCAP ”2024 Review of climate ambition in Asia and the Pacific : from ambitions to results sectoral solutions and integrated action” (11 November, 2024)
- International Energy Agency (IEA), “Southeast Asia Energy Outlook 2024”(21 October, 2024)
- International Energy Agency (IEA) and International Finance Corporation (IFC), “Scaling Up Private Finance for Clean Energy in Emerging and Developing Economies “(21 June, 2023)
- Convergence ” State of Blended Finance spring 2025” (May 21, 2025)
- Convergence ” State of Blended Finance spring 2025” (May 21, 2025)
- Convergence ” State of Blended Finance spring 2025” (May 21, 2025)
- Monetary Authority of Singapore ”Green Investments Partnership, a Blended Finance Fund under Singapore’s FAST-P initiative, Achieves First Close with US$510 Million in Committed Capital” Green Investments Partnership, a Blended Finance Fund under Singapore’s FAST-P initiative, Achieves First Close with US$510 Million in Committed Capital(September 8, 2025)
- Monetary Authority of Singapore Written Reply to Parliamentary Question on Green Investments Partnership (GIP) under Singapore’s Financing Asia’s Transition Partnership (FAST-P) initiative(September 24, 2025)
- KfW “Boost for the transformation in Asia: KfW supports mobilisation of private capital with the responsAbility Asia Climate Fund”(2023年11月28日)
- resposAbility “responsAbility Asia Climate Strategy surpasses USD 410 million at fourth closing”(September 2025)
- 金融庁「アジアGXコンソーシアム」の設立について(令和6年10月2日)
- Convergence ” State of Blended Finance spring 2025” (May 21, 2025)
- GSG Impact JAPAN National Partner “日本におけるインパクト投資の現状と課題 2024年度調査”(2025年3月31日)
- Bloomberg ”日本の投資家、海外にインパクト投資機会を求める“(2025年10月17日)
- 金融庁「インパクト投資(インパクトファイナンス)に関する基本的指針」の公表について:金融庁(令和6年3月29日)
- Japan Times “World’s biggest pension fund puts impact investing on the agenda - The Japan Times” (Oct 6, 2025)
執筆者
あずさ監査法人
アドバイザリー統轄事業部
アソシエイト・ディレクター
能勢 のぞみ