退職給付信託の概要と返還に係る会計処理のポイント
この記事は、「旬刊経理情報2020年7月1日号」に掲載したものに、現在の経営環境等を踏まえて加筆修正・削除したものです。発行元である中央経済社の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。
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ポイント
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退職給付信託の設定や信託内での売却、掛金や給付への使用、積立超過時における一定の要件のもとでの返還等は、ある程度事業主側でコントロールすることが可能である。
退職給付会計が財務諸表へ与える影響も無視できないなかにあって、本稿では退職給付信託の会計面への影響や実務上のポイントに加え、退職給付信託返還時の実務上の取り扱いを解説する。
退職給付信託とは
退職給付信託とは、退職一時金制度や確定給付企業年金(DB)制度におけるPBOの積立不足に対し、事業主が保有する有価証券等を信託設定し、信託銀行がその有価証券等を当該事業主の従業員や受給権者のために管理や運用する信託を指す。
退職一時金制度の場合は給付の支払、DB制度の場合は掛金拠出に利用可能である。次の要件を満たした場合には、年金資産に該当するものとみなして会計処理を行う(企業会計基準適用指針25号「退職給付に関する会計基準の適用指針」(以下、「退職給付適用指針」という)18項)。
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退職給付会計上の積立超過
(1)退職給付会計上で積立超過となる要因
積立不足解消のために設定された退職給付信託だが、年金資産がPBOを超過した場合は、当該超過額を「退職給付に係る資産」(個別財務諸表では「前払年金費用」)として資産計上される。
「年金資産>PBO」の積立超過となる原因には、次のようなものがある。
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直近では株価の上昇で年金資産は増加する一方で、金利上昇による割引率上昇の結果PBOが減少しており積立超過が拡大する傾向となっている。
(2)退職給付会計上の積立超過解消方法
積立超過額はBS上資産計上されるが、金額が大きいと企業の資産を有効活用出来ていないと近年投資家から指摘を受ける可能性があるため、企業としては下記の方策を検討することが多くなっている。
DB制度の掛金拠出や退職一時金への給付の支払に活用する
DB制度や退職一時金制度に対して退職給付信託を設定している場合に、退職給付信託からDB制度の掛金拠出や退職一時金制度の給付の支払に利用することで退職給付信託の残高を減らしながら、事業主のキャッシュ負担を軽減することが出来るが退職給付信託を設定した制度にしか利用できない点に留意が必要である。
確定拠出年金への移行
退職給付信託を設定したDB制度や退職一時金制度を確定拠出年金へ全部移行すると退職給付信託としての目的がなくなり、信託終了として事業主に返還される。一方でDB制度の加入者を確定拠出年金に移行し、受給権者のみ閉鎖型になったとしてもDB制度自体は終了していないので退職給付信託は引き続き残ることとなる。
退職給付信託の返還
積立超過となっている退職給付信託(全部または一部)を返還する。詳細は以下で解説する。
退職給付信託の返還
退職給付信託の返還を検討する際にはまずは以下の2点を確認する。
- 退職給付信託契約を締結した信託銀行に退職給付信託返還の手続き方法を確認
- 会計監査人に返還の検討にあたり必要となる資料、数値や書類を確認
(1)退職給付適用指針の積立超過継続の要件
年金資産の一部返還の場合の取扱いは退職給付適用指針106項に具体的な要件が記載されている。
| (略)年金資産が退職給付債務を超過する額である積立超過分について事業主へ返還しても、返還されなかった資産は引き続き年金資産に該当するものと考えられるが、そのためには、年金資産については、会計基準第7項(1)で定められているように、「退職給付以外に使用できないこと」がその適格性の要件であるため、退職給付債務と年金資産とを比較して、将来の予測できる一定期間においても積立超過の状態が継続し、当該積立超過分について退職給付に使用される見込みのないことを合理的に予測できることが必要である。(以下略。傍線は筆者による) |
年金資産の一部を返還する場合には、傍線にあるように当該年金資産を返還した後においても「退職給付債務と年金資産とを比較して、将来の予測できる一定期間においても積立超過の状態が継続」を確認する必要があると考えられる。
そこでポイントとなるのは、ある時点において積立超過となっていたとしても、年金資産は時価評価であり変動することがあるため、年金資産の変動を見込んだうえで将来の一定期間に渡り積立超過が継続することを確認することであると考えられる。なお、どの程度の積立超過であればよいか等の具体的な数値基準は適用指針には記載がないため、会計監査人に確認した上で必要に応じて将来も積立超過が継続することの確認を、シミュレーション等を実施して行う。
(2)退職給付信託返還時に事業主で検討する事項
退職給付信託の資産は株式だけでなく、投資信託、社債・現預金等も含まれていることもありどの資産をどの金額まで返還(かつ会計監査人が求める積立超過継続の条件をクリア)するのか組み合わせパターンは複雑であり、将来の積立超過が継続するシミュレーションを事業主で行うことは一般的に困難である。加えて返還時には、会計上や税務上の論点もあるため、多角的な検討が必要である。
(3)退職給付信託返還時の会計処理
返還時点における年金資産に係る未認識数理計算上の差異のうち、当該返還額に対応する金額を、返還時に一時損益として認識する(当該差異の重要性が乏しい場合を除く)。
返還された年金資産に個別に対応する未認識数理計算上の差異が明らかな場合は当該対応額を損益に計上するが、返還された年金資産に個別に対応する未認識数理計算上の差異を特定することが困難な場合は、返還時の年金資産の比率等により合理的に按分した金額を損益に計上する(退職給付適用指針45項)。
通常はDB年金資産と退職給付信託の時価残高は分かれており、過年度に遡ることで退職給付信託に係る分の数理計算上の差異を算出することは可能と考える。なお、退職給付信託内で株式を売却し現金化したとしても事業主宛に返還しない限りは退職給付信託から生じた未認識数理計算上の差異は引き続き償却は必要である。
特に近年では政策保有株式として拠出している株式が大きく上昇することで多額の数理計算上の差異(有利差異)が計上されるので、退職給付信託返還に伴い対応する未認識数理計算上の差異を償却することで特別利益が計上される事例が目立っている。
(4)退職給付信託返還時の税務処理
退職給付信託の設定に伴い資産の名義は事業主から信託銀行へ移転するため会計上は企業資産から切り離すが税務上は受益者等課税信託として委託者である事業主が自ら保有しているものとみなされるため、実際に株式を売却したタイミングで損金・益金処理することになると考えられる。
なお、退職給付信託内で株式を売却後にそのまま信託内で保有を継続した場合には、売却額への課税所得支払いに利用できない可能性がある点を十分留意する必要がある。
(5)退職給付信託の資産変動抑制
退職給付信託を事業主に返還しない場合でも退職給付信託に拠出された資産は政策保有株式であることが多く、株式変動リスクは大きく毎期の数理計算上の差異の発生要因となっており、資産変動リスクを抑制するために退職給付信託内で売却を行うことも考えらえる。売却後の資産をDB制度の掛金や退職金制度の給付に活用することもできるが、金額によっては多額の現預金が滞留させることになるため、信託銀行の投資信託で運用することが考えられる。一定の資産変動リスクはあるものの、現預金に比べると一般的には期待運用収益を見込めることで会計上の退職給付費用を縮小する効果がある。
(6)株式のまま事業主返還した際の検討事項
退職給付信託内の株式をそのまま事業主に返還することは可能であるが、事業主が政策保有株式の縮小を目指している場合には「みなし保有株式」から「特定投資株式(純投資目的以外の投資株式)」に振り替わっただけとなる。なお、保有区分を純投資目的にしたとしても金融庁より2025年1月31日の「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」が公布・施行されたことで以下を開示する必要がある。
当期を含む最近5事業年度以内に政策保有目的から純投資目的に保有目的を変更した株式(当事業年度末において保有しているものに限る。)について、
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このように前述した通り、退職給付信託返還時には、未認識数理計算上差異の一時認識による会計上の損益や、株式売却による税務上の損金・益金処理が生じるため、実務対応は年金受託機関や年金数理人に加えて会計士や税理士も含めたチーム構築可能な外部アドバイザーに相談や助言を求めることも有効と考える。
執筆者
有限責任 あずさ監査法人
シニアマネジャー 年金数理人
渡部 直樹