コンプライアンスは企業にとって重要な経営課題の1つであり、持続的な企業価値向上を目指すうえで欠かすことのできない取組みです。しかし現実には、意図的な不正行為のみならず、無知や過信から、意図せず法令違反を起こしてしまう事例があとを絶ちません。これらが表面化し、企業の信頼が揺らぐ不祥事に発展した例も多く見受けられます。

KPMGでは、「事例に学ぶ企業コンプライアンス最前線」と題して、コンプライアンス違反が発生した際の適切な対応策や違反を未然に防止するための予防策について、身近な事例における特定の登場人物の経験・成長を通じて、実践的な知見を提供します。

不祥事が発覚した場合、企業は速やかにその事実関係や原因を徹底して解明し、その結果に基づいて確かな再発防止を図る必要があります。
連載第3回となる本稿では、初期調査によりコンプライアンス違反が発覚したあとの初期開示の検討から、詳細調査、再発防止まで、ステークホルダーの信頼回復や企業価値の再生のために企業に求められる対応を解説します。

なお、本文中のコンプライアンス違反事例は、架空のものであることをお断りします。

コンプライアンス違反事例

これは、ある大手事業会社における、法務部の部長と新卒2年目の社員(大野)の会話です。彼らは前回の初期調査で判明した社内のコンプライアンス違反について、初期開示の検討と詳細解明を始めます。

※前回(連載第2回)の寄稿は下記リンクからご確認いただけます。

―初期調査の結果、製品Aのデータ改ざんに加え、製品Bの仕様を逸脱した製造や製造現場でのパワハラが判明した。これらの事案の重大性と週刊誌報道によるレピュテーションリスクについて、法務部が中心となって広報部および事業部と連携しつつ対応方針を検討した結果、会社は事案の公表を決定した。特に製品Aは同社の主力製品であることから、信頼失墜による取引停止や契約見直しが懸念された。会社は、早期に事実を公表し透明性を示すことで、ステークホルダーの不安を抑える必要があると判断した。

数日後、週刊誌により製品Aのデータ改ざんが報道された。会社は同日に、製品Aの不正が事実であること、加えて製品Bの仕様を逸脱した製造も確認されたこと、詳細については現在調査中であることを公表した。また、従業員に対しても、本件がまだ調査中であり、会社としての判断は詳細な調査結果を待ってからとなることを共有し、混乱の抑制に努めた―。

部長:大野さん、報道が出てから社内もざわついているね。報道当日に会社からも公表があったことで少しは落ち着いたかもしれないが、今後の対応が重要だね。

大野:はい。初期調査で判明した事項も含め、詳細調査の準備を急ぎます。

初期開示を終えた会社は次に、詳細調査の体制を検討した。一連の事案の調査においては、製品や規格に関する専門的な知見が不可欠な事案であることから、現場の知見を適切に活用しつつ、調査の透明性・中立性を確保するため、特別調査委員会の形をとることとした。

特別調査委員会は、外部の弁護士を委員長とし、独立社外取締役が委員として選任され、事務局は法務部が担うこととなった。そして週刊誌報道と同日に行った公表の続報として、「社外有識者を含む特別調査委員会を設置した」旨を公表し、会社が事案の発生を真摯に受け止め、隠さずに解明しようとする姿勢を社内外に示した。

数日後に開催された特別調査委員会では、まず、会社による初期調査の内容および結果の詳細が、委員会に共有された。その後、委員会による詳細調査について、調査範囲や手法等が討議された結果、従業員アンケートの実施、過去数年間の検査記録の照合や担当者へのヒアリング等を中心に事実関係を整理していくことが決定された。

部長:詳細調査は特別調査委員会に一任できるものと思っていたけれど、検査記録をはじめとする不適切行為の関連証憑の収集や整理など、我々も調査活動に協力しないといけないね。

大野:そうですね。関係部門との調整を含めた実務面は私の方で進めます。

特別調査委員会による調査が始まって数週間が経過した頃、大野氏は検査記録の収集を行っていた品質保証部の声を受けて、部長に相談を持ちかけた。

大野:部長、少しご相談があります。調査が進むなかで、現場から「調査対応に追われて通常業務が回らなくなってきている」との声が上がってきています。

部長:具体的には、どんな作業が負担になっていますか?

大野:特別調査委員会から求められている調査項目が非常に多くて・・・。特に、特別調査委員会より指定された過去の検査データの収集と整理が重くのしかかっています。検査データは紙媒体であるうえ、製品ごとに記録フォーマットや記録項目が異なっていて、データの統合に時間を要しています。加えて問題なのは、作業の進め方に関する手順書やマニュアルが整備されていないことです。データの収集・整理の手法が十分に検討されないまま作業に着手したため、作業者間での認識齟齬や、作業の手戻りが頻発しています。特別調査委員会からは作業の品質や進め方についての指示はなかったため、現場では「何をどこまでやればよいか」が不明確なまま、時間だけが過ぎている状況です。

部長:それは深刻だな。検査データの記録方法等の現場ごとの細かい違いまでは特別調査委員会に伝わっていない状態で作業指示がなされたことが原因だね。事務局として現場の検査データの収集・調査作業に関する手順を整理して、特別調査委員会で合意することが必要だ。

大野:他部門から応援を呼んで対応していますが、作業手順が共通化されていないことにより人員を増加してもうまく作業が回っていないようです。さらに、一部の社員は今回の事案を受けて会社への信頼感が揺らぐなか、慣れない作業を通常業務に加えて行っていることもあり、精神的にダメージを受けているようです。

部長:それはまずいな・・・。このままでは調査の信頼性にもかかわる。作業手順の設計を、事務局として法務部主導で進めていこう。大野さん、ほかの法務部員も巻き込んで、具体的な基準や作業手順の文書化を進めていってほしい。

大野:はい、なんとかやってみます。特別調査委員会とも連携しながら、作業手順を整理して、現場に共有できるようにします。

部長:ありがとう。必要なら他部門の協力も取り付けるから、遠慮なく言ってほしい。

大野:承知しました。現場の負担を少しでも軽減できるよう、急ぎ対応します。

その後、法務部の尽力により、検査データの収集・整理作業の手順書が整備された。この手順書に基づき作業手順が標準化されたことにより、過去の検査データの収集・整理は無事に完了した。

一方、特別調査委員会のヒアリングや資料、データに対する調査のなかで、工場長が不正を主導していたことが明らかになった。複数の社員が「工場長の指示で検査値を調整した」と証言し、製造部門では工場長しか編集権限を持っていない製品の品質検査記録が改ざんされていた。調査の中立性を確保するため、会社は工場長に対し、検査データの収集・整理等の作業には一切携わらないように指示した。他方で、ヒアリングや資料提出等の特別調査委員会の要請に応じることは、従業員としての職務上の義務であることを伝えた。

部長:まさか工場長が不正の指示までしていたとは・・・。これは深刻だ。

大野:はい。本人は関与を否定していますが、ほかの社員の証言と記録の整合性から、特別調査委員会としては工場長が不正を主導したものと判断しています。今後の処分については、調査結果を踏まえて慎重に検討する必要があります。

部長:厳しい状況だけれど、ここまで来たらやり切るしかない。我々としては引き続き、事務局対応と調査協力のために必要な作業を行っていこう。

特別調査委員会はその後、初期調査で発覚した事案と、調査のなかで新たに発覚した事案についての事実に基づき、再発防止策の検討を開始した。事務局を担う部長と大野氏は、特別調査委員会から再発防止に関する提言の実効性確保のため、認識合わせの打診と再発防止に関する提言の説明を受けた。

部長:再発防止に向けた提言の方向性は理解できる。ただ、このまま導入することは現実的ではないかもしれない。たとえばシステム導入によりすべての検査手順を自動化するという案は有効だが、顧客要望に応じた例外処理や外観検査など、人の判断や感覚に依存する工程も多いため、技術的に難しいのではないかと思われる。

大野:たしかにそうですね。作業履歴を残すことによる不適切行為の牽制や作業の透明性確保が本来の自動化の目的であるはずなのに、すべての手順を自動化することが目的化しているようにも読み取れます。例外処理には承認プロセスを設ける、外観検査には抜き取りチェックで牽制するなど、現実的な対策を目指したほうが良いかもしれません。

部長:委員会の提言は尊重すべきだが、実行できなければ意味がない。どうやって現場で根付く仕組みに変えていくかが肝心だ。

大野:はい。委員会の先生方に、現場の実情を伝えましょう。

部長と大野氏は、特別調査委員会が示す提言の実効性を確保するため、会社の実情を踏まえて実現可能なことと実現困難なことを共有した。そして、最終的に特別調査委員会による調査報告書案がまとめ上げられた―。

(次回へ続く)

本事例の解説

本解説では、初動対応後のポイントとして、「初期開示」「詳細調査」「再発防止」の3つを取り上げます。具体的には、(1)レピュテーションリスクを考慮した公表判断、(2)迅速/必要な範囲での公表、(3)適切な体制選択、(4)当事者の身柄確保、(5)リソースの増強と調査遅延の防止、(6)事前折衝の6つのポイントから解説を行います。

企業コンプライアンスにおける事実解明とその手法_図表1

出所:KPMG作成

(1)レピュテーションリスクを考慮した公表判断

本事例では、初期調査の完了後、週刊誌の公表に伴うレピュテーションリスクを考慮し、事案について会社が対外公表することを決定する様子が描かれました。このように、会社の判断に基づき公表を行うことを任意開示といいます。

開示には主に以下の3つの枠組みがありますが、法律や東京証券取引所の規定でも要求されていない場合でも、不祥事による被害の重大性や影響範囲を踏まえ、会社独自で開示の要否を判断することが、ステークホルダーからのレピュテーションリスクをコントロールするうえで重要になります。

企業コンプライアンスにおける事実解明とその手法_図表2

出所:KPMG作成

(2)迅速/必要な範囲での公表

本事例では、週刊誌の報道時点では事案の全容や詳細が明らかになっていなかったため、会社による対外公表では「社内調査により、報道のあった製品Aのデータ改ざんは事実であること、加えて、製品Bの仕様を逸脱した製造および製造現場におけるパワハラの事実が確認されたこと、いずれの事案も詳細については調査中である」との内容にとどめる対応が取られました。

企業は、ステークホルダーの納得性やレピュテーション維持に配慮しつつ、「開示による影響」に鑑みて、開示範囲や内容を検討することが求められます。たとえば、初期開示の時点で「不適切行為が確認された対象製品」を開示することは、憶測や誤解を防ぎ、正確な事実をステークホルダーに伝達するため、開示することが重要です。一方で、確定的でない事項(今後の詳細調査によって覆え得る事項など)は、その開示判断に慎重を要します。以下は、開示内容として検討が求められる項目の一例です。

企業コンプライアンスにおける事実解明とその手法_図表3

出所:KPMG作成

(3)適切な体制選択

本事例では、部長や大野氏をはじめとする社内人員が事務局として協力し、外部有識者と社外取締役が特別調査委員会を組成し、調査にあたっていました。

調査にあたっては、要求される独立性のレベルに鑑みつつ、調査体制を検討する必要があります。調査体制は対象となる事案によってさまざまな構成があり得ますが、本解説では以下の3パターンにてその特徴を整理しました。

企業コンプライアンスにおける事実解明とその手法_図表4

出所:KPMG作成

日本取引所自主規制法人が発行する「不祥事対応のプリンシプル」 では、「内部統制の有効性や経営陣の信頼性に相当の疑義が生じている場合、当該企業の企業価値の毀損度合いが大きい場合、複雑な事案あるいは社会的影響が重大な事案である場合」には、調査の客観性・中立性・専門性を確保するため、日本弁護士連合会が発行する「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」に準拠する調査委員会として、第三者委員会の設置が有力な選択肢となる旨が示されています。

一方で、近年は「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」に準拠しない特別調査委員会のように社内の役職員と外部有識者が協働で調査を進める例も多くみられます。本事例では、会社事案の実体解明と会社事情を踏まえた再発防止の実現双方の観点から、特別調査委員会が選択されました。

(4)当事者の身柄確保

本事例では、調査のなかで工場長の不正への関与が発覚したため、会社は工場長に対して調査データの収集・整理作業に携わらせないよう命令を下しました。調査期間中に不祥事の当事者を調査データの収集・整理作業に携わらせ続けた場合には、証拠隠滅やさらなる不祥事への関与等、調査の進行を妨げるだけでなく、企業に追加の損害をもたらしかねません。

一方で、不祥事の当事者を容易に退職させてしまうと不祥事の当事者本人しか知り得ない情報にアクセスできないなどの弊害が生じる可能性があります。証拠隠滅やさらなる不祥事への関与等を回避しつつ、必要に応じて調査に協力を要請できるよう、不祥事の当事者には調査データの収集・整理作業に携わらせないことが肝要と言えます。これにより、不祥事の当事者の身分に応じた懲戒処分も適切に行うことが可能になります。

(5)リソースの増強と調査遅延の防止

本事例では、特別調査委員会から求められる検査データの収集と整理に苦心する大野氏達の様子が描かれました。

このように、不祥事の調査においては、調査委員会からの要請で資料提供等の協力を求められることや、企業の役職員(事務局)自らも調査活動の一端を担うことが一般的です。企業は通常業務と並行して調査活動を担うこととなるため、工数不足に陥ることが多く、ひいては本事例のように調査活動の遅延につながりかねません。このような局面では、人事部門と連携を通じて、社内部署から知見や経験のある人員を募集することで、工数を補填することが一考されます。

また、調査記録の収集→整理の過程においては、データが複数ファイルに散逸している、データの項目が揃っていない、特定の軸に沿って分析を行いたいが方法がわからないといったさまざまな問題が生じる可能性があります。このような場合には、専門コンサルタントなどといった外部の知見を活用することも有用と言えるでしょう。

(6)事前折衝

本事例では、会社の実態を踏まえ、特別調査委員会の再発防止の提言に対して部長や大野氏が会社の実情を共有する様子が描かれました。

不祥事の再発防止にあたっては、調査委員会が原因を踏まえて再発防止策を提言し、企業がこれに基づき対応を進めることが一般的です。企業にとって、調査委員会の提言を厳粛に受け止めて実行に移すことが重要である一方、その提言内容が企業にとって現実的でなければ十分な実効性を確保することはできません。そのため、企業として調査委員会による再発防止策の検討段階から会社の実情を共有することも一案です。

まとめ

信頼回復に向けた第一歩は、適切な開示判断から始まります。同時に行う調査においては、体制や不祥事行為の当事者の処遇、リソースの各側面から、的確な対応をとる必要があります。また、調査委員の提言を踏まえた再発防止策の実行にあたり、会社と調査委員間で事前折衝することが、実効性のある企業変革につながります。

次回(連載第4回)は、企業による再発防止策の策定・実行およびステークホルダーからの信頼回復について詳細に解説していきます。

※本稿において、「コンプライアンス」は法令と社会規範の両方に従うことを指し、とくに法令に従うことを「法令遵守」と呼称する。

※本稿においては、企業内部起因で生じるコンプライアンス違反を中心に取り上げることを想定しており、「不祥事」とは、本記事の想定対象とする企業のコンプライアンス違反行為のうち、世間に公表され、企業価値やイメージを大きく毀損するものを指す。コンプライアンス違反行為のうち、それ自体が法令に抵触するものを「法令違反」と呼称する。

執筆者

KPMGコンサルティング
アソシエイトパートナー 馬場 智紹
シニアコンサルタント 奥西 宏紀
シニアコンサルタント 床波 大貴

KPMG Forensic & Risk Advisory
ディレクター 水上 浩

事例に学ぶ企業コンプライアンス最前線

今後の掲載予定は以下になります。ぜひご覧ください。

回数 タイトル/テーマ(仮)
第1回 (導入)企業コンプライアンスにおける有事・平時対応の全体像
第2回 (有事)危機発生時に企業の初動対応で信頼は守れるか?
第3回 (有事)企業コンプライアンスにおける事実解明とその手法 ※本稿
第4回 (有事)企業の信頼回復戦略 謝罪・説明・そして再建へ
第5回 (平時)企業の法令遵守チェックリスト
第6回 (平時)グローバル企業のガバナンス 国内外の違いと対策
第7回 (平時)企業風土改革の実践 コンプライアンス文化を根付かせる
第8回 (平時)ルールメイキング 守りのコンプライアンスから攻めのコンプライアンスへ

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