エネルギートランジションの潮流のなか、世界の運輸セクターは重要な岐路に立たされている。同セクターは、世界の温室効果ガス(GHG)排出量の約15%を占めている1。エネルギー需要の91%以上が、依然としてガソリンやディーゼルといった従来型燃料によって賄われており2、代替燃料への抜本的な転換が急務であることが浮き彫りになっている(図表1)。

図1. 世界のGHG排出量における運輸セクターの割合

図1. 世界のGHG排出量における運輸セクターの割合

出典:KPMG International “Evolution of Transportation Fuels”より抜粋
EDGAR - Emissions Database for Clobal Atmospheric  Research, “CO2 emissions of all world countries”(2022).
International Energy Agency (IEA), “Global CO2 emissions from transport by subsector, 2000-2030”(November 4, 2021).

国際エネルギー機関(以下、「IEA」)は、運輸関連のCO₂排出量が2030年まで増加し続けると予測し、大幅な排出削減の必要性を強調している3。脱炭素化の手段としてバイオ燃料の活用が期待され、2028年までに運輸部門の石油需要の60%を代替する見通しである4。これまでバイオエタノールを中心にほぼ陸上輸送のみで活用されてきたバイオ燃料であるが、技術革新に伴う次世代バイオ燃料の登場により、鉄道・船舶・航空など幅広い運輸セクターでの活用が可能となり、2028年までに2018年比35%の大幅な需要拡大が見込まれる5。KPMGインターナショナルの調査「Evolution of Transport Fuels」においても、他の代替燃料と比較して、バイオ燃料は、技術成熟度・費用対効果・規制・環境面・インフラとの互換性等の面から、短中期的に最も可能性が高い解決策と評価できる(移行燃料である天然ガスを除く/図表2)。

図2. 運輸セクター代替燃料の適用可能性

図2. 運輸セクター代替燃料の適用可能性

出典:KPMG International “Evolution of Transportation Fuels”より抜粋

欧州各国は脱炭素化のため次世代バイオ燃料を鉄道・陸上輸送・航空分野で利用を先んじて進めており、わが国も政府の検討のもと、同様の方向性に進みつつある。他方、バイオ燃料の実用化には、バイオ燃料の安定供給といった新たなエネルギー需要が生じるため、燃料・エネルギー・運輸分野に関わる民間企業にとっては、これまでのビジネスモデルが変容し、大きな事業機会が生まれる可能性がある。

本稿では、運輸セクターの脱炭素化の実用で一歩先を行く欧州の鉄道セクターの事例や、運輸セクター全体におけるバイオ燃料活用の今後の見通しをベースに、日本におけるそれらの適用可能性と、エネルギー事業者等の民間企業の今後のビジネスモデルに与える影響、バイオ燃料の実用化に向けた、有り得べき官民の取組み等について考察する。

鉄道セクターにおけるバイオ燃料利用

運輸セクターの中でも、鉄道は電化が進み、最も炭素依存度が低いグリーンな旅客輸送手段と認識されている一方、主要各国の鉄道非電化区域ではディーゼル列車運行によるCO2排出量が増加傾向にある。2050年ネットゼロ達成のためには2030年までに年率5%のペースでCO2排出量を削減する必要がある6。欧州では英国7やフランス8等、鉄道セクター全体のCO2排出量の6~7割をディーゼル列車運行が占めるケースもある。こうした状況を受け、欧州各国は列車運行の脱炭素化として以下の施策を実施している。

欧州:鉄道脱炭素化施策のポイント

(1)ディーゼル燃料の次世代バイオ燃料への転換
  • バイオ燃料は既存鉄道車両の更新を伴わずに使用できることに加え、CO2排出削減効果が90%と高く、費用対効果が高い手段
  • 主な次世代バイオ燃料は、廃食油を原料としてメチルエステル化処理によって製造する FAME((Fatty Acid Methyl Ester:脂肪酸メチルエステル)と同原料を水素分解化したHVO(Hydro-treated Vegetable Oil:水酸化植物油)
(2)ディーゼル列車の水素動力列車への置換
  • 水素燃料電池列車・蓄電池列車・水素蓄電池ハイブリッド列車があり、CO2を排出しない最もクリーンな列車と期待される

 

わが国においても鉄道分野におけるCO2排出量の約4分の3が列車運行由来であるため、排出量削減のために同様の施策が始まろうとしているところ、既に実用が進む欧州事例を次に参照する9

列車運行脱炭素化に向けた欧州の事例

フランス・イタリアの各国鉄は、前述の通り、(1)次世代バイオ燃料の活用、(2)水素動力列車の活用を進めており、前者は即効性の高いCO2削減策として主力施策に据えられている。一方、後者は商業運転に向け運行テストや燃料となる水素サプライチェーンの構築等の課題が残っている。
 

  (1)次世代バイオ燃料の活用 (2)水素動力列車の活用
フランス フランス国鉄(SNCF)は、地方路線TERのCO2排出撤廃に向け、2021年から100%国産の菜種油から製造したFAMEを一部路線で使用し、従来のCO2排出量の約60%を削減10 。2023年からはHVOの使用も開始 2025~26年の商業運転開始に向け、水素燃料電池列車および蓄電池列車についてテスト運行中
イタリア フェロビエ・デッロ・スタート(FS、旧イタリア国鉄)が、半国有石油会社のEniと共に、ディーゼルの代替としてHVO使用を試行中。CO2排出量を最大80%削減することを見込む11 国家水素戦略のもと、水素燃料電池列車の導入に重きを置き、2026年運行開始に向け、ロンバルディア州地域鉄道において、水素燃料電池列車を準備中


出典:各社公表資料・ウェブサイトを基にKPMGジャパン作成

日本での列車運行脱炭素化の現状と今後の見通し

上記の通り、欧州においては迅速に列車運行の脱炭素化を進めるため、先行して既存の車両に対して主にHVOをディーセルの代替燃料として活用し、長期的には車両自体を水素燃料電池列車や蓄電池列車に移行する計画を進めている。日本においても、欧州同様、国土交通省の鉄道事業の脱炭素化の施策のもと、大手鉄道各社が蓄電池車両・ディーゼルハイブリッド車両による非電化区間の実質電化、水素燃料電池列車の開発・実証実験を進めている12。他方、ディーゼル車両におけるバイオ燃料使用については、国土交通省の上記施策にも含まれているものの、実用化一歩手前の状況にある。国内の鉄道・バス・建機等の運輸分野でバイオ燃料使用の実証事業が進められているほか、国土交通省は2025年度以降ディーゼル鉄道車両の燃料をバイオ燃料に段階的に切り替える方針を鉄道事業者に対して明らかにしている13。したがって、これを契機に日本においてもバイオ燃料利用に弾みがつき、実需要が増加する可能性が高い。

運輸セクターにおけるバイオ燃料利用拡大の可能性

バイオ燃料の利用先は鉄道に限られるものではない。日本政府が2025年2月に閣議決定した第7次エネルギー基本計画においても、自動車・船舶・鉄道・建設機械等の運輸部門に求められる取組みとして次世代バイオ燃料の導入推進が掲げられており14、今後官民一体でバイオ燃料の導入が進む機運にある。またこうしたバイオ燃料をめぐる動きは世界でも顕著である。IEAによれば、世界のバイオ燃料需要は、2028年には2022年比23%増加の2,000億リットルに達する見込みである(図表3)。2018年から2022年の5年間と、2023年から2028年の5年間を比較すると、約380億リットルおよび約30%の増加となる。セクター別のバイオ燃料需要見通しでは、これまで陸上交通での需要が100%近くであったバイオ燃料需要は、2030年には航空分野で全体の62.4%、船舶分野で12.1%に拡大する見通しで、運輸部門における利用拡大が見込まれている(図表4)。

図3. バイオ燃料需要 2018-2028(億リットル)

図3. バイオ燃料需要 2018-2028(億リットル)

出典:IEA (2023), Global biofuel demand, historical, main and accelerated case, 2016-2028(Licence: CC BY 4.0)を基にKPMG作成

図4. バイオ燃料需要のセクター別成長率(%)

図4. バイオ燃料需要のセクター別成長率(%)

出典:IEA (2024), Annual liquid biofuel demand growth shares by sector, main case, 2023-2030(Licence: CC BY 4.0)を基に作成

複数あるバイオ燃料需要のなかでは、特にHVOの成長が期待されている。上記バイオ燃料需要の内訳には、エタノール・FAME・HVOが含まれるが、各燃料別の成長率ではエタノールとFAMEが横ばいであるのに対し、HVOは2028年には2022年比200%増加の264億リットルに達する見通しである15(図表5)。

図5. バイオ燃料 燃料別需要内訳 2022-2028(億リットル)

図5. バイオ燃料 燃料別需要内訳 2022-2028(億リットル)

出典:IEA (2023), Global biofuel demand, historical, main and accelerated case, 2016-2028(Licence: CC BY 4.0)を基に作成

なお、HVOは運輸セクター全般で以下のような需要が見込まれる。

  • 陸上交通:既に利用が進み、英国・ドイツ・スウェーデン等、欧州の多くの国で、HVOがガソリンスタンドで販売され、通常のガソリンとの価格差も低減傾向にある。
  • 航空:2025年からEU域内の空港でSAF利用の義務化が段階的に進み、リファイナリーが製造能力を増強しているなか16 17、SAF製造の過程で発生する連産品であるHVOの製造拡大も期待されている。HVOおよびSAF製造事業者においては、当面は実需要が発生しているHVOを製造し、SAF需要の高まりに合わせてSAF製造を増やすという動きもみられる。
  • 船舶:2025年4月に国際海事機関(IMO)が、船舶が排出するCO2排出量を削減するため、5,000トン以上の外航大型船に対して罰則を伴う排出量規制基準を設けることを承認18。同基準の達成に向けバイオ燃料の使用増加が想定され、バイオメタノール・HVO・FAMEの活用が見込まれる19

このように、運輸セクターにおけるバイオ燃料の存在感は今後ますます拡大することが想定され、エネルギー・燃料事業者にとってはビジネスモデルの変革が求められる。欧米を中心に多くの燃料事業者は、既存の製油所をHVO/SAF製造プラントに転用しつつ、新規プラントの建設も進めている。インフレの影響を受けたバイオ燃料等の次世代燃料の採算悪化や、米国の化石燃料回帰の動きも踏まえ、多少の揺り戻しはあるものの、エネルギートランジションの動きが止まるという方向にはない。

日本国内においてもかかる動きが徐々に進んでいる。しかしながら、前述の日本における運輸分野におけるバイオ燃料使用の走行実験では、海外産HVOが多く用いられるなど、バイオ燃料製造に関しては国外の事業者の存在感が強い状況にある。日本の事業者にとっても、足元のディーゼル列車におけるバイオ燃料の実需に着実に対応しつつ、さらなる運輸セクター全体におけるバイオ燃料需要が増加することを踏まえ、より一層の加速化と、それに向けたトライアルが求められるだろう。

日本における事業機会

今後増加が見込まれる我が国のバイオ燃料需要に対して、民間事業者は、次の2点に取り組みながら、本格導入に備えることが肝要と考えられる。

(1)バイオ燃料製造・実用化に向けた実証事業の実施や当該事業における政府補助金の活用
(2)日本政府のバイオ燃料利用拡大に向けた規制改革動向の確認

(1)の実証事業実施については、国内外におけるバイオ燃料製造設備の導入や、鉄道・バス・トラック・建設機械等のディーゼル車両に対するバイオ燃料使用が考えられる。そうした民間事業者によるバイオ燃料事業の実用化促進のため、次ページの表のとおり、日本政府や東京都がバイオ燃料の製造・安定供給確保に資する各種補助金等による支援を行っている。数は限られるものの、実証事業実施に際してこのような補助金等を活用することも1つの選択肢である。
 

所管 名称 支援概要
資源エネルギー庁 「次世代燃料安定供給のためのトランジション促進事業」補助金20
  1. バイオ燃料製造設備の導入・既存設備の改造・移転に要する費用の一部
  2. バイオ燃料の安定供給に向けた技術実証に要する経費の一部
農林水産省 「農林漁業バイオ燃料法」に基づく、農林漁業有機物資源を利用したバイオ燃料の安定的かつ効率的な生産に向けた取組に対する支援21 農林水産省により認定された事業計画に基づき、新設したバイオ燃料の製造設備について、固定資産税の軽減措置等
東京都 「バイオ燃料活用における事業化促進支援事業」22 バイオ燃料を活用した車両・船舶等での商用化・実装化に向けた取組みに要する経費の一部


出典:各省庁・自治体公表情報を基に作成


(2)の規制動向に関しては、前述の第7次エネルギー基本計画における運輸部門におけるバイオ燃料の導入推進にあたり、バイオ燃料にかかる燃料規格・規制・税制等の未整備が普及の妨げになっているとして、経済産業省がそれらの見直しのための議論を始めている23。議論の対象となるバイオ燃料はFAMEとHVOである。

FAMEについては、諸外国では農業振興・環境負荷低減のため、軽油供給者に対して軽油への混合義務や税制優遇を制度化しバイオ燃料導入を推進している一方、日本ではかかる義務・優遇を共に設けていない。また、諸外国では混合割合が7%~最大35%まで許容されているのに対し、わが国では「揮発油等の品質の確保等に関する法律(品確法)」に基づき混合上限が5%に定められている24。かかる上限では得られる脱炭素効果が低いとの指摘があるため、上限7%への引上げ等が検討される見通しである。

また、HVOについては、軽油と同等の性状を持ちながら、品確法上もJIS規格上の取扱いも定まっていないため、品質管理が定まっていない。わが国においてはJIS規格が製品やサービスを標準化させる役割があることから、HVO利用の普及促進のため、JIS規格の策定の必要性が課題とされている。またHVOは、地方税法上の軽油にあたらず軽油引取税の対象外であるため、軽油に高濃度で混合する場合に軽油と見なされない。ただし、同法上では製造・流通にあたり都道府県から事前承認を得る必要があるため、事実上流通が大幅に制限されている。脱炭素化の推進のため、こうした税制面の規制・運用の見直しが検討される方向である。
 

FAMEにかかる規制見直し

課題 今後の方向性 備考:諸外国の対応
軽油への混合上限(品確法) 5%→7%への引上げ検討 EU・米:公道では5~7%、建設機械等の非公道利用では30%
供給者側の混合義務 - 2米・仏・尼・馬・伯等:一律混合義務や供給量に対する混合義務
税制優遇 今後、課税・徴税の在り方を検討 伯・亜・仏等:燃料税・炭素税の減税や免除


HVOにかかる規制見直し

課題 今後の方向性
JIS規格 現在取扱いがないため、策定を検討
軽油引取税 現在、地方税法上の課税対象外だが、製造・流通にあたり都道府県の事前承認が必要。地方税法上の規制・運用の見直しを検討


出典:資源エネルギー庁「資源・燃料分科会脱炭素燃料政策小委員会」資料を基にKPMG作成

 

上記の通り、バイオ燃料推進にかかる各種規制の見直しが検討されているところ、近々にバイオ燃料普及に向けた道筋が見える可能性が高い。こうした状況を踏まえると、民間事業者は規制改革動向を注視しながら実証事業等に取り組むことによって、規制緩和となった暁には迅速に事業機会獲得に動くことが可能となるであろう。

おわりに

運輸セクターにおける脱炭素化施策として、次世代バイオ燃料や水素などさまざまな次世代エネルギーの利用が期待されている。特にバイオ燃料の期待値は大きく、鉄道分野を皮切りに実用が進み始めている。欧州では鉄道に加え、陸上交通での実用、さらに航空分野での義務化と一歩ずつ進んでおり、わが国においても同様の方向性のもと、規制改革等によりバイオ燃料の商用利用が後押しされようとしている。そうした中、民間事業者としては来る幅広い事業機会に備え、実証事業等を通じて実用化に取り組んでいくことが重要といえる。国内需要はもとより、国外の船舶・航空等の幅広い運輸分野での活用も期待され民間事業者の事業機会に影響があるところ、国内外の幅広い政策動向を注視することも求められるだろう。


1 EDGAR — Emissions Database for Global Atmospheric Research,“CO2 emissions of all world countries” (2022).
2 International Energy Agency (IEA), “Global CO2 emissions from transport by subsector, 2000-2030” (November 4, 2021).
3 International Energy Agency (IEA), “Global CO2 emissions from transport by subsector, 2000-2030” (November 4, 2021).
4 The International Energy Agency (IEA) “Transport biofuels – Renewables 2023 – Analysis and forecasts to 2028”
5 The International Energy Agency (IEA) “Transport biofuels – Renewables 2023 – Analysis and forecasts to 2028”
6 The International Energy Agency (IEA) “Tracking Rail”
7 Office of Rail and Road “Rail Emissions April 2022 to March 2023”, November 14, 2023
8 SNCF Group “Decarbonization and the green transition”, March 11, 2024
9 国土交通省「鉄道分野のカーボンニュートラルの目指すべき姿」2023年5月
10 SNCF Group “SNCF Group Annual Financial and Sustainability Report 2024”
11 Ferrovie dello Stato Italiane “Energy transition and alternative fuels. FS Group and Eni sign Letter of Intent” 2024年6月25日
12 国土交通省「鉄道分野のカーボンニュートラルの目指すべき姿」2023年5月
13 NHK News「鉄道の脱炭素 ディーゼル車両 バイオ燃料に切り替えへ 国交省」2024年10月17日
14国土交通省「エネルギー基本計画」2025年2月
15 The International Energy Agency (IEA) “Transport biofuels – Renewables 2023 – Analysis and forecasts to 2028”
16 S&P Global “Eni boosts European SAF supply with production launch at Gela plant” January 22, 2025
17 Neste “Neste started producing sustainable aviation fuel (SAF) at its renewables refinery in Rotterdam, the Netherlands” April 4, 2025
18 The International Maritime Organization (IMO) “IMO approves net-zero regulations for global shipping” April 11, 2025
19 European Maritime Safety Agency (EMSA) “Update on Potential of Biofuels for Shipping [updated]” November 13, 2023
20 資源エネルギー庁「令和6年度「石油供給構造高度化事業費補助金(次世代燃料安定供給のためのトランジション促進事業のうち、次世代燃料の安定供給促進事業)」に係る間接補助事業者の公募について」2024年4月23日
21 農林水産省「農林漁業バイオ燃料法関連情報
22 クール・ネット東京:東京都地球温暖化防止活動推進センター「脱炭素燃料活用における事業化促進支援事業
23 資源エネルギー庁「バイオディーゼルに関する国内外の動向について」2025年3月25日
24 資源エネルギー庁「石油製品の品質確保について

執筆者

あずさ監査法人
アドバイザリー統轄事業部
アソシエイト・ディレクター
能勢 のぞみ