米国、AI覇権に向け「AIアクションプラン」を発表:3つの大統領令でAI戦略を加速
2025年7月にトランプ政権は「米国のAIアクションプラン」を発表しました。本文ではこのプランの解説と、その後に発令された関連する3つの大統領令について解説します。
2025年7月にトランプ政権は「米国のAIアクションプラン」を発表しました。本文ではこのプランの解説と、その後に発令された関連する3つの大統領令について解説します。
ホワイトハウスは、トランプ大統領が1月に発令した大統領令「Removing Barriers to American Leadership in Artificial Intelligence―The White House(米国のAIリーダーシップを阻む障壁を取り除く)」に基づき、2025年7月に「America’s AI Action Plan(米国のAIアクションプラン)」を発表しました。
本プランは、米国民の持続的幸福感、経済競争力、国家安全保障の新たな黄金時代を築くことを目指し、「第1の柱:イノベーションの加速」「第2の柱:米国のAIインフラの構築」「第3の柱:国際外交と安全保障におけるリーダーシップ」という3つの柱と、103の連邦政策アクションプランで構成されています。
米国が、AI分野で主導権を握りながら、AIが健全に発展できる環境を整備することを目標としています。
グローバルなAI競争での優位性を確立するために、技術革新、インフラ開発、国際協力が不可欠であると強調されています。
第1の柱:AIイノベーションの加速
- 官僚的手続きの撤廃:イノベーション促進を目的としてAI開発に係る申請手続き等を簡素化。
- 言論の自由と価値の保護:言論の自由を念頭においた最先端AIの開発、また米国政府がこれらの目的に干渉せず、言論の自由が繁栄することを保証。
- オープンソースAIの環境作り:オープンソースやオープンウェイト(学習済みパラメータ(重み))モデルAIを支援する環境を整備。
- AI採用の促進:米国政府によるAIの「Try first(まず試す)」文化の確立、およびこの取組みによるAI採用を促進。
- 雇用創出とトレーニング:AI関連の新しい雇用を創出し、労働者にAI技術のスキルを提供するプログラムを用意。
- 次世代製造業への支援:自律型ドローン、自動運転、ロボティクス等の次世代製造・物流業に対する連邦政府の積極的な投資。
- AIを利用した科学への投資:科学分野における利用のためのインフラ整備と科学関連組織の支援。
- 世界水準の科学データセットを構築:世界最大かつ最高品質のAIに適した科学データの作成をリードし、かつ個人の権利の尊重、プライバシー、機密保持を保障。
- AI科学の進展:将来有望なAI最先端分野へターゲットを絞った戦略的投資。
- AIの解釈可能性、制御、堅牢性の突破口に関する投資:AIの解釈可能性、制御性、堅牢性を進展させるためのプログラムの立案と推進。
- AI評価エコシステムの構築:AIシステムの評価に関するガイドラインとリソースの公表、ベストプラクティスの共有。
- 政府のAI導入を加速:AI導入に関する省庁間の調整と協力の主要な場となるチーフAI責任者会議(CAIOC:Chief Artificial Intelligence Officer Council)の設立、およびAI人材交換プログラムの作成等。
- 国防省におけるAIの採用を促進:国防省の活動(戦闘やバックオフィス業務)を変革するためのAI採用を促進。
- 商業と政府のAI革新の保護:米国政府と産業の密接な連携。
- 合成メディアへの対策:AIによる合成メディアのリスクを管理するための法制度を強化。
第2の柱:米国のAIインフラの構築
- セキュリティを保証した許認可の確立:データセンターや半導体製造施設、エネルギー・インフラの設立を促進するため、現行の法規制の簡素化または削減。
- 電力グリッドの開発:AIの成長に対応できる電力供給力を増強。
- 半導体製造業の再興:国内の半導体生産能力の強化による、依存度の低減。
- 高セキュリティデータセンターの構築:軍事やインテリジェンスコミュニティ向けの安全なデータセンターを整備。
- 熟練労働者の育成:AIインフラを支えるための技術者を育成する教育プログラムの実施。
- サイバーセキュリティの強化:重要インフラの防護能力を高めるための技術を推進。
- 安全設計によるAI技術とアプリケーションの推進:生成AIフレームワーク、ロードマップ、ツールキットの改良。
- AIインシデント対応能力の向上:政府機関がAIインシデントに迅速に対応できる能力を強化。
第3の柱:国際AI外交と安全保障における主導
- 同盟国へのAI技術輸出:米国のAI技術を友好国に供与し、国際的な競争力を向上。
- 中国の影響力への対抗:AIに関する米国の価値観を反映し、権威主義的な影響に対抗する国際的なAIガバナンスアプローチの提唱。
- 輸出管理の強化:AIコンピューティングに関する輸出管理を厳格化し、国家安全保障を確保。
- 抜け穴の封鎖:半導体製造に関する既存の輸出管理の不備を修正。
- グローバル連携の強化:パートナー、同盟国への米国の輸出管理基準の徹底および代替品提供の抑制。
- 国家安全保障リスク評価:最先端AIシステムに対する国家安全保障リスクの評価、セキュリティの脆弱性や悪意ある外国の影響を評価・検討。
- バイオセキュリティの投資:生物学分野における悪意ある行為者を発見するための効果的なスクリーニングの採用、ツールやインフラの構築。
3つの大統領令が同時発表
本アクションプラン発表と同日に、以下の3つの大統領令も発表され、AI戦略がさらに具体化されています。
1.米国のAI技術スタックの輸出促進
この大統領令は、米国がAI技術において国際的なリーダーシップを維持するための戦略的な枠組みを提供し、AI技術の輸出を促進します。
- 目的:米国は汎用AIおよび最先端AI能力を開発し、他国においても米国製のAI技術、基準、ガバナンスモデルを採用させること。
- 政策: 米国のAIリーダーシップを維持・拡張し、競合国等のAI技術への依存を減少させるため、米国製AI技術の国際展開を支援。
- 米国AI輸出プログラムの設立:商務長官は90日以内にプログラムを設立し、産業主導コンソーシアムから提案を公募する。
- 連邦ファイナンスツールの動員:経済外交行動グループ(EDAG)が、優先AI輸出パッケージを支援するための連邦資金動員を調整し、輸出促進戦略の策定、資源調整、国際連携支援を行う。
関連リンク:Promoting The Export of the American AI Technology Stack
2.データセンターインフラの連邦許可の加速化
この大統領令は、米国の製造業と技術の優位性を強化するための戦略的な枠組みを提供し、特にAIデータセンターの迅速な建設を優先します。
- 政策と目的:米国製造業の黄金時代を促進し、国家安全保障、経済繁栄、科学的リーダーシップに必要な重要な製造プロセスと技術において米国がリードすることを目指す。そのために、法規制による負担を緩和することで人工知能(AI)データセンターとそれを支えるインフラの迅速かつ効率的な整備を促進させる。
- 定義:「適格プロジェクト(Qualifying Project)」とは:
I.商務長官が判断した場合に、プロジェクトスポンサーが少なくとも5億ドルの資本支出を約束したデータセンタープロジェクトまたは対象コンポーネントプロジェクト;
II.100 MWを超える増加電力負荷を伴うデータセンタープロジェクトまたは対象コンポーネントプロジェクト;
III.国家安全保障を保護するデータセンタープロジェクトまたは対象コンポーネントプロジェクト;または
IV.国防長官、内務長官、商務長官、またはエネルギー長官が「適格プロジェクト」として指定したデータセンタープロジェクトまたは対象コンポーネントプロジェクト。
- 適格プロジェクトの促進:適格プロジェクトのための財政支援をする取組みを開始。
- 大統領令14141の取消:バイデン前政権の大統領令14141(Advancing United States Leadership in Artificial Intelligence Infrastructure)の取消。
- 環境レビューの効率化:国家環境政策法(NEPA)に基づいて採用された分類的除外(訳注:原文「categorical exclusion」=環境影響評価(EA)や環境影響報告書(EIS)の作成義務から除外された事業の類型)の特定と、これによる適格プロジェクト構築の促進。
- FAST-41による効率性と透明性:連邦許可改善推進委員会(FPISC)に特定された適格プロジェクトは30日以内に、FAST-41(訳注:Fixing America‘s Surface Transportation Act:インフラ許認可手続きの迅速化・調整するための枠組み)に基づく透明性プロジェクトに指定でき、許認可ダッシュボードに公開され許認可プロセスの進捗が管理される。
- 許認可レビューの簡素化:環境保護庁の管理者は、連邦および非連邦の土地における許可手続きを迅速化するために、クリーンエア法(Clean Air Act;42 U.S.C. 7401 et seq.)、クリーンウォーター法(Clean Water Act;33 U.S.C. 1251 et seq.)、包括的環境対応、補償および責任法(Comprehensive Environmental Response, Compensation, and Liability Act;42 U.S.C. 9601 et seq.)、有害物質管理法(Toxic Substances Control Act;15 U.S.C. 2601 et seq.)およびその他の関連する適用法令に基づいて、各場合において適格プロジェクトの開発に影響を与える規則を策定または修正する。
- 生物学的および水に関する許認可の効率化:この命令の日から180日以内に、陸軍長官は、陸軍土木局の助手を通じて、1972年のクリーンウォーター法の第404条(33 U.S.C. 1344)および1899年の河川および港湾予算法の第10条(33 U.S.C. 403)に基づいて発行された全国的許可を見直し、適格プロジェクトに関連する活動の効率的な許可を促進するために、活動特定の全国的許可が必要かどうかを判断する。
- 連邦土地の利用可能性:国防長官は、10 U.S.C. 2667(訳注:米国防省が保有する不動産や付帯整備を公共目的で賃貸する権限を与える連邦法の条項)またはその他の適用法に基づき、国防長官が必要または望ましいと判断するに応じて、インフラの利用のために軍事施設内の適切なサイトを特定し、国防総省のエネルギー、労働力、およびミッションのニーズを支援するために適格プロジェクトのために利用可能な土地を競争的にリースするものとする。ただし、安全保障および部隊保護の考慮事項に従うことが条件とされる。
関連リンク:Accelerating Federal Permitting of Data Center Infrastructure
3.連邦政府における「リベラル過ぎるAI(Woke AI)」の防止
この大統領令は、AIモデルの調達において信頼性と正確性を重視することを目的とし、バイアスのない中立的なAI開発を促すための指針を示します。
- 目的:AIは米国人の学習、情報消費、日常生活で重要な役割を果たす一方、意識的なバイアスや社会的アジェンダが組み込まれると出力の質や正確性が歪められる可能性がある。特に「多様性、公平性、包括性(DEI)」の概念は事実情報の抑圧や歪曲を招き、信頼性のあるAIにとって脅威となる。
- 偏見のないAI原則:米国は、以下の原則に基づいてLLMを調達する。
I.真実探求:事実情報に基づいた正確な応答を優先し、歴史的正確性や科学的探求を重視する。
II.イデオロギー的中立性:特定のイデオロギーに有利な応答となるような操作をせず、開発者はエンドユーザーから要求された場合等を除き、意図的にイデオロギー的な判断をエンコーディングしてはならない。
トランプ大統領はAIを米国のイノベーション基盤として重視し、科学技術と国際的な影響力の新たな時代を切り開くことを目指しています。AI競争で勝利するためには、イノベーション、インフラ、国際パートナーシップにおける米国のリーダーシップが不可欠であるとし、米国の労働者を中心に据えつつも、連邦政府が情報を監視し、言論や思想を抑圧するようなAIの利用(訳注:英語原文「Orwellian uses of AI」)を避けることを強調しています。
まとめ
今回の「AIアクションプラン」と3つの大統領令で、米国はAIイノベーションの加速を目指した取組みを示しており、また「米国製」のインフラを構築し、AI技術の先導的地位を確立しようとしています。また、米国がAI技術の国際的なイニシアティブを握るために、米国製のAI技術だけでなく、AI基準、AIガバナンスモデルを他国に採用させることが示されています。特に、中国のAI企業を競合国等の1つとして位置付け、これに対応することで、他国のAI技術への依存度を減らし、米国製AI技術の国際展開を支援すると述べています。
日本でも、2023年5月に開催されたG7広島サミットの結果を踏まえ、世界初の国際的政策枠組みとして「広島AIプロセス包括的政策枠組み」をとりまとめ、同年12月にG7首脳に承認されています。これに基づき、2024年4月に経済産業省・総務省から「AI事業者ガイドライン1.0」が発表され、その後、2025年3月にこれを更新した「AI事業者ガイドライン1.1」が発表されており、加えて2025年5月には日本におけるAIに特化した初の法律「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(AI推進法)の成立、というように国内のAI規制環境の整備を進めています。
今回の米国のAIアクションプランによって、日本製のAI製品/サービスを米国に輸入する際の制限等が発生する可能性もあり、今後の米国の動向をよく見据えながら、日本は国家/事業者レベルで対応策を検討していくことが必要とされるでしょう。
KMPGジャパンは、「KPMG Trusted AI」フレームワークを導入し、日本国内をはじめとした各国政府や公的機関が発行する指針・ガイドライン、進展する法制化動向等をアドバイザリーに取り入れ、企業のAIガバナンス構築を支援します。AIの活用・導入を加速する際に、先進的な技術が複雑性とリスクをもたらす可能性がある状況において、「KPMG Trusted AI」は責任ある倫理的な方法でAI戦略とソリューションを設計、構築、展開、使用するための戦略的アプローチとフレームワークであり、企業価値の向上に貢献します。
監修者
あずさ監査法人
Digital Innovation&Assurance統轄事業部
近藤 純也
王 雪竹
執筆者
あずさ監査法人
Digital Innovation&Assurance統轄事業部
森内 周平