人口減少が深刻化するこれからの日本において、社会が持続的な発展を維持するには、それを牽引する多様かつ高度な人材を育成していくことが重要です。そのためには、子どもたちの教育において、一人ひとりの才能や個性を引き出していくことが一層求められることから、「特定分野に特異な才能のある児童生徒」、いわゆる「ギフテッド」と呼ばれる子どもたちに対する教育への注目度が高まっています。

2024年12月、文部科学省から中央教育審議会(以下、中教審)に学習指導要領の10年ぶりの改訂に向けた諮問がなされました。学習指導要領とは、日本国内の小学校・中学校など義務教育課程(カリキュラム)の基準となるものです。今回の改訂では、審議事項の1つとして「特定分野に特異な才能のある児童」への対応の必要性が、以下の文面で盛り込まれています。

【次期学習指導要領の改訂に向けた中教審への諮問のポイント】

不登校児童生徒や特定分野に特異な才能のある児童生徒など、各学校が編成する一つの教育課程では対応が難しい子供を包摂するシステムの構築に向け、教育課程上の特例を設けること等についてどのように考えるか。

出典:「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について(諮問)」(文部科学省)

中教審からの答申を受けて2027年には学習指導要領が改訂され、2030年度以降順次、ギフテッドに対応した教育が学校現場で実施される見込みです。
一方、慢性的な教員不足が深刻化するなか、新しく多様な教育カリキュラムを導入、対応していくことは、現場にとって容易ではありません。本稿では、その対応策として、民間との連携とデジタルの活用に着目し、先行する海外事例やKPMG英国によるギフテッド教育への関与による知見等を紹介しながら、日本におけるギフテッド教育の在り方について論じます。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の個人的な見解であることをあらかじめお断りしておきます。

1.日本における「ギフテッド教育」の現状

ギフテッド教育は東西冷戦下の米国や当時のソビエト連邦(以下、ソ連)をはじめとした欧米諸国などで発達し、近年は韓国などアジア諸国でも取組みが進んできました。日本においても、芸術文化、スポーツなどの分野においては、以前から特異な才能を伸長するための学校外を含む社会的システムが一定程度構築されてきましたが、通常の学校教育においては、ギフテッドの定義付けの難しさや、伝統的な画一教育の前例文化などからこれまで大きな変化には至ってきませんでした。

そこで、文部科学省において2021年に「特定分野に特異な才能のある児童生徒に対する学校における指導・支援の在り方等に関する有識者会議」(以下、有識者会議)を設置し、特異な才能を持つ子どもたちへの支援について議論が行われました。

2022年9月にまとめられた有識者会議の報告書では、日本でのこの分野の教育に関する議論の不十分さが指摘されました。まずは社会のなかでギフテッドの特性や支援の必要性への理解を広げるべきだとして、2023年度より文部科学省において予算が計上され、特異な才能があり学校生活に悩みを抱える子どもを支援する事業等が始まっています。

2030年頃から学校現場で順次実施される予定の次期学習指導要領においても、「特定分野に特異な才能のある児童生徒」を含めて、各学校が編成する1つの教育課程では対応が難しい子どもを包摂するシステムの構築に向け、教育課程上の特例制定が検討されていることで、今後さらにこのような教育の充実が日本においても進んでいくものと思われます。

【学習指導要領改訂のスケジュールと諮問のポイント】

日本の人材育成とギフテッド教育~KPMG英国の事例を基に_図表1

出所:「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について(諮問)」「第98回教育課程部会配布資料 今後の学習指導要領改訂スケジュール 」(文部科学省)を基にKPMG作成

2.「ギフテッド」の定義の難しさと海外事例

日本においてはようやく実現に向けて動き出した段階にあるギフテッド教育ですが、先行する海外諸国では、これまでにギフテッドの定義の検討や法的な枠組みの整備など、数々の取組みが進められてきました。

ギフテッドの定義に世界共通の明確なものはなく、各国でそれぞれ独自の定義付けがなされてきました。それを参考とした有識者会議においても、「ギフテッドという称号が子どもに過度にプレッシャーとならないか」や「ギフテッドとされなかった子どもが劣等感を感じることにならないか」といった慎重な意見も挙がっています。判定基準が学業成績やIQ等に偏った場合には、多様な才能を評価しきれないのではないかといった指摘もありました。

海外諸国においても試行錯誤を経てきたように、ギフテッドを定義することは単純なことではなく、日本でも明確な定義付けは困難であるという見解を示しています。
ここでは参考事例として、世界で最も取組みが進んでいる米国をはじめ、英国、韓国の3ヵ国での定義や制度、取組みの事例等を紹介します。

【米国・英国・韓国におけるギフテッド教育の取組みの整理】

  米国 英国 韓国
開始時期 1957年本格開始 1997年本格開始 2000年本格開始
(英才教育振興法制定)
※原型は1983年からあり
政策など
  • スプートニクショックを受け、科学技術分野の人材育成の必要性から早修型教育が開始
  • 2002年施行のNCLD(No Child Left Behind)法により、全生徒に向けた拡充型の才能教育を拡大
  • 現在も人種等の格差是正の政策として才能教育を実施。才能教育の主眼を転換し、平等性と卓越性のバランスの追求を長い歴史のなかで取り組む
  • 大学、研究機関との協働で才能児の判断基準や指導プログラム、教員養成カリキュラム等、 他国が参考にする先行研究を実施
  • 労働党ブレア政権下で、都市部における教育困難な地域を中心に教育機会の平等として、才能教育を開始
  • 指定地域を中心に、集中的に予算投入を実施
  • 政権交代などで予算・政策が頻繁に変化する
  • 定義について現場が理解できないこと、教員養成が十分でないこと等の理由から、現場が対応しきれていないとの指摘がある
  • 1983年に科学高等学校が設置
  • エリート主義的等の批判もあったが IMFショックを通じ一層加速、2000年に英才教育振興法制定
  • 現在は財政状況の悪化に伴う自治体間の格差や教員確保に課題を抱え、量的には縮小傾向
ギフテッドの法的定義など 有(1980年代初頭までIQをベースとした運用。その後、定性的な広義表現が州・学区ごとに有) 有 (定性的表現。実情はテストベースの量的・相対的基準との指摘も有) 有(定性的表現)
対象者の割合 全児童生徒の約6.7%(2006年) 当該年度の子どものうち5~10%程度(2001年頃) 同年齢層の約1.8%(2016年)

出典:「特定分野に特異な才能のある児童生徒に対する学校における指導・支援の在り方等に関する有識者会議(第3回)」(文部科学省)

(1)米国

米国のギフテッド教育は1957年のスプートニクショック(ソ連が世界初の有人衛星「スプートニク1号」を打ち上げたことに伴い、アメリカや西側諸国が受けた衝撃や危機意識のこと)を受け、科学技術分野の人材育成の必要性から早修型教育として開始されたものです。小中高校生の学業優秀者に大学レベルの科目を履修させるプログラムなどが提供されています。

ギフテッドの定義は、州や学区、学校によっても異なりますが、例としては、国際的な知能検査である「WISC-IV」で「IQ130以上」という値が用いられたり、またIQだけでなく「知的、創造的、芸術的、リーダーシップの能力などの領域、あるいは特殊な学問分野で、高度な遂行能力の根拠を示す青少年、そして、そのような能が力を十分に伸ばすために、普通は学校で提供されない指導や活動を必要とする者」とされたり、さまざまな視点から広範な定義が試みられてきました。

2006年には全米の子どもたちの約6.7%※1が対象になったとされており、約70年の歴史のなかで多数の子どもたちがギフテッド教育のプログラムを受けてきています。

(2)英国

英国では1997年の労働党ブレア政権において教育白書で必要性が示されて以降、ギフテッド教育に取り組んできました。しかし英国でのギフテッドの定義は国が明確にしているわけではなく、学校の裁量に任せられている状況です。また、政権交代のある英国では、予算や政策が頻繁に変化するという批判もなされたことがありました。

英国におけるギフテッド教育は米国の才能教育的な施策とは若干異なり、都市部における教育困難な地域を中心に教育機会の平等を目指した社会政策として取り組まれています。

1999年に開始されたEiC(Excellence in Cities)事業において、都市部の教育困難地域を起点としてギフテッド教育が本格的に導入されました。当時の労働党政権下で、主目的は「貧困世帯への社会政策」という色合いが強いものでした。後述のKPMG英国が参画しているロンドン市ニューアム区の取組みはこの政策の一環となります。

2001年頃は当該年度の子どものうち約5~10%※2が対象となっていると言われ、成績優秀者のさらなる能力伸長や、不得意分野の克服のための特別授業の実施などが、各学校において実施されています。

(3)韓国

韓国では1997年のIMFショック(通貨危機)後、経済財政状況が急速に悪化したことを受けて、2000年に英才教育振興法が制定され、ギフテッド教育が本格化しました。

韓国のギフテッド教育は米国に類似した才能教育の色合いが強いものです。才能教育関係者の間で、21世紀の知識基盤社会においては1名の卓越した才能児が数万から数百万名の国民を養っていく力を持つ、といった考え方が唱えられ、国家・社会の発展に寄与する人材の育成という目的で才能教育が推進されることとなりました。韓国でのギフテッドの定義は(1)一般知能(2)特殊学問適正(3)創造的思考能力(4)芸術的才能(5)身体的才能(6)その他の特別な才能のうち、いずれかに優れた能力を有することとされています。

初等中等教育の段階で「英才学級」、高校教育の段階では「英才学校」が設置され、英才とされた子どもたちに特別プログラムが実施されてきました。対象となったのは、同年齢層に占める割合として2016年には約1.8%程度※3だったとされています。

このように各国の過去の事例をみても、ギフテッド教育の定義や制度などは多種多様なことがわかります。これらの知見を参考にしながら、日本は自国に合ったギフテッド教育の姿を構築していくべきだと有識者会議でも議論されました。

1学年約100万人の児童・生徒※4がいる日本において、米国や英国のように約5%の対象者がいると仮定すれば、1学年で約5万人、小中学校の9年間では約45万人の潜在的な対象者がいることになります。その規模が決して小さくないことを踏まえ、重要政策として引き続き、学習指導要領等を含めた制度検討が進んでいくものと考えられます。

3.2030年頃からの次期学習指導要領に関する検討の方向性

これらの海外事例や、現在の教員不足が深刻化している日本の教育現場の状況等を踏まえると、今後は以下の課題と対応策が必要であると考えます。

(1)学校現場・教員の負担増とノウハウ不足は民間との連携で対応

今回の教育指導要領の改訂においては、学校現場における教員の負担増(勤務時間など身体的・精神的負担、待遇面など)も大きな問題となっています。そのうえでさらにギフテッド教育の教育課程の追加などがあった場合は、これまでにないノウハウを求められることで、現場の教員にとってさらなる負担増となる懸念があります。

このような問題点については、2022年の文部科学省の有識者会議の報告書の提言においても、「学校外の機関にアクセスできるようにするための情報集約・提供(学校外で展開される才能教育のプログラムについてのオンライン上のプラットフォーム構築)」が掲げられたとおり、企業を含めた民間との連携を積極的に進めていくべきと考えます。

後述するように、英国においてはKPMGがロンドン市内の中学校におけるギフテッド教育(経済教育など)を支援しています。金融なら金融機関、科学技術ならテクノロジー企業など、民間企業の豊富な経験を持つ人材に協力を得ていくことも、これからの日本のギフテッド教育を推進していくうえで重要な取組みになると考えます。

(2)地域差が出ないよう、GIGAスクール端末によるデジタル活用

地方での人口減少が著しく進む日本においては、特に住んでいる地域によって受講できる教育プログラム等に差異が生まれないように留意することが重要です。この際、GIGAスクールで生徒に配布されているタブレット端末を有効活用して、興味がある講座に、子どもたちが自由にアクセスできるような仕組みを構築していくべきだと考えます。

文部科学省の「端末利活用状況等の実態調7査 (令和3年7月末時点)(確定値)」によると、2021年7月末時点で小学校等の約96%、中学校等の約97%が、「全学年」または「一部の学年」で端末の利活用を開始したとされています。この既存の端末によるデジタルの活用によって、地域差を生むことがないよう、必要な子どもたちに必要なプログラム等の受講環境を整えることが重要です。

4.KPMG英国における「ギフテッド教育」への支援事例

KPMG英国が過去にチャリティを経由してロンドン市内の中学校に行った事例を紹介します。コロナ禍を経て、現在は新たなプログラム(教育困難な地域に対する広範なサポートプログラム)が実施されていますが、過去の事例として、その取組みの概要を紹介します。

なお、英国の「チャリティ」は、チャリティ法に規定される独立した法人格を有する機関であり、内務大臣下のチャリティ委員会という国の組織が推進する事業で、下記のギフテッド教育への支援なども、実質的には国からの委託を受けて実施していたものとなっています。

(1)ロンドンの中学校におけるKPMGのギフテッド教育への支援

ロンドンのニューアム区にあるブランプトン校やカンバーランド校などでは、KPMGから派遣されたスタッフが、13~16歳の子どもたちを対象としてスキル教育プログラムを実施してきました。具体的には、社会経験を積んだKPMGのコンサルタントから、プレゼンテーションやコミュニケーション、リーダーシップスキルなどを学ぶプログラムが実施されたり、ニューアム区の地域経済が、どのように自分達の生活にかかわるかなどを学んだりしており、将来の就職機会の増加を目指した講座等が実施されてきました。

またKPMG英国が提供した3年間のプログラムのなかでは、ロンドン本部でのワークショップ実施の機会も提供し、キャリアガイダンスや資格取得の支援などにも力を入れてきました。実際に過去にKPMGのプログラムに参加した子どもたちからは「ニューアム区の経済に自分の生活がどのようにかかわっているか知り、世界が広がった」「自分のスキル教育のために役立った」など、ポジティブな感想が寄せられています。

(2)英国での取組みからの示唆

先行事例であるKPMG英国での取組みから、民間との連携をうまく進めることで、逼迫する学校現場の負担の増加をなるべく抑えながら、ギフテッド教育の充実を進めていく政策検討等が重要だという知見が得られます。

チャリティという制度が社会に根付いている英国とまったく同様の仕組みを作るのは困難かも知れませんが、日本においても、教育現場と民間企業等との連携を積極的に進めるための仕組み作りは重要になると言えるでしょう。

5.まとめ

日本のギフテッド教育は、画一教育の伝統からくる慎重論などから、これまで思い切った変更などには踏み切れていませんでした。しかし、2024年の出生数が約70万人を下回る水準まで減少※5するなど少子化が進む日本の現状においては、子どもたち一人ひとりの才能・個性をうまく引き出し、社会の持続的な発展にも寄与していく教育政策が、今後一層求められます。国家としての観点でも、それらは科学技術やイノベーション方面をはじめ、国全体の活性化にも貢献し得る政策であり、そのような制度改革等に取り組むことは急務となってきています。

世界各国の過去の事例等も踏まえ、今般の学習指導要領の改訂も契機と捉え、日本においてギフテッド教育を含めた多様な子どもたちを包摂する教育の充実を図っていくために、(1)民間との連携スキーム等の充実(2)GIGAスクール端末によるデジタル活用の施策を今後一層議論していくことが重要と考えます。

執筆者

KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 妹尾 康志
シニアコンサルタント 槻谷 岳大

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