サステナビリティが企業の未来を左右する時代、変革の加速に必要なものは何か

2024年10月、来日したWBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)の代表を務めるピーター・バッカー氏に、あずさ監査法人の田中 弘隆が話を聞きました。

2024年10月、来日したWBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)の代表を務めるピーター・バッカー氏に、あずさ監査法人の田中 弘隆が話を聞きました。

2023年にISSBサステナビリティ開示基準が公表され、サステナビリティ情報開示のグローバルベースラインとなることが想定されています。日本においては、金融審議会でサステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関する議論が進むなど、情報開示を中心としてサステナビリティに関する動向が大きく展開しています。しかし、サステナビリティの取組みは、情報開示に関する法令に対応することが目的ではなく、企業の中長期的な競争力に関わる問題だと言われています。環境や社会のサステナビリティの課題が、「経営課題そのもの」と言われる理由はどこにあるのでしょうか。これから、企業にはどのような取組みが求められるのでしょうか。

2024年10月、来日したWBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)の代表を務めるピーター・バッカー氏に、あずさ監査法人の田中弘隆が話を聞きました。

対談

ピーター・バッカー 氏
World Business Council for Sustainable Development(WBCSD)
プレジデント&CEO

世界的な輸送・物流会社であるTNT NV の最高財務責任者(CFO)および最高経営責任者(CEO)を務めたのち2012年から現職。09年には世界の課題解決に向けてリーダーシップを発揮する人物を表彰するクリントン・グローバル・シチズン賞を、10年には、サステナビリティに関する功績を表彰するサステナビリティ・リーダーシップ賞を受賞している。複数企業にて持続可能性に関する諮問委員会のメンバーも務める。

サステナビリティ課題への対応 が企業の存続を左右

田中

2023年秋にピーターさんと議論した際、環境や社会のサステナビリティに関する問題は、企業の長期的な存続を左右する経営課題であり、企業の将来的な競争力の鍵であるとのお話をいただきました。その背景をあたらためてお聞かせください。

バッカー氏 

人類の安全な活動空間としての地球がどの程度維持されているかを科学的に評価するツールとして、グローバル・コモンズ・アライアンス1の加盟団体が提供している「プラネタリー・ヘルス・チェック」というものがあります。このツールは、地球環境が安定性、回復力、そして生命維持機能を維持するためのバランスを失った状態であることを示しています。

地球は、プラネタリー・バウンダリーと呼ばれる限界値を超えており、人類が共有する生命維持システムであり文明の基盤であるグローバル・コモンズとしての安定性と回復力が損なわれている状態です。この危機に対処するためには、ビジネスのメカニズムを抜本的に再調整することが不可欠だと考えています。

田中 

環境や社会のサステナビリティを起点としたビジネスの変革は避けられないということですね。

バッカー氏 

そのとおりです。私たちは、経済活動のあらゆるレベルにおいて、地球環境の変化に適応すること、そして地球が回復力を取り戻すことについて、ビジネスの視点からも考えていかなければなりません。地球システムも社会システムも、どちらも回復力の限界に達しています。このような状況下で、変革を避けることはできません。企業は、抜本的な変革を推し進め、行動とイノベーションによって競争して先手を打つのか、現状維持を祈るだけなのか、どちらかを選択しなければならなくなります。何もしない企業は、この先、競争力を失っていくでしょう。

田中 弘隆パートナー
田中 弘隆
あずさ監査法人 専務理事/パートナー
2007年、あずさ監査法人パートナーに就任。08年から3年間、KPMG IFRG(英国)に赴任し、KPMGのIFRS® 会計基準ガイダンスの作成、IFRS 会計基準コンサルテーションに従事。グローバルIFRS 会計基準パネルメンバー、品質管理本部長を歴任し、19年、常務執行理事就任。23年からサステナブルバリュー統轄専務理事を務める。

金融市場とビジネス変革のリン クが脱炭素化のスピードを加速

田中 

たとえば脱炭素化への取組みについて言えば、2050年をターゲットとしたGHG排出量ネットゼロの目標を掲げる日本企業が増え、気候変動に関する開示は普及が進んでいます。しかし、脱炭素化に向けたスピードは十分とはいえません。今のペースのままでは、あと5年でパリ協定の目標である1.5℃以上になる確率が80%との予測もあります。気候変動を含むサステナビリティ開示基準の整備と、基準に基づく開示制度の準備は進んでいます。また、世界では、気候変動に関連する訴訟が多く聞かれ、リーガル面のリスクも顕在化しつつあります。若い世代は環境や社会のサステナビリティに敏感になっています。さまざまなプレッシャーがあるにもかかわらず、取組みのスピードはまだ十分とは言えない今、何が必要でしょうか。

バッカー氏 

金融市場とビジネス変革とをリンクさせる必要があります。気候変動だけでなく、自然、不平等などの課題は、緊急に対処する必要性があるにもかかわらず、金融市場は企業が変革のためのソリューションを提供するインセンティブを、十分に与えてきませんでした。一方で、企業も社会や環境に関するパフォーマンスについての説明責任を、十分に果たしているとは言えません。この不均衡に対処すべきです。そこでWBCSDは、昨年のCOP28で、企業のパフォーマンスと説明責任システム(Copporate Peformance and Accountability System、以下、「CPAS」という)を公表しました。CPAS は、サステナビリティのデータと指標を企業の意思決定に統合し、より理にかなった資本配分を推進するためのフレームワークです。必要なのは、企業が市場の意思決定に有用な情報を開示し、自らの透明性を向上させること。そして、企業が地球システムの再生に責任を負わないまま、共有の資源を搾取することを阻止するインセンティブ構造を構築することです。これにより、企業が変革とイノベーションのための投資に必要な資本の流れを促すのです。
 

気候・自然・不平等への取組み を持続的経営の3本柱に

田中 

より安定的で回復力のある地球システムに貢献できる責任あるビジネス慣行を推し進める必要があり、そのためにはサステナビリティへの取組みをビジネスの根幹に統合し、そのうえで透明性のある説明責任を果たさなければならないということですね。気候変動の面で言えば、何が重要になるでしょうか。

バッカー氏 

企業はまず気候リスクを評価し、気候変動に適応するための戦略を、業務とサプライチェーンに組み込む必要があります。そして、気候に関連する影響やリスク、依存関係、機会を、意思決定のプロセス全体に統合するのです。これが、企業が長期的なサステナビリティを維持し、混乱を和らげることに役立つでしょう。

そのためには、先述のCPAS を基礎として2024年春に50社以上の企業とともに開発した、「気候の適応とレジリエンスに関するビジネスリーダー向けガイド(The Business Leaders Guide to Climate Adaptation & Resilience)」2が参考となるはずです。

田中 

数週間後にはコロンビアで、第16回国連生物多様性条約締約国会議であるCOP16が開催されます(2024年10月9日時点)。自然と生物多様性の損失も、企業のビジネスモデルの持続性にとっては脅威と言えます。これについては、どう対応するべきでしょうか。

バッカー氏 

自然への影響や自然との依存関係に対処するための行動を起こすことも急務です。COP15で採択された世界生物多様性枠組では、2030年までに陸地の30%、海洋の30%を保護することが求められています。しかし、排出量削減と同様に、これらも軌道に乗っているとは言えません。ネイチャーポジティブという社会の目標に貢献するためには、すべての企業が自然への物質的依存と影響を認識し、それらに対処するために必要な行動にプライオリティをつけるべきです。

田中 

脱炭素社会や自然に配慮した経済への移行は、単に実現すればよいというものではなく、公正な移行でなければならないことも念頭におく必要があると思います。気候変動や自然への危機的な影響が、社会的不平等を助長しているとも言われています。ピーターさんは、今年9月に正式に設立された不平等・社会関連財務開示タスクフォース(Taskforce on Inequality and Social-related Financial Disclosures、以下、「TISFD」という)の共同議長に就任されました。不平等の問題に、企業はどう取り組むべきでしょうか。

バッカー氏 

世界で不平等が拡大していることは明らかです。2023年の調査によれば、100万ドル以上の資産を有する富裕層が、世界の富の47.5%(約214兆ドル)を所有していました。今、施行されている政策や税制は、この不平等を助長し、悪化させる設計になっているとも言われています。気候や自然の危機による影響が最も脆弱な人々に多くのダメ―ジを与えているにもかかわらず、規制や情報開示の要件を策定する際に、社会的・不平等的要因は気候変動に関連する要因よりも後回しとなっているのが現状です。そこで、現在、TISFDやISSBと協力して建設的かつ効果的な対話の場を創出し、より大きな母集団に働きかけることが可能となるルール作りに注力しています。企業はこうした動向を注視しつつ、バリューチェーン全体を通じて、長期的な視点で環境や社会経済の要素を最適化することが重要です。

対談

必要なのはCEOのリーダーシップとグローバルレベルでのガバナンス改革

田中 

2024 年9 月に、KPMG は10 年目となるCEO への意識調査「KPMG 2024CEO Outlook」3を公表しました。この結果からは、CEOの覚悟と不安の両面が浮き彫りになっています。たとえば、76%のCEO がレピュテーションを棄損するビジネスからは、たとえ収益性が高くても撤退して構わないと述べています。日本のCEOに限れば、その割合は82%とさらに高く、覚悟がうかがえます。一方で、66%のCEOがESGに関して株主からの厳しい評価と高い期待に耐える準備ができていないと認めています。日本のCEO はその割合が74%とさらに高い結果でした。この状況を打破するためには、何が大切だとお考えですか?

バッカー氏 

グローバルレベルでのガバナンスの進化だと思います。サステナビリティの視点においてもコーポレートガバナンスの変革が必要です。そのためには、気候変動などの課題に関する議論を取締役会に持ち込み、包括的な対策を強化し、そのパフォーマンスについてCEO自らがより明確な説明責任を果たすべきだと考えます。

田中 

おっしゃるとおりですね。気候変動、自然資本と生物多様性、不平等などのリスクは、相互に関連し合っています。だからこそ、包括的なリスク管理も不可欠です。それをふまえた戦略と計画の実行に必要な技術や人材に適切に投資するためには、CEOのリーダーシップのもと、社会や環境のサステナビリティの問題を、企業のあらゆる機能に統合するべきです。それこそが、企業の長期的な存続と、将来的な競争力の鍵となると考えます。
 

WBCSDとKPMGの協働で継続的に新たなソリューションを提供

田中 

WBCSD は、気候変動、自然、社会の各領域において、企業の変革を推進するための大きな役割を担っています。KPMG も、WBCSD の取組みに賛同し、さまざまに協働しています。1例ですが、昨年はWBCSD 傘下の組織として、不平等に取り組むThe Business Commission to Tackle Inequality(BCTI)のレポート「不平等に取り組む:企業行動に関する指針」4の日本語訳を、KPMGジャパンが担当しました。今年はサステナビリティの機会の側面をフィーチャーし、企業価値へのつながりを可視化しやすくするツール「Building the business case for sustainability」5を作成するなど、密に連携しています。今後も、企業の取組みの加速と企業価値の向上をドライブするため、積極的にコラボレーションしていきたいと考えています。

バッカー氏 

KPMGがWBCSDに参画し、ともに活動してくれていることに感謝しています。私たちはすでに多くのプロジェクトで協働していますが、やるべきことはまだ山積しています。企業のパフォーマンスと説明責任の向上は、今後も重要な論点です。企業の環境や社会に関するパフォーマンスのデータは、企業の意思決定とリスク評価に組み入れられ、資本市場に対する情報開示にも統合される必要があります。経営陣を継続的に啓発するほか、企業がこれらの新しいデータを意思決定や情報開示に統合するためのツールの提供など、これからも多くの作業が必要となります。

WBCSDとKPMGの協働で継続的に新たなソリューションを提供

田中 

それらのデータは、いずれ保証が求められるようになると想定されていますね。

バッカー氏 

おっしゃるとおりです。監査や保証はKPMGのコアビジネスですが、環境や社会に関するデータの保証は、財務データのようにはいかない部分が多くあるでしょう。それは、保証を求める企業にとっても同じことですので、そこでも私たちは協力できると考えています。

田中 

自然に関するパフォーマンスについても、同じことが言えそうです。

バッカー氏 

私はこの2日間、東京で開催された「グローバル・コモンズ・フォーラム」に参加しました。そこでは、自然に関する情報を、どうバランスシートに載せられるのかについての議論もなされました。こうした議論には、KPMGのような組織の参加が不可欠だと思います。企業はデータを収集し、評価しますが、それらが自然の価値を適切に表していることの保証が最終的には必要となり、それを担うのはKPMGのような組織だからです。新たなソリューションを、ともに創り出す必要があると考えています。

田中 

自然に関する会計や監査の手法を開発するのは、相当に大変なことだと思いますが、WBCSDと手を携えて模索していきたいと考えています。本日はありがとうございました。

対談

(左)WBCSD ピーター・バッカー氏 (右)あずさ監査法人 田中 弘隆

1 グローバル・コモンズ・アライアンス「グローバル・コモンズ(=地球上のすべての人々が共有する生命維持のためのシステム)」の保護と世界経済の発展の両立を実現するよう経済システムの変革を目指す国際的な同盟

2 The Business Leaders Guide to Climate Adaptation & Resilience
https://www.wbcsd.org/resources/the-business-leaders-guide-to-climateadaptation-resilience/

3 KPMG 2024 CEO Outlook
https://kpmg.com/jp/ja/home/insights/2024/09/ceo-outlook-2024.html

4 不平等に取り組む:企業行動に関する指針
https://tacklinginequality.org/files/flagship-ja.pdf

5 Building the business case for sustainability
https://www.wbcsd.org/resources/buildingthe-business-case-for-sustainability/

WBCSDとKPMGの連携

自然に関するデータの情報開示