人事院「令和5年度 年次報告書」、ならびに総務省「令和4年度地方公共団体の勤務条件等に関する調査」によると、国および地方公共団体(以下、行政機関)における公務員採用試験の申込者数(志願者数)は減少傾向を、行政機関職員の退職者数は増加傾向を示しており、人材を確保することが困難となっていることが読み取れます。

また、ロシアによるウクライナ軍事侵攻や新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に端を発する経済安全保障政策・食料安全保障政策の転換、国内における物価高騰対策等、行政機関職員が向き合う政策課題は複雑化・多様化の一途を辿っています。

こうした状況を踏まえると、行政機関職員の負担は、今後ますます増大していくことが想定されます(図表1)。

【図表1:地方公共団体の職員数の推移および時間外勤務手当の給与月額に対する割合の変化】

公共分野における業務改革(BPR)の要諦_図表1

出典:総務省「地方公務員給与実態調査」の結果を基にKPMG作成

かかる状況のなか、政府は、「デジタル社会の実現に向けた重点計画」において、わが国の人口・労働力が不足することによって、将来的に公共サービスの品質を維持することが困難となる可能性について触れており、これら諸課題へ対応していくための手段の1つとして業務改革(BPR)を挙げています。

今後、行政機関においては、BPRを断行し、既存のサービスレベルを維持すること、政策課題の対応に労力をシフトさせていくことが強く求められるといえます(図表2)。

【図表2:BPRで目指すべき姿】

公共分野における業務改革(BPR)の要諦_図表2

出典:KPMG作成

本稿では、数々の実績から培ったKPMGの知見を基に、行政機関におけるBPRの進め方、また、BPRを進めていくうえでの構造的な問題について考察します。

1.BPRとは

BPRとは、「Business Process Re-engineering」の略であり、「業務プロセスを根本的に再設計し、最適化すること」を意味します。これは、「現状の業務プロセスを、ECRS(イクルス、Eliminate:排除できないか、Combine:結合できないか、Rearrange:入れ替えできないか、Simplify:簡素化できないか、の頭文字を組み合わせた業務改善の4原則を表した言葉)の観点で分析し、見直すこと」と言い換えることができます。

近年、行政手続き等に対するデジタル技術の適用が注目されていますが、デジタル技術を活用した真の業務効率化を実現するためには、まず業務プロセスの効率化推進が前提条件として存在していることに留意が必要です。

デジタル庁の「デジタル社会の実現に向けた重点計画」のなかでも、「デジタル化を進めるに際しては、オンライン化等が自己目的とならないように、本来の行政サービス等の利用者の利便性向上及び行政運営の効率化等に立ち返って、業務改革(BPR)に取り組む必要がある」と定められており、同様の趣旨でその重要性が述べられています。

2.BPRの進め方

業務プロセス上の課題を丁寧に特定し、課題を解消するための施策を検討していくことがBPRの基本的な進め方です。この際、より効果的にBPRを推進していくためにも、幅広い選択肢のなかから最も効果的な施策を選択することができるよう、「アイデアの発散および収束」を繰り返していくことが肝要です。

「アイデアの発散および収束」を繰り返し行うことで検討内容の品質が高まり、関係者の納得感が得られやすい効果的な施策を導出する(組織としてBPRを推進しやすい環境を整える)ことが可能となります。

「アイデアの発散および収束」は、次の(1)~(5)の工程と、これらの工程を経て導出された施策を実行段階に移していくための(6)の工程を踏みます(図表3)。

(1)共通認識の設定
(2)業務の可視化による課題の列挙
(3)課題の選別(制約等の確認)
(4)施策案の検討
(5)実行施策の決定(優先度評価)
(6)施策の詳細化・検証・実行
 

【図表3:BPRの進め方】

公共分野における業務改革(BPR)の要諦_図表3

出典:KPMG作成

(1)共通認識の設定

<手順>
BPRを実行していくうえでの共通的な考え方(ルール)を関係者間で共有します。具体的には、BPRの目的や対象業務に求められるQCD(Quality:品質、Cost:コスト、Delivery:納期)の水準を共有していきます。たとえば、トレードオフの関係にあるQCDについて、コンフリクトが発生してしまった場合の判断基準等を関係者間で議論し、合意を図っていきます。

<乗り越えるべき障壁>
QCDに関する共通認識を設定する際、「行政の無謬性」の問題に直面することが考えられます。これは、「行政は間違いを犯さないもの、間違いを犯してはならないもの」という考えです。つまり、効率化よりも間違いを犯さないこと、「品質」に意識が集中してしまい、BPRに対して消極的な姿勢を生み出す可能性があります。

<対処法>
意思決定を図っていく際には、品質だけではなく、コストや納期を含めた総合的な観点で検討・判断することを関係者間で確認・合意します。この際、たとえ品質が重視される業務であっても、どこまでのリスク(品質の低下)であれば許容できるのかということを併せて確認・合意するようにします。

(2)業務の可視化による課題の列挙

<手順>
現行業務プロセスに潜む課題を抽出します。具体的には、現場へのヒアリング、現行業務フローの作成、作業手順の一覧化を進めていきます。また、一覧化された作業手順に対して情報を付加(5W1H)していくことで、より詳細に業務実態が把握できる状態にします。

【一覧化作業手順に対する情報付加(5W1H)】

When(いつ) 当該作業を実施するタイミング
Where(どこで) 当該作業の実施場所
Who(誰が) 対応者
What(何を) 扱う帳票や資料、データ
Why(なぜ 作業の必要性
How(どのように) 作業上のルール

現場担当者と整理された結果を一つひとつ丁寧に確認しながら、課題を抽出していきます。この際、客観的な視点を織り込めるよう、現地で現物を確認しながら進めていくことを、KPMGでは推奨しています。

<乗り越えるべき障壁>
BPRの対象となる業務を主管する部門が、自ら率先してこれに臨んでいるわけではない場合、これまで慣れ親しんできた業務手順を変更することに抵抗のある現場担当者から、非協力的な態度をとられてしまう可能性があります。
こうなると、業務を可視化するための情報が提供されず、業務上の課題を正確に抽出することが著しく困難な状況に陥ります。

<対処法>
BPRの対象となる業務を主管する部門に対して、事前にBPRの「目的」と「インセンティブ」を提示します。目的を共有する際には、現状の組織的な課題を淡々と説明するのではなく、これを放置することで現場担当者の身に起こり得る未来を具体に説明していくことが肝要です。また、BPRに協力的な職員は人事評価制度上、加点措置を受けられるよう処置するなど、明確なインセンティブを設けることも一考です。こうした取組みを通じて、現場担当者の協力を得られる環境を整備していきます。

(3)課題の選別(制約等の確認)

<手順>
(2)の「業務の可視化による課題の列挙」の工程で列挙された課題をふるいにかけていきます。これは、限られたリソースのなかでBPRを効果的・効率的に進めていくために必要となる取組みです。

具体的には、各課題を解消していくうえで考慮すべき制約条件(規則や法的制約等)と、それらを取りのぞく際に必要となる労力、さらには、ECRSの観点で分析を加えた結果を総合的に勘案し、評価点を算出していきます。初めてBPRに取り組む場合は、比較的難易度が低いと思われる課題から手をつけると、成功体験が積み上がり、良い循環へ繋がっていく可能性が高くなると考えられます。

<乗り越えるべき障壁>
課題の分析・評価は手間も時間もかかります。このため、真因を追求することなく安易に結論を急いでしまい、課題と目する事項そのものが的外れなものとなってしまう、手をつける順番を間違えてしまう等の弊害を生むおそれがあります。また、制約条件のなかには、主管部門だけでは解決することのできない事項も多く存在します。むしろ大きな効果を生む改善事項は、組織を横断する内容であることが一般的であると考えられます。

<対処法>
客観的な第三者の目線・意見を加えながら、課題の分析・評価を進めていきます。また、協力を仰ぐ必要のあるステークホルダーに対して、(2)の対処法と同様、BPRの「目的」と「インセンティブ」を提示していきます。なお、主管部門だけでは解決することのできない制約事項のうち、解決に多くの時間を要するものが存在する場合、当該課題は今回のスコープから除外します。たとえば、自治体が抱える課題のうち、国の定めるルールに起因する事項については、このタイミングでスコープから除外します。ただし、そのまま放置するのではなく、別途、国や関係機関に対して改善要望を伝達し続けることが重要で、これは将来的なBPRに繋がっていきます。

(4)施策案の検討

<手順>
(3)の「課題の選別(制約等の確認)」の工程で選別された各課題に対して施策案を検討していきます。具体的には、現行業務フローに存在する各業務プロセスを「標準化+ECRS観点に基づく効率化+デジタル化の組み合わせにより改善する手段」を検討し、新業務フローに落とし込みます。
デジタル化(デジタル技術の活用)の事例としては、RPAの導入、SaaSアプリケーションや生成AIの活用などが挙げられます。

<乗り越えるべき障壁>
「標準化+ECRS観点に基づく効率化」を十分に検討せず、デジタル化だけを唯一の手段として帰着させてしまうケースの発生が想定されます。これは、行政機関における導入事例を十分に吟味することなくそのまま鵜呑みにしてしまうこと、上層部や対外的にアピールしやすいこと等が原因であると考えられます。冒頭に述べたとおり、デジタル技術を適用する前に、まず業務プロセスの効率化を進めることが前提条件として存在していることには留意が必要です。

<対処法>
まず「標準化+ECRS観点に基づく効率化」を検討したうえで、「デジタル化」を検討することが肝要です。たとえば、ある審査業務において1次審査から最終審査まで審査体制が多層化し、全体として処理に時間を要しているような場合、審査を効率化する事例・機能を有するデジタルツールの導入を検討する前に、(1)審査回数を合理化(統合、排除)できないか、(2)審査担当者間の審査の目線や粒度(レベル)を統一できないかといった地道な業務プロセスの見直しをまず検討することが必要です。なお、検討に際しては、関係者からの理解が得られやすくなるよう、適切な根拠の収集が求められます。

(5)実行施策の決定(優先度評価)

<手順>
(4)の「施策案の検討」で検討した施策案のなかから、改善に向けて着手する施策を確定させます。具体的には、組織内で合意形成を図っていく観点から、可能な限り投資対効果の高いものを選定していきます。投資対効果は、「投資コスト」と「効果」をそれぞれ金額換算することにより算出していきます。

<乗り越えるべき障壁>
「投資コスト」は比較的容易に算出することが可能であると考えられますが、「効果」の算定は、やや難航する傾向にあります。

<対処法>
「効果」の算定に際しては、複雑な計算式を用いず、ある程度単純化された計算式、たとえば「人件費単価/時間×削減可能時間」のような計算式を採用していきます。この際、施策の効果を適切に評価できるよう、各施策に対して共通の計算式を適用することが肝要です。

(6)施策の詳細化・検証・実行

<手順>
(5)の「実行施策の決定(優先度評価)」で確定した施策を実行段階に移していきます。具体的には、「新業務フローと施策」を鑑として、プロトタイプの導入を進めます。その後は、「改善事項の検討と改善結果の適用」を繰り返し実行し、実効性のある施策に昇華させていきます。

<乗り越えるべき障壁>
上意下達、年功序列の色合いが強い傾向にある行政機関の場合は、年次の高い現場職員が抵抗感を示すと、組織全体として改善に取り組む士気が下がってしまうおそれがあります。

<対処法>
(1)の「共通認識の設定」の段階から、年次の高い現場職員と現場のキーマンをもれなく巻き込んでいきます。ステークホルダーとなる関係者にそれぞれ当事者意識を持ってもらうことによって、BPRを効果的に推し進めていくことが可能となります。

3.行政機関における構造的な問題と解決の方向性

前章では、計6つの工程に分けてBPRの進め方を考察してきました。本章では、行政機関においてBPRを効果的に進めることができない・進めづらいという構造的な問題を、「内部環境要因」と「外部環境要因」に分類して考察していきます。なお、以下、「解決の方向性」として記載した内容は、それぞれが密接に関係するため、同時並行的な対応が望まれます(図表4)。

【図表4:BPRを推進していくうえでの構造的な問題と解決の方向性】

公共分野における業務改革(BPR)の要諦_図表4

出典:KPMG作成

<内部環境要因>

(1)組織構造

  • 業務所管が明確な縦割り型組織
    行政機関は、条例や規則等でそれぞれの部局等の事務分掌が明確に規定されていることから、管轄意識が強くなる傾向にあり、組織横断的な改革を阻害する要因となっている可能性があります。こうした状況を打破していくためには、組織をまたいだトップダウンによる意思決定が必要です。トップが業務上の課題を認識し、検討された施策を理解したうえで、全体最適の観点で意思決定を行うことで、BPRの円滑な推進が期待できます。
  • 年功序列型組織
    行政機関は、人事制度上、年功序列の色合いが強くなる傾向にあり、年次の高い職員がBPRに対して消極的な姿勢をとると、組織全体に変化が起きにくく、ボトムアップによる改革が困難となります。「目的の共有」「インセンティブの導入」「当事者意識」の3点を推し進めていくことで、年次の高い職員が率先して施策の検討に参加する動き、若手職員の意見を積極的に採用する動きを喚起できるとよいでしょう。
  • 人手不足
    冒頭で述べたとおり、行政機関職員の負担は日々増加する傾向にあります。こうした状況のなかで、通常業務をこなしつつ、さらにBPRを推進していくことは非常にハードルの高い要求であると考えられます。このため、組織内部にBPRを集中的に検討・推進する組織体制を構築することや外部機関へ委託を行うこと等が望まれます。

(2)組織風土

  • 前例踏襲主義
    行政機関では、これまで蓄積されてきた知見や経験に基づき、前例踏襲を基本として業務を遂行する色合いが強い傾向にあります。このことは、行政サービスを一貫して安定的に供給していくうえでは非常に意義がある半面、変革や改善の機会を失いかねないリスクも孕みます。こうした文化・思想を変革していくことは現場担当者だけでは困難だと考えられるため、重要な意思決定に際しては、トップが積極的に関与していくことが必要です。

(3)育成制度

  • ゼネラリスト型人事
    行政機関では、通常、2~3年を1つのサイクルとした定期人事異動が行われます。このため、現場担当者によっては日々の業務をこなすことに意識が集中してしまい、担当業務を効率化しようという発想に至ることが難しい環境にあると思われます。このため、スペシャリスト型の人事登用制度の検討、BPRに積極的に関与した職員に対する人事評価上の考慮、賞与等のインセンティブを検討していくことが必要です。

(4)人事評価制度

  • BPR貢献に対する評価報酬
    行政機関によっては、人事評価の際、BPR等の組織に対する貢献が評価されていない・されづらい可能性があります。これまでにも述べてきたとおり、BPRに積極的に関与した職員に対する人事評価上の考慮、賞与等のインセンティブを検討していくことが必要です。

<外部環境要因>

  • 法的制約
    行政機関では、法令や条文等に基づき業務を遂行しているため、そもそもBPRを断行できる裁量が限られているようなケースも想定されます。
    このため、現行法令の規定範囲や規定粒度を再点検し、法令解釈によって、裁量的に業務を実行できる余地がないか一つひとつ丁寧に紐解くことは、非常に価値のある取組みであると考えます。実際に点検した結果、実は想定・認識していたよりも裁量が大きかったようなケースも発生しています。

4.まとめ

行政機関職員の負担が増加傾向にある昨今、限られたリソースのなかでより効率的に業務を遂行できる環境を整備していくことは、必達事項となっています。

本稿で述べた行政機関におけるBPRの進め方および構造的な問題と解決の方向性が、BPR推進の一助となれば幸いです。

※図表1参考資料:総務省「地方公務員給与実態調査

執筆者

KPMGコンサルティング
コンサルタント 尾崎 遼太郎
コンサルタント 犬伏 卓也

公共分野におけるデジタル化の潮流

お問合せ

関連記事

ガバメント・パブリックセクターの関連する記事を紹介します。