AIを活用した不正リスク対策~子会社ガバナンス高度化の処方箋
本稿では、これらのボトルネックを解消する不正検知の導入手法および事例について解説します。
本稿では、これらのボトルネックを解消する不正検知の導入手法および事例について解説します。
ESG経営がグローバルスタンダードとなるなかで、グループベースでの不正リスク対策の重要性がますます高まっています。
KPMG FASが実施したサーベイ(Fraud Survey 日本企業の不正に関する実態調査2024、以下「Fraud Survey2024」という)1によれば、不正検知に関心を持つ日本企業は85%にも達しますが、実際に不正検知に取り組んでいる企業はわずかで14%にとどまっています。不正検知の導入が進まない最大のボトルネックは、「分析の人材・ノウハウ不足」であり、これを解消する手段として、AIを活用した不正検知に高い関心があるとの回答も得られています(不正検知に関心がある日本企業の97%がAI活用に関心がある(出所:KPMG FAS「Fraud Survey2024」))。
そこで本稿では、これらのボトルネックを解消する不正検知の導入手法および事例について解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
Point
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I.日本企業における不正の発生状況
KPMG FASが実施した「Fraud Survey 2024」によれば、過去3年間で不正が発生したと回答した上場企業の割合は32%(うち海外子会社19%)であり、コロナ禍の影響を受けていた前回調査よりも8ポイント上昇(同、6ポイント上昇)し、コロナ禍前と同等の水準になりました。コロナ禍の行動制限により減少していた不正発覚が、再び増加に転じたものと考えられます。
II .なぜ親会社による子会社の不正検知が必要なのか
本稿では、親会社から目の行き届きにくい子会社における不正リスク対策に焦点を当てて検討を行います。子会社の不正リスク対策には「不正予防」や「内部通報」などさまざまありますが、そもそもなぜ、親会社による不正検知(モニタリング)が必要なのでしょうか。その理由は、「不正予防」や「内部通報」をいくら強化したとしても、以下のように完全に不正を予防・発見することは難しいためです(図表1参照)。
1. 経営者不正は予防できない
子会社経営者(または大きな権限を持つマネジメント層)は、誰のチェックも受けずに不正を行うことができ、それらは「内部統制の無視・無効化」「マネジメントオーバーライド」などと呼ばれています。
日本企業が適時開示した海外子会社における会計不正のうち、経営者不正は実に6割を超えます。子会社で厳格な内部統制を構築していても経営者不正は防ぐことはできません。
2. 経営者不正は内部通報が利用されに くい
Fraud Survey 2024によれば、不正の58%は内部通報で発見されており、最大の発見経路となっています。一方、日本企業の適時開示を分析すると、子会社経営者による不正のうち内部通報で発見された事案は1割程度であり、内部通報が利用されにくい傾向にあります。実際に筆者も、内部通報が利用されなかった事案を数多く目にしてきました。
ではなぜ内部通報が利用されないのでしょうか。心理学の研究によると、権威者から非倫理的な命令を受けた者は服従する傾向にあることが明らかとなっています。すなわち、子会社経営者から不正の指示を受けた社員はこれに従い一連托生となるため、内部通報が利用されにくいものと考えられます。
3. 経理責任者による横領は 発見しづらい
子会社の経理責任者が、数年間にわたり会社の銀行口座から数億円を横領していたというニュースを良く目にしますが、子会社内で牽制が効きにくいため発見が遅れる不正の代表例だといえます。
経理責任者による横領の手口には典型パターンがあります。まず、子会社の経理責任者が、会社の銀行口座から自身のコントロール下にある銀行口座に不正送金を実行します。しかし、現預金を横領すると帳簿残高と銀行残高が一致しなくなるため、不正な会計処理を行うことで、あたかも両者が一致しているかのように帳簿残高を操作します。この代表的な不正仕訳パターンの1つが「(借方)売上債権/( 貸 方)現預金」です。現預金が減少( キャッシュアウト)しているが売上債権( 金銭を受け取る権利)が増加している、という矛盾した会計処理となっています。
子会社の経理責任者は、会計処理や銀行送金において強い権限を持っており、牽制が効きにくい存在です。会計帳簿上は残高が大きい売上債権に紛れ込ませたうえで、売掛金の滞留管理表といった社内管理資料を自身で改ざんすることにより発覚を免れ、長期間不正が継続されるケースが多いといえます。
4. 買収先における不正リスク
買収先の会計不正によって、日本企業が巨額損失を計上した事例は少なくありません。
所有と経営が一体である「オーナー企業」の買収案件では、株式の譲渡金額を吊り上げるために、買収前に会計不正を行うインセンティブが働きます。しかし、買収前DDでは細かいデータを入手できず不正を発見することは難しいため、買収後の表明保証期間内に会計不正を早期発見して損失回復することが重要な対策となり ます。
買収前から会計不正が行われている場合、それを隠ぺいするために買収後にも会計不正が継続されます。また、買収後に親会社からの損益改善プレッシャーに負けて、買収先の経営者が会計不正を開始した事例もあります。よって、買収後の定期的モニタリングも重要な対策だと言え ます。
図表1 親会社による子会社の不正検知が必要な理由
Ⅲ.子会社データの分類と特徴
これまで、親会社による子会社の不正検知( モニタリング)の必要性について説明しましたが、実際に不正検知を行う際には、どのようなデータを分析すればよいのでしょうか。
子会社が保有するデータは、主に、「決算データ」「仕訳データ」「取引データ」2 に分類されます。各データの特徴は図表2 のとおりですが、下のデータ階層ほどデータ量および情報量が大きくなります。また、検知できる不正が異なる点に特徴があります( 図表2参照)。
図表2 子会社データの分類と特徴
データ階層 | データ量 | 情報量 | 検知できる主な不正 |
---|---|---|---|
決算データ | 小 | 小 | 重大な会計不正 |
仕訳データ | 中 | 中 | 会計不正、経理責任者による横領、経費不正 等 |
取引データ | 大 | 大 | 取引データの種類により異なる |
出所:KPMG作成
Ⅳ .なぜ仕訳データ分析が有効 なのか
子会社の不正検知( モニタリング)を実施する際に、「仕訳データ」は有効な分析対象データだといえます。その理由について、各データとの比較により考察します。
1. 決算データ vs 仕訳データ
決算データ分析は入手しやすいデータであり、決算書の重大な歪み(巨額な会計不正)の兆候検知に有効です。一方でデメリットとしては、(1)発見できる不正が会計不正に限定される点、(2)財務指標はビジネス上の理由でも変動するため正常と不正の見極めが難しい点、(3) 総資産や売上高に占める金額が小さい不正は発見できない点、(4)異常を検知した際に決算データだけでは原因の深掘りが難しい点、(5)子会社に財務指標の異常値について原因を質問する際に、調査すべき伝票が特定されていないため、不正が行われている場合に虚偽回答しやすく、また不正でない場合にも調査に時間がかかる、といった点が挙げられます。
一方、仕訳データは、決算データよりも粒度が細かい伝票単位で、「日付」「金額」「勘定科目」だけでなく「相手勘定」「入力者・承認者」「相手先」「摘要」といった情報を保持しているため、会計不正のみならず横領や経費不正などのリスクを検知することができるなど、決算データ分析のデメリット(1) ~(5)をクリアするこ とができます。
2. 取引データ vs 仕訳データ
取引データは最も情報量が多いデータであり、発見できる不正も多いと言えます。一方でデメリットとしては、一般的に子会社によって異なるシステムを用いているため、子会社数×取引種類のデータが存在することになり、すべてのデータをモニタリングするのは現実的に困難だというクリティカルな課題が存在します。データの種類が異なれば、データの整形や分析方法を都度検討する必要があります。よって、子会社モニタリングの実現可能性の観点から適したデータセットとはいえま せん。
一方、仕訳データは、売上・費用などのさまざまな取引が1つのデータに集約されており、1つのデータを分析するだけで、さまざまなリスク情報を得ることができます。また、会計処理の相手勘定が記録されているため、たとえば前述した「(借方) 売上債権/( 貸方)現預金」といった通常では起こり得ない「危険な仕訳パターン」からリスクを検出することも可能です。
Ⅴ.これまでの仕訳データ分析の課題
前節にて仕訳データ分析の有効性を説明しましたが、いざ仕訳データ分析を行おうとすると、3つの困難( ”3つの壁”)が立ちはだかります。この 3つの壁のいずれかがボトルネックとなり、これまで仕訳データ分析が事業会社に導入されていない、または導入済だが効果・効率の面で課題があるとの声が多く聞かれていました( 図表3参照)。
図表3 仕訳データ分析の3つの壁
データ整形の壁 |
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データ処理の壁 |
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データ分析の壁 |
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出所:KPMG作成
1. データ整形の壁
仕訳データは、会計システムによってデータ形式が大きく異なります。たとえば借方/貸方の情報は、(1)貸借が横に並ぶ、 (2)縦に並べて貸方をマイナス表示する、(3)貸借の情報( 例:D/C)を持っている データなどが存在します。
また、金額の桁区切りは、(1)日本ではカンマ区切りですが、( 2 )イタリアやスペイン語圏・ポルトガル語圏ではピリオド区切り、(3)北欧など一部の国ではスペース区切り、(4)スイスではアポストロフィ区切りなど多種多様です。
これらのデータを整形し、データ分析しやすい形式に整える作業が必要ですが、データを入手する都度、この作業に膨大な工数が割かれます。特に子会社によって会計システムが統一されていない場合、子会社ごとにデータ整形を実施する必要があります。
2. データ処理の壁
仕訳データはデータ量が大きく、企業規模が大きい場合には年間1億行を超えることもあります。一方、Excel※は最大200 万行までの対応に留まるため、中・大規模子会社の分析には使用できません。また、汎用のダッシュボードによる分析も動かない・動作が遅いといった課題がありま した。
※ Excelは、米国Microsoft Corporationの米国およびその他の国における登録商標です。
3. データ分析の壁
仕訳データ分析には、専門的な分析ノウハウが必要です。特に、不正でよく用いられる勘定科目の借貸組合せに関する知識が必要不可欠ですが、事業会社で長年経理を担当していてもこのようなノウハウを体系的に持ち合わせている方は稀だといえます。
従来の仕訳データ分析は、「シナリオ分析」で実施しているケースが大半でした。シナリオ分析とは、リスク検知するためのシナリオを設定し、該当する仕訳伝票をヒットさせる方法です。しかし、この方法で分析すると異常仕訳が大量にヒットしてしまい、事後の確認作業に多大な時間を費やすことになります。
また、仕訳分析でリスク検知をするうえで、元の仕訳と逆仕訳を紐づけて分析することは非常に有効ですが、プログラミングと高機能サーバがないと現実的な時間で計算処理できないため、あまり行われていませんでした。
Ⅵ.AI仕訳分析ツールの仕組み
KPMGが開発した「AI仕訳分析ツール」は、これらの" 3 つの壁"を打破することで、事業会社における不正検知を実現するツールです。当ツールは、「これまでの子会社管理に変革を」をミッションに掲げ、大容量の仕訳データを簡単なクリック操作のみで子会社を"見える化"し、不正リスクや経理処理ミスの検知を可能にし ます( 図表4 参照)。当ツールの主な特長は以下のとおりです。
1. シナリオ設定が不要
従来の仕訳データ分析は、シナリオを設定する必要がありました。「AI仕訳分析ツール」は、専門家の分析着眼点を学習したAIが実装されています。これにより、専門家ノウハウが必要であったシナリオの検討作業や、シナリオ設定のプログラミング作業が不要となりました。
2. データ整形が不要
前述のとおり、仕訳データ分析の実施前にデータの整形作業が必要でした。「AI 仕訳分析ツール」には、KPMGの独自ノウハウで開発した"自動クレンジング機能"を搭載しており、人間によるデータ整形作業が一切不要となりました。分析前に必要であった準備作業の工数を大幅に削減し、すぐにデータ分析に着手することができます。
3. 大容量データも分析可能
高機能サーバと仕訳データ分析専用のアルゴリズムの採用により、1億行を超えるような大容量の仕訳データでも高速に処理します。Excelやダッシュボードでは実現できなかった大容量データでも快適に分析することができます。
4. 従来発見できなかったリスクを自動 検知
従来のシナリオ分析の欠点は、シナリオと完全一致するリスクしか検知できないことです。AI仕訳分析ツールは、専門家の分析着眼点を学習したAIが、さまざまなリスクを考慮してリスク検知します。また、AI が仕訳データの全体像、時系列情報、逆仕訳情報を考慮して分析を行いますので、従来のシナリオ分析では発見が難しかったリスクの検知も可能になります。
5. 人間が確認すべき伝票件数の削減
従来のシナリオ分析は、シナリオと一致した伝票をすべて抽出するため、場合によっては大量の伝票が検知され、事後の確認作業に膨大な時間がかかり確認しきれないといった弱点がありました。
「AI仕訳分析ツール」は、検知した類似伝票をグルーピングしてリスクをランキングするため、リスク上位のグルーピングをいくつか確認するだけで重要リスクをカバーすることができます。
また、AIが検知理由を説明する機能を実装しているため、リスクを正しく解釈することができます。
6. 1伝票当たりの確認工数の削減
検知された伝票について深掘り確認する際には、Excelや会計システムの伝票検索機能が用いられてきましたが、これにも膨大な工数がかかっていました。「AI仕訳分析ツール」は、深掘り分析用のダッシュボードや高速な伝票検索機能を実装しており、確認作業を効率化することができ ます。
7. 子会社への確認工数の削減
「AI仕訳分析ツール」は、AIが検知した仕訳伝票のExcel 帳票を出力することができます。これを用いることで、子会社への確認工数を削減することが可能です。
図表4 AI仕訳分析ツール 画面例
Ⅶ .さいごに
日本企業において関心の高い不正検知を実現するうえで、「分析の人材・ノウハウ不足」がボトルネックとなっていますが、不正検知は専門性が高い領域のため、人材・ノウハウを各社が自前で揃えるには限界があります。このボトルネックを解消する手段として、AIを活用した不正検知が有効だといえます。KPMGが開発した「AI仕訳分析ツール」は、日本企業の事業部門、子会社管理部門、経理部門、内部監査部門等が抱える子会社ガバナンスに関する課題解決の処方箋となることが期待され ます。
執筆者
KPMG FAS
フォレンジック
佐野 智康/パートナー
石原 慎也/マネージャー
難波 正樹/マネージャー