ゲーム業界が長年ゲームの開発・運営を通じて培ってきた「ユーザーを引き付けて楽しませる」ナレッジを課題解決に活かす「ゲーミフィケーション(ゲームの持つ効果を他分野に転用すること)」は、デジタルメディアやゲームの発展とともに、対象者や目的に応じてその要素を組み合わせ、どのレベルの課題に対しても柔軟に対応できるソリューションです。

DXの進展に伴うデジタル人材への需要の高まりなどを背景に、人材育成(学び)の分野で学習者を支援するツールとしてゲーミフィケーションを活用した取組みが増えています。本稿では、人材育成(学び)を中心としたゲーミフィケーションの効果と今後の可能性について解説します。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT1

ゲーミフィケーションとは、ゲームの特性である「ユーザーを引き付けて楽しませる」ことで課題解決を図る取組みである。

POINT2

対象者や目的に応じて要素を組み合わせ、どのレベルの課題に対しても柔軟に対応でき、日本の社会課題解決ツールの1つとして検討する価値がある。

POINT3

人材育成(学び)の分野では、(1)学びに対する姿勢の変化、(2)マインド・スキルの向上、(3)知識の向上という3つの効果があるとされる。

POINT4

ゲーミフィケーションの普及には、効果実証の場を作り、知見の発信、導入拡大の検討が必要である。

I 身近にあふれるゲーミフィケーション

1.ゲーミフィケーションの考え方

「ゲーミフィケーション」は、単にゲームのコンテンツ内で使用されている手法を流用することを指すものではありません。タスクをクリアするとポイントが獲得できるといったゲームのシステムやストーリーなど、ユーザーの目に見える部分を指して「ゲーミフィケーション」と呼ばれることもありますが、その背景にある「人間の心理・行動の本質的理解」と「ゲームの技術・開発体系 」といった、ゲーム業界が長年培ってきたナレッジを課題解決に活かす概念を表す言葉です。

ゲーミフィケーションでは、そのナレッジをベースとしてゲームの特性でもある「ユーザーを引き付けて楽しませる」ことで課題解決を図ります。これまでも、娯楽の要素を教育分野で活かす「エデュテイメント」や、社会課題の解決を意図したゲームのジャンルである「シリアスゲーム」など、ゲームの特性を課題解決に活かすこと自体は長年取り組まれてきましたが、それらがさらにデジタルメディアやゲームの発展とともに、対象者や目的に応じて要素を組み合わせ、どのレベルの課題に対しても柔軟に対応できるようになってきています。

【図表1:ゲーミフィケーションの考え方】

人材育成におけるゲーミフィケーションの効果と今後の可能性_図表1

出典:経済産業省「ゲーミフィケーションを活用した人材育成等に関する調査事業」

2.ゲーミフィケーションの価値

ゲーミフィケーションの取組みの1つに、スマートフォンのアプリ上で参加者同士が走行距離を競い合うことで運動を習慣化させるといった健康づくりを目的とした活用があります。そのほかにも、前述のとおりゲーミフィケーションはあらゆるレベルの課題に対して適応可能であり、日本社会の抱えるさまざまな課題に対しても活用が広がっています。

たとえば、実際の3D都市モデルを組み込んだコンテンツを操作してもらうことでまちづくりに関心をもってもらう「地方創生」、ユーザーの生活行動で排出される二酸化炭素量を可視化し、その削減量を競わせる「脱炭素」への活用など、適応できる課題の範囲やアプローチ方法の多彩さにおいても、ゲーミフィケーションの社会課題に対する応用可能性は大きく、課題解決手法として価値が高いと言えます。

II 人材育成へのゲーミフィケーション活用の背景

ゲーミフィケーションが人材育成に注目される大きな流れとして、わが国におけるデジタル人材不足という課題が挙げられます。

企業においてDXの必要性が叫ばれるようになって久しいですが、推進の担い手であるデジタル人材は大幅に不足しているのが現状です。政府も「デジタル田園都市国家構想」の下、「デジタル人材の育成・確保」を掲げ、2026年度末までに230万人育成するという目標に向けて各省庁でさまざまな取組みが展開されています。

このように、社会全体でデジタル人材育成が急務となるなか、専門人材の育成のみならず、ライフステージの早いタイミングから、デジタル技術に慣れ親しむ動きも出てきています。

その1つが文部科学省の「GIGAスクール構想」で、全国の児童・生徒1人に1 台の端末を配布するとともに、高速ネットワークを整備する取組みです。昨今の学校教育現場においてもデジタル活用が進展するなか、GIGAスクール構想により学ぶ意欲を高める手法や楽しく学ぶ仕組みであるゲーミフィケーションの活用の可能性は大きく広がりました。元来から学校教育現場においてゲームの要素を取り入れることで学習者が楽しみながら学習するための工夫は行われてきましたが、デジタルツールの導入により、学習者および教職員にとっても活用できる選択肢が増えています。

なかでも、小学校・中学校・高等学校などの学校教育においては、スキルそのものより考え方を習得することに焦点を当てる導入段階であり、かつ学習意欲向上、学習継続支援が特に求められるステージであることも手伝い、ゲーミフィケーションがツールとして注目され、取組み例も増えています。

III ゲーミフィケーション活用の効果と留意点

ゲーミフィケーションの効果については、すでに多くの事例や研究によって示されていますが、本稿では、事例も多い「人材育成(学び)」の領域において、どのような効果がみられるのかを集約し、整理しました。

KPMGコンサルティングが経済産業省の委託を受け実施した調査「令和5年度地域デジタル人材育成・確保推進事業(ゲーミフィケーションを活用した人材育成等に関する調査事業)」からは、ゲーミフィケーションには、(1)学びに対する姿勢の変化をもたらし、(2)マインド・スキルの向上、(3)知識の向上に貢献するという大きく3つの効果があることが明らかになりました。

【図表2:ゲーミフィケーションの学習への効果の全体像】

人材育成におけるゲーミフィケーションの効果と今後の可能性_図表2

出典:経済産業省「ゲーミフィケーションを活用した人材育成等に関する調査事業」

1.学びに対する姿勢の変化

ゲーミフィケーションが学習者にもたらす「学びに対する姿勢の変化」とは、学習プロセスにエンターテインメント性をもたらすことで、学習者を学習対象に向かわせる、学習を継続させるなど、動機付けに貢献することを指します。

今回、学習意欲をいかに刺激・保持するかを示す動機付け方法論の「ARCSモデル」に基づき、学びに対する姿勢にゲーミフィケーションがどのように作用するのかを整理しました。

ARCSモデルとは、学習者の関心を獲得する「注意喚起(Attention)」、学習者の肯定的な態度に作用する個人的ニーズやゴールを満たす「関連性(Relevance)」、学習者が成功できること、また、成功は自分たちの工夫次第であることを確信するための助けをする「自信(Confidence)」、(内的と外的)報酬によって達成を強化する「満足度(Satisfaction)」という4つの要素を考慮すべきとしています。

たとえば、「注意喚起」の要素では、ゲーミフィケーションは学習者に「好奇心」をもたらすことができます。具体的には、ゲーム内でイベントを指し示すときに使われる感嘆符「!」など、フラグを提示することで好奇心をくすぐり、ある行動を起こすことで、学習者の関心をひくのです。

ほかにも、「自信」の要素に対しては、ユーザーの工夫や創造性に対して、ポジティブなフィードバックをコンテンツ側から行うことで、自己効力感、および自信を高めさせることができます。

2.マインド・スキルの向上

学びに対する姿勢の変化を学習者にもたらし、学習プロセスへ導くことで得られる効果として挙げられるのが「マインド・スキルの向上」です。

ここでいう「マインド・スキル」とは、ゲーミフィケーションを取り入れた学習プロセスをこなすうえで身に付けられる、定量化が難しい個人の特性によるマインドセットおよびスキルのことを指します。

一般的には、「非認知能力」と呼ばれる分野が該当します。ゲーミフィケーションがもたらす効果としては、大きく分けて「課題に対するもの(対課題)」、「自己に対するもの(対自己)」、「他人に対するもの(対人)」の3つがあります。

(1)対課題

課題に対するゲーミフィケーションの効果とは、学習者の課題解決能力を高めることです。課題に対する適応力、課題を見極めるうえで重要な批判的思考力、実際に解決策を考える問題解決力といった項目に対して効果があると考えられます。

たとえば、適応力という側面においてゲーミフィケーションのコンテンツとしては、結果のためにとるべき手段が複数あり、かつそれらに優劣が付けられないような学習プログラムを提供することが有効です。

これにより、課題に対して柔軟なアプローチをとる力を育むことができます。どのように課題に対処すればよいのかデジタル上で試行錯誤を繰り返すことで、現実世界での課題に直面したときに必要となる適応する力を育てることができます。

(2)対自己

自己に対する効果については、ゲーミフィケーションの要素をコンテンツ設計に組み込むことで、責任感の醸成や自己認識、柔軟性、創造的思考力、内省を行う力などを育むことができる可能性が示されています。

たとえば、ゲーミフィケーションのコンテンツ要素である「踊り場」という、難しい課題のあとには比較的簡単な課題を与えることで、成長した感覚と一息つく効果を与え、自己肯定感・コントロール感を高めることで、自分が今どの段階にいるのか、以前に比べてどれほど成長したのかを認識する機会を得ることができます。

(3)対人

ゲーミフィケーションコンテンツの設計において、他者との関係性を進行に組み込むことで、対人スキルを向上させる可能性もあります。

他者との連携で達成されるべき「共通目標」の要素を組み込むことで、他者とチームで取り組む機会を作り、協働力を身に付けるといったことが考えられます。実際にこの要素を組み込んだゲーミフィケーションサービスも誕生しており、ユーザーはメンターを含む他者との協働を実現しています。

3.知識の向上

学習者を学習プロセスへ導くことで得られるもう1つの効果に「知識の向上」が挙げられます。ここでいう「知識」とは、比較的定量化がしやすい特定の知識やスキルのことを指しており、英語やプログラミングなどイメージがしやすいものです。こちらは、ゲーミフィケーションの要素で効果をもたらす、というよりはコンテンツ全体で獲得を目指すものになります。

一見すると、ゲーミフィケーションの要素を導入することで、知識が獲得できる(しやすくなる)と捉えられがちですが、その前段階にも効果をもたらし、知識以外にも効果があるということが整理されたことは、今後のゲーミフィケーション活用の幅を広げるものになります。

4.ゲーミフィケーション活用の留意点

ここまで、「人材育成(学び)」におけるゲーミフィケーション活用による効果について解説してきましたが、最後に、ゲーミフィケーションを導入するうえで検討すべき3つの主な留意点(ケース)を紹介します。

(1)学習内容の難易度が高いケース

コンテンツ化を行ううえで、内容の難易 度が高く、段階的な学習設計が難しい場合、ゲーミフィケーションを仕組みとして取り入れることは難しく、効果を発揮しづらい可能性があります。

(2)学習者のモチベーションがすでに高いケース

学習対象そのものに面白みを感じる学習者にとって、キャラクターとともに学ぶ設定やポイントを稼ぐ、競争心を掻き立てる仕掛けなど、ゲーミフィケーションが不要もしくは学習内容と組み合わさることによって学習者のモチベーションを下げる逆効果を生む場合があります。

(3)学習目的とゲーム要素が対応しないケース

ゲーミフィケーションに面白さを出すためにはエンターテインメント性が必須である一方、面白いゲームが必ずしも教育に応用できるとは限らないため、コンテンツを調整することが必要な場合があります。

実際、ゲーミフィケーションのコンテンツ化を進めるうえで、エンターテインメント目的の内容を教育現場の実情や温度感に合わせて微調整するケースも見られます。

【図表3:ゲーミフィケーションの取組み拡大に向けた検討点の全体像】

人材育成におけるゲーミフィケーションの効果と今後の可能性_図表3

出典:経済産業省「ゲーミフィケーションを活用した人材育成等に関する調査事業」

IV さいごに

これまでゲーミフィケーションの考え方から活用の効果と留意点を紹介しました。

ゲームの特性である「ユーザーを引き付けて楽しませる」ことで課題解決を図るというゲーミフィケーションを今後普及させるためには、(1)継続的にゲーミフィケーションの効果について実証する場を作り、(2)そこから生まれた知見について認知を広げ、(3)どのように導入拡大につなげるかを検討し、取組み拡大に向けた好循環を生み出す必要があります。

最終的に、ゲーミフィケーションの手法が体系的に整理され、誰もが課題解決に活用できる状態になること、これこそが目指すべき姿であると考えます。前述のとおり、ゲーミフィケーションは人材育成だけでなく多くの課題に対して活用可能なツールであるため、解決策の一案として検討する価値はあると考えます。

執筆者

KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 岩田 理史
マネジャー 髙野 洋介

お問合せ