AIの進化で重要になるエマージングテクノロジーのビジネス活用
AI(人工知能)を中心としたテクノロジーは今後も急速に進化していくでしょう。現時点では、生成AIやマルチモーダルAI※1が注目を浴び、企業のデジタル化戦略の中心となっていますが、やがてAIは自律的に連携・協調するエージェントとなり、小型化・軽量化してあらゆる機器に搭載可能になる時代が訪れるでしょう。
そして、そのように機器に埋め込まれた高度なAIがバックグラウンドでハブとして機能し、XR(Extended Reality)やロボティクスのようなエマージングテクノロジー※2と連携・協調し、人々の生活体験の変革や、企業の新しいビジネス創造の鍵となる「AI×エマージングテクノロジー」の時代が来ると考えられます。
【テクノロジーの進化の見通し】
一方、超高齢化社会の到来に伴う生産年齢人口の減少や、カーボンニュートラル実現に向けた取組みなど、企業がサステナビリティ経営を実現するうえで対応すべき社会課題は複雑化しています。既存の施策の延長線上の解決策だけでは効果が限られる点も問題となっています。進化の著しい「AI×エマージングテクノロジー」の活用は、社会課題や産業界の課題解決のオプションを広げ、企業の事業革新の鍵となるでしょう。
AI×エマージングテクノロジーが描く未来
「AI×エマージングテクノロジー」の時代には、エマージングテクノロジーがAIを活用することでユースケースが広がったり、AIを軸にした複数のエマージングテクノロジーの連携により新しいユースケースを創造したりすることが考えられます。その結果、さまざまな産業が融合し、課題解決のための新しいUX(ユーザーエクスペリエンス)を人々や社会に提供するようになるでしょう。
たとえば、地震や津波などの大規模災害時に、迅速に現場の状況を確認し、適切な救援物資を配布することは、必要な輸送手段の手配、経路の確認、医療や食料等の物資手配と輸送など、多方面の産業の協力が必要で、難度が高い作業です。
一方、ドローンや量子コンピュータといったエマージングテクノロジーがAIをハブに自律連携する世界では、ドローンが現地の状況を確認し、被災者の状況確認を含めて人が立ち入れないところまでデータを取得することができます。そのデータを基に、AIが必要な救援物資や医療手段を検討し、物資と現地状況を考慮した輸送手段を手配します。複数のポイントを回る場合は、データを基にした3Dマップと量子コンピュータを用いた経路最適化技術を活用し、迅速に適切な物資を届けて被災者をサポートすることが可能です。これは、産業が融合した新しい課題解決の姿の一例です。
KPMGが考える、鍵となるエマージングテクノロジー
KPMGでは、日本政府が提唱するSociety5.0のコアコンセプトであるCPS(Cyber Physical System)を念頭に、AIとの組み合わせで鍵となるエマージングテクノロジーを6つ選定しました。
CPSとは、サイバー空間と物理空間を高度に融合させるシステムを指します。以下に、選定したテクノロジー(AI以外)について概要を解説します。
【KPMGが考える、鍵となるエマージングテクノロジー】
現実世界のセンシング
(1)IoT(Internet of Things)
モノや人の物理的挙動からのデータ収集と制御を行います。センサー、アクチュエータ、通信、クラウド等の技術から成り、ネットワーク(インターネット)を通じてデバイス間の相互通信を可能とします。AIとの組み合わせでリアルタイム予測が可能になるため、スマート工場や物流管理等、幅広い分野での活用が想定されます。
(2)ブレインテック
脳科学とテクノロジーを融合した分野であり、人の感情や思考からのデータ収集と分析を行います。脳波計測や脳波を利用した行動・機器制御(BMI:Brain Machine Interface)にかかわる技術から成り、AIと組み合わせることで、測定した脳波データに基づく意識・知覚の解読や、行動・機器の制御が可能になります。ブレインテックの活用は、身体機能の補助を必要とする人々へのサポートや、多様な年齢層の脳波データを活用したマーケティング等、幅広い分野での応用が期待されます。
サイバー空間によるデータ処理
(3)量子コンピューティング
量子的な重ね合わせの原理を利用し、従来型コンピュータでは不可能な並列計算を可能とします。AIと組み合わせることで、以前より高度な予測が可能になり、気候変動予測、電力網および輸送経路の最適化、化学分野における新材料探索等への活用が期待されています。
実空間へのフィードバック
(4)XR(Extended Reality)
人に向けたフィードバックを行います。VR(Virtual Reality:仮想現実)、AR(Augmented Reality:拡張現実)、MR(Mixed Reality:複合現実)の概念を含み、ヘッドセット等のデバイス、センシング、シミュレーション技術から成ります。AIと組み合わせることで、現実世界と仮想世界を高度に融合させ、ユーザーに没入感ある体験の提供や情報の付与を可能にします。建設現場・医療における人間拡張支援や、エンターテインメント分野での活用が見込まれます。
(5)ロボティクス
機械へのフィードバックを行います。センサー、知能・制御系、駆動系から成り、知能化した機械システム(ロボット)を応用し、人との共生や人の代替として活用する技術群です。急激に進化するAIの基盤モデルとの組み合わせで、工場における人の作業代替、医療現場における手術の支援、介護支援等、幅広い分野への活用が期待されています。
(6)デジタルファブリケーション
モノづくりへのフィードバックを行います。3Dスキャナ等の測定機器、3Dプリンタ、レーザー切断機等の工作機器から成り、デジタルデータを活用して物理オブジェクトを制作する技術群です。AIとの組み合わせで、人間では設計が難しい複雑な形状や、高い剛性と軽量を両立するデザインが可能になり、人工臓器の作成や従来型建設方法の代替、食への応用等、幅広い分野への活用が期待されます。
これらのエマージングテクノロジーのトレンドと展望、そしてAIがハブとなって他のテクノロジーと連携したり既存のユースケースと異なる用途に展開したりした時、どのような未来が考えられるか、今後の連載のなかで考察していきます。
※1:文字、画像、音声など異なる種類のデータを同時に理解し活用するAI。たとえば画像を見て説明文を作成するようなAIを指す。
※2:成長性・革新性で、将来的に社会に大きな影響を与える可能性がある新しい技術を指す。既存技術のなかに新しい応用を見出すことも含まれる。
執筆者
KPMGコンサルティング
マネジャー 山本 良太