今もなお進化し続ける無線通信技術は、現代社会における公共インフラとしての基盤的な役割を果たしています。スマートフォンから自動車、家庭用電化製品まで、私たちの生活は無線通信技術に大きく依存しています。5Gから6Gへの移行、IoT(Internet of Things)の普及、人工知能との統合など、技術者だけでなく、すべての人々にとって重要な課題であり、新たな可能性が日々拓かれています。これからの技術の進歩は私たちの生活をどのように変えていくでしょうか。本稿では、無線通信技術が社会基盤としてどのように機能しているのかという点について、未来の展望を含めて考察します。
1.無線通信技術の進化と公共インフラとしての基盤的役割
(1)無線通信技術の進化に係る背景と公共インフラにおける社会基盤としての重要性
無線通信技術は、1890年代に無線電信システムが開発されてからAMラジオ放送、無線電話、テレビ放送、そして現代の携帯電話やインターネットに至るまで、時代ごとに私たちの生活を一変させました。通信距離や周波数帯によって分類され、それぞれ異なる特性を持ち、利活用されている無線通信技術は、情報通信の基盤から生活基盤へと進化し、国民生活や経済活動に大きな影響を及ぼす存在となっています。
その例として、公共領域では、災害時の情報伝達や観光面での必要性などから、Wi-Fi整備が全国的に推し進められており、Wi-Fiを利用できる場所が広がっています。また、さまざまなモノをインターネットにつなぐ技術としてのIoTの登場、2020年から開始された5Gの商用サービス、新たな無線通信技術として、Beyond 5G(6Gサービス)など、次世代の情報通信インフラとして、2030年代のあらゆる産業・社会活動の基盤となることが見込まれています。新たな通信技術の開発・導入により、無線通信の可能性が広がっており、オール光ネットワークや非地上系ネットワーク(NTN)の新技術・新サービスの提供が始まっています。これらの技術は公共分野における無線通信の利用を一層拡大させることが期待されます。
【代表的な無線通信技術の特徴と利用シーン】
技術 | 特徴 | 利用シーン例 |
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Wi-Fi | スマートフォンやパソコンなどの機器を無線でインターネットに接続する技術。Wi-Fiルーターから発せられる電波を利用して、ケーブルなしでインターネットに接続できる。 また、同時に複数の機器をWi-Fiに接続することが可能で、Wi-Fiの通信規格にはIEEE 802.11axやIEEE 802.11ac等があり、各規格で周波数帯や通信速度が異なる。 |
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IoT | コンピュータだけでなく、車や家電、工場の製造ラインなどのさまざまな「モノ」をインターネットに接続し、データをやり取りする仕組み。 遠隔操作、状態監視、状況監視、データ送受信などの機能を提供し、これらの機能を活用してさまざまな分野での効率化や自動化が進んでいる。 |
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5G | 第5世代の移動通信システムで、大容量のデータの高速転送や高品質なストリーミング、リアルタイムのゲームプレイなどを可能とする。 IoTデバイスやスマートシティのセンサーなど、多数のデバイスを効率的に接続することもできる。 |
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Beyond5G(6G) | 5Gを超える次世代の移動通信システムで、2030年頃の実用化が予想されている。 100Gbps以上の通信速度を実現し、国内外や室内外など場所を問わずリアルタイムな情報通信が期待される。 |
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NTN(Non-Terrestrial Network) | 地上の基地局がないエリアでも高速大容量通信が可能な非地上系ネットワーク。 地上系ネットワークと異なり、成層圏や宇宙空間に構成することで、地震や津波などの自然災害に強い通信インフラを提供する。 |
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2.公共インフラを軸としたスマートシティの構築と無線通信技術
(1)スマートシティの広がり
まず、スマートシティを「エネルギー効率、公共交通、公共サービス等の改善を目指すなかで、ICT技術を駆使して都市機能を最適化し、その都市に住む住民の生活品質を向上させる持続可能な都市開発のコンセプト」と定義したうえで考察を進めます。スマートシティの実現には、デジタル技術の導入が不可欠です。ICT技術を活用した新しいまちづくりやデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めることが重要とされており、フィジカル空間のコンパクト化と住民の生活品質向上といった課題に対応するためにさまざまな取組みが進められています。
(2)公共インフラを軸としたスマートシティの構築
次に、公共インフラと無線通信技術の関係性について考察していきます。
少子高齢化による人口減少や超高齢社会の進行を見据えた取組みは、Society5.0への移行を見据え、持続可能な社会の実現に向けた重要なステップと考えられ、スマートシティの構築は公共交通を中心とした都市構造の最適化だけではなく、デジタル化を通じた住民生活の品質向上や地域課題の解決にも寄与することが期待されています。
データ収集基盤(都市OS)に集約された各種センサーや他システムからの連携情報を、個人情報等に十分配慮したうえで積極的に公開していくことで、データの相互利用による新しいサービスを展開するなど、スマートシティのさらなる発展を目指すことが今後の公共インフラの理想像として求められます。
3.教育現場における無線通信技術の展開
(1)学校ICT環境における無線通信技術の役割とその展開
総務省や文部科学省が連携し、教育現場の環境改善に向けてICTの利活用促進(スマートスクール・プラットフォームの検証、GIGAスクール構想など)が行われており、タブレット端末などのモバイルデバイスの活用機会が増加しています。
こうしたモバイルデバイスの活用シーンを促進していくためには、無線通信技術(たとえば、無線LAN技術やローカル5Gをはじめとしたプライベート無線技術等)が必要となりますが、学校内の無線LANはまだ整備途中の段階にあり、全教室に無線LANが敷設されている学校と、全く手付かずの学校とが混在するような状況にあるのが現状です。無線LAN整備には、アクセス負荷への配慮やコスト負担、情報セキュリティポリシーの策定等の課題が山積みしており、無線通信技術のメリットを享受するまでには高いハードルがあるようです。
(2)教育現場における無線通信技術の利活用
前述のとおり、教育現場では、子どもたちの資質・能力を育成するICT環境を整備すべく、デジタルコンテンツの活用や遠隔会議システムを使ったオンライン授業等を想定し、1人1台の端末と通信ネットワークの整備が進められています。こうした活動を促進していくために、総務省は、教育現場での5G活用に関するガイドブックを整備し、無線通信ネットワークの学内への設置、5G環境等の無線LANを活用した授業の実践を推進しています。
また、文部科学省が展開しているGIGAスクール構想は、子どもたち一人ひとりに個別最適化され、創造性を育む教育ICT環境を実現する令和時代のスタンダードな学校の取組みです。この構想の一環として、クラウドサービスを活用した教育が展開されている背景から、無線LANの100%整備が目標として掲げられており、校内ネットワークの有線から無線通信ネットワークへの転換、公衆無線LANの安全活用など、教育現場でのデジタル化と無線通信ネットワークの活用・整備が進められています。
4.宇宙・衛星通信が公共分野に及ぼす影響
(1)宇宙空間の公共財としての利活用
日本では、「宇宙基本計画 (2023年6月13日閣議決定)」に基づき、宇宙政策委員会が「宇宙技術戦略 」を新たに策定しています。このなかで本戦略は、「世界の技術開発トレンドやユーザーニーズの継続的な調査分析を踏まえ、安全保障・民生分野において横断的に、日本の勝ち筋を見据えながら、開発を進めるべき技術を見極め、その開発のタイムラインを示した技術ロードマップ」として位置付けられています。
この戦略において触れられている、「衛星」「宇宙科学・探査」「宇宙輸送」「分野共通技術」の各分野における安全保障や宇宙科学・探査ミッション、商業ミッション、それらのミッションを実装する前段階の先端・基盤技術開発等、民間事業者を主体とした商業化の開発支援は、国も支援する領域となっています。実際に、「関係省庁における技術開発予算に加え、10年間で総額1兆円規模の支援を行うことを目指す「宇宙戦略基金」を含め、関係省庁・機関が、今後の予算要求、執行において参照していくとともに、最新の状況を踏まえたローリングを行っていく」ことが明言されています。
(2)宇宙空間における通信技術等の進化
世界的に、通信衛星や放送衛星のデジタル化、宇宙ビジネスの拡大や異業種企業等の参入、多数の小型衛星による衛生コンステレーションの計画等、衛星通信の高度化および活発化が進んでいます。このなかでも、特に、衛星や高高度プラットフォーム(HAPS)を使った通信網サービス「NTN(Non Terrestrial Network、非地上網)」が注目を集めています。
【宇宙空間における通信技術の例】
通信技術 | HAPS(高高度プラットフォームステーション) | LEO(低軌道衛星) | GEO(静止軌道衛星) |
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通信方式 | 電波通信 | ||
通信速度 | 数百Mbps | 数百M~1Gbps | 数M~数十Mbps |
軌道高度 | 約20キロメートル(成層圏) | 300~2,000キロメートル | 約36,000キロメートル |
遅延 | 低(数ミリ秒) | 低~中(数十ミリ秒) | 高(約240ミリ秒) |
カバレッジ | 半径約100キロメートル | 広範囲(複数衛星でカバー) | 広範囲(固定エリア) |
設計寿命 | 数ヵ月 | 数年 | 10~15年 |
海外の民間企業が衛星通信サービスを開始し、衛星を使った高速通信が実際に利用可能となって以来、低軌道(LEO)衛星を含め、通信回線としてサービス化する企業活動は活発化しています。日本国内の民間企業においても、衛星を用いた通信サービスの展開が順次始まっており、ビジネスでの広がりも加速しています。
衛星系通信サービスは、さまざまなシーンにおいてニーズが見込まれておりますが、一般的なインターネットをはじめとする通信サービスの代替として置き換えるというだけではなく、地上に張り巡らされた通信網だけでは技術的に実現が難しい、または不採算地域に対して高コスト化による事業展開が困難といった「隙間のユースケース」への導入も検討されています。
たとえば、災害対策の観点では、自然災害による大規模震災の被災等で崩壊した通信インフラの早期復旧を目指す際に、山岳地帯や地方部などで一時的な公共通信サービスの1つとして有用な選択肢になり得ると考えられます。さらに被災地等において通信断絶された場所を減らし、通信インフラを起点に生活環境の早期復旧を目指すことが可能になると考えます。
これらの宇宙・衛星通信のノウハウを持つ国や事業者はまだまだ少なく、宇宙・衛星通信を用いる際のセキュリティ課題や国際的な利活用ルールなどへの対応も行う必要があることから、「実際に運用できる」段階にはまだ遠い状況にあると言えます。だからこそ、まずは宇宙技術戦略に基づいた早期の環境整備、および公共インフラとしてのユースケース開発を進めていくことが肝要です。
5.無線通信ネットワークのこれからと公共分野での展望
(1)2030年代に展開される無線通信技術の展望
2030年代には、Beyond5G(6G:第6世代移動通信システム)の実現が見込まれています。6Gは、高速・大容量、高信頼・低遅延等の基本性能の進化、非陸上を含めたカバレッジ拡張等の技術領域について検討されています。加えて、従来の移動通信(無線)の延長線上にあるものではなく、有線・無線や陸・海・空・宇宙等を包含した新たな統合的なネットワークとして位置付けられています。これらの技術動向を踏まえると、2030年代の無線技術は、より高速・大容量、広範囲なカバレッジ、そして新たな通信領域(海中や宇宙)への拡張といった方向性へ進化していくことが想定されます。
(2)公共分野における無線技術の長期的影響
無線通信技術は、特に、災害時において、情報通信ネットワークのインフラ基盤としての重要な役割を果たすことは間違いありません。しかし5Gの普及により、高精細動画の配信や遠隔医療、IoT機器からのデータ収集など、データトラフィックが爆発的に増大することになるため、ネットワーク全体の通信容量のひっ迫が、喫緊の大きな課題として顕在化することが予想されます。
これに対応していくための1つの要素として、周波数の確保は重要なテーマであり、テラヘルツなどの未利用周波数の開拓が求められています。さらに、総務省では、電波利用を取り巻く状況の変化に対応しつつ、良好な電波利用環境を維持していくことが重要であるとしています。
これらの動向から、無線技術は公共分野においてますますその重要性を増し、無線技術の進化と展開は、公共分野においてサービスの質と効率性を大きく向上させる重要なキーサクセスファクターへ位置付けられていくでしょう。
6. まとめ
無線通信技術は、有線通信技術と比較すると、新しい通信規格の普及とともに目覚ましい進歩を遂げています。誰もがモバイルデバイスを持ち、生活の中に無線通信技術が溶け込んできていることもあり、無線通信技術は公共インフラとして社会経済活動に欠かせない一要素になりつつあります。
また、利用者への新たな顧客体験の提供にもつながり、無線通信技術を用いたユースケースは拡大しつづけています。スマートシティやスマートエデュケーション等、通信技術との結びつきによる新たな組み合わせから効率的で高品質な体験を得られるように変化しています。
公共領域でのDXを推進していくに当たり、官民連携のもとにおいて先進的な取組みを多様なフィールドで検証していくことが今後も求められます。人々が当たり前に通信技術を利用でき、メリットを享受できる土壌を作ることが、無線通信技術のさらなる発展と、強固な社会基盤の醸成につながるでしょう。
※本文中に記載されている施策名・プロジェクト名は、各会社・各団体の登録商標または商標です。
執筆者
KPMGコンサルティング
マネジャー 桑折 大悟