「CPS2.0」は、サイバー、フィジカル、システム(ネットワーク)のすべてに生成AIを適用し、従来のシステムアーキテクチャやビジネスモデルに変革をもたらすとともに、人間の能力を向上させる新しいデバイスの出現への期待を高めるものです。

「CPS2.0」は、少子高齢化や自然災害の甚大化などの日本の社会課題を解決する社会基盤となる可能性がありますが、そのためには、生成AIの信頼性や公平性、責任の所在などの課題に対処する必要があります。

本稿では、2023年に出現した生成AIによってアップデートされるCPS(サイバーフィジカルシステム)を「CPS2.0」と定義し、その影響と課題について考察しています。

POINT 1

2023年の生成AIの登場により、サイバーフィジカルシステム(CPS)がアップデートされる「CPS2.0」について解説する。

POINT 2

「CPS2.0」は、サイバー、フィジカル、システム(ネットワーク)の3つに分けて考えることができる。生成AIは、それぞれに対して、データセンターの変革、人間拡張ツールの出現、ネットワークの最適化とビジネスモデルの変換などのインパクトを与える。

POINT 3

「CPS2.0」は、社会課題の解決に貢献するが、信頼性や公平性の確保が課題となる。また、法的な責任の所在も明確にする必要がある。課題解決により、生成AIの発展に伴う、Society6.0のコンセプトが見えてくる。

I はじめに

Chat GPT※1に代表される大規模言語モデル(LLM)を基盤とするさまざまな生成AIがまるで雨後の筍のように出現したことで、2023年は「生成AI元年」と言えます。

生成AIが実装される領域もクラウドにとどまらず、端末やネットワークに広がっていくことが予想されます。日本が目指すべき未来社会の姿として、2016年に内閣府が提唱した概念Society5.0では、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムであるサイバーフィジカルシステム(CPS)が中核に据えられています。このCPSが2023年の生成AIの登場により、大幅にアップデートされようとしています。

人類が誕生し狩猟社会(Society1.0)が始まり、数十万年の時をかけて現在のSociety5.0まで到達しましたが、Society5.0の提唱から10年も経たずしてSociety6.0のコンセプトを予感させるほどの転換点に私たちは今、立っているのかもしれません。

Society6.0とは、どんな世界感となるのか。シンギュラリティ(技術的特異点)後に人間の知能を超えたAIと人類が共存共栄する社会が見えてくるのではないでしょうか。生成AIによって、具体的に従来CPSからどのようなアップデートがあるのか深堀りをしていきたいと思います。Society5.0が提唱された頃の従来CPSでも、AIの適用は視野に入っていましたが、主にサイバー空間で利用される想定でした。

一方、2023年の生成AIの出現が追い風となり、今後AIは、CPSを構成するサイバー、フィジカル、システム(ネットワーク)のすべてに適用される潮流となってきています。また、従来AIは生成AIと対比されて認識AIとも呼ばれていますが、生成AIの出現により、一定のルールのもと、画像認識や物体認識などにより自動化するといったユースケースから、AIが自律的に判断をして最適化を行うなど、より想像性の高いユースケースや高度な自動化が期待できます。本稿では、生成AIによってアップデートされるCPSを「CPS2.0」と定義し、その影響を考察していきます。

CPSはサイバーとフィジカルとそれをつなげるシステム(ネットワーク)から構成されます(図表1参照)。

【図表1:生成AI時代のCPS】

生成AIがもたらす「CPS2.0」の衝撃_図表1

出所:KPMG作成

そのため、ここでは、AI for Cyber、AI for Physical、AI for System(Network)の3つに分解して考えていきます。

II CPSへの生成AIの適用インパクト

1.AI for Cyber

サイバーへのAI適用による直接的なインパクトは、AIデータセンター市場の拡大です。生成AIの出現により、市場は非線形的に拡大すると予想されます。さらに、生成AIはデータセンターのアーキテクチャを変えるイネーブラーにもなります。これまでは、中央集権型が主流でしたが、今後は、自律分散協調型のアーキテクチャが主流となるでしょう。この背景として大きく3つの観点があります。

1つ目は、消費電力です。ネットワークの技術革新により高速大容量、同時多接続が実現し、あらゆるものから大量のデータを収集できるようになってきましたが、データの伝送には、当然ながら電力の消費を伴います。すべてのデータを中央集権的に1ヵ所に収集することは効率が良くないため、分散して処理を行うことが期待されています。

2つ目は、エッジコンピューティングのニーズの拡大です。ネットワーク技術とコンピューティング技術の進化に伴い、リアルタイムでのデータ処理が可能となってきました。これから、ミッションクリティカルなユースケースが増加していくことが予想されます。リアルタイム性を極限までつきつめると、データはフィジカルの近くで処理することが求められるため、データセンターを分散配置するニーズが高まります。

3つ目は、Web3.0に代表されるブロックチェーン等の分散処理技術の進化に伴う次世代インターネットへの期待です。これまで、個人データは巨大プラットフォーム企業により収集され、管理されてきました。個人情報がどこでどのように使用されているかは不透明で、個人がデータを自分で管理したいとのニーズが高まっており、GAFAに代表されるプラットフォーマによる中央集権型から自律分散協調型へ変わる期待が高まっています。

これらの背景により、データセンターのアーキテクチャは中央集権型から自律分散協調型へ変わりつつありますが、分散処理を効率よく実施するためには、複雑なアルゴリズムによる制御が必要となります。生成AIは、この複雑な分散処理を最適化する役割を担うことが期待されており、データセンターアーキテクチャの自律分散協調型への変革を加速していくと考えられます(図表2参照)。

【図表2:中央集権型と自律分散協調型アーキテクチャ】

生成AIがもたらす「CPS2.0」の衝撃_図表2

出所:KPMG作成

2.AI for Physical

フィジカルへのAI適用とは、スマートフォンに代表されるユーザーが所有する機器へのAIの組み込みです。生成AIはデータセンター向けのLLMから、スマートフォンでも動作可能な軽量なLLMも開発が進んでいます。ネットワークがなくてもスタンドアローンでAIを活用できることは、個人情報漏洩リスクを軽減するセキュリティ面や消費電力を削減するというサステナビリティ面における日常的な利用でのメリットがあります。

加えて、災害等にネットワークが使えなくなっても、スマートフォンが被災者の身を守ることができるツールとなり、非日常的な利用でもメリットもあります。また、スマートフォンが出てから20年が経とうとしている現在、スマートフォンに変わる次世代デバイス、いわゆるポストスマートフォンの出現が期待されています。生成AIはこのポストスマートフォンのイネーブラーになる可能性を秘めています。

今年のMWC(モバイルワールドコングレス)では、画面を持たないが、ユーザーの衣服に取り付けて、カメラとセンサーで周囲の環境をスキャンし、さまざまな質問に回答できるAIを搭載したデバイスが注目を浴びました。スマートフォンは、ユーザーに情報を伝達したり、情報を発信するコミュニケーションツールです。生成AIはこのコミュニケーションツールにユーザーの知覚や身体能力を向上させる機能をアドオンした人間拡張ツールの本格的な到来を予感させます。

3.AI for System(Network)

ネットワークへのAI適用としては、まずネットワークの最適化が考えられます。ネットワークの最適化は、LTEの時代からSON(Self Organization Network)という機能で仕様化され、実現できています。しかし、現在の自動化は一定のポリシーを人間が決めてネットワークを制御しているにすぎません。

これが、生成AIの適用により、さまざまなケースをデジタルツイン上で学習しポリシー自体を自律的に進化させる高度な最適化の実現が期待できます。さらに、生成AIは、自動最適化によるネットワークの高度化に加えて、通信事業のビジネスモデルを変えるイネーブラーとしての役割も担う可能性があります。

通信事業のビジネスモデルは、これまで、1社がネットワークインフラを保有し通信サービスを提供する垂直統合型でした。しかし、少子高齢化が社会課題となり、右肩あがりの経済成長が期待できない現在において、サステナブルに事業経営をしていくには、垂直統合型から、基地局のインフラシェアリングに代表されるような水平分業型へビジネスモデルを変換していく必要性があります(図表3参照)。

【図表3:垂直統合型ビジネスモデルと水平分業型ビジネスモデル】

生成AIがもたらす「CPS2.0」の衝撃_図表3

出所:KPMG作成

海外では、基地局のインフラシェアリングは一般的でしたが、日本では、普及していないのが現状です。総務省は、デジタル田園都市国家インフラ整備計画でも基地局のインフラシェアリングの普及を促していますが、事業にかかわるステークホルダーとなる各社の利害が一致せず普及が遅れています。

水平分業型のビジネスモデルの難しさは、プレイヤーが増えることで、すべてのプレイヤーの提供した価値に対する対価が平等にならないと成立しない点にあります。基地局のインフラシェアリング事業の場合、2~3社以上の通信事業者にテナントに入ってもらわないと事業が成立しません。しかし、そのためのルール作りや制度が複雑になることもあり、整備が進んでいない現状があります。

たとえば、生成AIがネットワークに入るとMassive MIMOによる、ダイナミックなサービスエリアの制御が可能となり、サービスエリアに対する通信事業会社のニーズが異なる場合でも対応が可能となります。加えて、ネットワークの利用に応じた従量課金、需要に応じたダイナミックプライシング導入、リベニューシェアなどによる公平感のあるビジネスモデルを確立することも期待できます。

III 「CPS 2.0」が社会に与えるインパクトと課題

生成AIによってアップデートされる「CPS2.0」を、CPSを構成する、サイバー、フィジカル、システム(ネットワーク)に分解して、生成AIの役割とインパクトを考察してきました。生成AIがCPSにアドオンされることで、既存のシステムアーキテクチャやビジネスモデルに変革をもたらし、人間の能力を向上させる新しいデバイスの出現への期待も高まります。少子高齢化や自然災害の甚大化などの日本の社会課題を解決する社会基盤が求められていますが、生成AI時代の「CPS2.0」はその期待に応えるに資するものと言えるのではないでしょうか。

一方、「CPS2.0」が期待どおりの効果を発揮するためには課題もあります。米国の司法試験や医師国家試験に合格するレベルの結果を出したとの報告もある生成AIですが、高い信頼性が求められるようなミッションクリティカルなユースケースの利用には至っておらず、慎重に実装検討を行っていく必要があります。また、学習方法によってはバイアスがかかった判断をするリスクがあり公平性が求められるようなユースケースでの適用も検討が必要です。

これらの課題に対して、消費電力などの生成AI導入による効果をKPIとして定義したうえで、KPIを可視化し評価する方法を検討する必要がでてくるでしょう。加えて、ミッションクリティカルや公平性を保証するユースケースへの適用では、事故やクレームが発生しないための施策はもちろんのこと、発生した場合の責任の所在を明確にする法律の整備も急ぐ必要があります。

IV おわりに

本文では、生成AIがCPSに与える影響と課題について考察しました。生成AIによって、CPSはサイバー空間と物理空間の境界を曖昧にし、より高度な機能や価値を提供できる「CPS2.0」へと進化します。この変化は、社会基盤の革新や人間の能力の拡張を促進する一方、信頼性や公平性の問題を引き起こす可能性もあります。

そこで、生成AIの導入効果を定量的に評価し、法制度の整備や倫理観の共有を行うことが重要です。これらの課題が解決することで生成AIは、CPSに新たな展望をもたらし、社会課題を解決していくパートナーとなるでしょう。

※1 ChatGPTは、OpenAI OpCo, LLCの登録商標です。

執筆者

KPMGジャパン
テクノロジー・メディア・通信セクター
ディレクター 石原 剛

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