CSRD/ESRSのダブルマテリアリティ評価に関するガイダンス

CSRD/ESRSのダブルマテリアリティ評価に関するEFRAGによるガイダンスのお話です。ダブルマテリアリティは、インパクトマテリアリティとファイナンシャルマテリアリティによって評価され、いずれか一方がマテリアルである場合、双方がマテリアルである場合にマテリアルと評価されます。

CSRD/ESRSのダブルマテリアリティは、インパクトマテリアリティとファイナンシャルマテリアリティで評価され、その一方または双方がマテリアルである場合にマテリアルと評価されます。

I はじめに

2024年5月31日にEFRAG(European Financial Reporting Advisory Group、欧州財務報告諮問グループ)からダブルマテリアリティ(Double Materiality)に基づくマテリアリティ・アセスメント(Materiality Assessment)に関するガイダンス(Implementation Guidance、以下、MAIG)が公表されました。

本稿では、MAIGのポイントを概説します。

なお、本稿の意見等は執筆者の個人的見解であり、その所属する組織の公式見解ではありません。文中の表現等については、全て執筆者の責任に帰します。

II ダブルマテリアリティ

ダブルマテリアリティは、EUの法令であるCSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive、企業サステナビリティ報告指令)が採用するサステナビリティ報告に関する開示のマテリアリティに関する原則です。具体的な考え方やプロセスはCSRDの下位に位置づけられるESRS(European Sustainability Reporting Standards、欧州サステナビリティ報告基準)に定められています。

ESRSでは、ダブルマテリアリティをImpact Materiality(以下、IM)とFinancial Materiality(以下、FM)の2つから構成されるものと定義しています。マテリアリティ評価と開示は、例えば気候変動等のサステナビリティ課題(sustainability matters)がダブルマテリアリティに基づいてマテリアルであると評価された場合には、そのサステナビリティ課題に関連する開示要求項目(Disclosure Requirements、以下、DR)及びそこに含まれるデータポイント(datapoints)を開示するという関係になります。

どのような場合にダブルマテリアリティに基づいてマテリアルであると評価されるかというと、(図表1)にあるようにIMがマテリアルであるケース1、FMがマテリアルであるケース2、IM及びFMがマテリアルであるケース3の3つのパターンになります。

(図表1)マテリアリティ評価とImpact materiality & Financial materiality

(図表1)マテリアリティ評価とImpact materiality & Financial materiality

(MAIG等を参照してKPMG作成)

ESRSでは、マテリアルな実際の(actual)/潜在的な(potential)ポジティブ(positive)/ネガティブ(negative)な影響(impacts)を企業が人または環境に短中長期に与えるときに、IMの観点からそのサステナビリティ課題はマテリアルであるとしています。また、そのサステナビリティ課題が企業の財政状態、業績、キャッシュフロー、ファイナンスへのアクセスまたは資本コストに短中長期に影響する/影響すると合理的に予想されるリスク(risks)/機会(opportunities)を生じさせるときに、FMの観点からそのサステナビリティ課題はマテリアルであるとしています。

つまり、IMは企業が人または環境等のサステナビリティ課題に影響すること、FMは人または環境等に関連するサステナビリティ課題が企業に影響することにフォーカスした考え方です。

III ダブルマテリアリティの評価プロセス

ダブルマテリアリティの評価プロセスはESRSに記載されており、MAIGによるとその評価プロセスは(図表2)のとおりです 1

ステップA~Cがダブルマテリアリティの評価プロセスになります。ここでサステナビリティ課題に関連するIRO(Impacts、Risks、Opportunities)がマテリアルであると評価された場合には、それに関するDR/DPを報告(開示)することになります。

ステップAでは、(図表2)にあるように事業計画、戦略、財務情報等の企業の活動、VC(Value Chain)、企業自身の事業及びVCから影響を受けるステークホルダー 2 (affected stakeholders)の状況を理解するところから始めます。このステップAを適切に行うことがステップBでサステナビリティ課題に関連するIROを識別する基礎になります。

ステップBでは、(図表2)にあるようにESRSに含まれる基準書 3 のうちESRS1のAR(Application Requirements)16に記載されている各トピック基準書のトピック(Topics)とそれに連なるサブトピック(Sub-topics)、サブ・サブトピック(Sub-sub-topics)のリスト 4 を活用することをサステナビリティ課題に関連するIRO識別手法の1つとして求めています。IROの識別は、主にこのリストの活用から始められますが、ESRSに含まれない企業固有のサステナビリティ課題(トピック)を追加することも考慮されます。デューデリジェンス(due diligence)、ステークホルダー(stakeholder)とのエンゲージメント等によってIROを識別することになります。

また、AR16のリストではなくGRI(Global Reporting Initiative)等に基づく既存のマテリアリティ評価プロセスから始めることも代替的アプローチとして可能であるとされています。この代替的アプローチとAR16のリストを活用するアプローチを統合することも想定されています。どのようなアプローチを用いるかは企業の判断になります。

(図表2)ダブルマテリアリティ評価プロセスのステップ

(図表2)ダブルマテリアリティ評価プロセスのステップ

(MAIG等を参照してKPMG作成)

ステップCでは、ステップBで識別したサステナビリティ課題に関連するIROのマテリアリティを評価し、マテリアルであるか否かを決定します。ESRSはマテリアリティ評価に関して特定のプロセスを指定していないので、どのようにマテリアリティ評価を行うのかは、企業の判断になります。前述のようにマテリアリティ評価はIMとFMによって行われます。

最初にIMを説明します。

(図表3)にあるようにImpactは、(1)actual negative impact、(2)potential negative impact、(3)actual positive impact、(4)potential positive impact の4種類に区分されます。それぞれのIMを評価するときに考慮するファクターは(図表3)にあるとおり、scale(規模)、scope(範囲)、irremediability(救済困難度)、likelihood(蓋然性)です。(1)、(2)のようなnegative impact のマテリアリティを評価する場合には、scale、scope、irremediability を考慮します。また、(2)、(4)のようなpotential impact のマテリアリティを評価する場合には、likelihood を考慮します。評価する際には、定量評価、定性評価ともに使用可能であり、どのようなthreshold(閾値)を設定するのかは企業の判断になります。

MAIGは、severityとlikelihood をそれぞれ5段階評価して環境(E)に関わる(2)potential negative impactを評価する場合に、前者が最も高い評価5、後者が最も低い評価1であったとしても企業の判断でマテリアルと評価するケースがあることを例示しています 6

(図表3)Impact Materiality ― Factors for Thresholds

(図表3)Impact Materiality ― Factors for Thresholds

(MAIG等を参照してKPMG作成)

次にFMを説明します。

FMの対象はIROのうちIMの対象となるimpactを除いたriskとopportunity(以下、RO)です。前者はネガティブな財務的影響(financial effects)7 を伴うサステナビリティ関連のリスク、後者はポジティブな財務的影響を伴うサステナビリティ関連の機会と定義されています。また、マテリアルなimpactをもたらすサステナビリティ課題の多くはマテリアルなROも生じさせると認識されていることから、そうしたことが生じているか否かを評価することが必要となります。

また、財務報告におけるマテリアリティと本稿で取り扱うサステナビリティ報告におけるマテリアリティ(FM)は同じではないとされています。その根拠として、(1)サステナビリティ報告では財務報告で完全には認識されていないマテリアルなROのanticipated financial effects(予想される財務的影響)を含むこと、(2)サステナビリティ報告では財務報告に含まれないVCのROを含むこと、(3)サステナビリティ報告ではanticipated financial effectsのようなforward-looking情報がマテリアルと評価される可能性が高いこと、(4)財務報告では資産の耐用年数等によって考慮する時間軸(time horizon)の制約があるがサステナビリティ報告ではより長期の時間軸が可能であることが示されています。

FMを評価するときに考慮するファクターは、財務的影響のlikelihood とpotential magnitude(潜在的な重大性)であり、短中長期における財務的影響へのROの貢献度を検討することになります。IMと同様にthresholdの設定は企業の判断になります。その際には、財務諸表よりも長期間の時間軸を考慮する結果、サステナビリティ課題が収益・費用等に与える影響を累積的に検討することが必要になる可能性が示されています。

また、財務的影響を測定できない場合でもマテリアルであると評価され得る定性的なアプローチの例として、レピュテーショナルリスクを取り上げています。このリスクに関するキャッシュフロー等は定量化できないのですが、ファイナンスへのアクセス、そのコストなどに影響する可能性があり、そのような場合にはマテリアルであると評価され得ることになります。

上記のようにIM及びFMを評価し、その結果に基づいて(図表1)に従ってサステナビリティ課題に関連するIROのマテリアリティを決定することになります。

IV ステークホルダーエンゲージメント

マテリアリティ評価プロセスの中心に位置するものとしてステークホルダーエンゲージメントが説明されています。ESRSにおいてステークホルダーは、前述のようにaffected stakeholderとusers of sustainability statementsに区分されています。

ステークホルダーエンゲージメントはステップA、B、Cの全てに関連付けられています。

ステップAでは、企業の状況を理解するためにaffected stakeholderをマッピングし 、その優先順位付けを行います。優先順位付けできるのは、企業活動等から受ける影響にステークホルダー間で濃淡があるからです。

ステップBでは、IROを識別するためにステークホルダーエンゲージメントを利用することになります。

ステップCでは、IMのseverity、likelihood にステークホルダーが関与したり、FMのthresholdの設定に投資家、銀行等との継続的なエンゲージメントが有効であったりすることが想定されています。

V 報告

ステップA~Cのダブルマテリアリティの評価が完了すると、ステップDとなります(図表2)。

ESRS2に基づくマテリアリティ評価プロセスに関する開示には、マテリアルなIROの識別プロセス、マテリアルなIROと戦略・ビジネスモデルとの相互作用、サステナビリティ報告に含まれるDRのリスト等及びマテリアリティ評価に使用したthreshold等が含まれます。また、ガバナンスに関する開示として企業の最高意思決定機関であるAMSB(administrative、 management and supervisory bodies、管理・経営・監督機関)に対する報告主体、報告頻度等を開示することになります。

VI 最後に

ダブルマテリアリティの評価は本邦企業にとって新しいチャレンジです。ESRSはもちろんMAIG等を参照しながら適切に実施されることが望まれます。

 

MAIGはnon-authoritativeであり、MAIGの記載がESRSの記載と対立する場合には、ESRSの記載が優越するとされています。

ESRSにおいてステークホルダーは、affected stakeholdersとusers of sustainability statementsに区分されています。前者は企業自身の事業やVCによって影響を受ける個人やグループ、後者はサステナビリティ報告のprimary usersといわれる投資家や銀行等及びother usersといわれるビジネスパートナー、労働組合、NGO等を含みます。各ステークホルダーは、双方を兼ねることがあります。

ESRSは4種類12本の基準書から構成されています。全般的な基準書としてESRS1 : General requirements、 ESRS2 : General disclosures、 環境(E)の基準書としてESRS E1 : Climate change、 ESRS E2 : Pollution、 ESRS E3 : Water and marine resources、 ESRS E4 : Biodiversity and ecosystems、 ESRS E5 : Resource use and circular economy、社会(S)の基準書としてESRS S1 : Own workforce、 ESRS S2 : Workers in the value chain、 ESRS S3 : Affected communities、 ESRS E4 : Consumers and end-users、ガバナンス(G)の基準書としてESRS G1 : Business conductが含まれている。

例えば、ESRS E3であれば、トピックとして水と海洋資源、サブトピックとして水、海洋資源、サブ・サブトピックとして水の消費、取水、排水、海洋への排水、海洋資源の採取と使用が記載されている。なお、トピック、サブトピック、サブ・サブトピックは、それぞれがサステナビリティ課題(sustainability matter)であり、総称してsustainability mattersとされています。

5 scale、scope、irremediabilityを合わせてseverity(深刻度)といいます。Actual negative impactの場合にはseverityによってマテリアリティを評価し、potential negative impactの場合にはseverityとlikelihoodによってマテリアリティを評価します(図表3)。

6 人権(human rights)に関するimpactの場合には、severityがlikelihoodよりも優越するとされています。

7 Financial effectsは、財務諸表で認識されているcurrent financial effects(現在の財務的影響、例:固定資産の減損等)と認識されていないanticipated financial effects(例:企業価値創造の要素となる人的資本等)に区分されます。

8 マッピングは、ステップBで必要に応じて見直されます。

執筆者

KPMGサステナブルバリューサービス・ジャパン/有限責任 あずさ監査法人
金融統轄事業部/サステナブルバリュー統轄事業部
テクニカル・ディレクター 加藤 俊治