Part2では、企業が法規制に対応するうえで直面する属人化、作業負荷の大きさ、および法規制と事業知識のギャップという主要な課題と、それらを解決するためのアプローチを解説しました。今回は、近年のAI技術、特に自然言語処理によってどのようにこれらのアプローチを実現し、法規認証業務を高度化するのか、そしてその展望について考察します。

AI技術を活用した法規認証業務の高度化

自然言語処理技術を含む近年のAI技術の進展は目覚ましく、企業の膨大な社内文書の理解と分析を飛躍的に向上させています。製造業では製品仕様書や取扱説明書、検査証明書、そしてサービス業ではSLA、サービス仕様書、オペレーションマニュアル、プライバシーポリシーなどが、それぞれの業界に特有の詳細情報を含んでいます。

これらに記述された製品やサービスの具体的な内容や、企業活動の多様な要素は、専門的かつ詳細な自然言語で表現されています。法規制では、法令、協定、ガイドライン、規則・規程、判例などが存在し、これらは概念から制約条件、罰則規定に至るまで、幅広い内容をカバーしているのが特徴です。自然言語処理を活用することで、製品やサービスに関連する文書および法規制に関連する文書内のキーワードやフレーズを文脈に即して抽出し、その特徴を下図のような関係性として構造化することができるようになります。

【AI技術による法規認証業務の高度化イメージ】

企業を取り巻く法規制へのAI技術を用いた課題解決アプローチと展望 Part3_図表1

図表では、架空の制御システムの製品アッセンブリとその構成要素を左側に配置し、右側には製造物に関連する法規制、ESG基準、品質保証など、企業外部の重要な構成要素を示しています。

製品仕様書、設計図面、部品表といった社内文書を基に、制御システムには温度センサやモーターなど、複数の部品が組み込まれていることが明らかになります。これらの部品に関連するデータシートや試験結果からは、部品の構造、機能、特性(負の機能を含む)に該当するキーワードやフレーズを抽出し、体系的に関連付けることができます。

右側に記載した法規制、ESG基準、品質保証も同様に、その体系を構成する規制や基準を表すキーワードやフレーズを抽出し、それらの関係性を浮かび上がらせます。社内に有する製品やサービスに関する情報と法規制、ESG基準、品質保証とをAIによって突合し、紐付けることが可能になります。たとえば、駆動モジュールの構成部品であるモーターが変更されると、そのモーターの制動力や回転運動といった機能の変化、および過熱や振動音といった特性の変化が、EMCや騒音規制といった法規制に準拠しないリスクがあります。

これらの変化はまた、モーターの構成部品であるマグネットの材料であるネオジムといったレアアースの文脈でリサイクルに関するESG基準や、温度要求や耐久性といった品質保証基準の影響を受ける可能性があります。特に、モーターの過熱による高温という因果関係は、温度センサの高温下での性能低下という特性にも影響を及ぼし、結果的に使用環境に関する法規制への遵守状況が問題になる可能性も示唆されます。

このように、図表に示された左側の変更点が右側の法規制、ESG基準、品質保証などの企業外部の重要な構成要素に伝播していくプロセスを通じて、関連するステークホルダーに及ぼす影響を把握できるようになります。変更点による直接的な影響だけではなく、連鎖的に派生する影響を考慮できることは、AI技術活用がもたらすメリットです。従来は熟練者の知識や経験に依存していた分野ですが、大量の文書を処理可能なAI技術によって、新たな解決策が提供されるからです。

AI技術を用いて図表に基づくキーワードやフレーズを基に情報ネットワークを構築することで、法規制、ESG基準、品質保証に関する改正(右側に配置)が、企業が提供する製品やサービスの具体的な構成要素(左側に配置)にどのように影響を与えるかを特定することも可能になります。

たとえば、市場からの製造物の小型化への需要増加が部品の集積度向上を促し、それに伴う排熱効率の低下や内部温度の上昇が通常の状況になる場合、これは温度範囲に関する法規制や耐熱性試験の品質保証基準の見直しが必要であることを意味しています。この改正が必要になった場合、制御システムで使用されている温度センサやモーターが、新しい法規制や品質保証基準に適合しないリスクがあります。

企業のレジリエンスを高めるAI技術の導入

企業活動におけるAI技術の導入は、業務品質を達成するために働く人たちのフィードバックが不可欠であり、段階的に進められます。特に自然言語処理の技術は急速に進化しており、企業の導入姿勢によって効率化や高度化の効果が大きく異なります。

日本の主要産業である製造業では、「AI依拠による熟練者の知識や経験の弱体化」に懸念を抱く経営者がいるかもしれません。しかし、知識や経験は身につけた瞬間から陳腐化が始まることは避けられず、それらを経営に資する新たな価値に変換し、企業を進化発展させることが本質的に重要です。労働人口減少や人材流動化の状況下では、膨大な知識や経験を集団の知として構造化するためにAI技術を活用し、現場で働く人々が新たな企業価値を創り出す担い手となります。

たとえば、法規認証業務にAI技術を導入することで、製品・サービスの品質、安全性、環境保護を司る重要な領域において、複雑な外部環境のなかでも網羅性と透明性を担保することが可能になります。この領域では、設計開発と法規制といった専門性によってサイロ化されていた組織間の情報伝達の非効率やタイムラグが改善されるでしょう。

これにより、法務メンバーでなくても法規制リスクを事前に確認することや、開発メンバーでなくても技術仕様を理解しやすくなることが期待されます。このように、組織力を強化するAI・データサイエンス技術が、企業のリスクに対するレジリエンスを評価する基準となる未来は、そう遠くないかもしれません。

執筆者

KPMGコンサルティング
マネジャー 小久保 慎平

高速進化するAIがもたらす未来

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