企業オーナー等の富裕層ファミリーに対して、ファミリーの財産を運用・保全し、ファミリーの永続的な発展を支援する組織があります。欧米を中心に発展してきた「ファミリーオフィス」です。ファミリーオフィスは、投資運用等の支援機能のみならず、ファミリーガバナンスの構築支援といったファミリー内調整機能も保持します。日本ではファミリーオフィスは普及しておらず、いわゆるオーナー企業経営者の番頭が属人的にファミリーを支援しているケースが多いと考えられます。しかし、近年では番頭の後継者問題等が顕在化し、従来型の番頭制度ではファミリーに対する永続的な支援が難しくなってきました。このような背景から、日本でも組織的にファミリーを支援するファミリーオフィスが注目されています。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
POINT1:ファミリーオフィスのミッション ファミリーオフィスの最大のミッションは、ファミリーの財産を運用・保全し、ファミリーの永続的な発展を支援することである。 POINT2:ファミリーガバナンスの確立 ファミリービジネス特有のガバナンスの二層構造、ファミリーガバナンス確立もファミリーオフィスに期待される機能である。 POINT3:ファミリーオフィスと番頭制度の違い ファミリーオフィスと番頭制度の大きな違いは、支援対象(ファミリー全体/特定の個人)と支援体制(組織/個人)である。 POINT4:日本におけるファミリーオフィス 番頭制度の組織化によってファミリーオフィスを形成することで、ファミリーに対するサステナブルな支援体制を確立することができる。 |
ハイライト
I ファミリーオフィスとは
II ファミリーオフィスの構造と主な機能
1.ファミリーオフィスの構造
ファミリーオフィスは、単一のファミリーを支援する「シングル・ファミリーオフィス」と、複数のファミリーを支援する「マルチ・ファミリーオフィス」に大別されます。海外におけるシングル・ファミリーオフィスの典型的な構造は、図表1に示すとおり、独立したエンティティとして組成されています。投資、財務、税務、法務等の各領域の専門的知見を有する人材を雇用し、ファミリーとファミリーの財産を保有する投資ビークルに対してサービス提供を行います。
また、ファミリーオフィスを独立したエンティティとして組成しない「バーチャル・ファミリーオフィス」という形態も存在します。バーチャル・ファミリーオフィスは、いわゆるファミリーの番頭格といった中心的人物が、外部専門家とのネットワークを形成・活用することで、ファミリーに対する各種支援を行います。
【図表1:ファミリーオフィスのストレクチャー例】
2.ファミリーオフィスの主な機能
支援対象となるファミリーの規模やニーズに応じて幅はあるものの、ファミリーオフィスが提供するサービス内容は多岐にわたります(図表2参照)。これらのサービスをワンストップで提供することが、ファミリーオフィスの特徴ともなっています。
【図表2:ファミリーオフィスのサービス例】
項目 | 内容 |
---|---|
投資運用 | 投資対象資産に関する助言、金融機関との各種調整、投資運用成果のレポーティング等 |
財務管理 | 個人および法人の資金・財産管理、経理事務、キャッシュハンドリング等 |
法務管理 | 個人および法人の契約書レビュー、契約書・文書の管理、規制対応等 |
税務管理、事業・財産承継 | 税務対策、税務コンプライアンス、税務対策、事業・財産承継プランの策定・実行・モニタリング等 |
コンシェルジュ | 次世代メンバー教育、ヘルスケア関連、美術品等のコレクション管理等 |
ファミリー内調整 |
ファミリー会議の開催・運営、ファミリーガバナンスの構築支援等 |
慈善活動 | 個人および法人の慈善活動サポート、ファミリーの財団法人の運営支援等 |
出所:KPMG作成
III ファミリーガバナンス
【図表3:スリーサークルモデル】
スリーサークルモデルでは、「オーナーシップ(所有)」「ビジネス(経営)」「ファミリー(家族)」の3つの円が相互に重なりあうところにファミリービジネス独特の複雑な課題が内在することが示されています。
スリーサークルモデルをガバナンス構造の観点から解釈すると、オーナーシップとビジネスの関係においてコーポレートガバナンスが構築されるわけですが、ファミリービジネスの場合、ファミリーという要素がオーナーシップとビジネスに密接に関係するという構造になります。
ファミリービジネスにはこのような構造上の特性があることから、創業家がビジネスにどのように関与するのか、オーナーシップとビジネスを分離する場合に誰に経営を担わせるのかなどの重要な経営課題に対して、創業家として足並みを揃えて意思決定をしていく必要があります。それが、ファミリーガバナンス構築が求められる理由です。そして、ファミリーガバナンスの仕組みに実効性を持たせるために、ファミリー会議を開催し、ファミリービジネスに関する意思決定や利害関係の調整等を行います。
ファミリーガバナンスの構築にあたっては、ファミリー憲章の策定が行われることがあります。ファミリー憲章とは、ファミリーにおけるルールを定めたものです。ファミリーの理念・価値観、ファミリーとビジネスの関係、株式承継、社会貢献のあり方などが記載された、ファミリーガバナンスの土台となるものです。
ファミリーオフィスは、ファミリー憲章の策定支援、ファミリー会議の運営等を通じて、ファミリーガバナンスの構築支援をすることも期待されています。
IV 日本におけるファミリーオフィスの普及状況
ファミリーオフィスは、欧州や米国を中心に普及していますが、近年ではアジア地域でも増加傾向にあります。特に、シンガポールや香港は、ファミリーオフィスに対する税制優遇措置が設けられており、積極的にファミリーオフィスの誘致を進めています。
他方、日本ではファミリーオフィスの普及は進んでおらず、組織として存在しているケースは稀であると考えられます。日本で一般的なのは、いわゆるオーナー企業経営者の番頭と呼ばれる人材が、自身が雇用されている企業における通常業務のかたわら、オーナー経営者に対する財務、税務等の支援業務を行っているというものです。なお、日本のファミリーが保有する資産管理会社とは、主に税務対策を目的としてファミリーの財産を保持する法人のことを指しており、ファミリーオフィスとは目的・性格が異なります。
番頭制度とファミリーオフィスの大きな違いは、支援対象と支援体制にあります。番頭制度における支援対象は、多くの場合、番頭自身が雇用されている企業のオーナー経営者個人です。それに対して、ファミリーオフィスはファミリー内の特定の個人ではなく、ファミリー全体を支援対象とします。支援体制に関しては、番頭制度は基本的に番頭個人が中心となるのに対して、ファミリーオフィスは組織レベルでの支援体制を保持します。
V 番頭制度の限界
日本で長きにわたりオーナー経営者を支えてきた番頭制度ですが、近年、その仕組み上の問題が顕在化してきており、それがオーナー経営者の悩みに繋がっています。
代表的な問題に、番頭の後継者問題があります。番頭制度は属人的な仕組みで組織化されておらず、番頭の後継者となる人材の発掘、教育も計画的になされていません。これは、番頭が定年退職したら、ファミリーを支える人材がいなくなるということです。また、番頭は事業会社の役職員として、通常業務に加えて、オーナー経営者に対する支援業務を行っていますから、社内リソースが不足すれば、支援体制が手薄になることも考えられます。個人による通常業務とファミリー支援の兼任を前提とする番頭制度は、キャパシティの面で限界があるものと考えます。
さらに、番頭の後継者問題は、番頭が長年にわたるファミリー支援業務を通じて蓄積してきた知識、経験、人脈等が途絶えてしまうことにも繋がりかねません。これは、オーナーファミリーにとっても深刻な問題と言えます。
VI 日本におけるファミリーオフィスの必要性
日本では、これまで番頭制度がファミリーオフィスに代替するものとして機能してきました。しかし、前述のとおり、個人を主体とする体制である限り、永続的に創業家を支援できなくなるリスクを抱えることになると思われます。
ファミリーオフィスの最大の目的が、ファミリーの永続的な発展の支援であることから、既存の番頭制度を土台として、ファミリーに対する支援機能・体制を拡充させて、ファミリーオフィスに進化させていくことが必要と考えます。現実的には、現在の番頭が中心となり、各領域の専門的人材を追加的に配置することによってファミリーオフィスを設置、運営していくことになるでしょう。
ファミリーオフィスは、ファミリーガバナンスを強化し、ファミリービジネスとファミリーの永続的な発展に貢献する仕組みです。また、近年ではファミリーオフィスサービスを提供する事業者も増えていることから、自前でファミリーオフィスを設置しなくても、外部リソースを活用するという選択肢もあります。日本においてファミリーオフィスの普及が進み、ファミリーおよびファミリービジネスの永続的な発展に貢献することを期待します。
執筆者
KPMGジャパン
プライベートエンタープライズセクター
パートナー 澤田 正行