地政学リスクへの対応は重要な経営課題の1つです。

前編では、米中関係を軸とした地政学リスク、および安全保障と経済発展のバランスを取るうえで日本企業が押さえるべきポイントについて掘り下げました。

後編である本稿は、中国と欧州、中国とグローバルサウスの関係性と現状をテーマとし、日本企業がどのように関わっていくべきかについて議論を深めます。

【インタビュイー】

東京女子大学 特別客員教授 高原 明生 氏
長島・大野・常松法律事務所 弁護士 鹿 はせる 氏
Quartet Partners合同会社 共同代表 稲田 誠士 氏
KPMGコンサルティング 
執行役員 パートナー 足立 桂輔
シニアマネジャー 新堀 光城
マネジャー 白石 透冴

写真_全員

左から KPMG 足立、白石、長島・大野・常松法律事務所 鹿氏、KPMG 新堀、東京女子大学 高原氏、Quartet Partners 稲田氏

中国への警戒感が強まったことによる投資ブロック

足立前編では、中国の外交は4つの面があると説明がありました。その1つ、大国外交については米中関係を中心に見てきましたので、ここでは米国との競争の文脈でより中国が重視している欧州との関係性に注目したいと思います。

白石:欧州は2010年代前半頃まで中国との経済関係強化に邁進していたものの、中国による欧州企業の相次ぐ買収、香港の民主化運動や新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対応などを機に警戒感が高まっています。また、欧州が成長力や国際的な発言力を維持・強化するためには、中国政府や中国企業の影響拡大への対策を取らなければならないとの危機感も生まれています。特に欧州がリードする環境・脱炭素分野においてその傾向が顕著です。欧州の動きで注目している点を教えてください。

長島・大野・常松法律事務所_鹿氏

長島・大野・常松法律事務所 鹿氏

鹿氏:欧州はかつて積極的に中国との経済関係を強化していて、その表れが投資の受入れです。欧州は米国や日本よりも中国の投資を友好的に受け入れてきた歴史があります。中国企業による大規模M&Aも主に欧州で行われており、過去には数兆円規模のディールもありました。ただし近年は風向きが変わり、中国からの投資に対する警戒感が強まっています。実際にドイツや英国では中国企業による買収が政府によりブロックされています。

また、欧州では基本的に対内投資の規制はEU全体のルールではなく各加盟国の法律に委ねられていますが、近年、米国から「中国に対する投資規制の足並みを揃えるように」というプレッシャーがかけられています。

2024年1月には、各加盟国に対して投資規制審査のボトムラインを定める規則案が公表され、そこでは米国のCFIUS(対米外国投資委員会)同様、特に先端半導体分野などの重要な事業分野を審査対象とするよう対内投資規制のルールづくりが進んでいます。

さらに、対内投資規制以外の場面でも自国の市場が奪われる危機感からか、国家の補助金により外国企業の競争力が強化され、EUの市場競争に歪みが与えられているとして、EUのFSR(外国補助金規則)などの規制が導入されました。これは中国を名指しはしていないものの、中国企業が強みを持つEVや太陽光発電といった領域に関して特に意識されており、2023年の施行以来、調査の対象となった事例はすべて中国企業です。実際に中国企業が欧州での入札から撤退を余儀なくされたケースも複数あります。

中国からすると、欧州で企業買収や入札をする際には内部の資金の流れを丸裸にしなければならないため、企業秘密保持との関係で抵抗感が強いです。また、欧州諸国による露骨な自国企業保護政策だという批判的な見方もあります。

日本企業に対する影響も無視できません。特に欧州の立法はデータプロテクション関連や競争法もそうですが、規制対象をやや「性悪説」的に見ており、日本と比べ規制対象に対して重い負担を及ぼすものが多いという印象です。GDPR(EU一般データ保護規則)が公表された時も、日本企業の大きな負担になっていました。

同じくFSRも、そもそも補助金の概念が極めて広く、たとえば国有企業との取引で受領した対価はすべて補助金扱いになっているので、欧州で日本企業がM&Aや入札する際にも詳細な情報の届け出が求められ、特に中国子会社を持つ日本企業にとっては相当な負担になっています。

経済パートナーであり体制上のライバルでもある中国

白石:「欧州」といっても各国の対中戦略は一枚岩ではなく、自国の経済状況や外資誘致の考え方、対中貿易の重要度などによって異なります。高原さんは欧州が中国とどのような関係を結ぼうとしていると分析していますか。

高原氏:おっしゃるとおり、欧州は一枚岩ではありません。2024年5月、習近平国家主席がフランス、セルビア、ハンガリーを訪問しました。セルビアとハンガリーは他の欧州諸国と比べると対中姿勢がかなり違います。セルビアの場合、コソボ問題に関して自分たちを支持してくれる中国への強い信頼感があります。かつ個別の問題に関しては、欧州の大国間でもアプローチが異なります。たとえば、EUは中国製EVに対して追加関税を課すことを決めましたが、この決定にドイツは消極的でした。

2023年にEUが出した対中戦略では「中国はパートナーかつ競争相手であり、体制上のライバルである」と言っていましたが、2024年4月のドイツのショルツ首相の訪中ではパートナーの側面が前面に出ていて、「バランスを保ったアプローチを取るべきというEUの戦略に沿っていない」という批判も出ました。同年5月にフランスのマクロン大統領がドイツを訪れましたが、国賓として24年ぶりに公式訪問した目的の1つが対中姿勢のすり合わせだったと現地メディアは報じています。

欧州の対中戦略には「競争」と「協力」の二面があります。これは日本や米国でも同じです。ロシアのウクライナ侵攻で、中国はロシアに協力している。このため米国の厳しい対中圧力も理解できるという考えがベースになっています。他方、2023年にマイナス成長だったドイツなどからすれば、経済パートナーとしての中国を重視せざるを得ず、難しいバランスを追求しなければならないという事情があります。

写真_KPMG_白石

KPMG 白石

写真_東京女子大学_高原教授

東京女子大学 高原氏

白石:欧州の対中戦略におけるバランスの取り方の難しさは、日本と共通する部分がありますね。逆に中国から見た場合、欧州との関係は、米中関係のような緊張をはらんだ方向に進んでいくのでしょうか。それとも友好的な関係に向かっていくのでしょうか。

高原氏:前編の冒頭で申し上げましたが、中国にとって自国の安全保障・政権の存続は何よりも重要で、そのためには米国との戦略的競争に勝たなければなりません。それを軸に考えると、欧州との関係を何とかよくしたい。関係を発展させることで米国との競争を有利に運ぼうという戦略があることは間違いありません。

欧州は多くの国から成っていて、ある意味で崩しやすい。一国ずつでも自陣営に引き込もうという努力をしていて、実際、セルビアやハンガリーなどでは成功しています。外交戦略を有利に進めるうえで重要な対象地域であると考えていると思います。

グローバルサウスにおける影響力と限界

足立:続けて、中国外交の3つ目、グローバルサウスとの関係について伺います。政治的にも経済的にも国際社会における存在感が高まっているグローバルサウスについて中国との関係性を軸に考えると、どのような点に注目すべきでしょうか。

高原氏:中国にとって対米戦略競争に勝つには、1つでも多くのグローバルサウスの国との関係を深め自分たちを支持してもらうことが以前にも増して重要になっています。

さらに言えば、グローバルサウスでは反西洋主義の潮流が高まっています。ウクライナ侵攻の問題でプーチン大統領を支持したり、国連の決議で棄権したりするのもその一例です。そうした状況を踏まえたうえでの対応が日本企業にも必要でしょう。

稲田氏:中国がその過剰生産能力の吸収先として、広くそのサプライチェーンに組み込むためにグローバルサウス諸国との接近を進めるなか、一帯一路に対するこれらの国々の熱狂は少し冷めつつあります。

中国は長年グローバルサウスに向けた投融資を行ってきましたが、2023年にスリランカが債務返済不能に陥りデフォルト宣言したほか、パキスタンやケニアなどでも中国への債務返済が重荷になっていると指摘されており、国際社会で中国の「債務トラップ」への懸念が強まっています。

日本にとっての新たなビジネスチャンス

足立:こうした動きに対し、日本はどのように対応すればよいでしょうか。

稲田氏:日本は中国に代わり、グローバルサウス諸国と協調関係を構築して、経済圏を形成していくチャンスがあると思います。インフラ整備投資意欲は旺盛ですし、エネルギー環境技術などでは日本の強みが活かせるでしょう。ただ、そのためには官民一体となった戦略的な動きが必要だと思います。
米中欧が内向きになりつつあるなかで、そのいずれでもない日本こそが、経済成長を牽引するグローバルサウスとその他の国々の橋渡し役を担えると考えます。

これまでのように比較的安定した世界情勢において所与の競争条件のもと経済効率性一辺倒で企業経営を進めればよかった時代は終わり、政府のみならず各企業が外的関係の急激な変化を理解しそれに対応していかなければならない。私たちはまさに地政学の時代を生きていると言ってよいでしょう。日本は実はとてもよい立ち位置にいることにもう少し前向きになってもよいと思います。

写真_Quartet Partners_稲田氏

Quartet Partners 稲田氏

鹿氏:地政学リスクを理由に、ビジネスを過度に後ろ向きに捉えるべきではないと私も思います。やはり経済の面で、日本と中国はお互い大事な国です。

日本の中国に対する投資で言えば、かつては製造拠点としてでしたが今は貴重な市場でもあり、中国の売上げが無視できない日本企業は非常に多いと思います。また、最近は中国の方が技術が進んでいる分野もあるので、日本企業が中国企業に出資してその企業が米国などで上場する案件も出てきています。製造拠点を現地に置くタイプの従来型投資に比べれば、地政学リスクの影響を受けにくくなります。

中国大陸からの投資についても日本は過剰に警戒する必要はないと思います。上手にコントロールすることは必要ですが、米国や欧州の力点の置き方には疑問があり必ずしもよいお手本とは言い切れません。日本に対しては米国や欧州のように大規模な投資は行われていないため、過度にブロックするのではなく国益を考えて選別し、うまく付き合っていく仕組みを構築すべきです。

中国ビジネスに課題を感じている日本企業の多くは、米国とも取引があるでしょう。バランスを取るのは難しいですが、我々のような専門家はそれをサポートするためにいると思っています。

高原氏:大国の不確実性が高まり、今後の世界秩序の行方について誰しも不安を抱いています。しかし、そういう状況であっても日本への信頼は依然として高い。安定していて、米国や欧州のように社会が分断されていない。少子高齢化や財政赤字などさまざまな深刻な問題は抱えつつも、世界に貢献し続けていることでアフリカでも東南アジアでも信頼感が増しています。これはある意味でチャンスです。多くのチャンスがまだまだ埋もれていると思います。

足立:これからの時代、日本もしくは日本企業が世界で脈々と積み上げてきた信頼が大きな意味を持つようになるということですね。またビジネスについても、日本企業にとって中国は切っても切り離せない重要な国ですので、リスクとチャンスの両面を注視しながら取るべき対策を検討したいですね。本日は示唆に富んだお話をありがとうございました。

写真_ KPMG_足立

KPMG 足立

※本稿は2024年5月27日に実施した座談会を編集したものです。記載している内容は6月末時点のものであること、およびKPMGコンサルティングの意見を代表するものではないことを予めお断りします。

<話者紹介>

東京女子大学 特別客員教授 高原 明生 氏
1981年東京大学法学部卒業、1983年サセックス大学開発問題研究所修士課程修了、1988年同大学博士号取得。
笹川平和財団研究員、在香港総領事館専門調査員、桜美林大学助教授、立教大学助教授、同大学教授、東京大学大学院教授等を経て、2024年4月より現職。東京大学名誉教授。
専門領域は、現代中国政治と東アジアの国際関係。

長島・大野・常松法律事務所 弁護士 鹿 はせる 氏
2008年東京大学法科大学院修了。2010年に長島・大野・常松法律事務所に入所。
企業法務一般に加え、米国、中国の法律事務所での執務経験を踏まえ、クロスボーダーのM&A取引・JV取引を多数取り扱い、投資・輸出入規制、個人情報・データの移転に関して幅広い知見を有している。

Quartet Partners合同会社 共同代表 稲田 誠士 氏
外務省および内閣官房、世界経済フォーラム等を経て、2023年末までユーラシア・グループ日本代表。
地政学およびサステナビリティ経営を中心に企業向けアドバイザリー業務に長年従事。2025年日本国際博覧会「テーマウィーク:アジェンダ2025」アドバイザー。

KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 
足立 桂輔
2008年よりKPMG中国に勤務。中国各地の日系クライアントに対し、さまざまな中国事業支援を提供。
2012年8月よりKPMG(東京)にて勤務。製造業を中心としたガバナンス、サステナビリティ、リスク管理、海外事業支援等の案件をリード。

シニアマネジャー 新堀 光城
弁護士。経済安全保障・地政学サービスチームリーダー。
国内外のリスク管理・規制対応・サステナビリティ施策のほか、中長期戦略策定に向けたビジネス環境分析支援等に従事。

マネジャー 白石 透冴
元日本経済新聞社パリ ジュネーブ支局長、エネルギー報道チームリーダー。
KPMGでは企業の経済安全保障リスク対応、有事コミュニケーションなどの危機対応支援を担当。

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