「相棒」としての生成AI 導入で変化する三菱UFJ銀行 広がる活用領域と可能性

三菱UFJ銀行は、すでに200を超える生成AIを活用したユースケースを発掘。生成AIを行員の「相棒」とすべく業務での利活用を積極的に推進し、新中期経営計画では生成AIを含むAI・データ基盤の強化を図り、300件を超えるAI案件支援を目指すとしています。

三菱UFJ銀行は、すでに200を超える生成AIを活用したユースケースを発掘。

2022年11月にChat GPTがリリースされて以降、生成AI市場が世界的に急拡大しています。今後、金融業界の生産性向上に大きく寄与すると考えられており、業務効率化や新たな価値創出を目指すうえで生成AIは欠かせない存在となるでしょう。

三菱UFJ銀行は、すでに200を超える生成AIを活用したユースケースを発掘。生成AIを行員の「相棒」とすべく業務での利活用を積極的に推進し、新中期経営計画では生成AIを含むAI・データ基盤の強化を図り、300件を超えるAI案件支援を目指すとしています。三菱UFJ銀行における生成AI活用の現在とこれからについてお伺いしました。

生成AIの幅広い業務への利活用を推進

伊藤:

精度や能力といった機能面が十分に発達したことにより、銀行などの金融業界における生成AIの利用が広がっています。貴行でも生成AIを業務に活用されていると聞いています。現在、生成AIをどのように捉え、活用しているでしょうか。

山本 忠司	氏
山本 忠司 氏
株式会社三菱UFJ銀行
取締役常務執行役員/リテール・デジタル部門長兼CDTO
1992年入行。経営企画部長、CSO兼CPM担当兼総務部担当を歴任。2023年よりデジタルサービス部門長兼CDTOを担当し、2024年4月より現職。

山本氏:

当行は、生成AIが話題になってきた頃から、「これは1つのゲームチェンジャーになる。すぐに取り組もう」ということで、かなり早い段階から動き出し、行内の約3万人が使えるように全行にシステムを展開しました。昨年アイデアソンもやったのですが、さまざまな業務領域から結構面白いアイデアもたくさん出てきましたね。

生成AIはさまざまなスキルセットの人々が関わる広範な分野や業務の生産性向上に資する「イコライザー」だと考えていまして、利用者や適用領域は限定されずに、行内の幅広い業務で活用しております。そのなかでも、顧客向け提案業務のサポートや、稟議書の作成サポートなど特に銀行業務で効率化に寄与する領域から優先的に活用していく方針です。

ほかにも、各事業部門の幅広い業務・さまざまなシーンで活用を開始しています。部署によって使い方にバリエーションがありますが、たとえば本部の企画部署では企画のアイデア出しや壁打ち相手としての活用や、アンケートの分析、手続きマニュアル・通達文面等文章のドラフト作成・校正などで活用しています。

Teamsトランスクリプトから会議の議事録を作成するユースケースなんかは、誤変換もきちんと認識して直してくれたうえで議事録を作ってくれるので、行内でよく使われているケースの1つですね。

秋場:

実際に導入をされて、生成AIに関する影響・効果はいかがでしょうか。

山本氏:

生成AI導入により、従来から人手で行っている業務を生成AIが相棒としてサポートをしてくれるわけですから、生産性は飛躍的に上がってくると思います。

また、効率化によって生み出された時間をより付加価値の高い業務に充てていくといった、行員の行動変容にもつながっていくと思います。

たとえば、生み出された時間でもっとお客さまのところに通いお話をする時間、提案の為に考える時間に充てることができますので、人間同士だからこそ付加価値の出るような業務により時間を割いていく形になると思います。

秋場:

導入後の変化はいかがでしょうか。

山本氏:

昨年夏にアイデアソンを実施したのですが、応募枠に対して3倍を超える応募がありさまざまな領域での活用アイデアが出てきました。そこで出たアイデアを試算すると、非常に大きな業務削減効果も見えてきました。

アイデアソンでは、一例として、各種EUCツールのスキル取得・強化等教育的な部分を生成AIに行わせるようなアイデアや、文書の整合性チェックやレビューアシスタント、社内の照会応答の効率化等、多種多様なアイデアが出ていました。アイデア実現に向けて各業務領域で検証や具体化を進めていますし、既に業務フローのなかに組み込んで活用を開始しているケースも出てきています。

また、行内での利用促進にも力を入れているのですが、利活用促進のための勉強会やワークショップを開催した際は、応募枠の10倍を超える応募がありまして、行内での活用の機運が非常に高まっていることを感じています。実際システムリリース以降、毎月の利用者数は右肩上がりに増えていますね。各業務部門でも生成AIを活用した新しい業務フローの開始や検討が多く進んできています。

伊藤 慎介マネージング・ディレクター

あずさ監査法人 伊藤 慎介

生成AIのモニタリング、ガバナンス課題への対応

伊藤:

行内への展開を進めていくにあたり、どのような課題があった、あるいはあると思いますか。

山本氏:

生成AIは出力する情報の信頼性や倫理的な問題等、従前のAIより多様なリスクを含んでいることから、生成AIに適用したAIガバナンスの構築と、生成AIを利用するユーザーの教育が重要であると考えます。

当行では、5年以上前からAIガバナンスの手続き・仕組みを独自に構築しており、すべてのAI活用において手続きを通すことによって、AI横断的にガバナンスをきかせています。一方で、生成AIについては固有のリスクが存在しているため、きちんと詳細を把握したうえで生成AIに特化したガバナンスの構築をすべく行内で議論を進めています。

ユーザー教育という観点では、生成AIの性質やリスクを十分理解した上で利用をしてもらうことが重要ですので、当行では、利用者全員がe-learningを受講し、よく理解をしたうえで利用してもらうように徹底しているとともに、AIの回答を鵜呑みにせずきちんと最後は人間が確認・判断する必要があると認識をしてもらうような方針としています。

e-learningでは主に「生成AIを業務で活用するにあたって認識すべきリスク」や「利用上の注意点」についての内容を取扱いしています。

秋場:

「生成AIは出力する情報の信頼性や倫理的な問題等、従前のAIより多様なリスクを含んでいる」ということですが、多様なリスクを内包する生成AI含むAIに対して出力結果などをモニタリングしようとされていますでしょうか?されようとしている場合、どのように、どの項目をモニタリングするか等の方針があれば教えてください。

山本氏:

当行では、AIのリスク管理に関するルールとして、『AI管理手続』という規則を定めていまして、このなかで、AIの運用時のリスク管理としてAIの出力結果を定期的にモニタリングするよう求めています。モニタリングする内容は、個々のAIの性質やリスクレベルに応じて定めています。たとえば審査などの公平性が重視されるAIにおいては、男性対女性の承認率の比率からバイアスが生じていないかを確認する、といった方法でAIの適切な運用を促しています。生成AIについては、従来のモニタリング方法を適用するのが困難なケースも多いので、どういった方法でモニタリングするかを課題として検討しています。

秋場:

生成AIの固有リスクなどを考慮し、生成AIに特化したガバナンスの構築をすべく議論があったとのことですが、どのような論点で通常のAIガバナンスと異なるとお考えでしょうか?現在想定されている相違点を教えてください。

山本氏:

生成AIには、ハルシネーションや著作権侵害といった固有リスクがあります。また生成AIを導入する場合、外部が開発したLLMやSaaSを利用することも多いため、その際にはAIモデルがブラックボックス化してしまう恐れがあります。

そのため、生成AIの固有リスクに対する新たなリスク管理方法、外部が開発したAIモデルの検証方法を新たに定める必要があると考えます。また生成AIやAI全般に関する法的枠組みの整備が各国で進んでいるので、それに従う形で、これらの新たなリスク管理方法・検証方法を組み込んだAIガバナンス態勢の構築が必要と考えています。

秋場 良太ディレクター

あずさ監査法人 秋場 良太

今後の生成AI含むAIに対する投資について

秋場:

三菱UFJ銀行では、積極的な生成AI活用が促進されています。投資スタンスまた投資を想定している領域についてお伺いできますでしょうか。

山本氏:

生成AIがほとんどすべてのサービスに入りこむという世界が今年からどんどん始まると思うので、かなり本気でやらないと、と思っています。

生成AIを含むAI全般は、事業推進をサポートする重要な要素であることは間違いないので、今中期経営計画完了時点(2026年度末)では、『単なる効率化に留めず、いたるところでAIが使われている状態』をめざしています。そういったことを実現するためにはAIがより真価を発揮しやすい環境を整えていく必要があって、具体的には、「AIの視点から」業務、システム、データを整備していこうと思っています。

現在は、全行システムは既に展開しておりますので、今後はいかに業務のなかに組み込んでいくかや、使いこなしていくことが重要になると考えています。そのなかで行内にある他システムとの連携であったり、AIを使いこなせるような人材の育成にも力を入れていきたいと思っています。

伊藤:

「AIが真価を発揮しやすい環境」として“「AIの視点から」業務、システム、データを整備していく“とありますが、具体的にどのような取組みをされようとしているのでしょうか。

山本:

システムの観点では、社内のあらゆる業務システムへのAIの組み込みをしていきます。それに伴い、今の業務フローも「AIが裏で動くことを前提とした業務フロー」への移行していく必要も出てきますし、「AIが解釈・学習しやすいデータ」となるよう、社内のデータ整備をしていく必要もあると考えています。

また、AIを使うユーザーが正しい使い方や、効果を引き出す活用方法を理解していることも重要であると考えていますので、e-learningや勉強会、アイデアソンなどを通じて、社員がAIを使いこなせるようになるための育成も取り組んでいく方針です。

伊藤:

今後、生成AIを含むAI導入で期待することはどういったことでしょうか。

山本氏:生成AIを始め、AIの導入により業務の効率化はもちろんのこと、対顧客提供価値の向上や新たなビジネスチャンスの創出という点での可能性を期待しています。

今まで人手でたくさん行っていた業務をAI活用により効率化を加速させることができますし、そこで生み出された時間でお客さまに対応する時間を増やすことができると思います。あとはたとえばお客さまに対してレコメンドを出すときに非常に効果的なリコメンドを出すことで、新しい資産運用の手段をお客さまに提供できる等、お客さまへの提供価値の向上も期待できると考えています。

秋場:

今後、生成AI導入による金融業界の変化はどのようにお考えでしょうか。

山本氏:

生成AIがものすごく安く、早く提供されてくるなかで、今までと違ってほとんど全てのサービスとか商品のなかに生成AIが組み込まれる世界が3年後には出来ていると思います。色々な企業のビジネスモデルや皆さんの生活スタイルが全部変わっていきますし、お客さまも生成AIが組み込まれる世界が当たり前になってくると思っています。

そうすると、金融業界との関係だけではなくて、他の色んなサービスとか、スポーツであれ、エンタメであれ、ショッピングであれ、全部当たり前の世界に入ると、金融業界だけ昔のままというのは耐えられないと思うんですよね。

生成AIが入る世界は、まったく違う世界に変わる可能性があるので、我々金融機関もビジネスモデルにどのように反映させていくか、どこまでそれを使っていくべきか危機感を持って見ていく必要があると思っています。

対談

伊藤・秋場:

本日は貴重なお話をありがとうございました。

インタビュー

あずさ監査法人
伊藤 慎介/マネージング・ディレクター
秋場 良太/ディレクター