はじめに

世界中の小売企業は、デジタルテクノロジーによる変革期に直面し、新たなビジネス展開を迫られています。シームレスコマースではオンラインとオフラインの取引が混在し、消費者はインスピレーションからエクスプロレーション、選択、取引、受領(および返品)まですべてのプロセスを複数のチャネルを通じて体験できます。シームレスコマースの実現には、リーダーと従業員の顧客志向の統一、データからのリアルタイムなインサイトの活用、テクノロジーを駆使したパフォーマンス評価、全チャネルと地域における顧客・在庫・受注の全体像の把握が必要です。小売企業が成功するには、顧客を重視したうえで、文化的、構造的、技術的な変革が求められます。

成熟企業の特徴:シームレスコマース達成に必要な4つのドライバー

  1. 顧客の意向に沿ったリーダーシップと従業員
    従来の小売企業は商品とチャネルを重視してきましたが、シームレスコマースにおいては消費者を最優先する必要があります。今後は、供給コスト、シェア・オブ・ウォレット※1、顧客獲得コスト、顧客生涯価値※2といった指標が重要になるでしょう。
  2. 組織全体が保有するデータ資産から引き出される深いインサイト
    小売企業は、データ資産を組織全体で共有するために、全データを1つのプラットフォームに集約するシステムを活用しましょう。消費者、商品、受注を一元的に把握し、データアナリティクスとAIを活用して、取引の確認、消費者行動の予測、需要の予想、地域ごとの価格設定、そして関連度の高いオファーと販促活動を行い、消費者を惹きつけます。
  3. デジタルを活用したテクノロジーアーキテクチャへの理解と投資
    従来、小売企業は収益の1~3%をテクノロジーに支出してきました。しかし、シームレスコマース戦略を推進し、長期的に成功するには、収益の4~8%をテクノロジー投資に充てる必要があるかもしれません。
  4. 革新的な商品・サービスに向けた新たなレンズ
    ソーシャルコマースは急速に影響力を強めており、2030年までに世界市場規模は6兆ドルに達すると予測されています。小売企業はこのチャネルを活用し、取得したデータを顧客プロファイルに組み込む必要があります。AIショッピングアシスタント、3D製品カタログ、オートノマスストア(レジなし店舗)などの新たなイノベーションも予想されます。

 

※1 シェア・オブ・ウォレット:消費者の支出全体に対する自社のシェア
※2 顧客生涯価値:顧客が自社との取引を開始してから終了するまでの間に、もたらす利益の総額

サステナビリティにとっての意味

小売企業が成功するためには、シームレスコマース実現に向けた組織変革と並行して、サステナブルな企業へとビジネスモデルを進化させる必要があります。シームレスコマースを導入する企業にとっての課題は、事業のあらゆる部分にサステナビリティを組み込むことです。消費者行動には一貫性がないため、これは容易ではありませんが、規制当局、投資家、消費者の期待に応えた事業運営を行う助けとなります。

Connected Enterpriseの小売成熟度指数

KPMGの専門家は、8つの主要市場で大手小売企業のシニアエグゼクティブ25名にインタビューを実施しました。その内容に基づき、フロント/ミドル/バックオフィスのつながりの水準を分析し、シームレスコマースの成熟度を定性的にスコア化しました。さらに、KPMGの分析を加えて国別ランキングを作成しました。この評価ではKPMG Connected Enterpriseのケイパビリティに基づき、各市場の成熟度を1〜5のスケールで示しています。以下のスコアが示すとおり、総合トップは中国で、これにインドと米国が続きます。

本文内図表

シームレスコマースの国別成熟度評価

オーストラリア
オーストラリアの小売企業は、シームレスな顧客体験の提供を目指してビジネスモデルやオペレーティングモデルを再構築しています。リアルタイムの在庫管理、受注処理、データ分析を可能にするテクノロジーに投資し、クリック&コレクトなどでオンラインとオフラインチャネルを統合しています。また、実店舗とオンラインストアが売上を牽引する一方、ソーシャルコマースが消費者とのエンゲージメントを強化しています。AIや自動化を重視する企業は、チャットボットなどで顧客体験を向上させ、業務の効率化を図っています。多くの小売企業の統合基幹業務システム(ERP)は老朽化しており、さらなる投資が必要です。

ブラジル
実店舗での買い物が中心で、かつソーシャルメディアの利用が普及しているブラジルでは、シームレスコマースの成長性は計り知れません。大半の小売取引はすでにマルチチャネル型で、消費者は好みのプラットフォームで情報収集し、実店舗で購入します。小売企業はデータやAIを駆使してコスト低減と利便性向上を図かり、特に物流のラストワンマイル配送に大きく投資しています。都市部の多くのスーパーマーケットでは、1時間以内に食料品を配達する体制が整っています。しかし、広大な国土で地域差が大きく、農村部でのサービス提供は依然として容易ではないため、ハブアンドスポーク型モデルのシームレスコマースが最適と考えられます。

カナダ
消費者は、実店舗のサービスと信頼性、そしてオンラインショッピングの品揃えの豊富さと利便性を組み合わせた顧客体験を求めています。カナダでは依然として実店舗が重要ですが、競争力維持のために、クリック&コレクトや実店舗での返品といった、eコマースのケイパビリティが必要です。最新の顧客対応テクノロジーを導入することで、実店舗でのショッピング体験の充実化、来客数の増加、運用コストの削減が実現可能となります。シームレスコマースの1つの手法として、商品数を減らして店舗を「ショールーム」に転換するアプローチがあり、これにより家賃と人件費を削減して、消費者ニーズに応える体験を提供できます。

中国
過去5年間、中国のデジタルエコノミーは年平均15%以上成長しています。所得水準の上昇に伴い、消費者はシームレスコマースと高品質でパーソナライズされた体験を求め、ハイエンド商品の売上が増加しています。小売企業はシームレスな組織構造を目指し、ビジネスモデルとオペレーティングモデルを見直しています。オンラインとオフラインのリソースを統合して品揃えを充実させ、パーソナライズされたマーケティングと価格設定を推進していますが、無料の配送や返品はコストが高いため、企業は各チャネルの利益率を慎重に検討する必要があります。オムニチャネルを採用する企業は高い収益、市場シェア、顧客満足度を達成しており、シームレスコマースを戦略の中心に据える企業が増加すると見込まれます。

ドイツ
ドイツでは、ほとんどの人が近所の店で買い物ができるため、食料品のeコマース参入は進んでいませんが、衣料品や靴など他のセグメントではオンラインショッピングが増えています。しかし、注文を一元管理する共同配送拠点の設置、顧客による返送料負担、日用品のオンライン注文の増加という条件を満たして初めて真のシームレスコマースと認識されることを踏まえると、実店舗とオンラインのバランスをうまく取っている小売企業はほとんどありません。シームレスコマース成功へのカギは、早期のテクノロジー導入、経営陣からの新たなオペレーティングモデルに対する支援、大型投資へのコミットメント、明確な顧客区分とターゲティング戦略です。

インド
インドは急速にeコマースを推進し、世界有数のデジタル市場に成長しました。キラナ(地元の零細または家族経営の店)は常に注文に対応して商品を配達し、すでにシームレスコマースモデルを構築しています。小売企業は現地の嗜好を重視し、小さな町の消費者が希望の商品を購入できるよう支援しており、地域密着のサプライチェーン業者と提携している小売企業もあります。また、プレミアム価格で、サステナブルで環境負荷の少ない商品や包装といった上質な顧客体験を提供し、消費者の視点を価格の安さから価値や利便性へシフトさせようとしています。店舗スタッフの指導にも注力し、特定地域の消費者に合わせたマルチチャネルコミュニケーション戦略が今や一般的です。

英国
人口密度が高い英国では、食料品のオンライン販売が早期に開始され、過去20~30年にわたりシームレスコマースの先駆けとなりました。コロナ禍でオンラインへのシフトが加速し、小売企業の大半が現在マルチチャネルを運用しています。しかし、各消費者や利用するチャネル、購入商品の把握が可能な水準までシームレス化を進めている企業はわずかです。現在、小売企業はオペレーティングモデルや運用コストを効率化するテクノロジーに注目し、バリューチェーン全体で商品の透明性を確保し、電子棚札での価格変更や倉庫の人員削減を進めています。今後、顧客体験の向上や運用コスト削減には、AIやデータアナリティクスが重要になるでしょう。

米国
米国では、小売業の主力は依然として実店舗ですが、eコマースの進展に伴い実店舗の役割は進化しています。小売企業は、実店舗を体験型重視の店舗やフルフィルメントセンターとして活用することで、顧客獲得コストを削減し、顧客サービスを強化しています。また、返品手数料の軽減と返品手続きの簡略化により、買い物客を呼び戻しています。大手小売企業は顧客生涯価値(CLV)を主要業績評価指標(KPI)とし、顧客体験を中心にチームやケイパビリティを構築し、組織構造と財務報告を変革しています。財務管理では、各店舗やチャネルごとの損益ではなく、チャネルにとらわれない顧客生涯価値、顧客獲得コスト、供給コストを重視するようになっています。

シームレスコマースを加速するConnected Enterprise

今後、消費者は、オンラインでの購入、実店舗での購入、ソーシャルメディアを通じた購入のいずれにおいても同一の顧客体験を得られることを求めるようになり、小売企業はシームレスで統一性のあるケイパビリティを開発する必要があります。実店舗を配送拠点やマルチメディア体験センターに転換することで、在庫数を抑えつつ、バーチャル体験や迅速な配送を提供することができます。一方、単一チャネルしか持たない業者は、顧客との接点も少なく、あらゆる機会を逃してしまうリスクがあります。新たな市場環境での最大の課題は、複数チャネルで採算性を確保し、無料かつ迅速な配送・返送に伴う収益性の低下を防ぐことです。スケールメリットが得られない場合、特にラストワンマイル配送については、提携関係の構築が代替案となるでしょう。

英語コンテンツ(原文)

Towards seamless commerce

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