日本の行政DX推進が先進国のなかで遅れていることが2023年の「デジタル政府指数」に関するOECDの調査で明らかとなりました。

コロナ禍以降、先進国ではデジタルガバメントの構築が進み、住民や企業に対して、新たな行政サービス(デジタル技術を活用した利便性の高いサービス)の提供が開始されていますが、日本においては、政府が行政DX推進の目標を従前から掲げているにもかかわらず、紙文書・押印・対面手続きをはじめとした非効率なアナログ業務が多く残存しています。こうしたアナログ業務は、住民や企業の利便性を低下させるだけではなく、行政機関における生産性の低下やコスト増を引き起こします。

行政DX推進のためには、民間のソリューションを効率的に活用した官民連携の取組みが有効なことが、他国の事例からも明らかとなっています。しかし、日本では、縦割り構造などの理由により、政府のデジタル政策は順調とは言い難く、行政機関側においても変化への対応に苦慮しています。そのため、現在のところ民間ソリューションの効率的な活用が十分には進んでいるとは言えません。

改善のためには、政府のデジタル政策推進力を強化する政策立案プロセスの見直しと、行政機関側での変化への対応力強化の双方が重要だと考えられます。

このような背景を受け、本稿では、民間のソリューションを効果的・効率的に活用・転用し、行政DX推進を強化していくための課題と対応策を考察します。

1.日本の行政DXの現状と課題

(1)行政DXを目指した政策の歴史

行政DX推進とは中央省庁、独立行政法人、自治体などの行政機関が、デジタル技術やデータを駆使して、住民の利便性を向上させるとともに、内部業務プロセスや行政組織等の効率化を図り、人的リソースを行政サービス向上のために有効活用していくことです。

2000年のIT基本法や、2001年のe-Japan戦略、2006年のIT新改革戦略、2016年のマイナンバー制度運用開始などを経て、日本政府はコロナ禍中の2021年9月にデジタル庁を発足させました。さらに、2023年10月にはデジタル行財政改革会議を設け、デジタル技術を使った行政の効率化と規制改革等をさらに推進していく方針を打ち出しています。

政策のキーワードは変化しつつもその目指すところは一貫しており、以下に示す3つの観点に集約されます。

(1)国民や企業に対する行政サービスの利便性や品質向上を図る

(2)行政内部事務や行政組織を合理化し、効率的な行政サービスを実現する

(3)デジタル人材の育成や社会でのデジタル文化の醸成を図り、日本の競争力を向上する

【日本のデジタル政策の歩み】

行政DX推進の展望~海外事例との比較と民間ソリューション活用~_図表1

(2)現状と課題

デジタル政策を継続してきた一方、日本の行政機関は中央省庁、独立行政法人、自治体など、共通して組織の縦割り(行政機関そのもの同士や、内部組織も含めて)構造を持つため、新しいデジタル技術導入が進みにくいという指摘がありました。

トップダウンですぐに導入されるものではなく組織間の調整等が必要となることが多いなど、長年にわたって続けてきたアナログ業務の変更に対する抵抗感が強く、そのためデジタル政策の推進力が他の先進国等に比べて弱いとされています。行政の現場の雰囲気を大きく変えるデジタル改革は、痛みを伴うこともあり、なかなか決断が進まない行政機関も多くあるのが実情です。

それが表面化したものの1つとして、2023年版のOECD「デジタル政府指数」の順位が挙げられます。日本は対象国の33ヵ国中、31位への大幅なランクダウン(2020年に発表された前回調査時は5位)となりました。この指数は「デジタル政策がどう設計されているか」「データなどのオープン性」「利用者主導」など6項目で各国の取組みを評価し、デジタル政府の成熟度を評価したもので、日本は全項目でOECD平均値を下回る数値となっています※1

2021年9月に発足したデジタル庁や2023年10月に設置された「デジタル行財政改革会議」は、このような状況下で、各行政機関を横串でデジタル化を進めていくこと、つまり日本のデジタル政策の推進力強化を目指したものです。

【デジタル政府指数ランキング】

  • 日本は調査対象33ヵ国中31位と、2020年に発表された前回調査の5位から大幅下落
  • コロナ禍で各国がDXを強化したなか、順位を下げている
  • OECD加盟38ヵ国中、米国・ドイツ・スイスなど5ヵ国は2023年版の調査対象に含まれていない
行政DX推進の展望~海外事例との比較と民間ソリューション活用~_図表2

出典:2023 OECD Digital Government Indexを基にKPMG作成

(3)韓国の民間ソリューション積極活用の先進事例

OECDの評価で1位の韓国がデジタルガバメントの先進事例となった理由として、大統領制の強いリーダーシップが挙げられますが、ほかにも理由があります。韓国政府において行政DXを推進する組織である行政安全部によると、民間ソリューションを積極的に活用したこと(官民連携の積極的推進)が1つの重要な要素であったとしています。

たとえば、コロナ禍の際には初期の段階から、マスクの在庫状況を伝えるアプリや感染者との接触防止アプリなど、民間のソリューションを韓国政府が積極的に採用し国民に提供したことで、成果を挙げたとしています※2

韓国における事例を踏まえると、今後日本においても行政DX推進を強化していくためには、政府によるデジタル政策の推進力強化と、行政機関による民間ソリューションの積極的な活用の促進が、重要な要素であることがわかります。

2.行政DX推進に活用されている民間ソリューション

本章では日本の行政においてすでに活用されている民間ソリューションを紹介します。

(1)ウェブ会議システム

コロナ禍を経てウェブ会議システムの普及が急速に進みましたが、行政においても、ウェブ会議やテレワークの活用で業務の生産性を高める試みがすでに進んでいます。

たとえば、2023年版の総務省「情報通信白書」によると、2022年10月時点で、全国1,721自治体の内、都道府県および政令指定都市ではすべての自治体でテレワークが導入済で、市区町村では1,083自治体(62.9%)が導入しており、前年の849自治体(49.3%)から着実に増加しています。人的リソースの逼迫などが顕著となり、生産性向上が求められる行政の現場においては、今後もウェブ会議やテレワークの活用が一層進むことが想定されます。

(2)電子契約などのリーガルテック

行政機関での紙による手続きが特に多いと言われる分野として、契約業務が挙げられます。この業務についても民間ソリューションによるDX(電子契約)の拡大が期待されています。電子契約とは、従来、書面にて記名押印していた契約書を、デジタルデータによって作成し締結するものです。書面契約と異なり、印刷や押印が不要になることに加え、デジタル保管もできるため、紙で保存するコスト等も削減できます。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策として、総務省は2021年に各自治体に対して、クラウド型電子署名サービス活用の奨励の通知を出しました。これにより自治体でも、契約書業務で電子署名サービスの利用が推奨されることとなり、さまざまな行政手続きの申請書や入札手続き等において押印の省略や来庁が不要となり、業務の効率化が期待されました。

しかし、自治体での電子契約の普及はまだ途上となっています。弁護士ドットコム社の調査によると、2024年6月時点で電子契約を導入している自治体は、全国の約1割弱程度にとどまっているという分析があり、今後のさらなる導入促進と、それによる住民や企業の利便性向上が求められています。

電子契約は自治体のみならず、中央省庁でも導入が進められています。デジタル庁が運用する「電子調達システム(GEPS)」は、政府機関(府省等)が共同利用するシステムで、2014年に当時の総務省が運用を開始しました。

政府が行う「物品・役務」および「一部の公共事業」に係る調達手続きは、GEPSの利用が標準とされています。しかし、デジタル庁が公表したGEPSの普及状況を見てみると、2022年12月時点で、会計検査院、デジタル庁、総務省、金融庁、人事院、環境省、公正取引委員会の7つの行政機関において、GEPSの利用率がようやく50%を超えた段階とされており、今後のさらなる普及が期待されます※3

3.デジタル行財政改革会議と行政DX

本章では、前述した民間ソリューションを、行政DX推進のために活用する際の課題と対応策について考察します。政府のデジタル政策の推進力強化と行政機関側で必要となる対応の2つの観点から見ていきます。

(1)デジタル行財政改革会議について

デジタル行財政改革会議は、デジタル改革・規制改革・行政改革などを、行政機関の縦割り構造に捉われず、住民や企業など利用者の視点で推し進める司令塔として、2023年10月に設置されました。

縦割り構造等で新しいデジタル改革への抵抗感が強い傾向にある日本において、デジタル行財政改革会議の設置によって、総理大臣・担当大臣などがより強いリーダーシップで、デジタル政策を強化することが期待されています。

(2)課題と対応策

日本ではこれまで民間の良いソリューションがあっても、それが行政DX推進では効果的・効率的に活用されないケースが散見されました。これには、主に以下3つの課題と対応策があると考えます。

(i)政策の企画・立案段階での効果検証の強化
韓国の大統領制によるトップダウンと比べると、行政機関の縦割りの調整等がより重視される傾向のある日本では、民間ソリューション活用を議論する際には、その費用対効果、つまり経済効果が、具体的な事例やデータ等を用いて綿密に検証され、関係者の納得感が醸成され、共有されることが求められます。

これまで政策議論の場に上がっても、費用対効果が明確とされない場合には合意形成に至らず、規制改革や制度見直しにはつながらないケースがありました。日本政府によるデジタル政策の推進力強化のためには、企画・立案段階で、行政DX推進とデジタル技術導入による経済効果を、わかりやすく可視化していくことが重要です。

デジタル行財政改革会議の方針でも、KPIや政策効果の「見える化」の強化が掲げられています。民間ソリューションのさらなる活用のために、「効果の可視化」をより意識して取り組んでいくべきと考えます。

(ii)DX推進の牽引役となる人材強化
行政DX推進の「現場」においては、政策の指針等に基づき、DXを効果的かつ迅速に推進する牽引役となる人材が必要不可欠です。その牽引役の人材が、行政機関において経済効果等のデータを可視化したうえで実務に落とし込むことが行政DXの推進には重要です。これは中央省庁、独立行政法人、自治体など、どの行政機関においても共通して言えることです。

総務省の「自治体DX推進参考事例集」によると、民間企業出身のCxO(各分野の最高責任者)をはじめ、民間からの人材登用はこのDX人材確保・育成の課題解決の好事例となっている可能性があるため、民間出身人材のさらなる積極登用を進めていくことが、行政DX推進には有効です。

(iii)リソースの適正配置による好循環の実現
少子高齢化・人口減少により、行政機関においても人手不足が顕著となるなかで、民間ソリューションを効率的に活用して行政DXを推進していくためには、強化すべき業務に対しリソースを適正配置させることが重要です。

たとえば、行政サービスの高度化(デジタル化に合わせた業務プロセスの改革等)に向けた企画・立案をする部門や、デジタル化された行政手続きを利用する住民への相談・対応等を行う部門が挙げられます。この配置転換がうまく進まず、デジタル化が一部の要員や業務においてのみ導入され、ほかでは紙文書による内部事務等に多くの要員が割かれたままとなって、問題視されることがあります。

そのような状況下で民間ソリューションの活用を拙速に推進してしまうと、その恩恵は期待どおりには表れません。中途半端なデジタル化は、かえって業務逼迫を助長してしまう場合もあり、抵抗感を生む懸念があります。

民間ソリューションを効果的・効率的に行政DX推進に活かしていくためには、リソースの適正配置も同時並行で積極的に進め、民間ソリューションの恩恵がしっかりと行政機関のなかで実感される「好循環」を生んでいくことが重要と考えます。

【実効性ある行政DX推進のための課題~民間ソリューションの効率的な活用~】

政策の企画・立案段階での効果検証の強化(経済効果の可視化)
  • 民間ソリューション導入による行政DX推進への効果・経済効果を、わかりやすく可視化し納得感を共有することが重要
DX推進の牽引役となる人材強化(民間出身CxOなど)
  • 現場目線で、実務に落とし込んでいく牽引役の人材が必要不可欠
  • 民間出身のCxO(各分野の最高責任者)をはじめ、民間からの人材登用は有効的
リソースの適正配置による好循環の実現
  • 人手不足のなかでも、デジタル化のために強化すべき業務へ、タイムリーにリソースの適正配置を進めていくことが重要(中途半端なデジタル化はかえって業務逼迫の懸念も)
  • 民間ソリューションの恩恵がしっかりと実感される「好循環」を生んでいくことが重要

4.まとめ

日本の行政DX推進においては、行政機関の縦割りの構造や変化への対応の難しさなどから、これまで民間ソリューションの効率的な活用が十分には進みませんでした。

しかし、行政機関での人手不足も顕在化していくなかで、アナログ業務の残存による住民や企業の利便性低下や、行政機関における生産性低下やコスト増の弊害が続くことは、もはや看過できる状況ではなくなってきています。

デジタルガバメントの構築を加速する他の先進国等と同様に、日本の行政DXを強力に推進していくためには、本稿で述べた、(1)政策の企画・立案段階での効果検証の強化(2)DX推進の牽引役となる人材強化(3)(行政機関における)リソースの適正配置による好循環の実現によって、民間ソリューションを効率的に活用した官民連携の取組みを促進していくことが重要です。

執筆者

KPMGコンサルティング
シニアコンサルタント 槻谷 岳大

公共分野におけるデジタル化の潮流

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