第2回は、欧州データスペースの代表的な枠組みであるGAIA-Xで規定されているクリアリングハウスの概要説明と、データスペースの展開を後押しするプロジェクト承認フレームワークや最新のデータスペースの展開状況について紹介しました。
第3回となる本稿では、欧州インダストリアルデータスペースの代表的なプロジェクトであるCatena-Xを紹介します。欧州においてもデータスペースのイニシアティブ的な存在であるCatena-Xを知ることで、データスペースへの理解をより深めていただければ幸いです。
1.Catena-Xとは
Catena-Xは、ドイツの自動車関連会社が中心となり立ち上げた、グローバルなデジタルエコシステムの構築を目指すコンソーシアムです。第2回で紹介した「Gaia-X」の承認プロジェクトでGaia-Xのポリシーとルールを採用しており、自動車業界を中心とした企業向けに安全で標準化された企業間データ連携の場(データスペース)を提供しています。データスペースの特徴として、従来の中央集権型でデータを保管するのではなく各ユーザーがデータオーナーとなりデータを分散して保持する仕組みであること、データの相互運用を実現しデータオーナーのデータ主権が守られるといった点があり、Catena-Xもそれらを実現しています。
【データスペースの利用イメージ】
2.Catena-Xの可能性
Catena-Xが提供するデータスペースを各企業が活用することで、自動車産業におけるバリューチェーン全体のデータ連携が可能になります。また、欧州電池規則で義務付けられているカーボンフットプリント申告への対応や、人権・環境デュー・ディリジェンスの効率化といった業界課題の対応が加速できることはもちろんのこと、異なる業界・業種の企業同士がデータ交流することで、新しい価値の創出やクロスインダストリーによるビジネス展開も期待されます。
Catena-Xの組織としての役割は、アプリケーションの技術標準や運営会社の認証基準を定義することであり、アプリケーションの開発やデータスペースの運用は認証を得た別組織が担う形をとっています。その他にもCatena-Xにはさまざまなロールが定義されており、認証を受けた組織や企業が参加することができます。
【Catena-Xが定義する役割(一部)】
役割 | 役割の概要 | 認証されたプロバイダ例 |
---|---|---|
Business Application Providers | ビジネスアプリケーションの開発、提供 |
etc |
Enablement Service Providers | データスペースのコネクタの開発、提供 |
etc |
Onboarding Service Providers | データスペース参加のユーザー認証・登録 |
etc |
Core Service Providers | データスペースの導入、運用、および保守 |
|
Data Providers & Consumers | データの提供および利用 | - |
アプリケーション開発については、ビジネスアプリケーション構築のガイドとなるCatena-X KITsをEclipse Tractus-X※1にて公開しており、認証を受けた組織や企業であれば誰でもアプリケーションの開発・提供をすることができ、特定のベンダに依存しないようさまざまなプロバイダの参入を促進するための標準化がなされています。
※1 Eclipse Foundation傘下のCatena-Xにおける公式なオープンソースプロジェクト
3.Cofinity-Xの提供サービス
Catena-Xの運営・運用を行う会社の1つであるCofinity-Xは、2023年1月にドイツの自動車関連会社をはじめとする10社が合弁会社として設立し、同年10月よりサービスを開始しています。Cofinity-Xはデータ連携を行うユーザーとなる企業の登録・認証を行い、またビジネスアプリケーションをマーケットプレイス上に公開しています。日本企業でもCofinity-Xへの登録が可能ですが、本稿執筆時点では、日本においてはCatena-Xへの接続認証の実用化サービスはまだ存在しないため、直近でCatena-Xのデータスペースを利用する場合はCofinity-Xへの登録が一番の近道と言えます。なお、複数企業でのPoCを実施する場合には、Cofinity-Xも問い合わせ対応をはじめとした支援を実施する予定です。
Catena-Xは自動車業界における課題解決に寄与できるよう10個のユースケースを定義し実証実験を進めており、ベンダによるアプリケーション開発も一部進んでいる状況です。今後さまざまなベンダによるさらなるアプリケーションの提供が期待されます。
【Catena-Xにおける10のユースケース】
ユースケース | コンセプト | アプリケーション例 |
---|---|---|
Traceability | 自動車のバリューチェーン全体にトレーサビリティを拡張し生産からリサイクルに至るまでのハードウェアおよびソフトウェアのアプリケーションの追跡を実現する |
|
Quality management | 企業の境界を越えてデータ交換を行い、自動車メーカーからの現場品質データとサプライヤからの生産データを組み合わせることで早期な問題検知を実現する |
|
Sustainability | バリューチェーンに沿って二酸化炭素排出量の測定を標準化し、製品ライフサイクル全体を記録したデータを収集できる |
|
Circular Economy | サプライチェーン全体でのリサイクル製品の利用割合を可視化しレポートする |
|
Demand and capacity management | 原材料、サプライヤ、自動車メーカーの需要と生産能力のデータを共有し計画の変更やトラブル時にサプライチェーン全体で早期に対応することができる | - |
Digital Behavior Twins | バリューチェーン全体にわたって部品や材料を追跡し、すべてのn階層レベルにおいてデジタルツイン(サイバー空間でリアル空間を再現)を実現する | - |
Online Control and Simulation | 製造および配送プロセスのシミュレーションを行い、計画を最適化する | - |
Modular production | 生産計画に関連する詳細情報を基に無駄のない最適な生産スケジュールを提案・実行する | - |
Manufacturing as a Service(MaaS) | 国境・業界を超えた生産設備の有効活用を実現する | - |
Business Partner Data Management | データ連携をするビジネスパートナーの管理機能を提供する |
|
出典:Catena-Xウェブサイトを基にKPMGにて作成
4.まとめ
データスペースの構築、およびその利用は世界を見ても黎明期であり、日本においては基盤の整備が始まったばかりという状況です。社会課題の解決に向けた業界横断でのデータ連携は、日本においても企業・団体横断での取組みやスキームの構築、政府の協力・推進が不可欠となります。
2024年4月下旬には、Catena-XとIPAが相互運用に必要な検証(PoC)の準備、および評価の実施を合意したというプレスリリースがありました。そのような背景を受け、今後日本でもデータスペース活用の促進を加速するために、欧州のコンソーシアムとの連携や日本国内での連携が進むことが期待されます。それとともに、実用化に向けたデータスペース利用のためのオンボーディングプロセスや、もう1歩踏み込んだ具体的なユースケース、そしてユースケースに応じたデータモデルの定義といった、実用化に向けた具体的な情報の整備の促進が望まれます。
日本におけるデータスペースの活用事例はまだ少ないですが、日本が国際的に孤立しないためにも、また持続可能な社会・企業の実現のためにも、日本のデータプラットフォームを変革していくという意識を持ちつつ、各企業の参画が待たれるところです。
今回、欧州におけるデータスペースのイニシアティブであるCatena-Xについて紹介しました。
次回は製造業のデータスペースであるManufacturing-Xについて解説します。
※本文中の図表は、以下を参考にしています。
- 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「データスペース入門 」
- 経済産業省 蓄電池のサステナビリティに関する研究会「資料3 データ連携について 」
- Catena-Xウェブサイト
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアコンサルタント 髙田 梢