多くの企業が2030年の温室効果ガス(GHG)46%削減、2050年のカーボンニュートラル実現に向けて脱炭素化を進めるなか、中長期的に実効性のある削減施策として改めて省エネルギー化(以下、「省エネ化」という)の重要性が高まっています。特に、空調や照明等の設備更新による省エネ化が期待されています。
GHG削減には省エネ化に加えて再生可能エネルギー(以下、「再エネ」という)の活用も重要ですが、多くの企業では設備更新を脱炭素化に有効活用できておらず、再エネ化に頼るケースが多いのが実情です。設備更新の活用には、投資の意思決定に脱炭素化の観点を織り込む必要があり、そのためには設備更新計画にも脱炭素化を進めるうえで戦略的に投資すべき案件を判断する軸を取り入れる必要があります。
本稿では、脱炭素化に向けた設備更新に関して、国内外の動向、企業が計画策定する際の課題とポイントについて解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることを、あらかじめお断りいたします。
POINT1:設備更新による省エネ化を脱炭素化に向けて活用するには設備更新計画が重要 各設備の更新をGHG排出削減のチャンスとして有効活用するには、必要なタイミングを逃さず高効率機器へ十分な投資の意思決定ができるよう、設備更新計画に脱炭素化の観点を織り込み、事前に予算化等の準備をすることが重要である。 POINT2:現行設備データは計画の活用用途から逆算して詳細度をチューニング 設備更新計画の策定に必要な設備データは、最終的に計画を活用してどのような意思決定につなげるかに応じて、どの設備のデータをどこまで詳細に整備するかチューニングすることが重要である。 POINT3:将来の不確実性を実行フェーズでアップデートできる仕組みを構築する 設備更新計画の策定では、なるべく確度の高いパラメータを用いることが重要だ。一方で、計画の実行フェーズで将来の動向を反映してアップデートできる仕組みとして、業務プロセス(マネジメントプロセス)を事前に定義することも重要である。 |
I 脱炭素化に向けて貢献が期待される設備更新
空調や照明をはじめとする設備をより高効率なものへ更新することによる省エネ化は、地球温暖化の文脈においては従来より議論されてきたテーマです。しかしながら、設備の稼働が電力をはじめとするエネルギーを多く使用する構造には変わりありません。
なかでも冷房機器は、世界の総電力消費量の20%を占めるだけでなく、2050年までに2倍以上になることが予想されています。そのような状況のなか、2023年にドバイで開催された国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)において、設備の高効率化に向けた議論が進められ、米国や英国、日本など63ヵ国の支持のもと、「世界冷房誓約(Global Cooling Pledge)」が発表されました。
この誓約は、「冷房機器関連のCO2排出量を、2050年までに2022年比で最低68%削減する」ことを目指すものです。また、市場へ高効率空調機器とイノベーション技術を普及促進する支援に協力して、新たに販売される空調機器のエネルギー効率評価の世界平均を、遅くとも2030年までに2022年比で50%向上することも目標としています。
脱炭素化への貢献にとどまらず、より少ないエネルギーで冷房機器を利用できるようにすることで、主にアフリカやアジアなどの途上国において、より多くの人々が冷房へアクセスできるようにする効果も期待されています。
2.国内における動向
国内においては、2021年に政府が公表した「地球温暖化対策計画」に、設備更新による省エネ化への期待値が含まれています。具体的には、新築建築物に対しては「新築建築物における省エネ性能の向上」、既存建築物に対しては改修等による「建築物の省エネ化」、および設備の高効率化として「トップランナー制度※1によるエネルギー性能向上」と「高効率照明の導入」が挙げられています。
既存建築物の削減割合の計画値では、設備の高効率化によるものが大きく、設備更新による省エネ化が重要視されていることがよくわかります(図表1参照)。
【図表1:地球温暖化対策計画における省エネ設備関連の施策】
建築物種類 | 主な施策 | 削除割合 |
---|---|---|
新築建築物 | 新築建築物における省エネ性能の向上 | 6.5% |
既存建築物 | 既存建築物の省エネ化 | 2.3% |
トップランナー制度による性能向上 | 5.5% | |
高効率照明の導入 | 3.1% |
出典:国土交通省「国土交通白書2022」を基にKPMG作成
II 企業の設備更新における課題
設備更新による省エネ化の議論が国内外で進められているにもかかわらず、設備更新を脱炭素化の施策として実行できている企業はまだ少ない状況です。
高効率機器の導入には投資の意思決定が必要ですが、そもそも設備更新計画自体を策定できていない企業も多く見られます。また、設備投資予算を個々の更新案件の積上げではなく、「故障発生時の突発対応」といった形で、その枠の金額ありきで計上しているケースもあります。
そのような企業では、実際に設備が故障したタイミングで、納期と金額ありきの設備更新が進められてしまいがちで、高効率機器への投資の意思決定が十分に検討されません。結果として、各設備の更新タイミングを脱炭素化に向けた排出削減のチャンスとして有効活用できなくなっています。
2.カーボンニュートラル観点を織り込んだ設備更新計画策定における課題
企業がカーボンニュートラルの観点を織り込んだ設備更新計画を策定できていない理由は、計画を立てる際に直面する「現行設備データの整備」と「将来情報の予測」の2つの大きなハードルがあるからと考えられます(図表2参照)。
【図表2:設備更新計画策定における課題】
1つ目の「現行設備データの整備」とは、既存設備のデータ収集のことを指します。具体的には、設備データが一元管理されておらず、所在が各種図面に紙やPDFなどさまざまな形式で分散していることに起因するデータ収集のハードルです。一般的に、設備データを一元的に台帳管理することは容易ではありません。管理システムを導入している場合でも、運用フェーズで個々の設備情報を適切にメンテナンスすることは容易ではありません。カーボンニュートラルの観点を織り込んだ設備更新計画を策定するためには、「どの施設にどの設備があるのか」、「各設備はどのような省エネ性能、価格、および導入時期なのか」などの情報を収集する必要があるからです。そのため、企業にとっては現行設備データの整備が最初の大きなハードルとなります。
2つ目の「将来情報の予測」とは、将来的な更新設備の省エネ性能と価格を予測することにおけるハードルのことを指します。現行情報として、どの施設にどのような省エネ性能、価格、導入時期の設備があるかを整備することと同様に、将来の計画としても、どの施設でどのような省エネ性能および価格の設備へ、いつ更新するかを検討する必要があります。
一般的に、企業が使用する設備は耐用年数ベースでも10~15年間は使われるものが多く、カーボンニュートラル観点では2030年や2050年といった長期の時間軸での検討が必要となります。そのため、現行設備データが整備できた場合でも、将来における設備の省エネ性能や価格を正確に予測することは大きなハードルとなります。
【図表3:カーボンニュートラル観点の設備更新計画策定アプローチ】
(1)脱炭素化の啓発・意識醸成
設備更新を脱炭素化に向けた施策として進めるにあたっては、社内の意識醸成が必要です。なぜなら、設備更新計画の策定には、各施設を運営する担当部門などの協力が不可欠だからです。最終的に設備更新の実行を担うのも各施設の担当部門等であることから、まずは今後の計画策定および実行に向けた土台作りを行います。
たとえば、経営層や社員を対象とした社内勉強会を開催して、設備更新による省エネ化を進めることに対する意識醸成を行います。また、各施設の担当部門等はそもそも脱炭素化の取組みに対する熱量自体があまり高くないケースも想定されることから、脱炭素化自体の必要性について納得感を得なければならないケースもあります。このステップで意識醸成をしていくことで、後続工程をスムーズに進めることができると考えます。
(2)設備更新計画の策定
設備更新計画の策定は、(a)活用用途の定義、(b)現行設備データの整備、(c)将来の設備更新シミュレーションの3つのステップで行います(図表4参照)。
【図表4:設備更新計画の策定ステップ】
(a)活用用途の定義
そもそも設備更新計画をどのように活用するか、すなわち、どのような意思決定をしたいのか、何を達成したいのかを定義します。そのためには、はじめに用途を明確化して関係者間で合意しておきます。活用用途の明確化が、後続工程でどこまで詳細に計画を作り込むか、どのくらい保守的/野心的なシナリオにするかの方針を定める際に重要となります。
活用用途の例としては、たとえば、「直近の設備更新案件のなかから脱炭素化に向けて重要な案件を洗い出すこと」「2030年や2050年の中長期目標達成に向けたロードマップを描くこと」「そもそも目標策定の積上げ要素とすること」などが挙げられます。
(b)現行設備データの整備
将来の計画を策定するにあたって、現行の設備データの整備が必要です。既存の設備台帳がない企業では、新たにデータを収集して、ゼロから一覧化することになります。これには、以下の方法により、「どの施設に」「どのような設備(価格、省エネ性能、導入年など)が」「どれくらいあるのか」を把握する必要があります。現行設備データは、設備更新計画を検討するベースとなる情報であることから、可能な限り時間をかけて整備すべきです。ただし、すべてのデータ項目を実測値で収集することには限界があることも認識する必要があります。したがって、設備更新計画の活用用途に照らしてどれくらいの推計が許容できるか、必要十分なラインを見極めることが重要です。
データ整備にあたって、はじめに収集する項目を定義します。主な項目例としては、「設備の初期取得価額」「電気やガス等の定格消費量」「導入年」「稼働時間や稼働率」などが挙げられ、計画の活用用途に応じて必要な項目を取捨選択します(図表5参照)。
【図表5:設備データ整備における収集する項目例と利用先】
収集項目(例) | 主な用途 |
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取得価額 |
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導入年・耐用年数 |
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定格エネルギー消費量 |
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稼働時間・稼働率 |
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出所:KPMG作成
次に、どの施設で、どれくらい詳細なデータを収集するかを定義します。これは特に多数の施設を網羅したい場合に重要となる点です。施設数が限定的であれば全施設の全設備データを精査することもあり得ますが、施設数が数十あるいは百を超えるようであれば、限られたリソースのなかで負荷を軽減するため、たとえば施設を2つのグループに分けて進めることも検討します。
1つ目のグループが、設備一覧を詳細に作成する施設です。これは、建物用途ごとの代表的な施設を選定します。2つ目のグループが、詳細版を基に設備データを推定する施設です。このグループの施設については、代表的な施設で収集した設備情報に基づいて、同一の建物用途の施設であれば、たとえば延床面積比例でどのような設備がどれくらいあるのかを推定することで現行設備データを整備します。
現行設備データの収集元としては、たとえば竣工図や機器表などの図面や固定資産台帳などが想定されます。データの詳細度や正確性が最も高いのは図面からの収集ですが、収集には多くの工数を要します。そのため、初めに定義した活用用途を基に、どこまで詳細なデータが必要かを線引きしながら進めていく必要があります。一方、固定資産台帳からの収集は比較的取り組みやすいですが、資産として計上される粒度では必ずしも設備の内訳がわかるとは限りません。また、エネルギー使用量に関連する項目が通常含まれていないことも課題になります。まずは、固定資産台帳から設備に相当するデータを洗い出したうえで、重要な設備については図面等を調査して詳細化するといった工夫をしながら進めることが望ましいでしょう。
エネルギー使用量については、設備ごとの正確な実測値を測定することは、通常のメーターの設置単位では難しいでしょう。計測器を追加で設置する場合も、すべての設備に対して設置することは特に施設数が数十、あるいは百を超えるケースでは非現実的と考えられます。そのような場合は、建物ごとのエネルギー使用量を各設備に按分することで、施設別のエネルギー使用量を推計する方法が1つの選択肢になります。
建物ごとのエネルギー使用量は、企業が一般的に行っているGHG排出量算定のプロセスを通して収集されていることも多いと想定されます。収集した建物ごとのエネルギー使用量を、各設備の定格消費電力と稼働率・稼働時間から算出した想定のエネルギー使用量割合で按分することで、設備ごとのエネルギー使用量を推計することができます。
(c)将来の設備更新シミュレーション
現行設備のデータをもとに、将来の設備更新をいくつかのシナリオに分けてシミュレーションすることで計画を策定します。
シナリオの分け方は、いくつかの軸の掛け合わせとなることが想定されます。たとえば、更新タイミング軸として、耐用年数に沿って更新するシナリオのほかにも、なるべく設備を長持ちさせるシナリオ、エネルギー使用量で上位を占める設備のみ優先的に更新するシナリオなどが考えられます。これに対して、更新先の設備の省エネ性能や価格をどれくらいと見込むか、電力会社の排出係数の変動を見込むかどうか、あるいは将来的な炭素税の影響を加味するかなどによっても、いくつかのシナリオに分けることが想定されます。
将来シミュレーションのカギになるのが、将来の更新設備における省エネ性能や価格の予測です。計画の活用用途に応じて現行設備データの整備時点で一定の推計値を用いていることを考慮すると、将来の予測値はなるべく保守的にすることが望ましいでしょう。たとえば、現在の市場における高効率機器の省エネ性能や価格を用いたり、商品化されている製品のうちエネルギー消費効率に最も優れる商品を示す「トップランナー制度」の省エネ性能を用いたりすることが想定されます。
また、将来の技術動向を予測しても、動向は実際には変化することを考慮する必要があります。計画策定時点で将来予測に労力を割いたとしても、計画の実行フェーズ早々に動向が変わってしまう可能性もあります。なるべく確度が高い予測値を用いることは必要ですが、後述するように、将来の実行フェーズにおいて、その時代にアップデートされた技術動向を必要に応じて計画へ取り込めるような仕組みを構築しておくことが重要です。
シミュレーション結果としては、どの施設で、どのような省エネ性能および価格の設備へ、いつ更新されるかといったアウトプットが想定されます。各施設の担当部門等の設備更新への温度感を高める観点では、エネルギー使用量の削減によるランニングコスト削減のメリットを、想定削減金額として示すことも有効です。
(3)設備運用の高度化検討
設備更新計画の副産物として、設備の運用高度化による排出削減を検討することができます。運用高度化の施策としては、たとえば、営業時間外の運転停止/運転量低減といったコストがかからない施策、日射対策などの物理的対策でコストのかかる施策があります。どの施策を実行するかは、設備更新計画をもとに、各施設で想定される利用者影響なども考慮して取捨選択します。これにより、どの施設のどの設備において、どれくらいのコストでどれくらいの排出削減が可能かをシミュレーションすることができます。
(4)実行フェーズに向けたマネジメントプロセスの構築
ここまでのステップを経て、設備更新による省エネ化に向けた設備更新計画を策定しました。しかし、計画は策定して終わりではなく、実行に移してはじめて現実に効果を発揮します。実行に移す場合には、きわめて長期の計画であることを考慮して、実行しながら必要に応じて計画内容をブラッシュアップしなければなりません。そこで、計画策定後の実行フェーズに向けた業務プロセス(マネジメントプロセス)を、計画策定とセットで構築します。
まず、策定した設備更新計画が確実に予算化され実行されるよう、各種投資予算への反映プロセスを定義します。年度予算の手前で中長期のローリング予算を策定している場合は、まずはローリングに計画が反映されるよう、各施設を運営する担当部門等や関係する予算担当部署等と連携します。
また、設備更新計画を中長期的に実行する過程では、各更新案件の実施状況や技術動向等の外部環境変化が反映されなければ実態との乖離がしだいに大きくなってしまいます。将来的な設備の省エネ技術や価格など仮定を置いた部分については、将来的に実行フェーズで確度が高まったタイミングで計画へ反映できるよう、事前に構えておくことが重要です。
IV まとめ
企業のカーボンニュートラル達成に向けては、省エネ化でエネルギー使用量を削減したうえで、再エネ化に取り組むことが本来のセオリーです。しかし、現在の日本企業では、省エネ化は再エネ化ほど注目されていないのではないでしょうか。
本稿では、多くの日本企業が設備更新による省エネ化をカーボンニュートラルの目標達成に向けた削減施策として取り入れづらくなっている背景として、そもそも設備更新計画が策定できていないことを述べ、その要因として現行設備データの整備や将来の設備スペック・価格の予測の難しさを指摘しました。そのうえで、それら障壁を乗り越えて、企業が設備更新による省エネ化の効果を最大限得るための、カーボンニュートラル観点の設備更新計画を策定するアプローチを紹介しています。
省エネ化には多くのメリットがあります。たとえば、エネルギー価格の変動による事業運営コスト増のリスクの回避、少ないエネルギーで建物機能を維持することによる災害時の自社/テナントの事業継続性の向上、先進的な環境配慮経営をすることによるブランドイメージの向上、環境配慮ビルを求める利用者/テナント/投資家の呼込みなどです。特に不動産企業であれば、環境認証の取得による新規賃料増などを通した収益アップなども挙げられます。設備更新による省エネ化に最大限取り組まないということは、これらのメリットを取りこぼしていることになります。企業のカーボンニュートラル達成に向けては、一足飛びに再エネ化を検討するのではなく、まずは徹底的な省エネ化に取り組むことが、自社にとっての気候変動のリスク最小化・機会最大化に繋がると言えるでしょう。
気候変動が世界中で年々進み逼迫した状況となるなか、企業の脱炭素化の取組みも省エネ・再エネの両面において加速していくことが望まれます。本稿がその一助となれば幸いです。
※1 トップランナー制度とは、対象となる機器・建材の製造・輸入事業者に対し、「エネルギー消費効率の目標(トップランナー基準)を示して達成を促す」ことと「エネルギー消費効率の表示を求める」制度のことです。目標となる省エネ基準は、現在商品化されている製品のうちエネルギー消費効率が最も優れている商品の性能に加え、将来の技術開発の見通し等を勘案して定められます。
参考:「事業者向け省エネ関連情報 エネルギー消費機器製造事業者等の省エネ法規制」(経済産業省 資源エネルギー庁)
執筆者
KPMGコンサルティング
マネジャー 村山 翔
シニアコンサルタント 川口 誠也