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調査の概要
KPMGサステナブルバリューサービス・ジャパンは、2012年にその前身組織である統合報告アドバイザリーグループを組成して以来、企業の自発的な取組みである統合報告書の発行を、企業と投資家との対話促進を通じて価値向上に貢献する取組みと捉え、2014年より日本企業の統合報告書に関する動向を継続して調査してきました。その後、調査対象を拡大し、2019年からは有価証券報告書の記述情報を、2021年からはサステナビリティ報告書や企業ウェブサイト上のサステナビリティに関連するページ(これらを総称して以下、サステナビリティ報告)も調査の対象に加えています。
10回目を迎えた2023年は、前回に続き「マテリアリティ」に焦点を当てて調査を行いました。マテリアリティの認識とそれに関連する企業行動が読み取れる報告の実践が、ステークホルダーからの信頼を得ていくうえでの根幹を成すと考えているからです。
そのほかにも、サステナビリティ情報と財務情報の双方を含む日本の企業報告を、海外を含む投資家の意思決定により資するものへと高度化させるための取組みとして、サステナビリティ情報の報告早期化、第三者保証受審による信頼性向上、英文開示による公平性確保についての状況も確認しています。また、気候変動や人的資本と多様性など、今後ますます内容の充実が期待される事項についても調査を行いました。
調査結果の概要は次の通りです。詳細は、「日本の企業報告に関する調査2023」をご参照ください。
5つの領域における調査結果の主なポイント
1.マテリアリティ
マテリアリティについて記載する企業は増加し、2023年は統合報告書とサステナビリティ報告で89%、有価証券報告書でも75%となりました。リスクや機会の認識や、目標と実績などマテリアルだとする内容と関連性のある説明も増加しています。しかし、前提となる経営環境の見通しの説明は減少し、マテリアルだと判断した内容に対する戦略から資金配分計画までの一貫した説明や、取締役会の監督体制や役割、取締役の有するスキルや経験、マテリアリティ評価への関与に係る説明は、十分ではない状況が明らかとなりました。経営上、本当にマテリアルだと認識されている内容にフォーカスし、マテリアリティ評価の結果や、それに沿ったリスク認識や戦略を示しつつ、その前提となる見通しや具体的な取組み状況、また関連性のあるガバナンス情報を提供することが、企業のマテリアリティに関する深いインサイトを示すことにつながります。その結果、報告書で語られるストーリーの説得力も高まります。報告書の利用者から、組織の価値創造能力や持続性についての適切な評価を得るためにも、引き続き、このインサイトを伴う説明が大切な役割を果たすと考えます。
2.報告の高度化に向けた取組み
サステナビリティ情報の報告時期
統合報告書・サステナビリティ報告書の発行時期の傾向は、前回2022年から大きな変化はありません。約7割の企業が統合報告書・サステナビリティ報告書を、有価証券報告書の発行から3ヵ月後またはそれ以降に発行しています。今後、財務諸表とサステナビリティ情報を同時に開示することが求めるようになると考えられ、企業には情報収集のためのシステムの導入や業務フロー、内部統制の構築といったサステナビリティ情報の報告早期化に向けた取組みの推進が望まれます。
サステナビリティ情報の信頼性
66%の企業がサステナビリティ報告に掲載した指標に第三者保証を受けており、そのほとんどが限定的保証でした。また、信頼性担保の鍵となる充実した内部統制の構築について説明する企業は、いずれの報告媒体でも1割を下回りました。サステナビリティ情報の信頼性向上が希求されるなか、第三者保証を受けたサステナビリティ情報を適時に開示するためには、第三者による保証業務にも対応できる社内データ収集体制や集計に係るガバナンス、業務フロー、内部統制等の整備が必要となります。
英文開示
英語版の発行は、統合報告書と有価証券報告書で多く、ともに86%で、サステナビリティ報告書は52%となっています。加えて有価証券報告書については、英文開示の程度も確認したところ、連結財務諸表と注記や記述情報の一部を英訳した抜粋版が半数以上を占め、全文相当を英訳していたのは26%でした。また、英語版報告書の発行時期については、いずれの報告媒体も、日本語版と同時期に発行する企業が多い傾向にあります。有価証券報告書については、英語版発行の早期化傾向がみられ、日本語版と同時期から3ヵ月後までに発行している企業が増加し、5ヵ月後以降に発行している企業が減少しました。日本の資本市場に投資する海外投資家からの英文による情報開示を求める声は高く、今後も特に有価証券報告書の英文開示を各企業が一層進めることが求められます。
3.気候変動関連情報
温室効果ガス(以下、GHG)排出量Scope1、Scope2の当期実績を開示している割合を調査した結果、統合報告書とサステナビリティ報告ではすでに8割以上の高い割合で記載されている一方、有価証券報告書では24%にとどまりました。2023年3月期以降の有価証券報告書には「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設され、GHG排出量Scope1、Scope2の積極的な開示が期待されていますが、現時点では当期実績ではなく過年度実績を示す企業が多く、当期実績の開示はまだ低い水準となっています。自社の取組み状況に応じて情報提供していく姿勢は、投資家とより建設的な対話において大切ですが、当期実績の開示に向けた取組みが今後より進展することが望まれます。
4.人的資本・多様性
2023年3月期より、中長期的な企業価値の判断に資する情報として、女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女の賃金の差異を有価証券報告書で開示することが要請されています。この3つの指標について、企業戦略との関連性が読み取れるかを調査したところ、関連性が読み取れた割合が最も低いのは男女の賃金の差異となり、すべての媒体で5割を下回りました。開示する指標は共通であったとしても、自社固有の戦略やビジネスモデルに沿った独自性ある説明を通じて、企業の人的資本についての考えを伝える必要があります。自社固有の価値創造ストーリーのなかで、人的資本への投資や人材戦略等がどのように位置付けられているのか、その関係性を示すために、どのような報告内容が適しているのか、経営者をも巻き込んだ主体的な検討が求められています。
5.サステナビリティトピック
本セクションでは、サステナビリティ報告を対象に、水資源、人権、サプライヤー評価、自然資本・生物多様性の記載状況について調査を行っています。
自然資本・生物多様性をマテリアルだと判断している、またはサステナビリティ報告のなかで「自然資本・生物多様性」に特化したセクションを設けたうえで、目標や実績を示している企業は、前年より8ポイント増の47%となりました。まずは自然資本への依存度の高い特定のコモディティや事業を対象に、自然資本・生物多様性に関連するリスク・機会と影響の評価から着手し、それらを管理するために設定した指標と目標、その進捗について報告することが、ネイチャーポジティブに向けた変革を示すことにつながるでしょう。
Key Recommendations - KPMGの提言
マテリアリティの認識と、それらに対応する企業価値向上につながる企業行動に関する情報を伝える
今回の調査では、多くの企業が自社のマテリアリティの認識を深め、報告書の情報もより充実していることが明らかになりました。また、報告内容の信頼性向上のため、第三者保証を受ける企業も増加しています。しかし、報告されたマテリアリティと企業価値向上につながる企業行動との間には、明確な関連性が読み取れないという課題もみられました。取締役会や経営層がマテリアルだと認識した課題について、深度ある議論に基づいた経営の意思決定が行われ、現場の取組みを通じて企業価値向上という成果に結実するまでのストーリーを、つながりを意識して伝えることが大切だと考えます。また、そのような一連の報告を実践するためには、質の高いデータを収集する仕組みの整備・運用も不可欠です。その実現に向け、調査結果に基づき、以下を提言します。
1.報告対象とした事項についてマテリアルだと判断した論拠を明確にし、関連性のある内容を示す
マテリアルだと判断した内容が経営上重視すべき事項として相応しいということを伝えるためには、その論拠を明確にし、背景や判断プロセスを丁寧に説明することが大切です。具体的には、マテリアリティ評価の前提とした将来環境の見通しや、その見通しのなかで想定されるリスクと機会、そのリスクと機会が企業行動に及ぼす影響を示し、それらについて、取締役会や経営層が主体的に議論している実態を示すことが望まれます。
2.コーポレートガバナンスのあり方が理解できる情報を伝える
取締役会には、持続的な価値創造に向けた組織の大きな方向性を定め、時に軌道修正しながら経営に関する戦略的な道筋を示しつつ、経営を監視する役割が期待されています。このため、取締役会が、自社のマテリアリティについて十分に認識を共有し、経営の監視責任を果たすために必要な体制や知見を具備しているかを示すことが肝要です。また、取締役会や経営者が経営上の判断や監視の基礎となる信頼性の高い情報やデータを収集する仕組みを構築しているかどうかも、今後は大切な要素になるでしょう。
3.制度が求める情報を単に開示するだけでなく、企業価値に関するインサイトを伝える報告を目指す
制度により求める項目や指標の開示は、企業がアカウンタビリティを果たすために最低限必要とされるものです。社会からの期待に応え、自社のパーパスに基づき、どのような価値を提供して自社の価値向上につなげていくのかを伝えるには、制度開示の要求を充足するだけではなく、経営者の視点で、将来の企業価値に影響し得る内容について、その背景や現状分析に基づく今後の見通しなどのインサイトを主体的に伝え、情報利用者と主体的に対話する姿勢が求められます。
執筆者
有限責任 あずさ監査法人
KPMGサステナブルバリューサービス・ジャパン