本連載は、2023年4月より日刊自動車新聞に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
1.自動車産業におけるグローバルサプライチェーンの外観
自動車産業におけるサプライチェーン構造は、最終的に完成車が製造されるまでにグローバルに多くのサプライヤーが存在し、グループ内取引も含めて多岐にわたる取引が行われています。また、製造された完成車も各市場国向けに輸出され、多段階のルートを経由して販売されています。
国際税務の観点から、各企業はこのようなグローバルサプライチェーンの構造の下で、さまざまな複雑な課題に直面することが考えられます。たとえば、グループ内の取引価格に対して独立企業間原則を求める移転価格課税、評価や原産性に関する諸種ルールへの準拠が必要となる関税、グローバルに企業活動することにより問題が生じるPE課税、さらに最近ではグローバル・ミニマム課税制度など、企業活動に重要な影響を与えるさまざまな論点が挙げられます。
本稿では、OECDおよびG20を中心とするBEPS包摂的枠組みにおいて議論が最終化に近づいている新たな国際課税ルール(「BEPS2.0 Pillar1 利益B」、以下「利益B」)と日本の自動車産業への影響、そして各企業がとるべきアプローチについて考察します。
2.BEPS Pillar1 利益B
(1)制度の外観
現在、利益Bは2024年の早いタイミングで制度を確定・合意し、年内に移転価格税制に関する国際的な指針「OECD移転価格ガイドライン」に反映していくスケジュールが見込まれています。
この利益Bの制度がOECD移転価格ガイドラインに反映されれば、実務的に早くて2025年から各国でこの制度が適用される可能性があります。利益Bとは、グループ内サプライチェーンにおける販売機能を担う会社の移転価格に画一的な固定的利益を適用するという制度であり、ビジネス上の柔軟性が損なわれ、グローバル企業に実務的インパクトが生じることが予想されます(下図参照)。
【利益Bとは】
(2)日本の自動車産業における影響
OECDにおいては、利益Bの固定的利益の枠組みを大きく3つの業種グループに区分することが検討されています。この区分は、統計上の業種別利益水準に基づくものであり、国産車と自動車部品は同様に業種グループ2に属することが予想されます。
さらに、区分された業種のなかで、販売会社の売上高営業資産比率または売上高販売管理比率の多寡によって5段階に分類され、分類ごとに固定的な売上高営業利益率が画定されます。
各企業グループのサプライチェーンにおいて販売機能を果たす会社の利益水準に関しては、現在各社の判断でそれぞれ合理的と考える利益率を適用し、価格設定が行われています。そこには各社のビジネス上の考え方や、自社の利益水準など独自の要素も加えられています。さらに、景気の影響を受けやすいと言われる自動車産業では、利益Bに対して販売会社の利益水準のコントロールを税務の側面から求めることは、今後の事業運営に影響を及ぼすことが予想されます。
また、各国がこの制度に必ずしも統一的に準拠していくとは限りません。たとえば、販売会社に対して多くの利益配分を求める傾向にある国は、この利益Bの制度をすぐには法制化しないことも考えられ、国際税務問題が逆に生じてしまうことも推察されます。
3.企業がとるべきアプローチ
各企業グループは、まずグループ内のサプライチェーンにおいて販売会社との取引価格がどのように設定されているのかを再確認し、利益Bの概念と整合性について検証することが必要となります。仮に、両者にギャップが存在する場合には、本社またはグループ会社間において、現行の価格設定および手続きの見直しが必要となります。その際、販売会社との取引にすべて本社が介在するとも限らないことから、グローバルな視点からグループ内ルールを統制していくことが必要になると考えられます。また、期末価格調整金ルールの導入の検討および新たな契約の作成も必要となります。この際、各国における輸入申告や法人所得税・間接税申告上の取扱いなどを含む、関税コストへの影響にも留意していく必要があるでしょう。さらに、製造販売機能と販売機能が複合している会社については、販売機能に係る合理的なセグメント損益管理が必要となります。
なお、二国間事前確認制度(APA)を活用してグループ間の移転価格を管理している企業グループについては、APAの合意内容は利益Bに優先されることから、APAが個々の事業実態を比較的考慮に入れていくことを考えれば、APAの先行導入も検討に値すると思われます。
日刊自動車新聞 2024年3月4日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊自動車新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
KPMG税理士法人 国際事業アドバイザリー
パートナー 川井 健司
パートナー 伊東 貴彦