本連載は、日刊工業新聞(2023年9月~11月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
多様な人材が活躍できる環境づくりに必要なこととは
本稿では、“多様性”の観点からリスキリングについて考察します。
ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)とは、「多様性」「公正性」「包摂性」の3つを合わせた言葉です。グローバル化や技術、デジタル変革(DX)が進展し、個人の価値観や消費ニーズが多様化するなか、企業が競争優位を獲得するためには変化を察知し、新たなビジネスを生み出すイノベーションが重要になります。
同質性の高い組織ではイノベーションが生まれにくい傾向にあります。企業は今、異なるキャリアや価値観を持つ多様な人材を生かすことが求められており、優秀な人材を確保していくためには、多様な人材が活躍できる環境を整えることが必要と言えます。多様性を受け入れられる組織は、イノベーションを創出できる人材を育て、組織が有する他社よりも優位な強みをより引き出すことができます。お互いに意見を出し合うことで議論が深まり、新たな考えや自分の考えを見直す気付きを得ることは学びの深化につながります。
しかし、日本企業では多様な人材が活躍できる環境が十分整っているとは言い難いのが現状です。たとえば、新たにデジタル人材を採用しても、活躍する前にその人材が辞めてしまうことがあります。その主な要因には、中途採用では前職の報酬額に合わせて格付けされることが多いため、報酬と資格要件の不整合といった人事制度の問題や、同じ正社員で報酬差が発生することで、周囲の嫉妬により転職者への評価が厳しくなることなどが挙げられます。
しかし、最大の要因は、組織として「デジタル人材をどう活用したいのか」というビジョンが曖昧なために、デジタル人材の能力を最大限に生かせる環境が用意できないことにあります。これでは学びの深化は見込めません。
多様な人材が活躍できる環境をつくるには、企業側と社員側双方の努力が必要となります。企業はデジタル人材を適切に処遇できる制度の再構築が必要であり、社員は一人ひとりの違いを認め合う行動変革が必要です。社員がまず実践すべきことは、誰かが自分の考えとは異なる発言をして違和感を覚えた時に、「なぜこの人はこのような発言をしたのだろうか」と思いをめぐらせて、発言の理由や背景を確認することです。次に「自分はなぜその人の発言に違和感を覚えたのか」を問い、自分の価値観を確認することが有効となります。
違和感を抱くことは悪いことではなく、自分の新たな気付きや思考の深化につながるものです。「違和感は学びのチャンス」と肯定的に捉えることが重要です。「間違っている」と否定してしまいそうなことや「そんなの当たり前だ」と受け流してしまいそうなことにイノベーションの種や新たな発見が潜んでいます。
さらに、対人関係面でも相手の意見を切り捨てないことがのちのちの信頼関係にもつながると言えます。多様な人材一人ひとりの違いを認め合った結果、学びの裾野も拡大していくでしょう。
多様性とは、違和感とセットであり、フラストレーションが溜まることもあり得ます。しかし、それを社員が乗り越えることで、企業として今日の社会の要請に応え、信頼を勝ち取ることができるのです。
日刊工業新聞 2023年11月10日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊工業新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
KPMGコンサルティング
プリンシパル 油布 顕史