本連載は、2023年4月より日刊自動車新聞に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
半導体不足で露呈した自動車産業の脆弱性
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大は、世界中の半導体需給バランスに大きな影響を与えました。半導体部品の不足により、自動車メーカーは計画どおりに車両を生産できず、減産を余儀なくされ、一度生じた半導体の需給ギャップは容易には解消されず、自動車関連企業は長期にわたり供給不足の問題に直面しています。自動車の電子制御部品には多種多様な半導体が搭載されているため、1つでも不足すれば、完成品の車両として納品できません。そのため、半導体の供給不足は自動車のサプライチェーン全体に大きな混乱をもたらしました。また、サプライチェーンの混乱は多くの場合、先端半導体ではなく旧世代半導体の供給不足が原因である点に留意が必要です。
半導体のサプライチェーンは多くの国や地域にまたがり、地政学的リスクの考慮も欠かせません。たとえば、半導体の基板となるウェハーをA国で製造し、B国で前工程を処理し、C国に輸出して後工程を経て完成する流れはよくあります。このように、半導体の製造プロセスが複数国・地域間に展開されることも多く、地政学的なリスクを伴うことも考えられます。
自動車に搭載される半導体部品は多種多様で、自動車メーカーごと、さらには車種ごとに異なる仕様や要件が存在します。この状況は、車載半導体サプライチェーンの複雑性を増加させる要因となっています。各自動車メーカーは独自の設計や仕様を半導体部品に反映させ、供給側にさまざまな要求を行います。一方、半導体メーカーは各自動車メーカーの異なる要件に対応しつつ、多品種の半導体部品を供給することになります。そしてその結果、サプライチェーンの管理はより煩雑になり、この複雑な状況のなかでは、自動車メーカーと半導体メーカー間の緊密な連携は欠かせないものとなります。サプライチェーンの複雑さと地政学的リスクを考慮すると、両者間のコミュニケーションは、半導体部品の安定供給を確保するうえでの鍵と言えるでしょう。
【車載半導体と役割】
車載半導体(例) | 役割 |
---|---|
汎用マイコン | さまざまな電子制御ユニットの頭脳としての役割を果たす半導体 |
アナログ半導体 | センサーなどから得たアナログ信号を、コンピューターで処理できるデジタル信号に変換する半導体 |
センサー | 外界の情報などを検出する役割を持つ半導体 |
SoC(System on a chip) | 自動運転や先進運転支援システムの演算を処理するために必須となる半導体 |
パワー半導体 | 電力の変換や制御を担う半導体。電動者には必須の半導体 |
安定的に半導体部品を確保するためには、平時から半導体メーカーと直接コミュニケーションを取り、自動車メーカーは自社の要望を正確に伝達しつつ、半導体メーカー側のニーズを汲み取ることが重要です。特に注意すべきは、半導体部品の生産終了(End of Life:EOL)リスクです。現在供給できていたとしても、半導体製造設備の老朽化、関連部品の生産終了により、半導体メーカーが現状の生産ラインを継続することが困難になる可能性があります。半導体メーカーとの対話を通じ、半導体部品の生産終了リスクを十分に考慮しつつ、半導体部品を安定的に確保することが重要になるでしょう。また、半導体部品を長期的に調達する契約を締結することも、半導体メーカーが設備投資の意思決定をするうえで重要になると考えられます。
車載半導体は、安全性やコスト面の観点から、旧世代の半導体部品が継続して利用されているケースが多く、典型的と言えるのがセーフティー系電子制御ユニット(Electric Control Unit:ECU)です。人命にかかわるエアバッグECUなどのセーフティー系のECUには、安全性から旧世代の半導体部品が使用されています。また、車載半導体の多くは車種ごとに設計・仕様が異なるため、半導体メーカーは自動車メーカーごとに異なる種類の半導体を製造しなければなりません。半導体供給不足に陥った際も、自動車メーカーごとに仕様が異なることが原因で納期遅延となったケースが散見されました。この問題を解決する方法の1つが標準化です。自動車メーカーごとに異なる仕様を一括で標準化することは容易ではありませんが、有事に備えるべく、標準化できる部品に関しては、業界共通で仕様を統一し、標準化の方向に向かうべきです。
【自動車ECUの関係図】
昨今は日本でも、政府が半導体製造施設の設立を補助金で支援する動きが活発化しており、地政学的リスクに左右されないサプライチェーンの構築が推し進められています。しかし、その多くは先端半導体の開発に向けた投資であり、当面は車載半導体での使用が見込まれる旧世代の半導体に対するものが少ない点には留意すべきでしょう。旧世代半導体にはEOLリスクが存在し、このリスクに対応するために、半導体メーカーとのより深い関係構築や自動車企業横断の標準化を進めるべきです。車載半導体供給不足問題が解消されつつある今、将来の供給危機に備えた安定的な車載半導体調達に向けて準備を進めるべきではないでしょうか。
日刊自動車新聞 2024年2月5日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊自動車新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
あずさ監査法人
マネジャー 川瀨 健一