電子決済手段の会計処理・開示のポイント
旬刊経理情報2023年12月20日特別特大号の「12月決算の直前対策」にあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。
旬刊経理情報2023年12月20日特別特大号の「12月決算の直前対策」にあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。
この記事は、「旬刊経理情報(中央経済社発行)2023年12月20日特別特大号(No.1697)」に掲載したものです。発行元である中央経済社の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。
※WEB上の機能制限により レイアウトや箇条書きの表示など 原稿とは異なる場合があります。ご了承ください。
ハイライト
【この章のエッセンス】
|
はじめに
企業会計基準委員会(以下、「ASBJ」という)は、2023年11月17日、実務対応報告45号「資金決済法における特定の電子決済手段の会計処理及び開示に関する当面の取扱い」(以下、「本実務対応報告」という)および企業会計基準32号「『連結キャッシュ・フロー計算書等の作成基準』の一部改正」(以下、「本一部改正」といい、本実務対応報告と本一部改正をまとめて「本実務対応報告等」という)を公表した。
また、同日、これに伴って日本公認会計士協会は、会計制度委員会報告第8号「連結財務諸表等におけるキャッシュ・フロー計算書の作成に関する実務指針」の改正を公表した。
本実務対応報告では、資金決済法上の電子決済手段の発行および保有等の会計処理および開示について定めている。
本実務対応報告は、公表日(2023年11月17日)以後適用するとされており、2023年12月決算会社において影響がある。本章では、本実務対応報告等の概要および実務ポイントを解説する。
なお、文中の意見に関する部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添える。
本実務対応報告の公表の経緯
2022年6月に改正された「資金決済に関する法律」(以下、「資金決済法」という)において、いわゆるステーブルコインのうち、法定通貨の価値と連動した価格で発行され券面額と同額で払戻しを約するものおよびこれに準ずる性質を有するものが新たに「電子決済手段」と定義され、また、これを取り扱う電子決済手段等取引業者について登録制が導入され、必要な規定の整備が行われた。
こうした状況を受けて、ASBJは資金決済法上の電子決済手段の発行および保有等に係る会計上の取扱いについて検討を重ね、その結果を実務対応報告として公表した。
範囲
本実務対応報告は、資金決済法第2条第5項に規定される電子決済手段のうち、第1号電子決済手段、第2号電子決済手段および第3号電子決済手段を対象とすることとされている。ただし、次の(1)および(2)については、本実務対応報告の適用範囲に含めていない。(本実務対応報告2項、3項)
(1)外国電子決済手段(電子決済手段の利用者が電子決済手段等取引業者に預託している外国電子決済手段を除く) (2)第3号電子決済手段の発行者側に係る会計処理および開示 |
資金決済法第2条第5項に規定される電子決済手段の分類および内容をまとめたものが図表1である。
(図表1)資金決済法2条第5項に規定される電子決済手段の分類
分類 | 内容 |
---|---|
第1号 | 物品等の購入もしくは借り受け、または役務提供の代価弁済のために不特定の者に対して使用でき、かつ、不特定の者を相手方として購入および売却できる財産的価値(通貨建資産に限る)※1、※2 |
第2号 | 不特定の者を相手方として第1号電子決済手段と相互に交換できる財産的価値(通貨建資産に限る)※1、※2 |
第3号 | 金銭信託の受益権であって、信託契約により受け入れた金銭の全額が預貯金により分別管理されるもの(特定信託受益権)※1 |
第4号 | 上記に準ずるものとして内閣府令で定めるもの※3 |
※1 電子機器等に電子的方法で記録され、電子情報処理組織を用いて移転できることが要件となっている。
※2 有価証券、電子記録債権、前払式支払手段(例えば、電子マネー)等は、原則として除外されている。
※3 本実務対応報告の対象ではない。本実務対応報告の公表時点では指定されるものが見込まれていない。
なお、電子決済手段に類似するものとして暗号資産があるが、暗号資産は資金決済法2条14項で規定されており、主に通貨建資産ではないという点で電子決済手段とは異なる。また、暗号資産については、実務対応報告38号「資金決済法における暗号資産の会計処理等に関する当面の取扱い」により、必要最小限の項目について会計処理および開示が明確化されている(自己(自己の関係会社を含む)の発行したものを除く)。
【実務ポイント】
|
電子決済手段に係る会計処理
本実務対応報告の対象となる電子決済手段は主に次の特徴を有している。
(a)送金・決済手段として使用される (b) 利用者の請求により券面額に基づく価額と同額の金銭による払戻しを受けることができる、価値の安定した電子的な決済手段である (c)流通性がある |
これらの特徴から、当該電子決済手段は会計上、次の性格を有する資産であると考えられる。
(i)通貨に類似する性格 (ii)要求払預金に類似する性格 |
本実務対応報告等では、電子決済手段が現金または預金そのものではないが現金に類似する性格および要求払預金に類似する性格を有する資産であることを踏まえ、以下のように会計処理および開示を定めている。
(1)電子決済手段の保有に係る会計処理
1.取得時
本実務対応報告の対象となる電子決済手段を取得したときは、その受渡日に電子決済手段の券面額に基づく価額をもって資産として計上し、当該電子決済手段の取得価額と券面額に基づく価額との間に差額がある場合、当該差額を損益として処理する(本実務対応報告5項)。
これは、電子決済手段は財またはサービスとの交換の対価の支払に使用されるため、当該財またはサービスを電子決済手段の券面額に基づく価額で測定することが電子決済手段の経済実態を忠実に表現することや、仮に電子決済手段の券面額に基づく価額と取得価額との間に差額が生じたとしても当該差額が僅少となることが想定されること、電子決済手段の券面額に基づく価額で測定することで会計処理の適用上のコストが軽減されることが考慮されたものである。
【実務ポイント】
|
2.移転時または払戻時
本実務対応報告の対象となる電子決済手段を第三者に移転するとき、または発行者から金銭による払戻しを受けるときは、その受渡日に電子決済手段を取り崩す。当該電子決済手段の帳簿価額と金銭の受取額との間に差額がある場合、当該差額を損益として処理する(本実務対応報告6項)。
3.期末時
本実務対応報告の対象となる電子決済手段は、券面額に基づく価額をもって貸借対照表価額とする(本実務対応報告7項)。
なお、本実務対応報告の対象となる電子決済手段は、券面額に基づく価額により金銭の払戻しが行われることが困難となるなどの事象が生じる可能性があるものの、当該電子決済手段の発行等に際して所要の規制が課されているため、電子決済手段が払い戻されないリスク(以下、「換金リスク」という)は、通常、要求払預金における信用リスクと同程度に低いと考えられる。そのため、換金リスクに関する会計上の取扱いは定められていない。
【実務ポイント】
|
(2)電子決済手段の発行に係る会計処理
1.発行時
本実務対応報告の対象となる電子決済手段を発行するときは、その受渡日に電子決済手段に係る払戻義務について債務額をもって負債として計上する。発行価額の総額と当該債務額との間に差額がある場合、当該差額を損益として処理する(本実務対応報告8項)。
2.払戻時
本実務対応報告の対象となる電子決済手段を払い戻すときは、受渡日に債務額を取り崩す(本実務対応報告9項)。
3.期末時
本実務対応報告の対象となる電子決済手段に係る払戻義務は、債務額をもって貸借対照表価額とする(本実務対応報告10項)。
(3) 外貨建電子決済手段に係る会計処理
1.期末時
本実務対応報告の対象となる外貨建電子決済手段および外貨建電子決済手段に係る払戻義務の期末時における円換算については、決算時の為替相場による円換算額を付す(本実務対応報告11項、12項)。
【実務ポイント】
|
電子決済手段を保有または発行する場合の会計処理についてまとめたものが図表2である。
(図表2)電子決済手段を保有または発行する場合の会計処理のまとめ(一部)
保有 | 発行 | ||
---|---|---|---|
取得時または発行時 | 受渡日に券面額に基づく価額で資産計上取得価額と券面額に基づく価額との差額は損益として処理 | 受渡日に払戻義務を債務額で負債計上発行価額の総額と債務額との差額は損益として処理 | |
移転時または払戻時 | 受渡日に電子決済手段を取り崩す帳簿価額と金銭の受取額との差額は損益として処理 | 受渡日に債務額を取り崩す | |
期末 | 貸借対照表価額 | 券面額に基づく価額 | 債務額 |
外貨建電子決済手段の円換算 | 決算時の為替相場による円換算 | 決算時の為替相場による円換算 |
(4)預託電子決済手段に係る取扱い
電子決済手段等取引業者またはその発行する電子決済手段について電子決済手段等取引業を行う電子決済手段の発行者は、電子決済手段の利用者との合意に基づいて当該利用者から預かった本実務対応報告の対象となる電子決済手段を資産として計上しない。また、電子決済手段の利用者に対する返還義務を負債として計上しない(本実務対応報告13項)。
(5)開示(注記事項)
電子決済手段は金融資産であると考えられ、また、電子決済手段に係る払戻義務は金融負債であると考えられるため、本実務対応報告の対象となる電子決済手段および電子決済手段に係る払戻義務に関して、企業会計基準10号「金融商品に関する会計基準」(以下、「金融商品会計基準」という)40-2項に定める事項の注記を行う(本実務対応報告14項)。
金融商品会計基準40-2項に定める注記事項は図表3のとおりである。
(図表3)金融商品に関する会計基準40-2項に定める事項
(1)金融商品の状況に関する事項 1.金融商品に対する取組方針 (2)金融商品の時価等に関する事項 (3)金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項 |
ただし、本実務対応報告の対象となる電子決済手段については、要求払預金に関する取扱いに準じることが考えられる。すなわち、短期間で決済する場合には時価が帳簿価額に近似するとして、金融商品会計基準40-2項(2)の注記を省略することができると考えられる(企業会計基準適用指針19号「金融商品の時価等の開示に関する適用指針」4項(1))。
また、本実務対応報告の対象となる電子決済手段に係る払戻義務については、金銭債務に関する取扱いに従うことになると考えられる。
【実務ポイント】
|
(6)連結キャッシュ・フロー計算書等における資金の範囲
本実務対応報告の対象となる電子決済手段を、連結キャッシュ・フロー計算書等において「現金」に含める(本一部改正2項、3項)。これは、本実務対応報告の対象となる電子決済手段は、通貨に類似する性格と要求払預金に類似する性格を有することを踏まえると、連結キャッシュ・フロー計算書等において現金に含めることが経済実態を的確に反映すると考えられるためである。
なお、本実務対応報告では貸借対照表上の取扱いは定められていないが、本実務対応報告の対象となる電子決済手段が開示規則等により貸借対照表の「現金及び預金」に含まれない場合には、重要性も踏まえてその性質を示す適切な科目で表示することになると考えられる。
また、本実務対応報告の対象となる電子決済手段が(連結)貸借対照表の「現金及び預金」に含まれなかった場合には、(連結)キャッシュ・フロー計算書において、資金の範囲に含めた「現金及び現金同等物」と(連結)貸借対照表の「現金及び預金」との調整項目として注記する(連結キャッシュ・フロー計算書等の作成基準 第四1)。
【実務ポイント】
|
適用時期
公表日(2023年11月17日)以後適用することとされている。
なお、特段の経過的な取扱いを定めていないため、企業会計基準24号「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(以下、「過年度遡及会計基準」という)6項(1)に定める会計方針に関する原則的な取扱いに従い、新たな会計方針を遡及適用することになる。
これは、改正された資金決済法の施行(2023年6月1日)に合わせて本実務対応報告の対象となる電子決済手段が発行される場合、本実務対応報告を可能な限り早期に適用することのニーズが高いと考えられることや、本実務対応報告に定める会計処理に複雑さがなくその適用に困難さはないと考えられることを理由としている。
また、会計方針の変更に関する注記の要否についての検討も必要となる(過年度遡及会計基準10項)。
おわりに
本実務対応報告の対象となる電子決済手段を発行または保有している会社は特定の分野を除いて限定的であると考えられる。
しかしながら、前記のとおり、本実務対応報告等は公表日以後適用することとされており、12月決算会社の場合2023年12月期決算から適用され、かつ、過年度遡及会計基準に従い遡及適用が求められるため、本実務対応報告の対象となる電子決算手段を発行または保有している会社では会計処理および開示を早期に検討する必要があると考えられる。
とくに、取得時の会計処理や、連結キャッシュ・フロー計算書における取扱いは、従来の実務とは異なる可能性があるため、本実務対応報告等に従った適切な会計処理および開示に向けて、過年度分も含めた情報の収集と検討が望まれる。
執筆者
有限責任 あずさ監査法人
シニアマネジャー 公認会計士
豊永 貴弘(とよなが たかひろ)