本連載は、日経産業新聞(2023年11月~12月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
地政学リスクの影響をコントロールするには
2023年10月にハマスによるイスラエルへの大規模攻撃が発生し、世界に衝撃を与えました。ウクライナ情勢の長期化のほか、米中関係によるデカップリングの進展や台湾有事の危機感も増しています。
これらの地政学リスクは、地理的な位置関係が地域にもたらす政治的、社会的、軍事的な緊張が高まるリスクのことで、軍事的緊張にとどまらず、貿易摩擦やポピュリズムの台頭、サイバー攻撃なども含み、グローバルで事業を展開する企業にとって現在最も懸念されるリスク分野と言えます。地政学のなかでも、特に企業経営に影響を与える「地政学リスク」は経営者の頭を悩ませるエマージングリスク(新興リスク)の1つです。
企業が地政学リスクの発生自体をコントロールすることはできません。そのため、地政学リスクが発生した際の影響をいかにコントロールするかが重要になります。2023年3月、フォンデアライエン欧州委員長が中国との関係性についての講演において「デリスキング(リスク低減)」という言葉を使用し、その後、バイデン米大統領をはじめ対中国に関するさまざまな場面で広く使われるようになっています。
元々デリスキングは、リスクを低減するために取られる手法を指し、事業活動に伴う潜在的リスクを最小限に抑えることでリスクの低減を図りつつ、継続・維持すべき部分は工夫しながら対応することを指します。具体的には、一国に依存しないサプライチェーンの構築や先端技術の流出防止を図りつつ、生産や販売などの経済関係は維持していくというものです。
日本企業は、台湾有事などの具体的なリスクシナリオを想定し、事業やサプライチェーンにどのような影響が出るのかを具体的にシミュレーションしたうえで、課題の抽出と事業継続の観点で対策を立案・実行することが有効と考えられます。国家政策による輸出入規制により影響を受ける部材の特定や、港湾や海峡の封鎖による物流停止、サイバー攻撃によるインフラの停止などが発生した場合に、「重要事業・製品等が継続できるのか」「仮に継続できない場合に代替手段を取ることができるか」を検討し、必要なリスク対策や発生時の手順を定めておくことが重要です。
事業継続計画(BCP)を、地震や台風による水害など単なる災害対策にとどめている企業は、早急に地政学リスクも想定した計画に見直しを行うことが必要になります。さらに、地政学リスクが発生した場合のシミュレーション訓練まで実施することを推奨します。BCPを事象ごとに策定することは非効率的なため、企業がすでに持っている経営資源を活用する「リソースベースアプローチ」により、「経営リソースに与える影響」に着目した核となるBCPを策定したうえで、具体的なリスク事象による差分を上乗せしていく手法が有効となるでしょう。
危機が発生するかどうかを議論する猶予はなく、いつ起きても対応できるよう準備することが、今の日本企業にとって喫緊の課題と言えます。
日経産業新聞 2023年12月4日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日本経済新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
KPMGコンサルティング
アソシエイトパートナー 土谷 豪