本連載は、日経産業新聞(2023年11月~12月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
経済安全保障・地政学リスク対応の基本とは
経済安全保障や地政学リスク対応の基本は、(1)リスク評価のうえ、リスクに応じた施策を策定・実行すること(2)各施策を支える体制を整備することの2つです。
1つ目のリスク評価に基づく施策を策定するには、まず、事業に関連するリスクシナリオを特定し、具体化することが必要です。政治・経済情勢、規制環境、先端技術開発などの動向を踏まえ、中長期的な視点で事業に影響があり得る事象を特定します。その際、各国の行為主体、軍事行動や規制といった行為態様、想定時期・期間、関連リスク領域などを具体化しておきます。また、有事だけではなく、国際関係の変化に基づく規制・政策も想定しておくことが望ましいと考えます。
次に、具体的なシナリオに基づき、自社のバリューチェーン/サプライチェーンへの影響を分析し、重大な影響が生じ得る脆弱性を明確にします。その際、経営資源を構成する4つの視点(ヒト・モノ・カネ・情報)から、自社への影響を定量・定性の両側面から把握することが有用となります。定量面ではたとえば、想定される生産・販売数量の減少、原材料費高騰に起因するコストが挙げられます。定性面では、役職員の安全や人権、情報資産、レピュテーションへの影響といった要因が挙げられます。特に、特定の調達先に依存しているなど、代替手段の乏しい重要物資を把握することが重要となります。
以上の分析結果を踏まえ、リスクの大きさに応じて施策を策定・実行します。代表的な施策として、サプライチェーン戦略、事業継続計画(BCP)の見直し、役職員の安全確保に関するマニュアルの整備、事業の投資・撤退方針、リスク管理体制の再構築が挙げられます。
2つ目の体制整備においては、国際情勢や規制環境などに重大な変化が見られた際、リスク情報を多面的に入手し、適時の意思決定を可能とする仕組みづくりが不可欠となります。
経済安全保障や地政学リスク対応には、貿易、経済制裁、軍事行動、情報セキュリティ、人権、安全、サプライチェーンといった多様な観点が必要ですが、日本企業の多くでこれまで、そのリスク主管部門は分かれていました。近年、さまざまなリスクに機動的に対応する経済安全保障統括部門を新設・運用するなど、組織の設計・機能を見直す取組みが目立つようになりました。統括部門を設置する会社の傾向として、多国間サプライチェーンや輸出管理・投資規制の対象となる事業をもつ大企業が挙げられます。
組織形態について、多くの企業に共通して必要なのは、経営インテリジェンス機能と言えます。すなわち、意思決定に必要な情報が適切に収集・分析され、経営者・事業部門などの関係者間で必要十分に共有・活用される仕組みが、経営判断やリスク管理の基盤となります。
インテリジェンス機能の要点は、無数にある情報のなかから、意思決定に重要な影響を与え得る情報を適切に取捨選択し、適時に共有できるか否かということです。そのためには、情報を利用する経営側のニーズの把握にはじまり、情報の収集・分析・利用に向けた計画の策定・実行、フィードバックを踏まえた改善といった、インテリジェンスサイクルを回すことが肝要となります。
日経産業新聞 2023年12月1日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日本経済新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアマネジャー/弁護士 新堀 光城