本連載は、日刊工業新聞(2023年9月~11月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。

安定的な人材確保のための仕組みづくりとは

連載8回目となる本稿では、リスキリングの実践という観点から人事部門がすべきこと、および留意すべきポイントについて解説します。

KPMGのグローバル調査レポートの結果によれば、ビジネス環境の複雑化にともなって部門間の垣根がなくなり従来の組織単位からプロジェクトごとにチームを組成する「プロジェクト型業務」が拡大する傾向が見られました。さらに期待される人材要件はますます複雑化する一方で、安定的な人材確保が困難になると予測されています。

この予測から企業の人事部門がすべきことは、柔軟な異動配置を可能にする仕組みづくりです。社内の人材が保有するスキルを分析することで「継続的に必要な要員」「将来必要になる要員」「特に重要となる要員」を割り出し、「この人材はこのような業務でスキル発揮の可能性がある」といった配置の提案をできるようにする必要があります。提案を繰り返すことで人員配置の予測力を高め、ケイパビリティマネジメント、すなわち組織全体の強みや能力に関するマネジメントを向上させ、迅速な経営判断の支援が可能となります。

プロジェクトチームの組成を柔軟に行うためには、仕事の依頼側と応募側とのマッチングを円滑に行えるような社内手続きの効率化も必要です。社内公募制を導入している企業の多くは、公募情報の掲載や応募者の管理、面談日の調整を人事部門がマニュアルで実施しています。また、異動と公募の制度が別管理になっている企業も多々あるようです。人事部門の労力を軽減するには、システム化によって関連手続きを効率化する必要があります。そして、社内で動いているプロジェクトや、求められているスキルといった公募情報の公開や、問い合わせへのルールづくりも重要です。

これらを実行する際の留意点は、社内の人材が保有するスキルを一度に可視化しようとせず、優先順位をつけることです。リスキリングが必要となる新規事業にフォーカスし、必要となるスキルを洗い出してから募集を行い、異動を希望する社員に自分の持っているスキルを記載してもらいます。こうすることで、応募する社員の意識は高く、有益なスキルに関する情報も得られることが多くなると考えられます。

ここまで、プロジェクト型業務を想定した企業での実践例について述べてきましたが、新しい取組みを始める時のポイントは「個人のやる気に依存せず、仕組みで社員を動かす」ことです。個人レベルで新しい取組みを始めようとしても、長い間同じ組織にいると“組織の癖”に組み込まれてしまい、その組織以外の方法に適応することが難しくなるからです。

たとえばデジタルを駆使して生産性を高めるような場合に、仕事の進め方がすべてアナログに適応している人材を業務に合わせて変化させることは困難です。しかし、初期段階で基本的な仕組みがあれば、それを運用する環境が形成され、その仕組みが日常に組み込まれて繰り返し使われることで行動が定着します。

不確実性が高く予測不可能な環境において、必要な人材を安定的に供給できる体制と基盤をつくっておくことが、これからの人事部門の重要な役割になるでしょう。

日刊工業新聞 2023年11月3日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊工業新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

執筆者

KPMGコンサルティング
プリンシパル 油布 顕史

関連サービス

DX時代のリスキリング

お問合せ