本連載は、日刊工業新聞(2023年9月~11月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
求められる自律的なキャリア形成
第3回では人的資本経営とリスキリングの関係について解説しました。今回はリスキリングに対する社員のモチベーションについて考察します。
デジタル変革(DX)などビジネス環境が変化するなか、多くの企業が社員の自己研鑽を目的としたオンライン講座を用意しています。しかし、社員たちはなかなか参加しないと言います。特に若い世代の参加意欲が低く、対応法について相談を受けることがあります。
社員が自己研鑽型のオンライン研修に参加しない要因の1つに「キャリア意識が十分確立されていない」ことが挙げられます。社員が自分の「現在地」と「キャリア(今後どう成長したいのか)」を認識していなければ、行動にはつながりません。キャリアとは、個人がこれまで経験してきた仕事・職種・業界・役職などの職歴を含む、長期にわたる職業経歴のことで、年月の経過とともに蓄積されていく仕事の体験のつながりです。働くことを通して得た体験が積み重なっていった結果、その人自身の生き方となり、それがキャリアとなります。自律的なキャリアは、働くうえでの自身の将来像を描き、自らの価値観に基づいて意思決定し続けることで形成されます。
では、今なぜ自律的なキャリア形成が必要なのでしょうか。それは、これまでの企業と社員との関係が変わったからと言えます。従来の終身雇用のもとでは、企業が定年まで社員の面倒を見る代わりに、社員は企業に指定された仕事を行うという「主従(親子)関係」でした。これからは、企業と社員双方が保有するケイパビリティ(能力・才能)や可能性を努力して提供し合う「対等な(恋愛)関係」に変わっていくと考えられます。この関係のバランスが崩れると、企業に魅力を感じない社員が離職し、パフォーマンスの低い人材ばかりの、いわばぬるま湯の組織になりかねません。
企業と社員が相思相愛の関係を維持・継続するためには、企業が自社の存在意識(パーパス)や目指す姿(ビジョン)を社員に腹落ちさせ、社員は「企業にどう貢献できるか」を考えながら自身のキャリア像を思い描くアプローチが必要です。
たとえば上司と部下との1on1面談で、今の仕事を拡大・発展させていく“次の段階”について意見交換し、部下の関心が高い専門性や学びのテーマを引き出し、それを企業がどう支援できるかを検討します。また、協働プロジェクトなどにより、他部門の社員との交流の機会を増やすことで経験を交換させるなど、ヨコの学び合いを促し新しい価値を創発させることも社員にとって刺激になるでしょう。自律的なキャリアなくして、社員の学ぼうというモチベーションは生まれません。
次回は、学びに対するモチベーションが上がりにくい日本企業のカルチャーについて解説します。
日刊工業新聞 2023年10月6日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊工業新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
KPMGコンサルティング
プリンシパル 油布 顕史