本連載は、日経産業新聞(2023年11月~12月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
日本企業が把握すべき米国の規制動向のポイント
米国の経済安全保障政策は、日本の政策や日本企業の事業投資、サプライチェーン戦略などに影響を及ぼすため、その動向の把握は不可欠です。
米国の現政権では、社会的・経済的な課題も安全保障上の問題として捉え、同盟国・友好国等との協調を通じて解決を図る姿勢が見られます。2022年10月に公表された「国家安全保障戦略」では、中国・ロシアへの対応や軍事上の方針に加え、重要物資のサプライチェーン、基幹インフラの保護、人権、気候変動など、広範な分野を課題に挙げています。また、いわゆるグローバルサウスと呼ばれる新興・途上国との関係強化を目指す姿勢も見せています。このような戦略の下、米国内の法整備と国際的なルール形成活動が推進されており、日本企業のサプライチェーン戦略・投資活動に影響を与える可能性があります。
米国内の規制強化は、先端技術領域を中心とした対中輸出規制が顕著です。2022年10月、「輸出管理規則(以下、EAR)」改正により、AI(人工知能)技術に利用する先端半導体や、その製造装置等の対中輸出規制を大幅に強化しました。さらに、2023年10月には、第三国からの迂回輸出を防止するための規制の強化等も発表しています。EARは米国原産品目・技術の米国外から第三国への輸出を含む再輸出も対象となるため、影響を受ける日本企業は少なくないと言えます。
また安全保障の観点から投資規制も強化されています。対米外国投資委員会(CFIUS)の審査を通じて、安全保障上懸念のある対米投資を制限しており、近時、重要技術・インフラなどに関する審査対象取引も拡大されました。加えて対中投資では2023年8月、先端半導体・AI・量子技術領域の規制を強化する大統領令を発表しています。
重要物資の安定的供給に向けては、米国内への回帰や友好国間でのサプライチェーン形成を図っています。2022年8月に成立した「CHIPSプラス法」では、米国内の半導体製造能力の強化や、安全保障上の懸念国への投資抑制を企図しています。また、米国が主導し日本を含む14ヵ国が参加するインド太平洋経済枠組み(IPEF)では、重要物資について、参加国間での調達先拡大、重要物資が不足した国への支援などの方針を示す、サプライチェーン協定が合意されました。
さらに、米国は人権視点での輸出管理強化に向けた国際連携を推進しています。「輸出管理と人権イニシアチブ」を通じて、監視技術等を念頭に、デュアルユース品の人権侵害への利用防止に向けたルール形成や、企業がサプライチェーン上の人権侵害を把握・改善する「人権デューデリジェンス」の促進を要請するなどしています。
これまで、米国では先端技術分野の規制強化について「スモールヤード・ハイフェンス」とすること、すなわち、限定された領域を厳しく管理するとの方針が言及されてきましたが、規制領域を拡大すべきとの議論もあります。また、日本などの同盟国は、米国から協調した政策推進を要請され、先端半導体製造装置の輸出規制強化等に影響していると見られます。このような動きは、中国等による対抗措置を誘発し、日本企業がその板挟みになるリスクも想定されます。
企業は、こうした米国の規制・政策自体の影響のほか、日本の政策や規制動向に与える影響を把握し、適時に事業投資やサプライチェーン戦略等に反映する仕組みを構築・運用することが必要です。
【サプライチェーンおよび投資に関する検討論点例】
視点 | 日系企業の検討論点(例) | 米国関連規制・政策(例) |
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安全保障・貿易経済制裁 |
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投資規制 |
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重要物資の安定供給 |
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人権 |
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日経産業新聞 2023年11月21日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日本経済新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアマネジャー/弁護士 新堀 光城