本連載は、日経産業新聞(2023年11月~12月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
地政学から推定する新たなリスク指標
日本企業にとって、地政学リスクを踏まえた経営戦略の見直しが急務になっています。長引くウクライナ情勢に加え、イスラエルとイスラム組織ハマスの衝突も起こりました。インド太平洋地域の不安定化につながることも懸念されており、世界的な混乱が広がる恐れがあります。
中東地域での今回の衝突が始まった2023年10月、米バイデン政権は「ウクライナとイスラエルに対し、揺るぎない積極的支援を行う」との声明を出しました。二正面への支援を実施することで、米国のインド太平洋地域での関与が手薄となるとの見方もあります。
米国のプレゼンスが同地域で低下すれば、台湾、朝鮮半島、尖閣諸島などといった地域で緊張が高まる可能性も捨てきれません。日本企業はこのような世界情勢を「対岸の火事である」と高をくくらず、中長期のグローバル戦略を見直す契機とすることが急務です。
では、地政学リスクが高まるなか、企業はどのような判断基準で見直しを進めればよいのでしょうか。インド太平洋地域での日本の安全保障の根幹は日米同盟ですが、「米ソ冷戦時代」とは状況が大きく異なります。冷戦後の30年余りの経済合理性を追求してきた、グローバリズムの時代も変容し、ビジネスは国境をまたがり密接に絡み合っています。
そのなかで参考になるのが、米バイデン政権が2022年に発表した「インド太平洋戦略」です。米国が同地域における今後の方針について言及しており、米政権は着々と実行に移しています。同戦略には米国が「パートナー・同盟国との連携の深化」として同盟を結ぶオーストラリア、日本、韓国、フィリピン、タイの5ヵ国に加え、パートナーとしてインド、インドネシア、マレーシア、モンゴル、ニュージーランド、シンガポール、台湾、ベトナム、太平洋島嶼国を挙げています。
こうした国や地域は、米国が経済的安全保障を内包した同国の重点国となっていると言えます。米国との経済的、安全保障的な結び付きの強化が期待できる一方で、米中の対立が深まれば中国側の反発を相対的に受けやすい国・地域が出てくる可能性も想定されます。
今後地政学リスクがインド太平洋地域で高まった時には、企業は経営戦略の見直しに新たなリスク指標を取り入れる必要も出てくるでしょう。自社ビジネスがかかわる国が「どこの友好国か」「専制主義国家か」「米国が新たに同盟強化、包括的パートナーシップに格上げした国か」などが挙げられます。
こうした指標を各企業がどのように取り入れるべきかは事業内容によって異なります。ただ、「生産工場の最適安定化、自社の有望市場の再定義、強靭なサプライチェーン」などの観点から独自の重点国を定め、戦略の再構築を急ぐ必要があるでしょう。
日経産業新聞 2023年11月17日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日本経済新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアエキスパート 恩田 達紀