本連載は、日経産業新聞(2023年11月~12月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
「サステナビリティ経営」の再定義
米国の政治学者フランシス・フクヤマ氏が米ソ冷戦の終結を「歴史の終わり」と評してから30年以上が経ちました。その後、世界はグローバル化の時代に入り、企業経営においてもグローバル化を前提とした競争戦略を持ち、時にはハードな挑戦をしつつも、その恩恵を大いに享受してきました。特に日本企業では、戦後の平和憲法の下で、軍事への忌避感を持つ国民性もあり「安全保障と事業は別物」という感覚が支配的だったと言えるでしょう。「新興国」と言われる国々のカントリーリスクには苦労しながらも、基本的に「ビジネスはビジネス、安全保障は安全保障」と捉え、デジタルとサステナビリティ(持続可能性)が世界を覆うなかで、グローバル市場において如何にサプライチェーンを最適化するかに腐心してきました。
2022年2月24日はその世界観に終止符を打つ日となりました。ウクライナ情勢は誰もが予想をし得なかったものであり、特に経済的な合理性は安全保障の前には意味を持ち得ない、という過酷な現実を企業に突きつけたのです。とは言え、予兆は十分にありました。特に、先進国でのグローバル化への反発や市民社会の分断、リーマンショックや対テロ戦争による米国の衰退、中国の戦後秩序への挑戦など、米政治学者のイアン・ブレマー氏をもって「Gゼロ」と呼ぶように「世界が本質的に不安定化である」という証左をこの十数年の間目撃してきたはずです。直近の中東情勢、また台湾海峡をはじめとする北東アジアでの情勢を鑑みるに、こういった傾向は今後ますます強まることはあっても収束する兆しは見出し難いでしょう。
近年、「地政学」が企業経営におけるバズワードになっていますが、その中核は経済安全保障そのものです。企業は自社の事業戦略に安全保障面の直接・間接でのインパクトを織り込んでいく必要があります。サプライチェーンの途絶リスク、情報やデータの流通制限、投資の制約、人的交流の制限など、「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」の制約を中長期視点で見極め、また対処していくこと、そしてブロック化に対応した複層的なガバナンスと経営モデルを構築することが考えられます。
サステナビリティ経営の中心的な課題の1つである「エネルギーと資源」は、言うまでもなく安全保障の課題でもあります。また、人権課題は世界で広がる「価値観の分断」の象徴と言える命題でもあり、これへの対応には単なるコンプライアンスを超えた一層の注意と慎重さが求められます。安全保障に伴う「平和」はこの核の時代においては、環境問題と並ぶ人類の生存のための必須要件です。安全保障を抜きにしてサステナビリティを語ることは適わず、まさに「サステナビリティ経営」の再定義が必要と考えられます。
歴史は決して「終わる」ことはありませんでした。人の営み、そして、ビジネスを本質的にサステナブルにする知見が求められているのです。
日経産業新聞 2023年11月16日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日本経済新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
KPMGコンサルティング
パートナー 足立 桂輔