マルチモーダルAIの可能性

Part1では、一般的なマルチモーダルAIの特徴、加えてそれに期待される高度化のポイントについて紹介しました。今回は、「顕在的課題への打ち手」「潜在的課題への打ち手」というそれぞれ異なる時間軸の未来の展望について考察します。

日本の経済は長年、技術革新と人口のバランスによって支えられてきました。しかし、現在、少子高齢化と生産年齢人口の減少が先進国においても類を見ないほどの速さで進行するなかで、これまでの成長モデルからの変革が求められています。このような背景からも明確なように、日本企業が直面する「暗黙知のブラックボックス化」と「生産年齢人口減少による技術継承の担い手不足」を見過ごすことはできません。これらの課題は、マルチモーダルAIの今後の方向性を示す重要な手がかりになるでしょう。

マルチモーダルAIによる顕在的課題への打ち手

日本企業が直面する重要な課題は生産年齢人口の減少で、特に技術職において顕著です※1※2。企業内の多くの知識やノウハウが暗黙知や属人的な情報として閉じ込められ、その伝達が困難になっています。

このような状況のなか、マルチモーダルAIの可能性が注目されています。シングルモーダルAIがテキストデータのみを扱うのに対し、マルチモーダルAIは画像、音声、触覚、味覚などさまざまなデータを解析する能力を持ちます。これにより、暗黙知を直感的に捉え、具体的なデータとして再構築・共有することが可能となるでしょう。

たとえば、製造現場ではオートメーションによる効率化が進んでいますが、細かい品質管理や特定の柔軟性を要求する作業では、作業者の技術が欠かせません。このような作業は、作業者の技術水準や経験に依存し、監督者のノウハウや暗黙知に基づく目視確認が主となります。作業の進捗や仕掛品の状態、機械の微細な音や振動を通じて全体の状況を判断し、改善提案につなげます。これらの感覚や経験をテキスト情報だけで伝えるのは困難ですが、マルチモーダルAIを使用することで、画像や音、振動データを解析し、暗黙知をデジタルデータとして具現化、改善提案へ昇華させることが期待できるでしょう(図表1)。

【図表1:製造現場におけるマルチモーダルAI導入による期待】

マルチモーダルAIがもたらす未来 Part2_図表1

「技術継承の担い手不足」「知識・ノウハウのブラックボックス化」は製造現場だけでなく、セールスや営業、ディーラー活動にも共通する課題です。特に、顧客との関係構築や取引時の微妙なニュアンスを読み取る能力は、文書では学べない重要なスキルです。こうした環境では、マルチモーダルAIの導入が有効でしょう。熟練者の暗黙知やノウハウを画像や音声データとして捉え、解析し、組織全体で共有できる知識のプラットフォームを構築することができます。さらに、これらのデータを基にした研修や教育プログラムにより、総合的なビジネススキルを持つ次世代リーダーの育成が期待されます。

マルチモーダルAIによる潜在的課題への打ち手

中長期的には、マルチモーダルAIが社会への積極的な貢献をもたらすことが期待されます。健康寿命の延伸※3に伴い、健康と国力の関連が強まっています。この文脈で、スポーツや芸術活動が健康維持の新たな手段として注目されています。スポーツ界では、マルチモーダルAIによるパーソナライズされたトレーニングや指導が、健康で長寿な身体の維持に貢献することが期待されています。

また、文化や芸術活動と健康の間にも新たな連携が見られます。たとえば、ピアノレッスンが認知症予防策として注目されており※4、ここにマルチモーダルAIの進化を結び付けることで、従来の人対人形式から、AIによる即時フィードバックを提供する形式へと変化する可能性があります。

このような進展を踏まえると、未来の私たちの生活は、健康と技術がより深く結び付き、質的に向上する可能性が高まります。マルチモーダルAIは、ビジネスだけでなく、日常生活の質も向上させる鍵となるでしょう。

※1:総務省「情報通信白書令和4年版 生産年齢人口の減少」
※2:経済産業省「製造基盤白書(ものづくり白書2020年版)ものづくり人材の確保と育成」
※3:厚生労働省「健康寿命の令和元年値について」
※4:一般社団法人 全日本ピアノ指導者協会「最新の脳科学研究から~ピアノ練習は脳の老化予防に効果~」

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執筆者

KPMGコンサルティング
マネジャー 小久保 慎平

高速進化するAIがもたらす未来

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